頼めおかむ 君も心やなぐさむと 帰らむことはいつとなくとも
――期待を持たせておきましょう。そうすれば、貴方の気持ちも慰められることでしょう。いつ帰ってくるか、本当のところは分かりませんが。
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「おまえ、藤の子ではないね」
声をかけると、そいつは、にやりと笑ってみせた。
邪気はない。露見したことへの狼狽もない。ただ、悪戯を知られたときの幼子みたいな表情を浮かべている。生意気にも、「よくぞ見破った」と言いたげに、上からの目線でこちらを評価してくる。
「いかに上手く成りすまそうと、…共に重ねた時の重みが、おまえからは感じられないよ。
私の子はどこだ」
すると、くいと顎をしゃくる。どうやら空を示したいらしかった。
「旅立ったというのか。影武者まで用意して」
問えば、あっさりと一つ、首肯が寄こされる。特に隠しだてもせず、後ろめたい様子もない。替え玉を担ったことを悪びれていない妙な自信が見て取れる。どうやら、こちらを害そうとする他国の間者ではなさそうだ。
「…そうか。行くなと、…会うてはならぬとあれほど…」
もう随分と遠くなった、かつての初夏を思い出す。
《 …いいんだよ。飛べずして、何のための両翼か 》
藤の花が美しい時期だった。
まだいとけない稚児で、巧みに飛ぶこともできないあの子に、羽ばたき方を教えてやってほしいと――
《 無事に飛翔をものにしてここから飛び去ってしまっても、文句は言うまい。立派に巣立ち己の道を拓く、それもまたよし。遠慮せずに鍛えてやりなさい 》
道を拓きに行ってしまったか。
小鳥の影を追って。
朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの…本当に、その通りだ。おまえはこの国の象徴なのだと、そんな大きな役目を与えて繋ぎ止めておかなければあの子もまた小鳥と同様に手放す羽目になる。そう思っていた。しかし、かつて、他でもない我が身で発言したのではなかったか。まさに、小鳥と初めて出会ったあのときに。
確かに鳥が好きだ。でも、それは翼を悠々と広げて自由に生きる姿あってこそのもの。閉じ込めて占有したいわけじゃない――と。
そうだ。藤の子を守るためと言いながら、この城に閉じ込めようとしたことが間違いだった。
虚しく息を吐いているところへ、翼竜もどきが、そっと寄ってくる。
ぽそりと、隠し持っていた一輪の花を畳の上に置いた。一本きりの、ほっそりとした茎。そこへ細く小さな葉が連なり、群れる緑の中で、ふっくらと橙色を膨らませる花が、ちらほら。
「…提灯百合か」
意味なくこの花を持ってきたとは思えなかった。意図してこの花でなければならぬ気がした。
提灯百合が背負う言葉――それは、『望郷』。
「いずれ…あの子は戻ってくると?」
しばしの間をあけて首が動く。曖昧な肯定だ。「たぶんな」と言いたいのだろう。やはり素直だ。第一、不在となっても不都合にならぬように計らおうとした我が子が城に残していった役者である。悪漢ではないと信じたい。
我が思ふ我が子 ま
事は既に起こった後だ。あの子が向かう先で悲劇を引き起こさぬようにと、今となっては、それを神仏に祈る以外にあるまい。長歌を心の中で唱えて空を仰げば、その先に広がる春らしい柔らかな青もかえって切なく目に映る。
子の成長を信じるならば、手出し無用口出し無用ということか。
ならば敢えて背を向けよう。そう思えばこそ、そっと――縁側の御簾を、おろした。