オタサーの姫、降臨。
かの有名なシンガーソングライターは、世界に向かってこう囁いた。
Imagine――想像してごらん、と。
想像してみてほしい。
野宿で、夜間で、テント内で。寝袋にくるまる僕と、その隣で雄ポケモン二体がいちゃついている地獄絵図を。
平然とルチャさんを抱きしめて寝転がり、満悦の表情を隠さないコウガくんである。
まあね。確かに寒いかもしれんよ、この時期は。
したってさあ、ちょっと大胆すぎやしないかい。
『…こんなにくっつく必要があるのか』
『ある』
うォォォい!グレニンジャこの野郎。
頑張れ。頑張れルチャさん。君の違和感は正常だぞ。本能からの警鐘に耳を傾けるんだ!もっと言ってやれ!
『御主の羽毛が温かくて、つい』
『おまえ、…俺で暖を取ろうとするな』
『まあまあ。そう言わず。狭いテントゆえ致し方ない面もあるしな』
狭いだあ?ンだとてめー。
装備でケチりたくなかったからこちとら大枚はたいてちゃーんと五人用テント買ってるんだッつーの。
『御主も、この方が凍えずに済むのでは?』
『…それは、まあ…』
「…それは、まあ…」じゃないが。主要キャラの攻略難易度ゼロって、それゲームバランス崩壊するやつだから。あんまり簡単すぎても叩かれるんだって。ぬるゲーじゃなくてクソゲー扱いされちゃうんだってば。ねえ。
いくらなんでもチョロすぎひん?ルチャさんや。保温と防水のために羽が生えてるんだってことを分かっているのかい。誰かとくっつかなくても単体であったかく過ごせるんだよ、君は。
…あー、…もう、これだからね天然は…。
ていうか、そもそもの話、僕だって寒いの嫌だから防寒対策ばっちりにしといたんですがそれは…。下には断熱シート敷いてるし、テントの素材だって厳選したし、冷気遮断のスカート付きでっせ、これ。
このあたりで僕の顔には「すん…」ってな具合に虚無が到来しているのだが、ふたりは全く気が付かない。厳密に言うと、コウガくんにいたっては敢えて無視している感じがする。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。
『拙者、寒さが苦手でござる。こちらを助けると思って』
ついには泣き落としときましたかこの恥知らず。
で、こんなに見え透いたちゃっちい一言に、まんまとルチャさんも同情心を動かしちゃうんだもんなあ。『そうか…』って大人しくなるし、むしろ自分から寄り添ってあげてるし。あ"あ"あ"、距離感バグった弊害がこんなところにも。
そのうちすっかり安心しきって、ウトウトしだして、すよすよとコウガくんの腕の中で寝る始末。あらやだこの子ったら、危機感を卵の中に置いてきちゃったのね…君をゲス顔で抱きしめているソイツは蛙の皮を被った狼なんだと早く気付こう?隙を見せたらぱくっと食べられちゃうよ?
こんなあくどい蛙を前にして無防備な寝顔さらすなんて、…その無垢な様子に躊躇いを覚えるような可愛い性格をしていないぞ、うちのコウガくんは。どちらかというと喜んで手を出す派でしょうよ。だからね、襲われて掘られて処女喪失したって文句言えずに泣き寝入りがオチだよルチャさん!そんなの嫌でしょ!もうちょい自衛して!
絵に描いたように傍若無人なコウガくんだから、いずれ僕を後目にテントの中でおっぱじめるんじゃないかと戦々恐々としている。僕、雄同士の濃厚な愛の営みを傍観して平気でいられるような耐性ないから。あってたまるか。そんなことがあった日にはSAN値直葬だわ。
なーにが「寒さが苦手」だ大嘘つき。おまえ暑がりだろ。おまえの「めざパ」タイプが「炎」なのはとうにお見通しなんじゃい、トレーナーなめんな。潜在的な耐寒性が高いくせによくもまあぬけぬけと。いつぞやの夏、クーラーの設定温度をバカみたいに下げて夏の電気代をとんでもないことにした一件を僕は忘れてないからな。
そろそろ文句の一つでも言ってやろうと思ったけれど、既に、コウガくんも眠ってしまっている。現金なやつめ…、…幸せそうな顔しやがってさァ…。
***
事態は深刻を極めている。
リア充ペアと僕、つまり2:1の構図が(多分にコウガくんの策略もあって)出来上がりつつあった。予てより恐れていた事態である。
僕は寂しがりやのおっさんなんだ。孤独には弱いの。もちょっと優しくしてよ。
――OK、これも僕に課せられた試練として受け止めよう。今こそヒーローズ・ジャーニーの体現者になってやろうじゃないか。
こうした困難に立ち向かい、問題解決を図り、状況を打破することができたとき、そこに主人公の確かな「成長」があるのだ。
上等じゃねーか。リア充共を踏み台にしてもう一段先の高みにのぼってやんよ。プルス !!! ウルトラ !!!
僕だって、忍蛙と小鳥の怪しげな進展を指をくわえたまま見守る気はない。
秘策は!既に!ひらめいている !!!
もう一匹捕まえたらいいんですよ!
ね!構成員を偶数にすれば無問題!
そんな迷える僕の前に現れたのが君だ
草むらから現れたアンテナねずみちゃん、嗚呼、
目と目が合った瞬間から、僕はビビビッと理解した。彼女こそ僕の救世主なのだと。
例によってあいつらは鍛錬に励んでいる。丁度いい。今この場には、僕と彼女の神聖な時間だけが流れていた。
僕はすぐさま跪き、所持していたありったけの木の実を並べて、そっと手を差し伸べる。
「
彼女は驚いた様子を見せているものの逃げ出すことはなく、そのまま足を止めて僕の話を聞いてくれている。嬉しい。
「必ずや、君を『世界で一番おひめさま』扱いすると約束しましょう」
目の前の木の実も全て君のものだ。
業務経験、学歴、年齢、一切不問。
風通しのいい社風を自負してます。
君の頑張りを必ず高く評価するし、
乙女が活躍できる福利厚生制度や、
美容と健康への配慮も確約しよう。
先輩たちも優しいから安心してね。
設備資金、運転資金も共に盤石の、
「ホワイト企業です!おいでませ!」
と、まあ、いかにもブラック企業にありがちな謳い文句を連ねて勧誘をはかるあたり僕も大概なのだが、古●伊知郎かってくらい一息に言いきって、御令嬢の様子をうかがう。
んー…と、考える素振りを見せるデデンネ。思案顔もキュートだ。思わず目が釘付けになってしまう。
バチェロレッテ、どうか僕を憐れんで。紅のバラを一輪くれないか。ドキドキしながら見つめていると、やがて彼女はてちてちと歩み寄り、ぽんっと僕の手のひらの上に乗ってきた。
『 委細承知した 』
なんて?
と、不敬なことを尋ね返す間もなく、僕は姫君の楚々とした微笑みにノックアウトされてしまったんである。
***
「と、ゆーわけでッ !!!」
電気のパチパチに妖精のフワフワを兼ね備えた素敵なお姫様をお迎えしましたぁ。いえーい。
鍛錬場へ戻って高らかに告げてやれば、むさい雄共はポカンと間抜け面をさらし、対する姫君は、僕の両手の中でペコリとお辞儀をしてみせる。なんて礼儀正しいんでしょうねこのMy Fair Ladyは。
「男所帯に舞い降りた紅一点ですよ。野郎共、心して尽くしなさい」
++++++++++
『…何の用だ』
するりと右腕に乗ってきたデデンネは、素っ気ない物言いに怯みもせずにたおやかな笑みを浮かべた。
『諸先輩方に挨拶を、と』
聞き覚えのある声が一瞬こちらの動きを止め、その僅かな不自然を、彼女は見逃さなかった。
『おや、小鳥と違っておまえは覚えているんだな』
おまえも当たりくじを引いたのか。
その姿からは想像もつかないような気品を漂わせながら、霊界での出来事を語る。
『久しいな』
『…お
あからさまに『げ、』という顔をしたのだが、彼女は一向に意に介さない。それどころか、ころころと、鈴を転がすような玲瓏な声をたてた。
『獣になってまで「姫」と呼ばれるとはな。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ』
『…だからといって、…別に、おまえに仕える気はないぞ』
『無論だとも。私はあくまで後輩だ。指導のほどをよろしく頼むぞ、こうが殿』
毒気を抜かれるような柔和な物腰で、終始、デデンネはにこやかだ。
『現世でも小鳥に狙いを定めているのか。天晴れな執着心だな』
『…おまえには関係ない』
『あるさ。私にとっても大切な相手に変わりはない』
『どの口が』
自ら手放したくせに。
嗤ってやるが、それでも、彼女の静かな微笑は崩れなかった。
『言い逃れはしない。だからこそ、こうして邂逅したからには償いたい…そう思う。
おまえも、今後とも変わりなく小鳥を愛してやっておくれ』
何かあれば言うといい。協力するぞ。
ひとまずは気が済んだのか、デデンネは男のもとへと去っていく。
よりによってあの女を引き当てるとは…、余計なことをしでかしやがってあのクソ野郎。
とんだお節介焼きが加入したものだと、ゲッコウガはいつになく鬱々たる溜息を吐き出すのだった。