時にはお酒の力を借りることも必要になるのです。
「じゃーん!」
保存瓶を取り出すと、手持ち諸君が興味深げに中身を覗き込む。
一口サイズに切った各種果実が、ぎゅぎゅっと、満員電車に無理矢理押し込まれたような有様でワイン漬けにされている。熟成した酒をめいっぱいに吸い込んでいる果実たちは、すっかり赤紫色に染まり、表面のガラスと共に焚火に照らし出され美しく光っていた。
旅のさなかに少しずつワインを嗜んでいたものの、どうしても余ってしまったので、残り分と砂糖とフルーツを瓶の中にぶちこんで数日間漬けておいたのだ。飲みきれないからって捨てるんじゃなくて、こうやって有効活用しないとね。
「今夜も冷えますし…ホットドリンクでも飲んで、身体を温めてから寝ましょうか」
大人の味ですよ。
そう言って、ぱっちん☆とウィンクを一つ。
え?細目だから分かりづらい?おだまりッ。
わくわくと熱い紅茶を淹れ(ヒヨクの
「通常通りの
さ、どうぞ。
紅茶の海底に眠る沈没船みたいになった果物も食べやすいよう、併せてカクテルピックを渡しておく。
姫はさっそく角切りされたリンゴを掬い上げて頬張り、もきゅもきゅと口を動かし始めた。えー…?うそぉ…?ぎゃん可愛じゃん…??? と、惚けている場合じゃない。ちょ、動画。動画撮らなきゃ。この可愛さは永久保存版ですよ。
合間に紅茶を飲みつつも器用にピックを使っては次々に果物を口へ運んでいる。どうやら浸み込んだワインの風味も問題なく楽しめている様子だ。食事しかりお酒しかり、美しくたしなむことができる女性はどうしてこんなにも魅力的なのか。姫、今夜もお茶目だね。女子力が高いぞ♡
こねずみちゃんのご機嫌な表情にほっこりしつつ後ろを振り返るとね…そこにもまァ~可愛い小鳥さんがいるんですわ。
彼は感情が顔にモロに出るタイプなので、おいしいものと出会ったときはひたすら幸せそうにしている。こう、ちっちゃい星がポップコーンみたいにぽんぽん弾けとんでる感じ。
倒木の上にちょこんと座ってるだけで既に可愛いのだが、何と言ってもカップを持つときの仕草に注目しておきたい。彼ね、ちゃんと両手で持つんですよ。お利口さんなの。ヤバくない?ヤバいでしょ?ここ、テストに出ます。
あー…今日も今日とて、一日の終わりまでもれなく僕の仲間たちがめっちゃくちゃにキュートだ。……、仲間たちねー…、…うん、トリオなんだけどねー…。わかってるよ。
でもさ、もう一体はなァ…。見たくねーなァ。
この蛙もある意味では安定してんのよ。お察しの通り。そもそも、飲み方に食い方がね。全くなっちゃいない。
カップを受け取った傍からカパッと大口開けて、ガーッと。え、ちゃんと咀嚼した?液体も固体も丸のみにしてなかった?ねえ?
何だろうと胃袋に入れば一緒だと行動で示す無礼者である。味わうもへったくれもなく、作り手への感謝さえ一欠けらだって見せずに、無感動に腹におさめてそれっきり。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。
奴が何故こんなにも10秒メシのようなことをやらかしているのかというと、勿論、ルチャさん絡みに他ならない。
戦う企業戦士ばりに飲食の僅かな時間すら惜しんで、蛙はただ今現在、ひたすら愛しの君をガン見している。
こッッッわ
何その目力。
おまえスマホ持ってないもんね。動画撮れないからって網膜に焼きつけてる感じ?アナログが過ぎるぞ。
瞬きしたら罰ゲームでも待ってんのかってくらい絶賛凝視中のコウガくんが、あまりにほわほわルチャさんと対照的で最早ホラーである。
ちょっとルチャさん。隣に特級呪霊が座ってますけど。近年話題の呪術師とやらでも呼んできましょうか。その穢れを禊ぎ祓え。
何でこの不穏な視線を浴びながら平然と和みの表情を維持できてるんだろう…これも愛ゆえの慣れ…とかじゃなくて、単においしいものに夢中だからだと思っておきたい。
何だか見てはいけないものを見た気がして、そっと姫に視線を戻した。
戻して安心、僕の見つめる先に再来する「もきゅもきゅ」という最強仕草。
はい、はなまるぴっぴ♡
そこには心の安全地帯が広がっていて、僕は落ち着きを取り戻す。嗚呼…視界の中に姫がいるだけで精神が浄化される…合掌…君はいつも僕の薬箱さ震えるこの胸Lion Heart…
「
「カゴまでお連れしましょう」と手を差し出すとウトウトしながら乗ってきて、そのまま丸くなってしまった。はあああ…守りたい、この寝顔。
「そろそろテントに行きますけど、君たちは…」
排水溝覗いたとき「Hi,Georgie」ってペニー●イズに言われたら脇目も振らずに裸足で逃げ出すじゃん?もう絶対排水溝には近付かないじゃん?今、そんな気分。
先程ホラーなんだか甘ったるいんだか分からないものを見てしまった所為で振り返りたくなかったんだけど、ここまできたらやむを得ないじゃん?
で、当然のように後悔するじゃん?
事前の感知ができないからこそ正しく「後悔」なのである。仕方ないね。
ピシリ、と。
僕の心身が。周辺の空気諸共凍りついたことを自覚する。
ほっぺをほわぁ…と赤く染めたルチャさんが、微塵も恥ずかしがる素振りを見せず、コウガくんにきゅっとばかりにくっついていた。
その顔に刷かれているのは、ふわふわんと花舞う幻影が付加された柔和な表情…酒が回ったからといって陽気に騒ぎたてたりはせず、ただ黙って、幸せそうに身を預けている。直接的にパートナーに甘えているという、見てるこっちが赤面するような状況を差し引けば、…まあ、人畜無害な酔っ払いと言えた。…いや、無害じゃねーか。蛙の理性をごりっごりに削るであろう媚薬じみた仕上がりなんだし。
ルチャ氏…下戸でしたか…。
普段の彼は、こんなにも開けっ広げた態度を見せたりはしない。
ルチャさんなりにコウガくんのことを大切にしているのは察せられるし、誠実に向き合っているのも普段の様子からきちんと分かるけれど、盲目的に恋をするどこぞの蛙みたいに「好き~ッ♡」っていう感じを前面に出したりはしてこなかった。
節度があるのだ。「しのびポケモン」という分類は何だったのかとクレームを入れたいほどに自己主張の強いあのバカとは違って。
そのルチャさんがねえ…。そういえばBa●chus買ったときも一粒でちょっと怪しい感じがあったしな…。見たとこカップの中身もきれいにさらった後みたいだし、許容範囲超えちゃったのかしら。
惚れてる相手からこんな可愛いことされたら野郎の下半身直撃なんじゃねーの。
僕はひやひやしたものの、実際にコウガくんの表情を確認した途端、はっと息を引き切って、「早まるなよ」と言いかけたその言葉を呑み込んでしまった。
びっくりしちゃうくらいに優しい目をして、ルチャさんを見てたから。
そんな目してましたっけ、さっき。もっと観察するような、分析するような、がっつり不躾に見る感じだったでしょうが。何?酔うかどうか待ってたの?いや、それはそれで怖いんだけどさ。
今の、コウガくんの両目は、…何というか。
柔らかいのに、切ないような、複雑にブレンドされたものだった。それこそ、今夜のカクテルみたいに。「愛しい」「悲しい」「哀しい」…いずれも「かなしい」と読むんだけど、その全てが入り混じった目つきをするから――その何とも区別のつかない彼の感情を目の当たりにして――不覚なことに、僕の胸のあたりが酸っぱく痛む。
この後の展開が気になっちゃうところだけれど、野次馬でいる卑しさを選ぶほど僕は落ちぶれてはいなかった。
火の後始末頼みましたよー…。なんて。聞いちゃいねぇなと分かってはいたものの、「一応声をかけた」という弱気な保険だけをかけて、僕はテントに向かって踵を返すのだった。