裸の心:抱えて 受けとめて 震わせて。
テントを抜け出したのは深夜帯だったから、上弦の月はすっかり傾いて、ただ、西の空の端に引っかかりながらも冴え冴えと輝いていた。
すぐ傍に広がる湖にも薄黄を帯びた月明りが綺麗に映り込んでいたが、吹いてきた夜風が水面を揺らして、月影を崩していく。
ゲッコウガに『話がある』と言われて湖畔まで連れ出され、共に佇む現在の――この場に横たわっている緊張の意味が分からぬほど、愚鈍ではいられなかった。
意を決したように見つめてくる薄紅の双眸の中に、誠意とか本気とか覚悟とか、そういうものを見つけてしまって、気付けば、こちらの背筋も伸びている。
『 好きだ 』
思いのほか静かな声が、耳朶を打った。
『この世で一等、御主が好きだ。拙者と
すき。つがい。
一つ一つの言葉が、消せないインクみたいに、心の奥まで染みこんでいく。
いっそ清々しいくらいの直球だった。冗談だろう勘違いだろうと言ってなかったことにする不誠実が紛うことなき禁じ手だと容易く分からせる真っ直ぐな声音だったので、ゲッコウガからの気持ちを疑う余地など欠片もなかった。
いつからそんなふうに思ってくれていたのか、どうして俺なのか、尋ねてみたいことこそいくつか浮かんだけれど、彼からの告白を受けた後、いくら確認しても、己の胸の内には嫌悪や不快は見当たらなかった。戸惑いも、焦りすらも、…大して湧き上がってはこなくて、それが、自分のことながら意外に感じられる。
まだ森の中を飛び回っていた頃、同性同士で番関係を作る者たちの存在を知っていたし、特に珍しいことでもなかったから、今更その在り方を不自然に思ったりはしない。ただ、かく言う己が同性を恋愛対象に見たことは一度もなく、更には、当事者になる日が来ようとは考えもしなかった。
仮に。
こちらが断ることをゲッコウガは想定しただろうか。今後も旅は続くのに、同じ空間内にいて、そこはかとない気まずさを押し殺しながら過ごすつもりだったんだろうか――とか。益体のない想像をよぎらせるが、どうせ、頭のきれる彼のことだから、考えていないはずはなかったし、それでも伝えることを選択してくれたのなら、…その熱意は素直に受け取っておこう。むしろ、そういう、理屈では割り切れないものを向けられた事実が面映ゆかった。
自分の気持ちを直接伝えることは難しい。どんな言葉で、場所で、態度で、タイミングで…それらを総合的に考える面倒を厭わず、…もしかしたら、その手間すら愛おしんでくれたのだとしたら、…そうした心遣いは、とても大切に酌むべきものである気がした。
下手に期待させたいわけじゃない。
同情でも妥協でもない。
たとえ一瞬でも、――嬉しいと感じたことが結論の全てなのだろうと思うから。
だから。
『おまえほどの雄がヒナを残しておかなくていいのか』
問うと、相手は、言うまでもなかろうというふうに目を細めてくる。
『そんなことには微塵も興味はない。拙者の心を惹くのは、御主ただ一羽だけだ』
随分と、迷いなくきっぱり言い切ってくる。
自分のどこにそんな価値を見出しているのかさっぱり分からないのだが、事細かに訊いたところでそれは相手の価値観あってのことなので、…なんというか、…ゲッコウガが好きだと言ってくれるのなら、もう、それだけでいい気がした。
『今この場で、…おまえの好意と俺の好意が一緒だとは、言ってやれない。
だが、おまえがそれほどの想いを尽くすというのなら、…俺もおまえを選びたい』
できるだけ本音で話そうとしたのだが、やけに核心を避けるような言い方になってしまった。相手が待ち望んだ答えになっていたのか自信はない。
しかし一方、自惚れることを許されるのなら、…幸せそうに笑ってくれた相手の表情を根拠に、一応は及第点だったのだろうと、そう思うことにしておこう。
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で、出~ッ!交際0日で求愛奴www
重すぎクソわろ。
僕は寝返りをうつ。
いつも隣で寝てる奴らの気配が丸ごと消えたら僕だってさすがに起きるってば。
ていうかさ、何でテント近くでやらかすのよ。もっと声の届かない遠くで…って、…そっか、僕や姫の安全を考慮してのことなんでしょうね。たぶん。野生のポケモンに襲われてもすぐに助け出せるように。特にうちのプリンセスは「眠り鼠」って言われるくらいの種族なんだし、一度寝ちゃったら簡単に起きないから、尚のこと。
別にこれしきのことで感動なんてしないぞ、僕は。ぐすん。
あのふたりに関しては、あんまり応援する気はなかった。
ぶっちゃけ、ルチャさんが断ってくれたらいいとさえ思っていた。イケメンがフラれて挫折するところを嘲笑ってやるんだ、なんて、ひとしきり下衆なことも考えていたのだけれど。
なーんか。調子狂うというか。
混じりけのない愛の言葉とか、そんな真心こもったもんを、ちゃんと言えたんですね。コウガくん。あの無気力な線目のどこに情熱を隠し持ってたんです?
ルチャさんは安定して誠意の塊だしさ…何なのあの返し。ズルいわ。度量の大きさをいやでも感じてしまう。やっぱりコウガくんには勿体ない相手だと思うんだけど、…仕方ないか…恋愛沙汰って当人同士の問題だもんね。
「僕、もしかして、すごいラブストーリーに立ち会っちゃってるのかなあ…」
ねえ、姫。
ピコピコとひげを動かしながら気持ちよさそうに丸くなる彼女の柔らかな毛並みを、僕はそっと撫でる。
さーて?
先に言っとくと、問題はこれ以降だったんだわ。あいつらがテントに戻ってきた後の話ね。
かの有名なシンガーソングライターは、世界に向かってこう囁いた。
Imagine――想像してごらん、と。
想像してみてほしい。
野宿で、夜間で、テント内で。寝袋にくるまる僕と、その隣で雄ポケモン二体がいちゃついている地獄絵図を。
『…どうした、ルチャブル。毎晩のことだろう?』
『それは、…そうだが…』
あー、はいはい。
分かりますよー。
下心ありありでコウガくんがルチャさんをぎゅっと抱きしめて眠るあの体勢に耐えられなくなったんでしょ。好かれてるんだって思った途端に改めて意識しちゃうやつでしょ、知ってる。
野郎ふたりで少女漫画やってんじゃねーぞ。甘ったるさで口の中じゃりじゃりですよ。ここは砂糖の産地か何かですか。そこらへんの適当なエスパータイプをとっ捕まえて今すぐ催眠術をかけてほしい。僕は眠りたい。
『今夜の御主はいつにも増してぬくいな…』
勘弁してくれ。耳が孕みそうなピロートーク専用のどちゃクソなイケボを止めろ。鳥肌が立つ。
これを至近距離でくらってるルチャさん大丈夫か。息してる?
翌朝にしたって同様だった。
いざ出発するという段になって、ぶわりと盛大に頬を染めてサイドカーになかなか乗らないルチャさんと、意識して照れまくっている彼の反応を目の当たりにしてでろっでろに蕩けた目を見せるコウガくんと、出来たてほやほやの新婚さんを「あ、察し」みたいな悟り顔で微笑ましく見守るお姫さまと。
あっぶねー、ホント危なかった。姫がいてくれてよかった。こんなふたりの隣に僕が一人だけだったら情緒がおしまいになってた。姫、やっぱり君は僕の救世主だったね。
旅の道中、たまに出現するんだよなあ。ダブルバトルを仕掛けてくる二人組が。誰が呼び始めたのか、通称「ラブラブカップル」…その名からしてウザさ全開だが、まさか身内で抱え込むことになろうとは…ッ、まったく!
諦観だ、諦観。
なっちゃったからにはもう…ネ…って、キ●ラみたいな境地に達した思考放棄の僕、三十路。
まあ、あれだ、せいぜい末永く爆発しとけばいいと思うよ(投げやり)。この調子だと出発までにまだまだ時間がかかりそうだったので、僕は白々しくスマホをタップし、次の街までの道を確認するのだった。