※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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【 概要 】
 そうやって始まったんだよ。


※ 注意 ※
 特定のポケモンを貶める意図は一切ありません。


第二章/洋:カロス
プロローグ


 すぐに済ませてくるから、と言われた。

「すぐ」のところがやけに強調されていたが、そういうときほど当てにならないことを俺は知っている。

 

 そもそも、今日、出かける支度からしてそんなふうだった。

 リビングで待っている俺に向かって、お嬢は二階の自室から怒鳴るように声を張り上げながら「ごめーん!もうすぐだからー!」と三、四回は繰り返し、そのたびにママさんから大声を出すんじゃありませんと叱責をくらっていた(ちなみに当のママさんも相当でかい声で叱っていたのだが、…こんなこと言ったって野暮なだけだな)。

 結局、ようやく納得いくまでめかしこんだらしい彼女が階下にやってきたのは「もうすぐ宣言」からかるく一時間は経っていて、…いや、文句たれてんじゃねーのよ。年頃の女の子なんてそんなもんだよなって話。大方、覚えたての化粧で四苦八苦してたんだろうという想像もつく。髪型だって人一倍こだわりのあるオシャレさんだしな。俺に人間の言葉が喋れるなら、最近メイクの腕前が上がってきましたね、髪もバッチリ決まってますよと褒めたたえ、「キレイの努力」というものをねぎらってやりたい(このくらいならセクハラにはならないはずだ)。

 

 とにかく、雄は黙ってでーんと構えてりゃいいんだ。急かさないのが肝要なんだろ?シシュンキのビミョーなオトメゴコロ、俺は心得てますよ。一応、物分かりのいいおっさんを自負してるつもり。

 

 その後バスに揺られること20分。デパートに到着して以降のお嬢は、驚くべきタフネスを発揮する。それぞれのフロアをくまなく探索して、まるで迷宮を勇ましく進む探検家みたいだ。予算と相談しながら少しでもお得に立ち回ろうって大人びた顔を見せたかと思えば、きゃーあれステキなんて甲高い声を出して子どもっぽく目移りしたり、お嬢の表情はくるくると変わっていくので見ていて飽きない。「これ似合う?」と訊かれたら、すかさずサムズアップ。曰く、俺がニカッと親指を立てる様を見ると、いかにも太鼓判を押された感じがして安心するんだそうだ。女の子のこーゆーところを、面倒くさがらずに可愛いと思えるようにならないと駄目だぜ。おい、へばって座り込んでるお前らに言ってんだぞ人間の野郎共。ちったァ俺を見習いな。

 

 お嬢は俺と買い物をしたいのであって、荷物持ちとして連れてきたんじゃないんだと重々承知しているが、ほれ、そこは適当な役割っつーもんがある。俺は手やら耳やらを使えるし、おまけに力持ちだから、荷物を引き受けるのはへっちゃらだ。

 ただなあ。…ちと、数が多くないかい。

 大小様々な紙袋、ビニール袋、箱に埋もれている現在。箱にいたっては積み上げて腕にかかえているもんだから、とっくにお嬢の顔が見えなくなっている。

「ホント、ごめん」

 いいってことよ。そういうお嬢も大概な数の袋をぶらさげてんだしさ。

 口調こそ年齢相応に砕けているが、彼女の声音は心底申し訳なさそうだ。形ばかりの謝罪でないところに人柄が出ているから不快にも思わない。それに、タイミングとしては、買い物も終盤だ。このあとは帰るだけだと思えば、別にどうってことない。

 

 本来なら、全部デパート内で完結するはずだった。ところが、ふたりで帰路を辿っている最中に発せられた「あ!」という一言で俺は察する。買い忘れだな。

 予想は的中、案の定。

 さいわい、フレンドリーショップで事足りるということだった。俺は外で待つように言われ――…で、ようやく冒頭に戻るのである。「すぐに済ませる」ってやつね。

 

 屋外待機。妥当だ。荷物の幅と丈で正面を塞がれている今の俺が入店したら通路を塞ぐだろうし、はっきり言って、他の客の迷惑だ。それは店の前でも同じこと。道向かいが公園になっていることは横目で確認していたから、一度、そちらへ渡っておくことにする。

 音だけを頼りによたよた歩き、足の裏に芝が触れたことで目的地に着いたことを確かめ、一旦すべての持ち物を下ろした。やっぱ、視界不良ってのは危なくていけねーや。デパートでは購入品を渡されるがまま次々に持っていったので、持ち方には工夫も何もあったもんじゃなかった。ここでリセットして、改めて安全と効率を考えよう。

 

 俺がふうと一息ついた瞬間、誰かのふっと微笑むような吐息と重なった。

 

「すごい量ですね」

 すぐ隣に腰を下ろしていた若い男が、和やかな声で話かけてきた。メガネの奥で、人のよさそうな細目が柔らかく弧を描いている。ここは木陰だから、眩しいってことはないだろう。たぶん、この目の在り方が彼の素なのだと思われた。

「僕からは、荷物がひとりでに歩いているように見えていました。何事かと思って注視してたんですけど、力自慢のホルードが運んでいたとなれば納得ですね」

 ゆったりとした話し方には落ち着きがあって、こちらに初対面の不安をいだかせない。普段は接客業に就いているんだろうかと、漠然と思う。

『驚かせちまったな』

 鳴き声は通じまいが、俺はこういうときに返事をするようにしている。こびへつらうとまではいかずとも、人間相手には愛想の一つや二つを見せておいた方が何かと得だ。

『うちのお嬢が、トライポカロンに出るんだとさ。その準備だよ』

「ああ、どうりで。若い女性御用達のブランドばかりですもんね」

 間が空いた。

 包装のロゴを見ての発言。それはわかる。だが、会話がえらく滑らかに噛み合ったことに対し、俺は、んん?と首を傾げるほかなかった。

 すごい量だ。何事かと思った。最初に男が発した内容は、見たまま感じたままを言っているだけだった。しかしながら「どうりで」とは何だ。どういう道理だよ。俺の返しを受けて理解しないと出てこないだろ、その相槌は。

「とりあえず、座ったらどうですか」

 困惑の色が俺の顔にはっきりと表れていたらしい。男は苦笑している。

「僕だって普段からベラベラ喋ってるわけじゃない。たまの息抜きです」

 隠し通すっていうのも結構疲れるものなので。

 そう言って、男はストローに口をつける。ずずっと吸い上げられていくのは、細かい氷が浮かんだアイスコーヒーだ。吹いてくる風に秋の気配が紛れているものの、まだ残暑といっていい気温の中で、プラスチック容器の表面にうすらと水滴がついている。

『…まあ、なんだ。人間ってのは、珍しいもんみるとすげー騒ぐもんな』

 そうなんですよ!と男が笑う。話が早くて助かるなあと嬉しそうな様子だ。

 これってもしかしなくてもめちゃくちゃ便利な異能なんじゃねーの?そう思うのだが、どんだけ便利だろうと、使える奴がひとりっきりならあんまり意味はないのかもしれない。供給が需要に追いつかないのは不便なものだしな、うんうん、と俺は心得顔で頷いてみせた。

 俺は、話題になりそうなものを発見するや無遠慮にカメラをパシャパシャやりだす一般人の姿だとか、マイクをぐりぐりと押しつけてくる報道陣のことを思い浮かべる。昼間にやってる下卑たワイドショーをママさんと一緒に見ていると、礼儀のなっていないリポーターのへたくそな取材や無責任なコメンテーター、頭がからっぽなんだろうなと思しき市民の姿を知ることが多いもんだから、あんなのに囲まれて見世物になるくらいなら平凡を装って黙ってた方がなんぼかマシだよなあと更に納得をした。

 周囲を見渡しても、人通りはまばらだ。誰も俺たちを気に留めていないし、会話さえ耳に入らなければ、傍目から見て不自然なところはどこにもない。この男は、こういうノーマークのときに限って自分の特殊能力を発散させているんだろう。偶然、今回の話し相手が俺だったということか。

 俺だってお嬢が戻ってくるまで暇なんだし、付き合う分には全く構わない。いい気晴らしだ。

『少なくとも、俺を世話してくれてる人たちは割かしこっちの言いたいことを酌んでくれるしさ。あんま不自由を感じたことねーけど、今あんたと話してるみたいにもっと細かいニュアンスまで伝えられたらって思うときはあるよ』

「それが普通ですって。使用言語がまるで違いますからね。僕が、周りと比べてちょっとばかり君たちの言葉を聞き取る力に秀でてるってだけのことで」

『そうなんだけどさ。でも、つい「たられば」を考えちまうんだよ。さっき話したトライポカロンの件だって…』

 トライポカロン――カロス地方で盛んなパフォーマンス大会の総称だ。

 所詮はちゃらいアイドルの真似事だと思っていたのだが、全然そんなことはなかった。お嬢と動画を見ていくうちに、浅はかな偏見は消えていった。煌びやかで華やかで、それなのにどこか泥臭くて、少女とポケモンが一心同体となってステージ上で披露する真剣なパフォーマンスに胸をうたれた。誇張抜きで、スポーツ競技でアスリートの活躍を目の当たりにしたときのそれに匹敵すると思ってる。

 お嬢は、そんな世界に飛び込もうとしている。本気だ。パパさんやママさんだって、好き勝手やれるのも若いうちだけだからと概ね肯定的だ。俺も応援する気満々だった。頑張れ、お嬢ならやれるぜと、いつも通りのサムズアップで背中を押してあげる所存でしたよ、ええ。

 お嬢が有名になったらどうなるんだろうなあ。SNSで話題になったりするのかなあ。変な奴に目をつけられたりしないといいなあ。マスコミに追いかけまわされそうになったら俺が守ってやらにゃあ…と、かなーり先々の、具体的な心配までしていた。

 

 

 私とあんたでてっぺんとるわよと言われるまでは。

 

 

 あらやだッもう冗談きっついでホンマ~…と突っ込むこともできず、当時、俺は呆然とした。

 俺おっさんですけど?

 身も心も見た目も年齢もガチでマジなおっさんですけど?それが?トライポカロン?

 

 こんな俺でも、ぷりちぃなホルビーの時期があった。まだお嬢のおしめが取れてない頃のことだけどな。でも、時の流れってのは残酷なんだ。今ではご覧の通りの仕上がりだ。よく言えば恵体。単刀直入にいくと、デブ。

 腕っぷしは強くなったし、お呼びがかかれば近所の建設会社のスタッフとして工事現場に出ることもある。大きな声では言えないが、ビールだってお気に入りだ。パパさんがストックしている冷蔵庫内のあれこれを時々くすねて飲んでいる。いいぞォ、16●4とか。のどごし爽やかで。異国のスーパードライなやつもなかなかだ。年々腹が突き出てきてるのは、運動不足が原因でないことをここに告白する。

 要するに、だ…どう言えばいいのかね…土工系?俺みたいなのは、キラキラしたトライポカロンのニーズからは正反対のところにいると思うわけよ。

 お嬢は優しい。俺のことを働き者だと褒め、もふもふの腹が好きだと言ってくれる。ホルビーからホルードに進化しても、姿形が変わっても、俺を大事にしてくれる。俺もお嬢のことは大好きだし、頼られたら協力は惜しまない。

 惜しまない…けどさあ。

 俺が雌だったらまだ話は呑み込みやすかったと思う。そうなりゃ、外見的にも、歌って踊れる肝っ玉母ちゃんって路線でいけたかもしんない。あるいは雄だったにしても、同じウサギ仲間のミミロップとかな、あいつらみたいな容姿だったらウケもよかったろう。

 だが、所詮はないものねだりだ。繰り返し言うが、俺は純粋培養のおっさんである。

 お嬢と一緒に何度も動画を見てきたから知っているが、トライポカロンに出場しているポケモンたちはパフォーマーの少女とおっつかっつの若もんばっかりだ。エネルギッシュな演技、弾けるような笑顔。中年要素など一滴たりとも混じっていない。

 もうお分かりだろうが、今回はお嬢のパフォーマンス用のドレスだけではない、俺が身につけることになっている各種ファッションアイテムもしこたま買い込んであるのだ。いたたまれなかった。そんなイチゴ味のお菓子みたいなピンク色のあれこれを俺の耳とか胸元につける気でいらっしゃる?どうなってもしらんよ?お嬢がガーリッシュなメイク道具やファンシーな小物を手に取っていくたびに俺は緊張した。お嬢と共に出発し、パフォーマンスの完成度を上げる旅を経て、いずれランウェイを歩く日がやってくるのだという現実が着実に近付きつつあることを実感し、及び腰になっている――みたいなことを、俺は思いつくがままに、隣の男に喋っていた。話し手である俺自身が一番びっくりしているほど言いたいことはあとからあとから溢れてきた。思っていた以上に、俺はこの一件に関して抱え込んでいたのだということを初めて自覚したくらいだ。

 リビングルームで、家族そろってテレビを見ていたとある一夜を思い出す。たまたまタクシーを利用した乗客とドライバーの、ひとときの交流を撮影した短いドキュメンタリー番組だった。乗客たちが無防備に語る身の上話に、俺は驚いたものだ。タクシーに乗ったことがないので、行きずりの運転手にここまで話すのかねえと半信半疑で視聴していたが、今、身を以て体験した気分だ。なるほど、思わず本音がこぼれるってこんな感じなんだな。

 男の方も慣れた雰囲気だった。実はカウンセラーなんですよと言われたって俺は驚かない。そのくらい、聞き役が堂に入っている。

「君はぐるぐると行ったり来たりしているようで、その実、とうに結論を出してるんですよ」

 やるしかないって思ってるんでしょ。本音では。

 ふわりと男は微笑した。

「君が語るのは、ずっと、舞台に立つことを前提とした話でした。参加を辞退したいというよりは、本当に自分が適役なのか自信が持てない…と、いったところでしょうかね」

 この道を行けばどうなるのかと危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる。その一足が道である。わからなくても歩いていけ――

「――行けばわかるよ…って、詩を残した人がいるんですけどね。いいじゃないですか、おっさんがサンドリヨン(シンデレラ)になったって。進んだ先に何があるのか確かめてきたらどうです?」

 私ね、憧れてた子がいるんだ。

 いつだったか、お嬢の、上気して色づいた頬や潤んだ瞳がよぎる。

 あの子がどんな景色を見てたのか、私も同じところに立って眺めてみたいの。知りたいの――意気込んで話していたお嬢の隣に、俺がいてもいいんだろうか。彼女と一緒に、スポットライトを浴びてもいいんだろうか。

「大体、人間の目なんていい加減なんですから。君たちポケモンの年齢差すら判別できない。つまるところ君が中年オヤジかどうかも分からないし、関係ない。もともと美を競うだけのコンテストということもなく、あくまで、絆の強さを魅せる場でしょう?」

 

 ――何より、その子は、君とだから出たいんですよ。

 

 安易な気休めとは感じられなかった。それは、もっと相手を信じろという、…俺を信じてくれているお嬢を信じろという真っ当で真っ直ぐな励ましだった。

 そうなのだ。

 お嬢は、代わりを探そうとはしなかった。勝ち抜くための才能あふれるポケモンを血眼になって求めることも、若くて見目のいいポケモンを募ることもしなかった。それは決して身近な存在で済ませてしまおうという怠慢や手抜きではない。関係性を見込んで、数ある選択肢の中から俺を選んだ。そういう、お嬢の単純明快な意思表示だった。

 何かの間違いだと思おうとした時期もある。だけど、誰も「あいつは止めておけ」とお嬢に言わなかった。俺だけが尻込みをしていた。何でだよ。俺は俺の所為でお嬢が嗤われる羽目になるのが嫌なんだよ。それなのに、どうしてどいつもこいつもいってらっしゃいと送り出そうとするんだ。これで最適解だとでも思ってんの?勘違いおじさんが爆誕するんだぞ。いい年したおっさんがつけあがることほど滑稽なものはないんだぞ。

 

 いいのかよ?

 いいんだな?

 調子こいちゃうからな。

 

『おっさんが歴史を塗り替えて爪痕を残すっつーのも痛快かもな』

 照れくさいから、決意を誤魔化すような軽口をたたいた。冗談交じりに言ってみた。が、男は存外に、真剣な面持ちでいる。なんつーか、…さらっと流してほしかった戯言に、学者ばりのしかつめらしい解説を返されて面食らっちまうときの、あの感じ。

 この瞬間だけ別人みたいだった。それくらい、男の顔は引き締まっていた。

「そうですね。…この世に名を刻んで語り継がれたら――それはどんなに輝かしいことでしょうか」

 ほとんど独り言だ。

 少なくとも、俺に言ってるんじゃなくて、壁に向かって問答しているような抑揚のない呟き。俺は突如として宙ぶらりんになり、何だか身の置き場がなくなった気がして、途方に暮れてしまう。

 

「ショコラー!」

 

 旬の果物みたいな、瑞々しくて張りのある声。荷物ごと腕をいっぱいにあげて、公園の入り口からお嬢が俺を呼んでいる。

 ――助かった。いっぺんに空気が変わった。張り詰めたものは消失して、男の表情筋もすっかり元通り。ふわんと柔らかさを取り戻している。

 それどころか「へえ、ショコラね」と愉快そうに口の端を上げているものだから、軽く睨んでおいた。

 ンだよ。可愛いだろうがよ、ショコラ。文句あんのかコラ。

「さすがに荷物やばいからさー!パパに迎え頼んじゃったー!」

 そいつは朗報だ。あとはパパさんの白いミニバンを待っていればいい。ぶっちゃけ俺も思ってたのよ、この量で公共交通機関利用するのは気が引けるなって。よかったよかった。

 どれ行きますかねと、俺は手際よく荷物を持ち直す。

 少し歩いて、男の方を振り返る。カップの中の氷はすっかり小さくなり、薄まったコーヒーの海を漂っている。

『ありがとな。何とかなりそうな気がしてきたわ』

「僕も君と話せて楽しかったですよ。て(・)っ(・)ぺ(・)ん(・)を(・)狙(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)者(・)同(・)士(・)、これからも頑張りましょうね」

 

 本日二度目の、んん?

 引っかかりを覚えた。

 

 あんたの目指すてっぺんってのは何なんだよ。口を開きかけたのだが、既に男は立ち上がっており、俺はそのまま去っていく彼の背中を見ているしかなかった。

 

 結構、背が高かったんだな。

 この期に及んで、そんなどうでもいい感想が、ひらりと胸の中に落ちていった。

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