INシャラ/コルニちゃん
森の中とはいえ舗装された道路が通っていて、そこをバイクで走行するのもまた一興。
空は快晴だ。冬らしく白っぽさを増した日光が降りそそぎ、辺りは木漏れ陽に包まれている。これも一種の森林セラピーなんだろうなあと和みつつマシンを駆って、したらば――出るのよ。シキジカとかメブキジカとかオドシシとか、そんな奴らみたいに。無鉄砲に。
「トレーナー、見つけた!」
「うああああああああッ!!!」
周辺の景色を楽しんでいたくらいなので言うほどスピードを出していたわけではなかったが、急ブレーキをかけたことによってがっくんと前につんのめり、サイドカーも大いに揺らしてしまった。ちょ、大丈夫ですか手持ち諸君。
「ねえ!そこのトレーナーさん、あたしと「先にごめんなさいでしょうがァァァ!!!」
バイクからザン!と降り、ババン!と仁王立ちを決め、ビシ!と指先を突きつける。人を指さすなんて行儀が悪いけれど、この場合は不問にしてほしい。
「車は!急に!止まれないんです !!! 轢かれたら怪我だけじゃ済まないんですよ!一瞬の不注意で今まで通りの生活が送れなくなるばかりか未来も台無しだ!そんな悲しみを若い身空で味わうなんて愚か極まりない!それに !!! 僕のポケモンがむち打ちになったらどうする!医療費の負担!ポケモンを傷つけた責任!どうやってとるつもりなんですか!交通事故というものは!被害者も加害者も!その家族も!一切合切を不幸にするものと肝に銘じておきなさい!
こンくらいのこたァよどみなく舌も噛まずにノンブレスで言えるんだわ。これが元教師の実力ってもんよ。
相手がトライテールをなびかせるローラースケート × スパッツのスポーティー金髪碧眼美少女であろうと関係なく説教をかます。ダメなもんはダメ。三十路の世代としては、ローラースケート美少女はC●さくらで絶対に決まりなので、こうして「親方ァ‼ 森から女の子が‼」みたいなシチュエーションに遭遇したところで、僕は浮足立ったり惑わされたりはしない。オッサンミーツガールをちらとでも喜んでみろ、セクハラだぞこの御時世。事案だ、事案。通報されかねん。
改めて視線を向ければ、少女と、彼女の相棒であるらしいルカリオは、両者そろってしゅんとしょぼくれていた。「ごめんなさい」と深々と頭を下げてくる。…うむ、素直に非を認めて謝ることができるのはいいことですよ。
「ポケモンをつれているのが見えて、バトルしてみたくて、つい」
そんなことを話す彼女の事情を今一度よく聞いてみると、「百人のトレーナーとバトルして、百連勝する修行の途中だった」「実は目標を達成したのだが、勝った証としていつも対戦ポケモンの押型を取ることにしていたのに、うっかり百体目から貰い損ねた」とのことで。百人目の仕切り直しとして僕が選ばれ、ついでに百個目の押型を入手してしまおうという腹積もり…なのだろう。
な、…なんという自分本位…。こういう無礼が許されるのも若い間だけなんだからな。
「バトルと言われましても…」
振り返ると、『問題ない』という反応を、三者三様で見せてくる。別にバトルの一つや二つ請けてやったら?子どもの言うことだよ?みたいな、大人の対応。いいのかそれで。
ほんと?痛いところとかない?
念のため、街に着いたら即座にポケモンセンターへと直行して検査してもらおう。
「君たちが構わないというのであれば、…姫。お願いしてもいいですか」
え。
その場にいた全員が「マジで」みたいな顔をする。名指しされた姫御自身も、例外なくびっくり顔を披露していた。あら~、おめめがぱっちり開いちゃって…、その花のかんばせ、めっちゃんこキュートだねぇ♡きっとポケビジョンで1位取れちゃうよぉ♡動画サイトでのスパチャは僕に任せて。君専用の業務用ディーゼル発電機が買えるくらいには投げ銭してみせるから。
「あたしのルカリオ、強いよ?」
少女が心配そうに話しかけてくる。
てっきり、ゲッコウガかルチャブルを出してくると思ったのに…とでも言いたげな表情だ。ついでに、彼女は「あたしのことを子ども扱いして手を抜くつもりなの?」とニュアンスで伝えようとしている。その不服そうな気持ちが、ほんのちょっぴりだが口調に滲み出ていた。
まさか。
僕だって「100」という数字を聞いては黙ってなどいられない。未来のチャンピオンを目指すチャレンジャーたるもの、そう易々と勝ちを譲ったりはしないし、ここは一つ、大人の手ごわさを存分に思い知っていただこう。
「僕のデデンネだって強いですよ。今、それをご覧に入れましょう」
記念すべき姫の初陣、勝利で飾ろうではありませんか。
大丈夫、自信を持ってください。君だって、日々、いっぱい訓練してるんですから。何てったって、彼女の特訓相手は、ばちくそ強いあの武闘派共だ。その時点でヤバいの一言。だからこそ、パッと見か弱そうに見える姫君とて、きちんと相応の実力を身につけるに至っている。
相手はメガシンカもできちゃうポケモン界きっての人気者・ルカリオ――姫は愛くるしい見た目の通りにフェアリータイプなんだけど、電気タイプを複合することによって、弱点となるはずだった鋼は「等倍」に抑えられ、格闘にいたっては「いまひとつ」。勝機はある。
「いきますよ姫!思いっきりやっちゃってください!『あまえる』!!!」
ふはははは!
天下一の美女から甘えられて堕ちない雄はこの世のどこにもいないのだ !!!
それに!
メガシンカをしない限り!
ルカリオより姫の素早さ種族値の方が断然上なんだよなァ !!! さすがは小柄な電気タイプ。問答無用の先制である。
もはやメロメロにすら匹敵する可憐なスマイルでルカリオを骨抜きにし、がっくんと攻撃力を大幅に下げて――だからこそ、物理地面技のボーンラッシュが飛んできたところで、脅威にはならない。しかも、所詮はルカリオにとっての不一致技だ。電気タイプの大半が宿命として背負う低耐久だとしても、姫は何とか持ちこたえてくれる。はァん…こうして変化技駆使してハニートラップすら見事にこなしちゃう才色兼備で罪作りな僕の姫♡君の下僕になりたい♡
姫の特性は「頬袋」だ。持たせた木の実本来の効果に加え、最大HPの三割相当に体力が回復するというお得な仕様。当然ながらオボンの実をチョイスしてある。ちょっとやそっとやられたくらいじゃ問題なく帳消しになるんだなあ、これが。
からの~?「怒りの前歯」。ふふふ、どうです。格闘タイプなのにノーマル技でばちこりと体力の半分を持っていかれてしまう屈辱は。
僕は、とっても勉強熱心。だもんで、最先端の論文も折に触れて読んでいる。
デデンネも他のフェアリータイプと同様、かの大技を習得することが可能であるという耳寄りな情報をキャッチし――即座に買ったよね。技マシン。
「本邦初公開ッ !!! 姫の!キラキラ☆マジカルシャイン~ッ !!! 」
おっさんである。
重ねて言おう、おっさんである。
この場では一番たっぱがある三十路のおっさんが、ノリノリで魔法少女の技名がごとき何かを叫んでいるのである。恐怖すぎる。ジュンサーさんこっちですと自首するレベルだ。僕は自分を客観視できる三十路だからね。ちゃんと冷静に立場を分析できてるよ。
でも仕方ないじゃん?楽しいんだもの。
僕の高らかな声に同調するように、辺り一面、眩い光がほとばしる。
臨時でミラーボールが設置されたんじゃないかと見紛う閃光…お立ち台にいるのは、当然、可憐なみんなのアイドルこねずみちゃんである。
ルカリオは格闘タイプだが、鋼も複合しているので、フェアリー技のダメージではとんとん。それでも構わない。残り少ない彼の体力を根こそぎ奪っていくには、これで、十分だ。
カンカンカンカン―――試合終了のゴングがどこかで鳴っているような、勝利の幻聴。
「やったよ~!」という感じで、それはもうにっこにこしながら、ぴょーんと胸元へ飛び込んできてくれるお姫さま。はあああ…ぐう可愛。ドキドキで壊れそう1000%LOVE♡「世界一かわいいよ!」って、ゆ●りんにコールする王国民の気持ちが今なら心の底から理解できる。
良ぉ~おしッ!よしよしよしよしよしよし!立派に戦えたぞ!姫!僕はチョコ●ータ先生ばりに姫を撫でてぎゅっと抱擁した。
後方ではルチャさんが拍手で称え、珍しいことに、コウガくんも「意外なものを見た」という驚きを隠さない。でしょ。すごいでしょ!これが僕たち自慢の姫君なんだよ!戦力増強だね!
『あるじ殿の武勲をたてる力添えができたのなら、私も嬉しく思う』
疲れも見せず、姫はふわりと微笑んでくれる。そんな、畏れ多い…可愛いと凛々しいの温度差で風邪ひいちゃう…いっぱいちゅき…♡
――と、戯れもそこそこに。
はてさて…、ちょっと一方的なバトル展開に過ぎただろうか。
実質、百人連続で勝ち抜いてきたという実力も自信もあったんだろうし、鼻っ柱を折った際の反動が大きそうで、そのあたりは申し訳ないというか。
目を回して倒れているルカリオの元へ駆け出す少女。回復薬を渡すくらいのトレーナーシップは見せておこうと、僕も歩み寄ることにした。
「ね。たとえ小さな体でも、頑張ればこんなに戦えるんだってこと、分かってもらえました?
さあ、…早くルカリオを治療しましょう。この薬を…、……」
黙りこむ。
喉の奥から、続きが出てこなくなった。
唇を引き結ぶ少女の青い目が涙の膜で覆われていて、今にも雫が零れ落ちそうだったから。
「あの、…」
そのくせ、かける言葉が見つからないうちから声だけを落っことしてしまって、だから、彼女も自分の顔を見られたことを悟ったらしかった。慌てて目元をこすっている。
『あーぁ、泣かせてやんの』
てンめえ……、…ッとに、…この蛙がよ…。
せせら笑いが、最悪のタイミングで最高に心を抉ってくる。
『元教師(笑)』
煽るよね~?
黙ってろ緋●剣心もどき。けったいな喋り方しやがって。おまえの中の人は●楽左之助の方だろうが。二重の極みくらい習得してみろや、あ?コラ。
ちょっと顔がよくて強いからって調子こいてっと即ボックス送りだかんな。覚えてろ。
『そのくらいにしておけ』とルチャさんが注意してくれたし、『勝負事とは斯様に過酷なものだ。許せよ
「バッジは何個もってるの」
ルカリオの入ったモンスターボールを握りしめて、少女が声を震わせながら口を開いた。
「はい?」
「だから!バッジの数ッ !!!」
やだ理不尽。
美少女に怒鳴られたって僕にとっては御褒美でも何でもないんですよ。むしろメンタルへこむからやめて。
えぇー…これ正直に言っていいのかな?
この質問への回答って、アレでしょ?バッジの個数多い方がいいやつでしょ?相応の実力者に負けたならまだ納得もいく…みたいな感じなんでしょ?
どうしよう。包み隠さず言ったらまたこの女の子泣いちゃうんじゃないのかな。
私って新前に負けたの ⁉ って感じになると思うんだけどなー。やだなー。
「取得数は二個ですよ。僕は、これから三つ目のバッジを目指してシャラジムに挑戦しようかというペーペーでして…」
くだらない見栄は張れなかった。経歴を盛ったりもできなかった。大人として。
案の定彼女は絶望的な表情で言葉を失い、その碧眼には、またもやぐぐぐっと涙が溜められていく。
ほらー!だから言ったじゃん。だから言ったじゃん!
「私がシャラジムのジムリーダーよ!おじさん!」
悔し涙を拭って、少女はキッと睨んできた。
あ、ジムリーダーさんでしたか。
どうりでモブにしては個性的なデザインしてると思った。
「鍛え直して待ってるから!リベンジマッチよ!」
宣戦布告を放ち、ローラースケートで風のように去っていく。
あららァ…進行方向が一緒だ…。このままじゃポケモンセンターで鉢合わせするかもだから、もちょい時間置いてから再出発しようかな…。
『して、じむりぃだぁとは』
姫からの問いに『一国一城の主みたいなもん』とコウガくんがクソほど雑な説明を飛ばすが、姫はあっさり『なるほど』と頷いてみせる。えっ、それで通じんの。だいぶ違うんだけどな。
『あの若さ、
ほほほ、と。
涼しげな姫の笑い声が、取り残された僕らの間隙をすり抜けて冬の森へと消えていく。
***
三十路がローラースケートやると思ってんの?
もう時代は令●よ?昭●じゃないんだよ?たった一人じゃ光G●NJIにはなれないんだ。
いや滑れはするんよ一応…僕はやればできるおっさんだから…。
で、実際にやるじゃん?
仕方ないよねジム内はローラースケートで移動ってことになってんだから。あのジムリーダーにしてこのジムありですよホント。
まったくもう…なんてこった…めっちゃ楽しい。
あはははうふふふでスイーっと駆け抜けた果てに――…着きましたとも。中央に据えられたバトルフィールドに。いやー、皆様にも見てもらいたかったね。酔ってもらいたかったね。ストリートスケーティングばりに手すりを華麗に滑ってみせた俺様の美技に。
数日前に遭遇した例の美少女が、今か今かと僕を待ち構えている。
「あなたが強いトレーナーなの知ってるからさ!始めちゃうよ!」と、威勢のいい啖呵。
はい。
こちらこそ、格闘タイプの真髄を拝みに来ました。よろしくお願いいたします。
「あちらさん、三体出してくるらしいんで。君らも一回ずつ場に出ましょうね」
おや私も、というお顔の姫君。
当然のように戦闘員扱いしちゃってるわけで、「もうやだこんな会社退職してやる」って言い出したりしないかしらと内心では心配していたのだけれど、日々の様子から察するに、彼女はバトルに出してもらえることを誇らしく思っているみたいだったから、僕も遠慮なしにお願いしている現状なのだった。
『尤もだな。働かざる者食うべからずだ』
ふんす!と気合を入れていらっしゃる。
まこと我らがお姫さまは話の分かる御方なのである。矢面に出ることを拒否ったりしない。もっとチヤホヤしてあげたいんだけど、どうやら君はそんなことを望まないみたいだから。せめて、今夜は君のためだけにフルコースを御馳走するからね。きっと祝勝会をしよう。
しっかし、…改めて見渡すに、僕の手持ち陣の顔面偏差値がエグい。そこらのアイドルよりよっぽどビジュアルだけで飯を食っていけそうだ。トレーナーの方が劣等感をいだく始末である。
同時にこの面子、耐久性では難ありの編成だ。その分スピードに特化しているわけだから、先手必勝でバトルを制していきたい。
それでは、紳士淑女の皆々様。
いざ出陣――と、いうやつだ。
初手のコジョフーは、さっくりとコウガくんで沈めていく…が。
「えー、タイプ相性がー」みたいな表情しやがって、おまえの中核はあくまで水タイプなんだぞ。あらゆる場面で「拙者、悪タイプだし」みたいな謎の言い訳で乗りきろうとする癖を直せバカ。ていうか苦手タイプの対処が技出すだけですンごい楽になるのが「変幻自在」の強みでしょ文句言うんじゃありません。
まあいいさ…いくらごねようと、ルチャさんが『頑張れよ』と一言声をかけてくれるだけで容易くやる気スイッチがONになるんだから。
ンでもって、…分かっちゃいたけど、対戦相手が雌だろうが容赦ないよね君って。そりゃァ、技の指示は確かに僕が出しましたけどね?熱湯を接射で顔面に叩き込むとかさあ…思いついてもやるかね普通…。顔が命の女の子なのよ分かってる?
こいつがちょい見せするサイコなところ、未だに底が知れなくて恐ろしい。
対ゴーリキー戦は、実に熱い試合展開だった。
ルチャさん共々、相対したときに「こいつ…できる…!」みたいな、格闘家同士として通じ合うものがあったらしい。開始前、グッて、お互いにグータッチしてたし。
両者の体格差なんて何のその。常に真剣勝負なルチャさんだから、勿論、何につけても全力である。
これですよこれェ…格闘タイプのタフネスを発揮しつつ飛行タイプらしい軽やかさで魅せて。彼を見ていると、まるでリングの中のプロレスを観戦している気分になってくる。
勿論、相手が冷凍パンチやら雷パンチやら覚えてるんじゃないかと警戒する必要はあるが…あ、岩石封じ出してきたね?
素早さ下げにきましたか。もう遅いよ。そんな技一つくらったくらいじゃうちのルチャさんは止まらない。格闘タイプ複合のおかげで、岩タイプの技であれ恐るるに足らずだ。
「ルチャさん!一発KOで沈めますよ!」
君なら反動を恐れずにキめてくれる――よね!ブレイブバード!
早い話が飛行タイプ版「捨て身タックル」…これ彼の一致技なんだよなあ。威力120×1.5、数字を思い浮かべるだけでもえげつないダメージが入ることは容易に想像できる。
華々しく散っていくゴーリキーよ、君もナイスマッチョだったぜ。君が格好いいからこそ、君を倒したルチャさんも更に格好良くなっていくのです。
――そしてッ!いよいよ!皆様お待ちかねの!
満を持してトリを飾る世界で一番お姫さまッ!!!
相手方のルチャブルと女同士の戦いだ。さすがに向こうの方が速かったけど、その自慢のスピードを挫く策は当然用意している。
ほっぺすりすり――はあああ、なんて可愛い技なんだ。僕の方が姫にすりすりされたい。マジで。
考えてもみたら、格闘・飛行に対する電気・妖精って、ルチャブルの天敵といっていい存在が宅の姫君なのだ。こっちは格闘技も飛行技も効果はいまひとつなんでちゅぅ~☆うぇーい☆
だったら、勝たせてあげなきゃでしょ。
この電気技、低威力だろうがルチャブルには抜群に効くし、韋駄天相手にもれなく麻痺バグのプレゼント。素早さを殺しにかかる。
あとは甘えて、前歯で削って、とどめのマジカルシャイン…勝利の方程式だな。美しい流れだ。
完膚なきまでに叩きのめしてくれる潔さも姫の長所の一つ。肝も据わっているし、腹も決まっている。同じ種族がフルボッコされている場面に対して何か思うところがあるのか、ちょっとルチャさんがヒいていた。彼女が敵じゃなくてよかったね。味方だとこんなにも頼もしい。
実はこのお姫さま、やがてアタッカーというよりは「サポートの鬼」として最強クラスのデデンネに育っていくことになるのだが――それはまた別のお話なのであります。
***
「素敵な景色ですね」
話しかけると、少女はゆっくりと振り返ってきた。
その赤く腫れぼったい目元を見て、僕は少し、居心地が悪い。
「…何しにきたの」
御挨拶だなあ。
だって君さあ、まーた思いつめた顔してどっか行っちゃうんだもの。
他のトレーナーさんやらジムスタッフさんやら、あと君のおじいちゃんに聞いたらここだろうって言うから上ってきたんですよ。マスタータワー。
フォローもせずにこの街を去ったら、今後の寝覚めも悪そうだし。
「いえ、御礼がまだだったなと。また一つ、僕もポケモンも成長することができました。手合わせに感謝します」
「嫌味」
「そうでしょうか」
「だって、あなた、やっぱり強かった」
「…強さも弱さも、相対的なものです。
わざわざ比べなくても、人もポケモンも、みんな違う。それでも、競い合ってお互いを高め合うことができる相手がいるのは幸せです。僕は一人のトレーナーとして、今後とも君と競い合う関係にある。だから、礼儀を通しにきました」
君はまだ若いし、これからも、ジムリーダーとして、メガシンカの後継者として成長を続ける存在なのだから。ここで終わるわけじゃない。
今かかえる悔しさをバネにすれば、どこまでも、強くなれる。
そう言うと、ちょっとだけ、彼女は笑ってくれた。
「なんだか先生みたい」
「分かります?かつては教師をやってました」
「…そう」
あなたの授業、受けてみたかったかも。
呟く彼女は、暗い気持ちを吹っ切るようにうんと伸びをした。
「…空を見てると、心がふわっとして、ポケモンもあたしも何でもできそうで…好きなんだ、ここ」
「何でもできますよ」
僕は、威圧を与えない程度の距離を保ちつつ、少女の隣に並んだ。
「君も、僕も。一緒にいてくれる仲間がいれば、どんなことでも叶えられる」
差し出した手を、彼女は握り返してくれた。
武骨な手だった。勝手ながら僕が思い描く、この少女と同じ年齢の子たちの手は、きっと、もっと、柔らかくて。透き通るような白い肌をしているはずで。爪の先まで手入れを怠らないような、…そんな。
僕の既存のイメージとは一つとして合致しない彼女の手。数あるタイプの中で「格闘」を専門とし、幼少期から厳しい訓練を重ね、先祖代々続くあらゆる重責にも耐え、自分の生前からの定めを受け入れ、今後ともそれを背負っていく決心を握りしめるに相応しい―― 手 。
「君の手は美しいですね」
素直な賞賛を口にすると、――彼女は。苦笑して。
「今のはちょっとセクハラっぽいかなあ」
「アッ、スミマセン」
おいどこの蛙だ今「ざまぁwww」ッつったの。聞こえてんぞ。