二周目コウガくん、本領を発揮する。
共に過ごして、まだ一ヶ月かそこら。
でも、新しく仲間に迎え入れた彼の内面を知るには十分な日数だったと思う。
古の文字通りに「
将来有望な新入社員が来てくれたときの社長の気持ちってこんな感じなのかしら。どこぞのひねくれ蛙とは大違いだ。
愛称とはいえど、これはもう「さん」付けをせねばなるまいと思えたから、謹んで、敬意を込めて「ルチャさん」と呼ぶことにした。
カッコイイでしょ。頼れる仕事人って感じ。
それだけじゃァないんだ。遮らずに耳を傾けてほしい。ほら、惚気ってさ、他人に聞いてもらってこそじゃない。「
うちのルチャさんがさァ~。
すげー可愛いんだ、これが。
先にも言った通り、普段は「キャーこっち向いてー!」と黄色い声を出しつつデコうちわなり高輝度サイリウムなりを振り回して気をひきたいほどの男前である。
だけど、こう、…実はですね。彼、ちょいちょいギャップを出してくる罪作りな無意識型のジゴロなんですよ。恐ろしいことに。
人間と生活を共にするのは初めてだから、街並みにせよ食べ物にせよとにかく五感で享受するもの全てが珍しいらしく、常に「好奇心いっぱい!」という表情で大きなおめめを輝かせている。可愛い。
公共の場で過ごす際の様々なマナーについてもレクチャーするのだが、いつも「ふむふむ」といった感じで素直に聞いてくれる。可愛い。ついでに言っておくと、呑み込みも吸収も順応も早かったりする。賢い。
僕らの旅路は大きな荷物がつきものだから、移動の負担を減らすべくバイクを利用している。町から街へと走行し、駐車し、宿泊施設を拠点としつつ近隣の草原や森、海へと出かけ、バトルの特訓をしたり…というサイクルが定着しつつあった。
で、この愛車、抜かりなくサイドカー付きのすぐれものである。せっかくなので、荷物を積むだけでなく、ポケモンたちの搭乗も許した。当然と言おうか、ボールの中で大人しくしておくよりは景色も楽しめるし、開放的なサイドカーのことを彼らもまた気に入ってくれている。特にルチャさんは、自分で飛んだり走ったりするときとはまた一味違う風を受けて、実に楽しそうだった。可愛い。
ところが、何かとルチャさんへ相好を崩しがちな僕よりも、はるかにデッレデレのベッタベタなガチ勢がいた。
言わずもがなコウガくんである。
何で?ねえ何で?
明らかにコウガくんがメロメロの術中にはまっている。よもやよもやだ。同性すら虜にしてしまうのかルチャさん…さすが美丈夫は格が違うぜ。
彼の特性「型破り」って、そういう方面もいけちゃうの?セクシャルな型も突破してしまうん?とか、とんでもなくバカなことを、しかし一時期は本気で考えてしまった。仮にそんな効果があるのだとしても僕は驚かない。現状、さもありなんと納得すると思う。
当初、ルチャさんに対する特別扱いを、僕は深刻に捉えていなかった。コウガくんなりに好敵手の存在が嬉しいのだろうと、そう解釈していたのである。
直に拳を交えて素晴らしいバトルを展開したのは事実だし、そのときに湧き上がったルチャさんへの尊敬とか憧憬とか、そういうものに根差す厚意の表れ…だと、思っていたのに。
どうやら違うらしい。
日夜飽かずに繰り返される、対象がルチャさん限定の、紳士的な振舞い。あま~い言動(いずれも素知らぬ振りをするにはかなりの努力を要した)。まるで前世の恋人と再会しましたと言わんばかりの熱烈っぷりである。
え、これってアレなの。
一目惚れってやつなの。
まさか。
嘘だと言ってよ。おまえそういう奴じゃなかったでしょうが。「恋愛」って言葉に唾を吐くようなタイプだったじゃん。「ボクはそんなことには目もくれないストイックなところが売りなんですよー」みたいな、かつての澄まし顔を取り戻せ。ほら、早く。
ぶっちゃけ見たくなかったぞおまえのデレ顔なんて。塩対応上等、常にダウナー系であってほしかった。
そんな思いをかかえつつチラと見遣れば、現在、ふたりは河原で模擬戦をやっている真っ最中だ。
手を抜くことのないハイレベルな真剣勝負。感心感心。互いに研鑽し合う関係は素晴らしい。大いに結構なことじゃないか。…そう思いたかった。それだけにとどまらない絵面になっているのは、どう考えてもコウガくんの所為だった。今だってものっそい喜色満面なんだもん。目も当てられやしない。
ある程度、彼らは放っておいても大丈夫。
むしろ下手に喋りかけたらコウガくんが不機嫌になるので、ふたりの世界に集中させてあげよう。
この間、僕はそっとスマホで検索をかけることにした。自分のスマホ検索バーに「同性愛」という単語を打ち込む日が来ようとは思わなんだ。未来は不確定要素にあふれている。
相手がヘテロでも諦めるな!アプローチの仕方はある!みたいな、世間様での経験談がごまんとヒットする。ありがたい。
…えーと、…まだ関係の浅いうちから好意を見せておくと、同じく好意が返ってきやすい…好意の返報性…ほーん…勉強になるなァ…。
あの、…可能性の話ですけどね?出会って幾らも経たないうちからコウガくんがいけいけドンドンで好意を隠さず突っ走ってるのって、これが理由だったりします?
他にも、些細なことを褒める…とか。あららどうしましょ。褒めてる。褒めまくってるぞ。いっっっつも。ルチャさんの容貌、性格、仕草…何かにつけて『美しい』とか『流石だ』とか何とか言ってるわあの蛙。
あとは何だ、特別感を演出?なるほど。これも毎回のことだ。『御主だけだ』ってフレーズを度々耳にする。こんなふうに褒めるのは、自分のことを打ち明けるのは、相談するのは、あなただからなんですよ…ってことか。秘密や弱みの共有で信頼関係も強めていくという一石二鳥の方法…あざといわーマジで。
そして極めつきがボディタッチときましたか…、今更だな。触ってる触ってる。ルチャさんのつむじから足の先までコウガくんの指紋まみれになってるんじゃないかと危ぶむくらいに触っている。あの身長差だから、コウガくんがぽんとルチャさんの頭に手を置いたりしても別に違和感はない。それをいいことに、肩や腕にもごく自然な感じを装って積極的に触りにいってる感がある。バトルなんて濃厚接触そのものじゃないの?
日常的に使っている、あのサイドカーにしたってそうだ。先にコウガくんが乗り込んで、小柄なルチャさんをバックハグでぎゅうって…うん…にわかに思い出した。頭が痛くなってきた。いや、サイドカーの構造上そういう体勢になるんだろうけれど、…でも、コウガくんの下心込みと分かった今、これからどんな顔をしていればいいんだ。動揺して運転ミスりそう。
総括。
こっわ。何この蛙こっわ。
おまえ童貞だろうが。なんでそんなにテクってんの。本気出しすぎでは ???
人生二周目ですってくらいの異様な仕上がりに恐怖すら覚える。
あー、それでかァ…
まずはルチャさんの距離感バグらせにきたんだな、あいつ。
お見事だよ。
現に、ルチャさんのフィジカル・ディスタンスの感覚は狂いまくっていた。コウガくんの、人間でいうところのパーソナルスペースが異様に近くてもそれに慣れちゃったんですねご愁傷様です。だってルチャさん、まったく不自然に思ってないっぽいし。というか、「元から人間と生活してた奴ってこんな感じか…」という自己完結をしているらしかった。コウガくんからの親切も「仲間ゆえのこと」と認識し、非常に純粋な受け止め方をして、満更でもなさそうで。
さてはルチャさん、天然だな。そうでしょ。
これが普通…って、ンなわけありますかって。本来もう少し他者には遠慮するし、慎み深く接するもんなのだ。あの蛙がヤバいだけだ。
「…コウガくん、ちょっと」
特訓も一段落、という感じだったので声をかけた。
ふたりにオボンの実を渡しつつコウガくんだけを手招くと、あからさまに面倒臭そうな足取りでやってくる。この落差よ。
「この際だからはっきりさせておきたいんですけどね」
君って、ルチャさんにLOVEな感じなんですか?
そっと耳打ちした際の、コウガくんの顔たるや。
「何言ってんだコイツ」という蔑みでもなければ、「そんなことない」という焦燥でもなく、「そうですけど何か」みたいな、思いっきり開き直っている表情を僕の眼前に叩きつけてきた。
「なんだァ?てめェ……( 忍蛙、キレた‼ )」という、愚●独歩を思わせる不遜な面構え。そこに、照れや誤魔化しは、一切ない。
「いや、…別に咎めようってことじゃないんですよ。偏見を持ってるつもりもないですし。ほら、僕、こう見えて元は教師ですから」
あーあぁ…薮蛇っつーか、…薮をつついて恋心が出てくるなんて誰が予想するよ。どうすんのコレ。このままでは薔薇の蕾が花開いてしまうのも時間の問題…、…やだなあ、それ…。
誤解がないように言っておくと、ホント、嫌悪感はない。コウガくんが誰を好きになろうと構わないし、そんなことは「どうぞご勝手に」って感じだ。じゃあ何が嫌って、そりゃァ勿論、サイドカーにリア充を乗せることですよ。ええ。
僕は至近距離でのいちゃつきを許容できるほど寛容な性格はしていない。
女子とかさ、よく揉めるじゃないですか。三人でつるんでたはずなのに、いつの間にかそのうちの二人が仲良くなっちゃって、残った一人が疎外感を覚える…みたいなパターン。泣いて相談しにきた生徒たちが何人も脳裏に浮かぶ。
そうだろうさ。除け者だなんて、何それ寂しいじゃないの。
おのれコウガくんめ。僕をハブろうったってそうはいかないぞ。
一応「ちゃんと相手を尊重しなさい」「気持ちを押しつけるようなことをしたらダメですよ」と忠告しておいたが、「言われんでも分かっとるわい」という顔をされてしまった。ええー?ほんとにござるかぁ? 「それなら大丈夫だね」と全く思わせないところにコウガくんの残念な日頃が浮き彫りになる次第である。
いまいち信用ならんことに加え、コイツが斜め右方向へトチ狂っている以上、頼みの綱はルチャさんだけだ。
お願いだ…君だけは冷静でいてくれ。コウガくんのことはライトな感じの好きピで止めとこう。いいとこ彼ピッピ。マジで頼む。このとおり。この蛙を彼ピへ昇格させるなんて、それ、悪趣味にもほどがあるからね。君ならそんな愚かな過ちは犯さないよね。ね。ね!ね !! ルチャさん !!!…――という、僕の切望もいずれ塵と消えゆくことになるのだけれど――それはまた別のお話なのであります。