INヒヨク/フクジさん
誓いの樹そのものにジムを併設って、なんとも豪気な話ですこと。
…それで?この、たらーってぶら下がってるロープを?どうするんです?のぼる?ああ、そう。
どっからどう見てもロープクライミングです本当にありがとうございました。
聞けば、ジムに至るまでのコースそのものがバカでかいアスレチックになっているそうで、またもや僕は身体能力を問われる羽目になるのだった。
いや、たぶんこのジムにもあるはずなんだ。エレベーターとか、そういうの。ショウヨウジムみたいに。
それと推測していながらも、僕が楽な道を選ぶはずがないと根っから信じているポケモンたちの眼差しによって、つい、格好をつけてしまうわけでして。
はい、やります。やらせていただきますとも。
あーぁ、相変わらず羨ましいぜ。ぴょんと跳ぶだけで済む脚力や、ふわりと舞い上がっていく両翼。お姫さまはルチャさんの背中に乗って一緒に飛んでいるので、明るい歓声をあげていた。その楽しげな雰囲気が僕を力づけてくれて、何とか、腕も脚も動いていく。そうだね。嘆いてたって新しいパーツが生えてくるわけじゃないんだから。今ある分だけでやり遂げるしかないし、どうしようもないことで不平を言いながら臨むより、楽しんだ者勝ちだよね。
ひらひらと葉が舞い落ちる光景や、幹を這う品のいいアイビーの様を横目に見ながら何とか登頂を果たすと、小柄な好々爺が「おう!来なすったか」と笑みを浮かべていた。
歓迎の表れなのか、彼はひゅんと大きな鋏を振り回してみせる。ちょ、おじいちゃん。物騒。そこらへんの下手なアーティストより尖ってる若々しい感性は分かったからテンション調整しよう。蒼星●が持ってそうなその得物を一旦しまおう。ね。
「で、どうだったかな。まっすぐ伸びた草木を集めて作ったアスレチックは」って、一連のアレはジジイの自作かよ何してんだバカ無理すんな。どうだったって、おかげさまで明日の筋肉痛に震えて眠ること確定ですよ今夜は。ええ。
彼も先程のロープを日々昇り降りしているのかと考えると、そのはっちゃけ具合にも納得がいく。そりゃ元気だわ。ぴんしゃんしてるもん。目の前に居るのは老人というより化物なんだなと認識を改めるには十分だった。
「さて、草タイプのジムですもんね…」
姫は観戦かなあ。
そう言うと、彼女はぷうっとほっぺを膨らませている。
あら~、何その表情♡かわゆいねえ♡
「正直、草タイプは対策も楽な方ですが、その戦法においては搦め手に気を付けないといけないことが多いんですよ。状態異常は真っ先に警戒すべきポイントです。
毒を仕込むことなど典型例…、そうなると、…ねえ?姫はフェアリータイプですから分が悪いと言いますか。草タイプには電気技も通りにくいですし」
おい何か俺らのときとは対応ちがくねーか、という視線が鳥と蛙から飛んでくる。こいつらには「相性云々で駄々をこねるな」「苦手タイプ?知らん知らん。克服しろ」と言い放ってペッとばかりにバトルへ放り込んできたので、ふたり揃ってのジト目に心当たりがないわけでもなかった。が。
贔屓?あたぼうよ。野郎と姫君を同列に考えるとでもお思いですか「バーカ!」、と、僕は心の中でジュウ●マツ住職をかます。
対する姫君は「そうなの?」と言いたげに小首を傾げていた。はあああ…逐一が可憐で僕の心臓は酷使されっぱなしだよ姫ェ…好き…。
「指示通りに技を発動させることを優先して練習してきましたから、姫にはタイプ相性についてしっかり話せていませんでしたね。申し訳ない。今度、時間を取ってじっくり勉強しましょう。
まあ、…ポケモン同士、コウガくんから聞いた方が早いかもしれませんけど」
「ね」と振り返れば、奴は「めんどくせ」と言いたげな安定の塩対応である。ところが『教えてもらえると助かる』とダメージ倍率を大まかにしか把握していないルチャさんが言った途端に『分かった任せろ』と光の速さで即答してみせた。顔つきも大変なイケメンっぷりを発揮してキリっとシャキーンとキまっている。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。0か100しかないのか貴様は。
ちょっとムカついたので、コウガくんを斥候として出すことにした。
だからね、「えぇー、草タイプきらーい」みたいな顔をするんじゃないの。積極的に水タイプとして戦わせるわけないでしょ。分かってるくせにいちいち面倒な反応をするな。
コウガくんは冷凍ビームを覚えているので、無論、繰り出せば相手にとっての大ダメージは免れない。併せて「変幻自在」の恩恵により彼自身が氷タイプになるのだから、草技だって怖がらずに済む。
今回、何よりも恐ろしいのは対戦相手が大ベテランという点だった。一癖二癖あっても何らおかしくはないと警戒はしつつも…こちらとて先述の氷技のみならず草への対面有利なルチャさんを控えに有している。よし、隙を生じぬ二段構え。不測の事態にさえ対応できると信じたい。
さて…先鋒はワタッコですか。まあ、互いに様子見の一体目ですもんね。こんなもんか。
楽勝じゃん。
爺さん相手にビビり過ぎたかな…草と飛行の複合タイプ、氷四倍。はい一発確定…って。
耐 え た だ と …!!?
特性「変幻自在」は「全てを一致技として撃てる」のが最大の魅力なんだぞ。威力×1.5のバフ、コウガくんの特攻の高さで落とせないのはおかしい…、…、…え、そんな型ある?
なんつー贅沢な…、持たせるにしても飛行技の威力を上げるアイテムの選択が定石なのでは…。
その稼いだ貴重なターンで何を出してくるんだ。
ん?日本晴れ?
晴 れ パ 使いかよ!ジジイ…!
「やりおる」
思わず唸ってしまった。
適当な二撃目でワタッコは戦闘不能となるが、彼が置き土産のように放っていった「日本晴れ」の効果で、バトルフィールドには燦々と強い陽射しが差し込んできている。
後続を活かす天候操作。中堅で出てきたのはウツドン。おっけ、決まりだわ。
「コウガくん。相手の特性は間違いなく『葉緑素』です。
陽射しの中における素早さは通常の二倍…おそらく君では抜けない」
ちらりと彼は振り返ってきた。
平生、僕らは反発しあってばかりだが、バトルのときに限り、一応は「聞くに値する」と思ってもらえているらしく、コウガくんは僕の話を無視することはない。
「ウツドンは毒・眠り・痺れ、いずれも粉系統の技は全て覚えます。先制のチャンスで状態異常を仕掛けてくる可能性は大きい。距離を取った方が無難です」
読みは当たった。
当たったが、粉塵を広域に空中散布されていながら「避けろ」「気を付けろ」は無理難題でしかなく、さしものコウガくんとて成す術なく吸ってしまう。「かわせ!」ってね、あれは「ポケモンが覚えられる技は四つまで」という制限をためらいなくスルーするアニポケ限定の第五の技だから。現実はそう甘くないから。
いやー…君がゲコガシラだったらねー…どこぞの
「…今回は…毒、か…」
まあウツドンの生態からして「毒の粉を吐いて相手の動きを止め、溶解液で息の根を止める」ような奴だから強力だろうさ。体内から蝕まれる苦痛によって体力は減り、動きも鈍る…耐えられないのも道理だろう。
紺青色した痩身が、揺らぐ。
彼は、がくりと膝を――…
『 …っ、…ゲッコウガ! 』
…――折る…ことはなく。
あら?
…コウガくん、…意地でも屈せずに崩れかけた体勢を立て直したのは立派だけど、…あの、…ねえ、僕の勘違いかな?
毒の??? 消失???
ひょっとして…、
もしかして…ッ!
【 ゲッコウガは ルチャブルを 心配させまいと 自力で 毒を 治した! 】
あああああああ!!!!!
やっぱりィィィ!!!!!
例のテロップが表示されているぅ(白目)
野郎、…マジで や り や が っ た …!
自力で ⁉ 気合いでどうにかなるもんなの ⁉
ほらー!おじいちゃんもウツドンも「あるぇー?」って顔しちゃってるじゃん!いや当たりましたよ敵さんサイドの攻撃は!何かごめんなさいねうちの蛙が!本当に!
自分らのラブロマンス加減を自覚せえ!公共の場でやったらアカンて!それヒロインの呼びかけで主人公が覚醒するやつ!やるなら少年誌に行きなさいよ頼むからァッ‼
…、…うん…?
ということは、…ルチャさんはヒロインだった…?
ちげーよ。ンなわけあるか。うちのヒロイン枠は姫で埋まってるから。一択だから。異論は認めない。
『これぞ比翼連理の素晴らしきかな…愛だな、愛』
「仲がよろしくて結構なことだ」と、ルチャさんの頭の上に乗っかる我らがヒロインこと姫君が、尻尾をゆるりと振って、ふたりをはんなり褒めたたえる。
「愛」だなんてどえらいもんを指摘され、ようやく事の重大さを察したらしいルチャさんが今更ながら頬を紅潮させて『いや、違、』『これは、』とか分かりやすくあたふたしだすし、コウガくんはフィールド内で『ルチャブルがなりふり構わず心配してくれた…』と、何やら感極まって上を向いている。なみだが?こぼれないように?あ"あ"あ"、もう!喜怒哀楽いっそがしーな僕のパーティは!統一性!
「と、…とりあえず!とにかく!回復したなら好都合!
状況打開にサブウェポンを使おうじゃァないですか!」
動揺ゆえ、メガネを無駄にかっちゃかちゃ忙しなくさせながら、僕も半ば
そうだよ。今はバトル中なの。自陣の新婚共にペースを乱されてたまるか。
「ありがとう日本晴れ!今こそ僕もあやかります!」
仕切り直していきますよ!めざめるパワー‼
僕は高らかに、この場の混乱を全て斬り伏せるつもりで指示を出す。
勝ちにきてんだよ、これでも。
コウガくんの「めざパ」は「炎」。今の天候下は「葉緑素」持ちのポケモンに有利ってだけじゃない、炎技の威力も増大する効果が発動する。
高火力の特殊な光刃を放ち、いかにスピード上昇バフの只中にある敵だろうと関係なく的確に仕留めて――きっちり止めを刺すあたり、腐っても忍者だった。直前まで坂●九の名曲をBGMにしていたとは思えない切り替えの速さである。そうね。最後まで格好つけなきゃね。愛するルチャさんが見てるもんね。爆ぜろ。
途中、まこと奇っ怪な事態に遭遇したものの(ていうか不測の事態を自陣で引き起こすってどういうことなの)、これでウツドンも処理…と。
残る大将はゴーゴート。なるほどねェ…。
コウガくんの予期せぬアレがなかったら爺さんの戦法にはまって苦戦したことだろう(敵味方関係なく混乱に陥れやがって、まったく、あの蛙ときたら)。
ワタッコで強い陽射しを呼び寄せ、上昇したスピードを活かしウツドンで状態異常を撒き、弱らせたところをエースのゴーゴートでガンガン潰していく…こんな感じか。特にゴーゴートはワイルドボルトや岩なだれも覚えるし、地面技も難なく習得する。苦手とするはずの飛行タイプや氷タイプ、炎タイプにもしっかり対策できるかなり優秀なポケモンだ。燕返しも使いだせば虫タイプすら容易に倒してしまう。
今のコウガくんは、見た目に反してエセ炎タイプになっている。地ならしやら地震やらを出されたらひとたまりもないが、それはヤギさんに忍を上回る脚力があってのこと。
このライドポケモンの特性は一般に「草食(→草タイプの技を受けると攻撃が上昇)」、いいとこ「草の毛皮(→場がグラスフィールドのときに防御が上昇)」。「葉緑素」ではない。
じゃー、…もう、いっかァ…蛙で三タテってことで…。
「まだ『天気:晴れ』のターン内です。…せっかくですから、先んじてもう一発『めざめるパワー』でもかましときますか」
チェックメイト。
終わったらさ、一応、モモンの実を食べときなさいねコウガくん。
***
「おまえさんのポケモン、よく育っておるようだな」
お褒めの言葉のみならず、こんなにも上等なお茶を淹れてもらって、恐縮です。
着香茶ではないのに花の香りを感じさせるのだから、茶葉そのものの質の高さにいやでも気付かずにはいられない。
バトルの後、応接用のオープンスペースにゆったりと座り、紅茶を勧められたので遠慮なくいただくことにした。
別途用意された小さな紙コップには、ありがたいことに姫の分の紅茶もあって、彼女も満足そうにちびちびと舌先で舐めている。
「それにしてもなあ…自力で解毒するとは思わなんだ」
「いや…あれは完全に僕も想定外でして…」
人騒がせなポケモン二体は、のんきにシエスタときたもんだ。樹の幹に背を預けて眠ってしまっている。
だーから、…人目をはばからずに寄り添うのってどうなのかね。ここ、ひとンちだよ。
「お熱いことで」
「分かりますか」
「長年、色んなポケモンを見てきとるからな。
そこのお嬢さんは空気を読んだからこそこうして美味い茶にもありつけたというわけだ。女心で得したな、レディ」
笑いかけられ、姫もにっこりと社交的に応対している。いよッ、さーすが。そつなく世渡り上手でいらっしゃる。
改めてお茶を口に含むと心地よい渋みが舌を楽しませ、華やかな芳ばしさを含んだ湯気が口から鼻を抜ける際、その残り香を鼻腔の奥に植え付けていく。
「…おまえさん、何のためにバッジを集めとるんだ」
おっと?
ティータイムだろうに、油断も隙もない。
そういうことを何気ない調子で訊いてしまえるのは年の功だろうか。
何ぞ奥まで見透かすような目をされ、僕は、咄嗟に俯いてしまった。
「トレーナーとポケモンの絆の証に…なんて、言えたらよかったんでしょうけど」
爪先を意味もなく見つめて、僕は、嗤う。
「リーグに挑戦するための切符集めですよ。
僕は、…チャンピオンに『ならねばならない』ので」
「…、…それもまた、富や名声を求めて…というわけではなさそうだ。
おまえさんが思い描くものは、本当に、その道でないと達成できないものなのかね。…人生は真っ直ぐ行くばかりではなく、時には回り道も必要だ」
「…そうでしょうね。分かりますよ。僕は回り道ばかりでしたから。
言うなれば、回り道をしたからこそ、結果として選んだやり方がコレです」
「そうか。…粗野なことを訊いたな」
彼はそっと、プラントバッジを渡してくれた。
「身を削る生き方をするなよ、お若いの」
小さく薄く、軽いバッジの上に、老樹のような男の、やけに重たい言葉と手のひらが重ねられる。
「何事も、慌てず騒がず…じっくりとな。
目の前にあるものだけにとらわれていると、大切なものが見えなくなるぞ」