※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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【 概要 】
 一時期だけルチャブルの傍にあった小さな物語


※ 注意 ※
 コフキムシ~ビビヨンはいずれも「むしのしらせ」を特性として持つことはありません。


第七話*派生

 厨房の隣にある食糧庫に堆(うずたか)く積まれた木箱の山々の中、金ぴかの鳥籠はどうやったって馴染まず、そこだけが悪目立ちして異様な雰囲気を醸している。

「じゃ、頼んだぞ」

 運び込むだけ運び込んで、甲板(こうはん)員たちはそれぞれの仕事に戻っていった。

「…頼むったってさあ…」

 他人事だと思って簡単に言ってくれるぜとぼやきたくもなる。幸いに、ぶうたれる俺の呟きは、誰にも聞かれることはなかった。

 

 ちらりと、薄暗い倉庫の中でさえ仄かな輝きを放っている逸品を見遣る。芸術の価値なんてとんと分からないずぶの素人でも、職人技を結集して作ったどえらい代物だってことくらいは一目で知れた。たかが鳥籠といえど材料と手間暇次第でこんなにも立派な宝物になっちまう。一般人が近付いていいはずのない、異次元の気品みたいなもんまで感じる。おそらくは唯一無二なんだろうと察しがつくから、また、溜息が出た。

 船旅の間とはいえ己の手に余る一級品を預かってしまったこともそう、何より、一番の問題はその中身だ。

 献上品とやらなんだろ?大事なやつなんだろ?じゃあ一介の調理師に任せてないで幹部クラスのお偉いさんが何とかしてくれよ。責任取れねーよ。思うところは色々あったのだが、そのお偉いさん方から数日前に「食べ物の世話なんだから料理人の方がいいだろう」とすこぶる雑な理由で生き物の世話を命じられたとき、愛想笑いを浮かべて「はい喜んで」と答えた間抜けは他でもないこの俺だった。立場を考えれば端から断れるはずもなかったのだが、それにしても、安請け合いの自業自得ってやつだな。

「そもそも、何食うのかも知らねーっての…」

 恐る恐る歩み寄り、屈んで覗き込んでみる。

 すると、べっこう飴みたいなきらきらした目が、籠の中から見返してきた。一度でも視線が合ったらそこから動けなくなって、心がひゅうと呑み込まれてしまいそうな瞳の色。こいつを囲っている派手な鳥籠に負けないくらい鮮やかで、多彩な羽をつけた存在。奴が身に纏うのはがちゃがちゃと目にうるさいビビッドカラーばかりなのだが、どうしてこうも上手い具合にまとまっているのだろう。高名な人形職人がこさえたと聞かされたら疑いなく納得するような姿だ。こんなのが普通に息をして、どっかの森に生きてたなんてほとんど信じられない。

 なぜだか、俺は緊張している。相手はちっこくてまるっこいし、野生種にありがちな、即座に威嚇してくる気性の激しさもない。それでも思わず、こくりと、つばを飲み込んでいた。別に睨まれたわけでもなんでもないのに、こいつには、妙な凄みがあった。

「おまえの言葉が分かったらいいんだけどな」

 居住まいを正す気分だった。ちっぽけな鳥を相手に、茶化しもなく真面目に声をかけていた。

「そしたら、リクエストの一つや二つ、聞いてやれたかもしれねーのに」

 鳥籠の端の床には四角にくぼんだ部分があり、引き出しとして外から取り外すことができるようになっている。そこに水の入った器やら餌やらを入れて籠に戻す、いわばトレーと同じだ。指紋をべたべたつけるなんてとんでもないことだから、布巾越しに引き出しの取っ手を掴んだうえで、幾つかの木の実を入れてみる。

 鳥は、差し出された食糧をじっと見つめるばかりで手をつけようとしない。

「あのさ」

 パンとかの方がよかったか?でも森にパンなんてねーだろ。

 そんなくだらないことをつらつら考えながら、俺は再度、話しかける。

「とりあえず、おまえには生きててもらわねーと困るんだよな。だから、毒とか、そういう心配してんなら杞憂だぜ。食えるなら食える、食えねえなら食えねえって、何かしら反応してくれると助かる」

 真偽を見極めるような眼差しを寄越されてたじろいだが、それでも目をそらさずに見つめ返すと、やがて鳥は木の実を一つ手に取って、口元に運んだ。しゃく、と齧る音がしたときの途方もない安堵感たるや。一気に肩の力が抜けた。それに、この、打って響いたような応対。「食えるぞ、これでいいか」と言われたように思えた。柄にでもなくメルヘンに過ぎるだろうか。俺が勝手に、話が通じた気になってるだけかもしんない。

 無遠慮に食事を観察していると、思いがけなかったが、鳥の口内に小さな歯があることに気が付いた。しかも、それなりに尖っている。ものをすり潰して食うっていうより、引き裂いてかっくらうための形状。もしかしたら、こいつ、肉や魚も食うんじゃないだろうか。野菜は?果物は?確かめることは沢山ありそうだった。

 

 

+++++

 

 

「なんかさー、…よく分かんねーけど、おまえ、どっかのお姫様?お嬢様?の、とこに行くんだとよ」

 日に二回食べ物を運んでくる男は、いつでもニカッと笑い、夢物語を繰り返しルチャブルに聞かせてくる。

「でっかい屋敷に住んで、たらふくいいもん食ってさ。悠々自適な生活じゃねーか。こんなしけた倉庫の仮住まいも陸に着くまでの辛抱だからよ、元気出せよな」

 人間の価値基準で語れば羨むような話なのだろうが、ルチャブルにとって豪勢な暮らしなど露ほども興味はない。権勢の強い者のところに身を寄せたところで幸せが保障されるとも限らず、金にまみれた人間ほど娯楽で狩猟を行ったりとむごいことをする傾向にあると経験則で知っていた。結局のところ、期待するだけ絶望感が増す。大体、こちらは過酷な野生界で過ごしてきた身の上だ。今更、長寿も贅沢も不要のもの――ただ、叶うことなら生まれた森で一生を終えたかった。

 そんなルチャブルの本音を、当然ながらこの男は知らない。発せられる言葉も気休めと言われたらそれまでなのだが、彼なりの励ましであることはちゃんとルチャブルに伝わっている。実際、気にかけてくれている優しさが分かるから幾分か精神的に救われている部分があると、ルチャブル自身が自覚していた。

 

 

 その日は何か立て込んでいたのか、普段なら多少の(そして一方的な)雑談をしていくはずの彼が「皿は後で取りにくるから!」とだけ言い残し、慌ただしく厨房へと戻っていった。与えられた食事は、数切れの肉と木の実が三つ。正直、鳥籠での生活が始まって以降さほど食欲はないのだが、自分が何も食べなくなったらあの男に迷惑がかかるのだろうということは薄々ながら勘付いていたので、義理もあって口に入れているのが現状だった。今回も作業的に手を伸ばしたそのとき――…きゅるる、と、小さな音。ぴたりと動きを止めてそばだてると、もう一度、きゅるるると切なげな音がした。次いで、何かが咄嗟に身じろぎし、その拍子にがたんと木箱にぶつかっている。音を聞かれて焦った、そんな気配がした。

『…誰だ』

 できるだけ敵意を出さないように問うと、一瞬、しんと静まり返ったが――その間にもやはり例の「きゅる」が鳴って、格好がつかない。ルチャブルがふと笑いを含んだ吐息を零したのを契機に、観念したのか、物陰からちょろりと白い三本毛がのぞいた。一匹のコフキムシがおずおずと様子をうかがってくる。

『いつからいたんだ。気付かなかった』

『…あんたより、おいらの方が先だよ。積み荷に紛れてくっついてきちまったから』

 どこか拗ねたように、ぼそぼそと喋るコフキムシ。木箱の中から香った果物の匂いにつられ、ふらふらと積み荷によじ登ったせいでそのまま搬入されてしまい、いつの間にやら海原へ出る羽目になったと盛大に嘆く。

『いくら匂いがしたってさ、…箱、頑丈に封がされてるから…』

『結局、食いものにはありつけなかったんだな』

 もう出港して数日は経っている。どれほどひもじい思いをしたことだろう。

 言ってくれればよかったのにとルチャブルが呆れた声を出すと、コフキムシは『ちぇっ』と乱暴に舌打ちを見舞い、ぷいとそっぽをむく。

『だって、あんた、鳥じゃんか。食われるかもしれねぇのに、そう易々と近付けるもんか。あんたに用があるから、人間もひっきりなしに来てたじゃねーかよ。あいつら、おいらみたいなイモムシを見たら問答無用で駆除しにかかるんだぜ。どうせお強いお立場の捕食者サマにはわかんねー恐怖だろうけどさ!』

 相変わらず腹の虫をきゅうきゅう鳴かせつつも、威勢だけはいい。小憎らしいよりはどうにも彼の態度が可笑しくて、ルチャブルは表情を和らげる。

『確かに鳥だが、見ての通り今は籠の中だ。心配するな』

 隙間から木の実を一つ差し出すと、『いい顔しておいて騙し討ちとかなしだかんな!』等々やかましく騒ぎながらも、コフキムシは腹脚を使ってじりじりと距離を詰めてくる。

 ようやく姿がはっきりと見てとれるところまでやってきたとき、彼は今までの空威張りを一旦ひっこめて、遠慮がちに囁いてきた。

『くれるんならさ、半分でいいよ。あんたの方がでかいんだから』

『…わかった。今(・)度(・)か(・)ら(・)は(・)そうする』

 敢えて木の実を丸ごと押しつけ、ルチャブルは手を離す。

 もたつきながら受け取った実とルチャブルの顔とを交互に見ながら、そのうちに何も咎められないことが分かって、ようやくコフキムシはほっとした顔つきになった。

『ありがとう』

 一転し、素直な礼の言葉が告げられた。

 一口、二口、ゆっくりと噛みしめたあと、コフキムシは夢中になって食べだした。その食いっぷりを見ていると、少しだけ自分も空腹になった気がして、ルチャブルも食事を続けることにした。

 

 

 以来、コフキムシと食べ物を共有し、言葉を交わすようになった。慣れ親しんでみればいたって純朴な性格であることも分かり、そうしたところもルチャブルにとっては好ましく映った。

 各々が育った森のことや懐かしい仲間たちとの思い出だけでも話題は尽きず、食糧庫内において以前にはなかった賑やかさが追加されたわけだが、より大きな変化が訪れるのに時間はかからなかった。

 コフキムシと知り合って間もなく、彼は突如として青白い光に包まれた。あまりの眩しさにルチャブルは顔を背け、次に瞼を開くときには、もう、そこに灰色のイモムシの姿はなかった。白い毛に包まれたコフーライが、ぱちくりと目をしばたかせている。

『…随分と成長が早いんだな』

 呆気に取られるルチャブルに、コフーライは『虫ポケモンは皆こんなもんさ』と応じた。

『でも、感慨深いよ。おいらが進化できるまで生き延びるなんて思わなかった』

 すっかり見違えた身体を確かめるようにあちこち見回しながら、嬉しそうに目を細める。

『おいら、もとは沢山兄弟がいたんだぜ。次々に食われちまったから、今じゃおいらしか残っていないけれど』

 数多く生まれてくるが、その分だけ脆弱な幼虫たちは捕食者たちにとっての潤沢な餌と化す。あえなく食べられていき、成体へと育ちあがるのはほんの一握りなのだという。

『コフーライになれたら、ちっとは気楽になれる。体表もコフキムシだったときの比じゃないくらいすげー固くなるし。…ま、もっとも、ここには自慢の毛皮で撃退すべき天敵もいないから楽勝だな』

 いたずらっぽく話す一方で、コフーライはルチャブルを寂しげに見つめた。

『くたばり易いからこそ、さっさとでかくなって、さっさと番(つがい)を見つけて、さっさと繁殖する。それが虫ポケモンの普通の生き方だよ。短く太い一生、生き急ぐ本能…だから、おいら、…そう遠くないうちにビビヨンになると思う。翅がはえて、飛べるようになって、…そしたら、あんたともお別れだ』

 定期的に確保されている食物。生存するうえで安全な環境。何ら脅かされることなく、彼は無事に最終進化を遂げることができるだろう。

 木箱の裏からやってきた、小さな友だちは。寄り添ってくれた温かさは。ほどなくしてこの場から消え失せる。…たぶん、彼がいなくなって以降、元からあった孤独は深増さることになる。そんな予感があった。束の間の平穏が破られるとき、そこにはいつも、悲しみのみが居座るものだから――しかし、どうして引きとめることができよう。彼は空から俯瞰する景色の素晴らしさを知るに相応しい存在だ。今まで地表を這う者だったのだから、なおのこと。

 留まってやれなくてごめんと詫びるコフーライに、何も気にするなと微笑を返した。ルチャブルがなすべきは、追いすがることではない。これからも変わらず木の実を分け与えて、彼の未来を阻害しないこと。それだけだった。

 

 

 数日後、食事を運んできた男が倉庫の扉を開けた瞬間を見計らうように、コフーライはビビヨンへと進化した。迸る閃光から完全に不意打ちをくらった男は、当然ながら「うわあ!」と絶叫し、ぺたんと尻もちをついている。

「なッ、なんだよ、おまえ!どこから!」

 反撃しようとしたのか彼は震える手で傍にあった箒を掴んだが、それが振り上げられることはついぞなかった。退治することをためらわせるだけのビビヨンの美しさが、どうやら功を奏した。

 息を呑むほど華麗な蝶――強烈でエネルギッシュな、目の覚めるようなマゼンタの翅で羽ばたき、ついに両翼を得た夢見鳥(ビビヨン)は悠然とルチャブルを振り返る。

『…悪いことばかりじゃないよ。これから行き着く先で、あんたの寂しさを消してくれるような――決して離れない影のような運命と出会える。おいらには分かるんだ』

 虫の知らせさ。

 穏やかな声音に、安易な慰めは込められていない。

『おまえからの置き土産か。覚えておく』

 ルチャブルからの返答を聞いて頷くビビヨンは、ひらりと扉の向こう側へと飛び去った。巨大な蝶が頭上を通る際に怯えて首をすくめた男だったが、すぐにはっと我に返り、慌ててビビヨンの後を追いかけていく。

「馬ッ鹿野郎!捕まえようとしてんじゃねーよ甲板に出せ甲板に!おい、何してんだおまえも来るんだよ虫公!あ"ーッやめろちょろちょろすんなスープに鱗粉が入るだろうが!こっちだっつってんだろ!こっち!!」

 男の怒鳴り声が聞こえてくる。どんな手振り身振りでわめいているのか、それが目に浮かぶようだった。きっと彼に任せておいて問題はない。滞りなく外まで誘導してくれるだろう。

 

『…運命か…』

 ビビヨンと共に辺りの音も一緒に出ていき、それを知っていそいそと出戻ってきた元の沈黙が巣食う中で、誰の耳にも届くことのないルチャブルの呟きが虚空に吸い込まれていった。

 

 

 

【了】

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