※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

58 / 246
【 概要 】
 酩酊:ルチャブル / 素面:ゲッコウガ版の翌日


第六話*派生★

 世の中のあらゆる不満を凝縮したような深々とした溜息が聞こえ、目が覚めた。

 ゆるりと見渡した先で偶然にも互いの視線が絡み、途端、ルチャブルは開口一番で『よくもまあここまで汚してくれたな』と言ってくる。

 え、元凶がそれ言っちゃう?おまえがこっちのヤる気を煽りまくった結果だぞ、と胸中では割かし最低な責任転嫁をはかっているゲッコウガである。この場で『あれだけ盛り上がったらそうなるだろうよ』と言い放ってもよかったろうが、下手を打つと即座に岩砕きを叩き込まれて全身複雑骨折という事態になりかねないので、しばらくは挑発せずに相手を静観することにした。

 

 水浴びのために川辺へ向かう道中も、羽を洗っている最中も、ルチャブルの口数は少ないままだった。表情からうかがい知れる情報もなく、昨日のことをどう思っているのかいまいち確信が持てない。無論、怒りなどとうに通り越している可能性だって無きにしも非ずだ。こちら側のヤりたい放題に対し、遂に愛想を尽かされたのだとしても然もありなんというか。

 

 ゲッコウガにしては珍しいことだが、この蛙はそれなりに「やりすぎた感」を自覚していた。ルチャブルが酔っているのをいいことにこの機を逃してなるものかとあれこれ要求し、かえって自分の方が腹上死しかねないようないやらしい行為の数々を彼に強いて、日頃心密かに思い描くだけにとどめておいた不埒な妄想をあらかた実現させるという、つまりは超絶卑猥な欲張り交尾(ハッピーセット)を半日かけて堪能したわけで、これはもう死刑判決待ったなしである。

 果たしてどのようにとどめを刺されるのだろう…と、ルチャブルの横顔を見つめる現在。小鳥は陽の当たる岩の上で羽毛を乾かしながら、先程から身動きもせずに川面に視線を落とし続けている。やはり、その胸の内は読み取れない。…まあ、読み取れないからと言って、当然ながらいい感情を持っているはずがないし、己の末路が変わることもあるまい。どうせなら幸せな気持ちのままで死にたいから、今のうちにもう一度あのめくるめく官能のひとときを反芻しておこう…と、性懲りもなくバカなことを考え、ゲッコウガは線目になる。だが、それも長くは続かなかった。おもむろに『ゲッコウガ』と声をかけられたので、嗚呼とうとう終止符が打たれる時が来たなと腹を括りつつ『どうした』と返して目を向けると、ルチャブルは俯いたまま昨日のことを切り出してきた。

『…その、……、…酒を飲んだことまでは覚えているんだが』

 覚えているんだ「が」。

 逆接。

 もうこの時点でゲッコウガはある種の予感と共に狂喜乱舞が始まる五秒前に突入していたが、もちろん、そんな素振りはおくびにも出さない。何とも歯切れの悪いルチャブルを『それで?』と先へ促してやれば、案の定『あとは記憶にない』『何か他所に迷惑をかけるようなことはしていないか』との言葉が続く。

 

 刹那、ゲッコウガは「 勝ち確ッッッ!! 」なる勇ましい筆文字を幻視する。

 

『本当に何も覚えていないのか』

 念押しではあるが、執拗な声色とならぬよう敢えて淡々と尋ねる。気まずそうに頷く様子に嘘は感じられない。ゲッコウガは、つくづく己の悪運の強さに感じ入った。『そうか』と呟くとき不意に嬉しそうな口調になりかけて、誤魔化すのに苦労したほどだ。

『初めて飲んだ酒のことでござる。下戸かどうかも、酔ったらどうなるのかも知らなかった以上、御主に落ち度はなかろう。実際、何か手に余るようなことはしていないから安心するといい』

 多少なりほっとした顔つきになるルチャブルに対し、ゲッコウガは無情にも『しかし』と言い募る。つけいる隙を見つけたらすかさず攻め込むのが性悪の性悪たる由縁であった。

『しかし、…あれほど素直に甘えてくれたことも、拙者を熱烈に求めてくれたことも、御主の中ではなかったことになっているのか…残念だ…』

 自身の悪行の一切を棚に上げ、悪びれもせずに全力でしょぼん顔を作っていく。

 

 

+++++

 

 

 正味な話、「そんな顔をされましても」というところだった。しかしゲッコウガは、いかにも無念そうに、聞こえよがしに嘆息する。曰く、自分から口付けてくれただの、たくさん「好き」という言葉が聞けただの、その他諸々、こちらが頭を抱えたくなるような、耳を塞ぎたくなるようなことばかりが地下からこんこんと出づる湧き水みたいに延々とゲッコウガの口から紡がれてくる。耐えられなくなったルチャブルは、途中で相手を遮る羽目なった。

 

 普段のゲッコウガを知る身としては、『いやそれは嘘だろ』というツッコミから始まる。すると間髪入れずに『いつもなら拝めない御主の姿に拙者がイチコロになったからこその結果が今朝方の状況によく表れていただろ』と何故かドヤ顔を見せつけられる始末だった。なまじ平生が切れ者なだけに、こういうときのゲッコウガは際立って子どもっぽい。時に平気で頭の悪いことを言ってしかも煙にまこうとしてくるので油断ならない。

 

 こっちが忘れてるからって適当なことを言うなと突き放してもよかったのだろう。その手にのるか阿呆とか。覚えていないんだから仕方ないだろグダグダ言うなとか。開き直ったっていい――はずだが、それができない性格のルチャブルである。

 記憶の空白。これがただひたすら痛い。ゲッコウガの発言を裏付けるものはないが、嘘だと断ずる根拠も「日頃の行い」だけでは弱いというか、それはさすがに可哀想というか……なんて、そもそも悪辣な蛙に対して「疑いすぎては可哀想」などと思うあたりがルチャブルの善良且つ純粋且つダメなところなのだが、このとき、小鳥はいたって真面目に思案していた。

 詫びを入れるべきなんだろうか――と。

 何はともあれ、『昨日のこと全てが御主の本音なのかと思うと…嬉しかったんだがな…』と悲しそうな顔をさせてしまった点が、ルチャブルにはどうしても引っかかる。喉に小骨が残っているような、無視のできない感覚。この妙な罪悪感に駆られてしまったがゆえ、よせばいいのに『そこまで言うなら埋め合わせを…』と口に出してしまっていた。ぼそりとした呟きだったにもかかわらず、秒で反応される。耳ざとく拾い上げるゲッコウガによって、「埋め合わせ」の「せ」を言い終わるかどうかという瞬間、ガッとばかりに両手を握られた。

『埋め合わせ。素晴らしい響きでござるな』

 自分の発言がいかに不用意極まりない墓穴だったのか気付いても後の祭りであり、ルチャブルは、先程とは打って変わって実にいい笑顔を見せているゲッコウガを前にげんなりとするのだった。

『おまえ…本当に遠慮しないよな…』

『拙者の辞書にその二文字は載っていない』

 胸張って言うなよそういうことを。

 もはやたしなめる気も起きず、ルチャブルは力なく肩を落とした。

 

 

+++++

 

 

 従順に、しかも一緒になって情交を楽しんでくれていた酔いどれルチャブルとの時間も、それはそれは甘美で夢のようなものだったけれど――え、マジ?第二章開幕?命拾いしただけでも儲けものだったのに埋め合わせって何だよ埋め合わせって。最高か。

 はー…おいしすぎる。忘れてくれて好都合だと思ったら、忘れたこと自体へ罪悪感を抱いてこともあろうに補償の提案をしてくるとは。優等生すぎやしないか、ルチャブル。償います、とか一番言っちゃ駄目なやつだろ特にこんな悪い奴には。『いや、そこまでしなくていいぞ』とは口が裂けても言ってやれない拙者の性根を知ってのことだろうか。後ろめたさとも引け目とも無縁の野郎に再び身を差し出すような真似してさー…これだから拙者の小鳥は…今日も今日とて大正義なんだよなあ。合掌。余すことなく食ってやるから安心しろ。

 

 埋め合わせで何するのかって?ナニするに決まってんだろ古典的なこと言わせんな。

 

 で、どんな一夜を営んだのか教えてやろうと告げて昼間っから意気揚々と色付く落ち葉の上に押し倒した…の、だが。まだ挿れたばかりだというのに、さっそく内側が小刻みに痙攣を繰り返している。…甘イキしてないか、これ。

 軽く触れただけでどこだろうが羽毛が逆立つし、ルチャブルの呼吸もどんどん短く浅いものになっていく。瞬く間に艶めかしく様変わりするのを目の当たりにして、息を呑んだ。

『…やけに敏感だな』

『ぅ、るさぃ…ッ』

 返ってくる言葉こそ強気だが、身体は震えている。飴色の目も既に熱で溶け、とろとろと蜂蜜のように流れ出てきそうだ。まるで媚薬でも盛られたみたいな有様に、ひとりでにこちらの笑みが深まっていく。

 いたずらに抽送すれば、そのたびにひっと引きつるような嬌声が零れて、しまいには『動くな』と制止されてしまった。ほとんど泣きそうな声音になっている。『こっちがもたない』と、「気持ちいい」の裏返しまで示してくるのだからたまらない。ルチャブル自身が理由も分からず過剰な反応に混乱しているというのが、また。

 

 飲酒後の口淫から向こう、自身のものでいっぱいに埋めるのみならず、そのままハメっぱなしで溢れんばかりの羞恥と快楽を与え続けたから、蹂躙された余韻がナカに残っているのだろう。真相は己のみが握ったまま、彼の与かり知らぬところで肉体を躾けて調教した気分だ。何それエロい。

 

 昨日の段階で自分でもひくほど吐精したからしばらくは枯渇状態だなと思っていたが、萎れることなくがっつり勃つし、僅かな刺激も快感へと変換して甘やかにさえずる最愛の姿を見ていると体内でガンガンに精子が製造されていくのが分かる。雄とはかくも単純な生き物だ。

 強すぎる悦楽にルチャブルが怯えぬよう、律動はゆっくりと進めることにした。『このくらいなら味わえそうか』と明け透けに尋ねたところで相手は何も言わないのだが、代わりに、縋ってくる腕の力が増した。「可」と判定されたのだと解釈しておこう。こちらの動きに激しさがないとわかった分、ルチャブルはどこか安堵しているふうでもあった。

 

 あまい。

 

 頃合いを見計らって深突きする算段なのだが、まるで警戒していないあたりが無垢で愛しい。不意打ちで獣としての凌辱を再開させたとき、果たしてどんな反応を見せるのだろう。この愛らしい小鳥が裏切られたように傷ついた顔をした挙句、泣いて善がり狂うその瞬間が今から楽しみでならない。何たって「埋め合わせ」だ。滅茶苦茶に犯してくださいと言わんばかりで感度の高い肉が据え膳になっている。これで優しく緩慢に抱いて終わると思ったら大間違いだ、当然だろ。

 

 

 ろくでなしに見初められたのが運の尽きだったな。

 少しだけルチャブルに同情したが、それもすぐに、興奮で高鳴る拍動の中にかき消えていった。

 

 

 

【了】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。