※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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【 概要 】
 カロス奇譚:ルチャブルはかく語りき


進捗60%:①

 観光の一環ということで足を踏み入れた十四番道路は、整備された道を見失いかねないほど暗く、それは、陽射しをも遮って鬱蒼と葉を茂らせた森が原因だった。

 沼地が点在していることもあって、どことなく饐(す)えた空気が充満している。肺まで曇りそうで、正直、ずっと嗅いでいたいような臭いではない。

 無論、じめつく空間を好むポケモンたちにとっては過ごしやすいのだろうし、彼らが活発に動き回っている様子が遠目からでも見えていたが、自分からしてみればさっさと通り過ぎてしまいたい類の場所だった。湿地特有の植物を採取するとかそうした目的でもない限り、散策には不向きだと思う。

「ポケモンレンジャーの人たちとバトルできる穴場だって聞いてたんですけどねえ」と、トレーナーはいたってのんきな口調で、しかし、ぼやいた。彼の肩が定位置になっているデデンネもパチパチとひげの辺りに静電気を纏わせ、『これほど湿気のある場所なら、私の電気技も冴えただろうに』と残念そうにしている。電気タイプに有利なフィールドでは、距離を取り損ねると拡散した電気の巻き添えを食うことがほとんどなので、彼女には悪いが、こちらとしては胸を撫で下ろすばかりだ。

 

 ふと、ゲッコウガが空を見上げて立ち止まったので、いったい何を見ているのだろうと自分もつられて視線を上に向けてみる。

『何か見えるのか』

『いや、…気圧の変化が気になっただけだ。一雨くるぞ』

 卓越した左官の腕で均一に塗られた土壁みたいに、薄い雲が広がる天上。

 さほど水分を含んでいるようにも見えないが、ゲッコウガがこうもきっぱりと言う以上、ほどなくして雨が降ってくるのは確定事項なのだろう。

 果たして、さほどの時を要さず、さあと上品な音を引き連れた霧雨が付近一帯を隙間なく埋めていく。

「通り雨でしょうけど、どこかで雨宿りをした方がよさそうですね」

 小走りになる彼についていくと、幸いに、一軒家が見えてきた。

 街からも離れ、言うなれば、決して風光明媚とは言い難い森の奥に建っているその姿に不気味な印象を抱かないわけではなかったが、今は体を冷やさないことが明らかに最優先だった。

 柵も垣根もない家なので近付くことは容易に叶い、軒先を借りることにする。

 

「家の中に入ってはいかがです?」

 

 内側から、窓が開いた。

 白髪の住人が顔をのぞかせて声をかけてくる。

 まずは無断で敷地内に入ったことを謝罪しつつ、トレーナーは「そこまで厄介にはなれませんので」と丁重な断りをいれた。いつもは人の好さそうな表情を浮かべていることが多い彼も、実のところ簡単には心を許さない性格をしていて、慎重で警戒心が強い…気が、する。今回断ったのも、たぶん、単に遠慮からくるものではなさそうだ。

 一方、放っておいてくれていいのに、住人は部屋に戻っていかない。むしろ身を乗り出すようにして「せっかくいらっしゃったのですし、雨が上がるまで、お話を一つ語って聞かせましょうか」と切り出し、こちらの反応も待たぬうちからわざとらしく声量を落として勝手に喋り始めてしまった。

 耳障りで嗄れた声が、雨脚に絡みつくように、漂っていく。

 

 

 

 ――では、始めましょう。

 昔のことです。私は道に迷って、この家に辿り着きました。冷たい雨が降る夜中のことでした。

 電気もつかない家の中を恐る恐る探るのですが、誰もいる気配もないまま、私はキッチンに立っていました。冷蔵庫を見つけ、開けると、うっすらと光がもれ、周りの様子がぼんやり分かってきました。

 部屋の片隅にうずくまる男の人がいたのです。

 私は迷ったこと、一晩泊めてほしいことを男の人に伝えるため、近寄ろうとすると……

 男の人は『来るな!』と叫びます。

 

 私は謝りつつ『すみません。助けてください』と男の人に頼もうとすると、『おまえじゃない!』と……私は驚き、男の人をじっと見つめます。すると、男の人はこう尋ねてきました。

『おまえには、見えないのか? おまえの後ろには……』

 

 

 

「 顔 の な い 男 ば か り だ ぞ !」

 …と、言われた直後の雰囲気が――ものすごく、俺としては居たたまれないものだった。語り手に申し訳ないというか、そんな感じの。

 

 まず、自分自身、これが「怪談」だという前提で聞いていなかったため、「顔のない男」の話を唐突に出されても「うん?」という感じで戸惑ってしまい、おそらくは求められていたであろう「驚きのリアクション」が全く取れなかった。

 

 居たたまれなかったのは、自分が「恐怖要素を理解できていなかった」という点だけでなく、他の三者も同様にやや白けていた所為でもある。

 ゲッコウガは『前座見習いから出直しでござるな』と一刀両断するし、デデンネは『怪談の基礎は押さえていたようだが、惜しかったなあ』と、はんなり。

 

『デデンネは、怪談だと分かっていたのか』

『そうだな。迷って怪しげな場所に辿り着く冒頭からして既にくさかったが、そこへ「雨」に「夜」…これだけで、大概は「怪談」と察しがつくさ。「雨などが漕々降ると、人は兎角に陰気になつて、ややもすれば魔物臭い話が出る」…という、怪談にまつわる有名な書き出しがあるくらいだ。お約束、というものだな。

 結末がのっぺらぼうというのも実に古典的…なに、所詮は「幽霊の正体見たり枯れ尾花」だよ、るちゃ殿。案外、恐れられている人や物の実体はつまらんことが多い。そう考えればこそ冷静でいられよう』

 なるほど…と博識のなせる考察に思わずうなりつつ、同時に、重ね重ね申し訳ない思いにかられる。どう考えてもデデンネの話の方が聞くに値したし、勉強になった…という事実だけが際立ってしまった。

「君たち…もう少し愛想よくできませんかね。ほら、せめて『わー、びっくりしたなあ』みたいな顔をするとか…」

 などと言っている当の本人も眉一つ動かしていなかったわけで。

 一方的に聞かされた話であったとはいえ、これはだいぶ失礼な態度なのではないか。気になって住人を見遣れば、拍子抜けするほどあっさりとしていたので、強メンタルだなと話の筋とは全然ちがうポイントで感心してしまう始末だった。

 それどころか、急に打って変わって悪党面を見せてくる。

「さてと……素敵に怖い思いができたんだ、ちょっとばかし弾んでくれるよね。

 でないと、本当に……怖いよ……?」

「あ?」

 間髪入れない返答。

 顔に笑顔を貼りつけておきながら底冷えした声を出すという芸当を平然とやってのけるのだから、怪談の中身よりうちのトレーナーの方がよほど恐ろしい。

 案の定、ふざけた提案をしてきた住人の側が気圧されている。

「お、…お化け屋敷だってタダじゃないでしょ…?」

「当然でしょう。前もって対価を支払ったうえで楽しむ施設ですからね。

 有料コンテンツであることを事前に告知せず、了解も得ず、後出しで金品の請求?ワンクリック詐欺みたいなことしないでもらえます?下手すると恐喝罪もくっついてきちゃいますよ?

 あーぁ、雨宿りの御礼をと考えていたのに、こんなにあくどいことされちゃァなあ。びた一文も出せないなあ。がっかりだなあ」

 よく言う。彼とは付き合いが長いとはいえないものの、雨宿りの御礼云々のくだりは間違いなく心にもなかった出まかせだなと、そのくらいは分かった。このトレーナーは基本的に善人なのだろうけれど、言動の端々から察するにどうも腹に一物がある感じがして、時々距離感に悩むときがある。

 

 舌戦で住人を言い負かしたところで、タイミングを見計らったように雨が上がった。

「それではお世話になりました」と彼が何食わぬ顔で悠然と歩きだしたので、あとに続こうとしたが、ふと疑問がよぎって後ろを振り返る。

 強請(ゆす)りが成功しなかったことを根に持ったらしい恨めしそうな面持ちの住人と、目が合った。

 

 

 ――昔のことです。私は道に迷って、この家に辿り着きました。

 ――電気もつかない家の中を恐る恐る探るのですが、

 ――部屋の片隅にうずくまる男の人がいたのです。

 

 

 電気がつかず、つまりは停電していたわけだが、それにもかかわらず稼動していた冷蔵庫。

 うずくまる男が、この家の先住人だったとして、彼はその後どうなったのか。一連の不可解な目に遭いながら、今の住人は、なぜいわくつきの家に留まり続けているのだろう。「迷って偶然辿りついた」と言うのだから、当初はもちろんこの家に用はなく、別の目的地があったはずなのに。

 

 不意に、言葉がこぼれる。

『結局、…おまえの背後にいたという男たちの正体は、何だったんだ』

 

 

「さあね……真実は言わぬが花……お墓まで持っていくものです……」

 住人が、にたりと嗤った。

 

 ぽつりと漏らしたこちらの鳴き声に対して、いやに正確に言葉を返してきたことに気付き、すうと背筋が冷えた。

 住人の顔は、いつだったか、祭りの会場で売られていた仮面に似ている。笑っているが、そう見えるよう装っているだけの、いかにも作り物めいた笑い方であり、そこには血が通っていない。

 

 最後の最後で薄気味悪いものを押しつけられたように思えて、不快感が増す。その嫌な気配を振り払うように背を向け、急いでその場を後にした。

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