INショウヨウ/ザクロさん
いやコレめっちゃ運痴殺しですやん。
ボルダリングで頂上を目指しましょうって、マジかよジムリーダー。正気?
そびえるホールド壁を前に、言葉を失ってしまった。
大丈夫、それでも僕は冷静だ。内心でひとしきり愚痴ったものの、実際は「エレベーターで階上のバトルフィールドに向かってもいいですよ」という案内を受けている。
使ってもいいってんだから、何を遠慮する必要がありましょう。文明の利器一択はい決まり。…と、なるはずだったのだけれど。そのあまっちょろい逃避はすぐに雲散してしまった。
僕に向かって、ぐっと突き出されるルチャさんの拳。「男なら登りきれ」と、僕の挑戦を信じて疑わずに応援する眼差しが、とっても眩しい。
…こんなふうにされちゃァ、ねえ?
クライムするしかないじゃない?さすがに、この真摯なエールには背けない。ルチャさんはどこまでも実直だなあと苦笑しつつ、僕はグータッチを交わす。
「分かりました。頑張ります」
両手にチョークをつけて、いざ。
カラフルな突起をがしりと掴む。
…あー、…まったくもう。
あいつらはひょいひょい先にいくんだもんなァ。人間の肉体はままならないんだってば。こちとら君らみたいに身体能力極まってないわけ。
その中で、ちょくちょく振り返っては僕の進捗や安全を確認してくれるルチャさんである。その優しさが尊い。ホンマええ子やで…。
対照的に、コウガくんは「もうアイツ置いてこうぜ」的な感じで白けた顔を見せていた。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。
ルチャさんがたびたび思いやりを示してくれるからこそ、相対的に、コウガくんが僕に対して心を開いていないことがよく分かる。絆やら信頼やらという言葉からは縁遠いしな、この蛙は。ま、ビジネスライクにいこうと最初に提案したのは僕なんだから今更コウガくんとの関係性を変えようとも思わないけれど、たとえ同居した年月が長かろうと互いに能率重視で、これほどまでに何も深入りしてこなかったのは割と驚くべき事実なのかもしれない。
コウガくんは、一見すると謎めいているようで、その実、とっても分かりやすい。行動原理がはっきりしている。納得できればいかにきつい鍛錬だろうが文句も言わずにやるけれど、合理的でない要求は頑として聞き入れない。僕のことも、懐いているから一緒にいるということは全くなくて、ただ、利用価値があるうちは傍にいた方が何かと好都合だと考えているのだろう。どこまでも上から目線なんだよなあ。
カロス地方では、トレーナーとポケモンの深い結びつきによる「進化を超えた進化」、いわゆるメガシンカの研究が盛んに行われているが、仮に僕がキーストーンを持ち、コウガくんがメガストーンを持ったところで何の変化も起こらないと断言できる。ルチャさんの方がまだ可能性あるわ、親密にしてくれてるもん……等々、余計なことをつらつらと思い巡らせながら、僕は手足を動かしていく。
***
「の…登りましたよ…!」
息も絶え絶えに到着すると、「いやァ、素晴らしい」と柔和な声が返ってくる。
青年が一人、称賛の拍手をしつつ爽やかな笑顔で迎えてくれた。
スポーツ全般が得意な人物なのだと聞いてはいたが、確かに、引き締まった肉体の若々しい男性である。何だか、聞きしに勝る、って感じ。
「登ってるとき、どんな気持ちでした?」と尋ねられた。
手持ちのことをクソだ何だと毒づいていたわけだが、そんなことを馬鹿正直に言えば品格が疑われてしまうので、無難な言葉のチョイスを脳内からひねり出す。
「何も考えてなかったかもしれませんね。無心、というか」
本当はだいぶ注意散漫でした。大噓こいてます、ごめんなさい。
しかしながらこの回答、それなりにイイ線いってたらしい。「それでいいのです」と、にこやかなお褒めの言葉。やったぜ。
「では、何を見つめていましたか」
こういう感じで教師に質問されたら、何が正解なのか自信がなくて、ちょっと緊張するよね。生徒ら少年少女の気持ちが、いま改めて理解できた気がした。僕もう三十路なのに。
「…そうだなあ、…上だけ、見てました」
専念する――ということが、とにかく肝要なのだろう。
そう思ったからこそ口に出した返答に、アスリート然としたジムリーダーは、そっと微笑む。
「それはまさに、一点の曇りもなく透き通った心です。
バトル前にクライミングを勧めているのも、精神統一のためなんですよ」
あ、そういう…。
御自分なりの哲学があったわけですか。心の内とはいえ「正気?」とか言ってごめんね。
「さあ、…壁を制覇したその先には、今度は私と言う壁があります。次は私を制覇してください、チャレンジャー!」
長い手足をすらと伸ばして。
しなやかな若木のような彼から、明朗な声が響いてくる。それが何とも様になっていて、思わず目を惹く格好良さがあった。
「どんなに手を伸ばしても届かないものもあるでしょう。ですが、諦めないこと。どんな時でも、どんな相手でも、諦めないこと…私は、その想いこそが大切だと信じています」
「…その考え、僕も分かります」
諦めたくないことがあるからこそ、僕はこの旅を始めたのだから。
――こんな感じで、おっさんなりにキリッとキめ顔作ったのにさ。直後、間抜け面へと崩れてしまった。
あっれ、アマルスじゃないんだ ⁉ 初手がイワーク ⁉
バトル開始早々、ジムリからの猫だましをモロにくらった形である。
しかもさ、このイワーク、自重ガン無視でぴょーんて上空めがけて跳ぶし。え?え ⁇ 僕の知ってるイワークの動きじゃないぞ。所詮ポッポと同じ攻撃種族値じゃん (笑) とか舐めプしてすんまっせんッした。いやホントに。
チゴラスに至っては流星群覚えとるしよ。おまえさん進化前じゃろがぃ。どういう滅茶苦茶なバトルセンスしとんの。ねえ。
…まあ?それでも?これしきのことで取り乱す未来のチャンピオンではないのだ。
イワークなら水四倍であっけなく崩壊する柔らかさだし(あまりに柔らかすぎるので弱点保険を所持している可能性を考慮しなければならないが)、チゴラスもドラゴンのポテンシャルを持っているとはいえ水には弱いわけで。
うちには、絶対エースがいますから。
…って、思ってましたよ。最初はね。
いや、動きは申し分ないのだ。
それどころか動きがヤバすぎて僕はいつのまにかスペキャ顔になってしまったんである。
身のこなしがガチもんのポ●拳じゃねーか。競技間違えてんぞコウガくん。
唖然とするトレーナーを振りきって、対戦相手二体諸共を秒でくだし、「フ…」みたいなドヤ笑みを浮かべているバカが一体。
リーダーの手持ち処理を任せてもらえた喜びのあまりに張りきっちゃいました…とか、そんな次元ではない。理由はいたってシンプル…僕が立つトレーナーエリアで、ルチャさんが一緒になって観戦していたためと思われる。思われるっつーか、間違いない。僕には確信がある。
その昔、軍隊を編成する際に、隊員たちの念縁関係が推奨されたと聞く。同じ釜の飯を食うという日々の経験、そこで培われる強固な絆――それが兵士の生存率を高めることに繋がったばかりか、アレだ、…好きな人の前では格好つけたい心理が働いて戦績も良くなったらしいし、…なんて、そういう話を思い出してしまった。不覚にも。
『すごい体捌きだったな!』と弾むように感動を語るルチャさんへ『それほどでも』とコウガくんらしくもない謙遜を見せた後、『御主からの声援に応えたくて』と、平然とかましやがった。
んー?
戦隊ヒーローショーみたいな物言いが聞こえた気がしたけど幻聴かなァ?