御庭番ミッション「ゲッコウガの惚れた相手を調査せよ」
御庭番と聞けば武芸者の集団と思われがちだが、別に、荒事が専門なわけではない。仕事の割合で言えば警護や各地での情報収集が多く、存外、地味なことを地道にやっていたりする。
ただし、他の部署に比べて会敵回数が多いのは事実だ。それゆえ、統率の取れた隠密行動ができる実力を培い、いざ戦闘となった際には最悪ひとりで切り抜けられるだけの術を知っておく必要があった。
過酷な訓練に耐えた強者たち、腐っても一流の精鋭揃い……の、はずだが、
「どつきあい上等だぜオラァッ」てな感じで恐怖心がやや麻痺している所為で、危険な任務も抵抗なくこなす。結果、殉職者が後を絶たない。「華麗に咲く花なら華麗に散っていけ」なる美学のもと、彼らは「まあ仕事だし」でスパッと割り切れてしまうのだが、だからといって血も涙もないわけではなかった。誰かが死んだとて代わりは幾らでもいる。しかしさすがに、同僚を使い捨ての駒だと見なすほど堕ちてはいない。むしろ「いつ落命するか分からないから身内は大事にしよう」という気風が前々から根付いていた。
だから、構成員がどんなに度し難いクズだろうと、御庭番に所属していればもれなく仲間だ。評判のよろしくない輩ではあるが、今日も今日とて、奴らは悪徒なりの歪な絆で結びついている。
***
ちらほらとツツジの蕾が綻び始めたある日のこと、詰所内にちょうどいい退屈しのぎが舞い込んできた。
『最近さァ、ゲッコウガが北の対に出入りしてるらしいんだけど』
何か知ってるやついる?…と、そんな話題を放ったのはヤミラミである。
暇していた連中は、「北の対」と聞いただけで関心を示した。普段は立ち入ることを許されない女所帯とあらば、まあ、野郎共が食いつくのも当たり前だった。しかも、話題の中心は、何に対しても冷えきっているあのクソ糸目野郎である。「色恋沙汰?はー、くっだらね」と一刀両断し、夜な夜な繰り広げられる仲間内での猥談においても途中で眠りだす始末。合理的で冷酷無慈悲なところなど、いかにも忍向きではあるのだが、まるで面白みのない雄だった。
そんな奴が、足繁く、女の園へ?
『おまえの情報もどこからのタレコミだよ』とヘルガーが尋ねると、『噂だよ、噂』とヤミラミは肩をすくめる。
『だから、誰か知らねーかなって話じゃん』
そう言いつつ、彼の宝石のような目は、にやりと笑うニューラの姿を見逃さない。
『…ネタ持ってんだろ、おまえ』
『まーね』
紅唐色の目を悪戯っぽく緩ませるニューラを、『おおかた台盤所の雌共から聞いたんだろ』とズルズキンが茶化した。台盤所とは、女房仕えをする雌ポケモンたちの詰所である。姫君を始めとする貴婦人たちの傍で仕えるだけあって、台盤所で働くポケモンはいずれも淑やかで容姿端麗な雌が多く、城内の雄にとっては高嶺の花々であった。
ニューラは顔立ちもよく、口が上手いので雌からの人気が高い。己の容姿に自覚的な彼はしっかりと色仕掛けも武器にしており、他者に取り入って情報を引き出すのはお手の物である。
『こういうとき、女の子たちと仲良くしとけば何かと便利。彼女ら、情報通だからね』
『…ゲッコウガの件も間違いないと言うのか』
信じられん、とキリキザンが得心のいかない顔を見せる。そこへ『最近は手土産に花を贈ってんだとさ』とニューラが付け加えるものだから、『嘘だろ』と御庭番内でどよめきが上がった。
『われが名は花盗人と立たば立て…ただ一枝は折りて帰らむ…か』
教養のあるブラッキーが、ゆらりと尾を揺らす。花盗人だとの噂が立とうが、この美しい花を一枝持ち帰ろう…要するに、美しい貴方の、その心を奪っていこうという小粋な和歌である。
『どんな別嬪さんだろうねェ、…あの不感症が手折っていきたいと思うほどの物言う花は。奴を虜にするなんざ並大抵のことじゃあるまいよ』
くすくすとこぼれる忍び笑い。そこへ同調するようにニューラも意地悪く口の端を吊り上げて、とっておきの爆弾を放り込んだ。
『綺麗は綺麗らしいよ、…相手は雄だけどな』
***
『あいつそっちに舵切ったのかよ』と、御庭番の中では噴飯ものだったわけだが、ニューラは胸を叩いて『ここはひとつ、オレが偵察に行ってくるぜ』と請け負い、現在である。
寝殿と北の対を繋ぐ透廊、その屋根を伝って楽々と進んでいた――が。
『うっそ、気付くかね普通』
振り返る。
呼び止めてきた声の主は、煌びやかな羽の一枚一枚を風にそよがせている。やけに色鮮やかで派手な外見をしているのに、その佇まいはいたって静かだ。
『…ただの偶然だな。俺がおまえの下を通りかかっただけだ』
『で?すれ違いざまで頭上の気配が気になったから確認しにきたってこと?』
『杞憂だと思ったんだが。本当に誰かいるとは思わなかった』
『気のせいってことにしとけばよかったのに』
『主君の部屋に近いとあっては、…取り越し苦労くらいでちょうどいい』
『わーお、真っ面目。身辺警護の鑑』
ニューラが敵意も毒気も放出しないので、相手も、警戒しつつ手は出してこない。ただし、華美で小柄な立ち姿に似合わず、相当の手練れだと察しはついた。ずっとニューラの体躯を見てくる。対峙する者がどう動いても対応できるように……その目つきこそ猛禽類のものだが、視線の動かし方は武闘家を彷彿とさせる。単なる飛行型というわけではなさそうだ。
ニューラも話には聞いていた。去年の秋頃だったか、もとは献上品のくせに、腕っぷしの強さが見込まれて姫君の側近になった鳥のこと。
――て、ことは。こいつ、格闘も入ってんな。うわー、やだやだ。オレに四倍入る天敵じゃん。
『…それで、おまえの進行方向には北の対しかないんだが、…何の用だ』
ニューラの目的を知る由もない彼は、淡々と問いかけてくる。
問答無用の見敵必殺という姿勢でない点は、あまっちょろいけれど好感が持てた。
『何?理由の如何によっては不問にしてくれる感じ?』
『姫君におまえの爪の先が向かないうちはな』
『あらあら、お優しいことで』
『本当に緊急案件なら、こうして悠長に喋ってないだろ。この場を見逃すよう説得もしてこないし、…もしおまえが敵方なら、それこそ、口封じですぐに殺しにかかってくるはずだからな。
大したことじゃないんだろうとあたりをつけたら、あとは一応、要件くらいは訊くさ』
『嘘ついたらどうすんの』
『…そのときはそのときだ。御庭番が相手の心理戦なんて、素人には分が悪いだけだしな』
『あ、分かっちゃう?』
『こんな場所を移動経路にして音を消しながらうろつく奴らが他にもいるなら教えてほしい』
『あはは!そりゃそうだ』
ニューラは高らかに笑って、珍しく素直に、自身の名と素性を明かした。向こうも僅かに微笑し、『ルチャブルだ』と返してくる。
『何の用だって、訊いたよね?そのものずばり、あんたを見に来たんだよ』
『…俺を?』
『そ、…遠目に拝めたら御の字かなって思ってたけど、会えた上にこうして話せるとは僥倖だ』
『なんでまた…』
『うちの蛙が世話ンなってんでしょ?花まで贈り届けるほどに熱を上げてると聞いたもんだからさ、…ま、とどのつまり、野次馬だよ』
『…噂に尾ひれがついてるんだな』
『うん?』
『花は確かに貰っているが、城内から離れられない俺にゲッコウガが風物詩を見せてくれているだけだ。…花を受け取る相手が綺麗所の雌なら話も盛り上がったろうに、わざわざ足労だったな』
『え、それ本気で言ってる?』
『…?』
『あー、…いや、気にしないで。事の真相が知れてオレは満足だから』
何はともあれ、袖振り合うも多生の縁。以後お見知りおきを。
そう言っておどけた一礼を見せると、ルチャブルの表情が和らぐ。嗚呼なるほどこれは、と、ニューラも一定の納得を示すくらいには、端麗な顔つきだった。
***
『…それで、ニューラの他にも御庭番の輩が来たと…?』
『入れ代わり立ち代わりな。今日はやけに賑やかだった』
なぜか片手で顔を覆っているゲッコウガが気になり、『頭痛がするのか』と訊けば『ある意味な』なんて釈然としない返答。気にするなと言われたので、体調が悪いわけではないらしいが。
ルチャブルを目的とした来訪者がゲッコウガの他にもいたという事実。たいそう意外で、そしてほんのりと、ルチャブルにとっては嬉しい出来事だった。
皆して『ゲッコウガのことを頼む』と言ってきたので、彼らから友としての立場を認められ、頼られたことも、満更ではなかった。
そのうちに、深々と溜息をついたゲッコウガが『もう一度やってきた奴らを教えてくれ』と言うので、ルチャブルは指折り数えだす。
『最初がニューラで、次にキリキザン、…ヘルガー、ヤミラミ、ドンカラス、…ダーテング、ブラッキー、…そうだ、ズルズキンとは軽く手合わせをしてもらった。やはり強いな。厳しい任務をこなすだけのことはある』
『…、勢揃い…』
『おまえの同僚はすごい奴らばかりだな!』と天真な様で言うルチャブルと対照的に、ゲッコウガは『そうだな』と棒読みをかましつつ、視線を遠くに飛ばすのだった。
***
『お!来た来た!てめーら、主役の到着だぞ』
拍手に、口笛。
この時点で、大概げんなりしてしまう。ひとりひとりの心臓を、水クナイで刺し貫いて回りたい気分だ。
『しっかし、御庭番の面目丸つぶれだよなァ。情報が遅ェのなんの。最近の通い婚かと思いきやとんでもねー、実際はバレるまで半年近くかかってんだろ?さーすがゲッコウガ』
『流石なもんかよ。隠し通せなくて何が忍だ。詰めがあめーんだよ詰めが』
『オレ、ルチャブルに侵入をあっさり見破られちゃったー、自信なくすゥ』
等々、他の輩が好き勝手なことをほざいている。
事の真相を確かめに嫌々ながら詰所に戻ったら、このザマだった。
『夜だけの逢瀬にしておけばよいものを、柄にでもなく花など贈るから目立つんだ』
『そうそう、バレたからって逆恨みするなよ?身から出た錆だよ』
『それにしても雌ってホント目ざといよなー、よく見てる』
人目を忍んでいたはずだったが、壁に耳あり障子に目ありだ。完璧にはいかなかったことが、心の底から悔やまれる。聞き及ぶに、…そうか、情報の出所は台盤所か。所詮は箱入り娘たちだと侮ったのが間違いだった。
『つーかさ、おまえ、花贈ってる意図がまるで伝わってねーじゃん。ウケる』
このニューラの言葉を皮切りに悪ノリはどんどん増長し、膨れ上がっていく。
『じゃァ、俺らにも付け入る隙がありそうだよなあ?』
『いい奴だったよな、あいつ』
『おまけに見てくれも上玉だ』
『同じ雄と言えど、彼なら抱けそうな気がしてきたな』
『よーし、おまえら!ゲッコウガ出し抜いて誰が先にルチャブル落とすか競争な!』
『『『 うぇーいwwwww 』』』
――ぶつん。
大抵、堪忍袋の緒が切れるときは、こんな音がする。そして直後、風と水が逆巻き、ごうっと響き渡るのだ。
ゲッコウガは、特大サイズの水手裏剣を生成しているさなかにあった。
ここに火薬はない。着火のための炎もない。しかし確かに――水が、爆ぜる。
『 くたばれゴミ共…ッ!!! 』
凡人なら裸足で逃げ出すであろう場面で、ぎゃははと笑いとばすのが御庭番の面子である。『おめーもゴミクズだろうがバーカ!』と、子どものようなことを言って、おまけのせせら嗤いも忘れない。
おいゲッコウガの奴がマジギレしてんぞ!と楽しそうに笑いながら、各々が城内の庭先で脱兎のごとく走り回り、夜の闇間で鬼ごっこへと興じていく。
春宵一刻――それは美しい春の夜に、悪漢共が織りなす乱痴気騒ぎであった。
【 了 】