放課後の校庭で 課外授業な愛を知る/相対性理論『地獄先生』
私の学校には、変な先生がいる。
皆は、「優しい先生だよ」とか「いつもニコニコしてるよね」とか、すごく好意的に言ってる。だから「えー、そんなことないでしょ」って言いにくいし、非難しちゃダメ的な空気があるんだよね。でも、少なくとも私は、先生の人気に対して密かに首を傾げ続けている。
あなたは勘が鋭いもの。
これ、天国にいっちゃったおばあちゃんの言葉。
あなたが妙だと感じる相手がいたら気を付けなさいって、言ってくれてた。その理屈でいくと、私はあの先生のこと妙ちきりんだって思ってるんだから、気を付けなきゃね。
だってさ。
見るからに不審者じゃん。
何考えてるのか分かんない顔してんじゃん。皆、どうして気付かないのかな。
「ねえ、先生」
先生は、担当クラスの子じゃない私にも、ちゃんと接してくれる。
どうしました?って。
声は優しげだけれど、やっぱり、いつ見ても笑顔が胡散臭い。
「先生ってさ、実は幽霊だったりしない?」
「…これはこれは」
後から振り返ってみれば、いきなりこんなことを訊いた私の方だってだいぶ変な子になってたんだけど、先生は怒ったりしなかった。
「随分とスピリチュアルなジョークですね。幽霊みたいに怖い?怪しい?どっちだろう?」
「どっちかっていうと、怪しいかな」
「そうですか。手厳しいですね」
「ほら、先生って割と墓地にいることが多いじゃない?でしょ?
大きな桜の樹があるところ。私、おばあちゃんのお墓参りによく行くから知ってるんだ。先生もそうなの?」
ほんの一瞬だった。
気配。目に見えない何かがキシッと冷たく強張った気がした。
たぶん、言っちゃいけないことを言ったんだって、その場の空気で分かった。
相変わらず、先生はニコニコしている。
ニコニコしている。
口元だけを上げて。
目は、全然――笑って、ない。
「…君、秘密を持っていたりしますか」
「ひ、…ひみつ?」
「そう。誰にも打ち明けず、自分の胸の中にだけとどめているような」
唐突にそんなことを訊かれてびっくりしたけれど、私は何とか頷いた。
「うん」
秘密。
お母さんが棚にとっておいたおやつを黙って食べたことって、カウントされるんだろうか。このあいだ、図書室から借りた本にうっかりジュースの染みをつけて、なんなら、ふやけてちょっと破れたんだけど、そのまま返しちゃった。これも秘密かな。先生のことをきなくさいって思ってるのだって、きっと当てはまる。そういう、ちいちゃいことなら、たくさん。
そして、『 あのこと 』も。
内緒だ。
「話せないこと…けっこう、あるかも」
「そうですか。僕と一緒ですね」
不自然なくらいに、先生の声は柔らかい。
「その秘密は何なのって尋ねられたら、どうします?」
「困っちゃう」
「おや。やっぱり一緒だ。僕たち、気が合いますね」
先生、困っちゃったのかな。
そう察したが最後、何も言えなくなってしまった。
もう話すことはないぞ、と、直接言ってくることはなかったけれど、先生の方もそんな感じだった。すうっと、それこそ幽霊が目の前から消えたみたいに、会話が途切れた。
「…さあ。もうすぐチャイムが鳴りますよ。次の授業の準備をしなければ」
「はーい!」
私は、物分かりのいい元気な子どもを演じる。「またね!」と言って、手を振ってみせる。
すると、先生も振り返してくれた。「またお話しましょうね」なんて、社交辞令まるわかりのトーンで。
教室に向かって走り出す。
先生の、細い目の隙間から、夜みたいに真っ黒な瞳がのぞいていたことを思い出しながら。
やっぱり、変な先生じゃん。
ついでに、ちょっと怖いし。
私は改めて、うすら寒いものを感じるのだった。