INハクダン/ビオラさん
ジム…というか、ギャラリーの印象がつよい一階部分だ。
ジムリーダー自らが撮影したという虫ポケモンたちの写真がずらりと並んでいる。写真の良し悪しなんて分からない素人の僕でも、被写体の躍動感や卓越した構図は感じ取ることができて、ある分野で活躍する人というのはやはり多才なもんなんだなあと惚けてしまう。
…おっと。
のんきに鑑賞している暇もないか。
大いなる第一歩、最初のジム戦なのだから。
階下へと伸びているバーは、あれだ、ポールダンスなんかでよく見るやつ。そいつを握りしめつつ、レスキュー隊員になった気分でストンと落ちていくと、摩訶不思議な空間に降り立つことになった。
「こんな感じなんですね…ジムって…」
入場したのも、参戦するのも初めてだ。
だからって、初っ端から、こんなにユニークな光景が飛び込んでくるとは予想もしなかった。
植物園の中に併設される、巨大な、蜘蛛の巣状の迷路。
所々に朝露を思わせる雫が滴っているところなんか、妙にリアル。
周囲の迷惑にならない限りポケモンはボールの外に出しておくことにしているので、今まさに、コウガくんもルチャさんも物珍しそうに周囲を見渡しているところだ。
それにしても、この不安定な足場でよくもまあ平然と立ってられますね。ふたりとも戦いの達士というだけあって、体幹が抜群に鍛えられている。人間の肉体はままならないので、こちらはすぐにでもバランスを崩して尻もちをついてしまいそうだ。
おっかなびっくりのへっぴり腰で進む情けない僕。ここで日々エリートトレーナーとなるべく頑張っているのだろう輝ける青春ど真ん中な少年少女たちと真面目にバトルする三十路のおっさん。いやはや、メンタルも鍛えられるってもんですよ。
途中で手合わせを申し出てくるトレーナーたちは、レディバとかミツハニーとか、やたらと可愛らしい虫ポケモンばかりを場に出してくる。コウガくんお得意の必中「燕返し」で無双していくのが申し訳ないくらいだ…けど、こっちも手加減なんて失礼なことはしないからね。まあ、約束された白星ってやつだ。
コウガくんは水タイプのみならず悪タイプを複合しているので、元来、虫タイプとの相性はさほどよくない。しかし、彼が生まれ持つものは「変幻自在」という特性だ。「自分のタイプを繰り出した技タイプと同じにする」というトリッキー極まりない性能であり、実質、自分の技をすべて「タイプ一致(=威力1.5倍補正付き)」で撃つことが可能となる。うーん、このチートっぷりよ。おかげで、飛行タイプの技を出してしまえばそのまま飛行単一型となり、悪タイプを消せるばかりか虫ポケモンへの防御手段としてもバッチリ機能してくれるわけだ。涼しい顔して器用に何でもこなし、敵対する存在を素早く片付けていくあたり、さすが忍者っぽいだけのことはある。
こうしてモブを一掃しつつ大将首へと辿り着くのだが、そこでは、労い代わりに「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙っていくんだから!」と元気にキめてくれる溌溂とした女性ジムリーダーが仁王立ちをかましていた。
「よ、…よろしくお願いします…」
気圧されて思わず小声になれば、悪戯っぽい笑顔が返ってくる。
「そんな弱腰で大丈夫?シャッターを切らなきゃ写真は撮れない!攻撃しなきゃバトルには勝てないわ!」
おやおや。
うだつが上がらない萎びた男だと思われてるんだろうか。それはちょっと困るな。
「いやー…、おっしゃる通り。
では、駆け出しのトレーナーなりに本気出して頑張りますんで、どうぞお手柔らかに」
こちとら、フルアタ仕込みですけれども。
アメタマ?ビビヨン?可愛い虫ちゃんたちでも容赦なくフルボッコやで。
さて――忍術頼みではなく、せっかく本家の飛行タイプをお迎えしたのだから初陣といこう。
それではルチャさん。いってらっしゃいませ。
高い実力を誇りつつおごることのない彼は、新前トレーナーの僕が出すあれこれの指示もしっかり聞いてくれるし、ありがたい限りだった。というか、他者の指示に沿って動くことを新鮮に思い、面白がっている節さえある。
一発一発の火力もあるし、何と言っても素早いし、先手を取って上から殴るという文字通りのことができている。
いいんじゃない。いいんじゃないのルチャさん。余裕のある男って感じで、素敵だ。
そりゃ、敵さんも無抵抗ってことはないからね。
アメタマが冷凍ビームにシグナルビーム、バブル光線、ビビヨンがソーラービームと、円●プロの看板ヒーロー顔負けの攻撃が飛び交うバトルフィールドは見応えがあった。でも、当たらなければ問題ないし、でかい技にはためが要るから隙も生じやすい。虫タイプらしく、ねばねばネットとか眠り粉とか、そういうスピード殺しの搦め手が早い段階で機能していれば向こうだってもう少し善戦したと思うんだけど(とか、偉そうなことを言ってみる)。
疾風になって翔けるルチャさんの活躍もあり、僕らは何とも危なげなくバグバッジを手に入れていた。ま、でしょうね。こんな出だしでつまずいていたらチャンピオンなんて夢のまた夢なんだし。
「幸先がよくて大いに結構」
ね!と振り返るが、途端にズッコケそうになる。
リアクションが古いのは勘弁してほしい。何度も言ってるけど三十路なんだって。こっちは。
『流石、見事な戦いぶりでござるな』
めっちゃくちゃに、うっとりした眼差しで、コウガくんがルチャさんの健闘を称えていた。
あれれ?なァに?何なんです?その目。
褒められて悪い気はしないらしく、一方のルチャさんは、…コウガくんの意味深な視線に気付いているのかいないのか、ひとまずも、終始にこやかに応対している。
えー…何これ。
何を見せつけられちゃってるの、僕は。
実は、このふたり…というか、主にコウガくんに関して、これから僕は散々に気を揉む羽目になるのだけれど――それはまた別のお話なのであります。