カロス奇譚:デデンネはかく語りき
昨夜に鑑賞した「映画」というものは実に興味深かった。
音や光を発する薄い板状のからくり。その表面上で繰り広げられる人間模様。自分の記憶にある芝居の形式とはまるで違っていたが、あれもまた総合芸術の一種なのだろう。生物の肉体では再現が不可能と思われる非現実的な出来事も表せると聞いた。この時代は、まるで奇術にも似た、素人では仕組みや原理を言語化できない技術に溢れていて、時々、夢の中にいるような気にさせられる。
本日もあるじ殿の気まぐれにくっついてきてみれば、なんと、乗り物が停車したのは廃墟の前だった。
自ずと、映画の粗筋を思い出してしまう。あの作品で描写されていた惨劇の舞台は、廃墟と化した宿場ではなかったか。無論、それを意識したうえで彼はここへ我々を連れてきているのだろう。この建物が「荒れ果てほてる」という通り名を持つらしいことが、彼の口から語られた。
時折、あるじ殿はどうしようもなくいたずら好きになって、どうにかすると、天邪鬼な言動を繰り返してはほくそ笑む悪癖があるように思われる。うむ、…そういうところ、こうが殿にそっくりだ。
「悲しい出来事があって寂れてしまった、カロスでも有名なホテルのなれの果て…ですって。オカルトマニアのサイトにも書いてありますね。
悲しい出来事かあ…何なのかなあ…。客足が遠のくくらいですから相当の事件だったんでしょうねえ…」
そんなことを言う顔も、沈痛とは程遠く、微笑みを湛えている。いかにも曲者という感じが出ていて、彼らしい。
建造物侵入に該当するのではないのだろうかと思うのだが、あるじ殿は迷わず歩を進めていく。こうが殿も、るちゃ殿も、「また始まった」と言いたげにあるじ殿の行為へ溜息を吐きつつ、それでも、仕方なさそうにではあるが後に続くのだった。
想像していたよりは、おどろおどろしくはなかった。
確かに「荒れ果て」という名の通り、朽ちた空間が広がってはいるが、何故だろう…奇妙なことに、ある種の魅力を覚える。惹かれる空気に満ちているように思えた。
中が薄暗い分、破れた屋根から射してくる光が余計に白く見えて、美しくさえ感じた。雨が吹き込むせいだろうが、屋内だというのに草木が芽吹き、壁や柱に蔦が這っている。その様もまた、何とも趣深い。
在りし日はさぞや豪華絢爛だったろうと偲ばせる、しかし何らかの事情で衰退を余儀なくされ、生きた時間を喪い停止した場所。そこに感慨を寄せる心を忘れずにいられたことが、喜ばしい。
己の中の知識がさほど薄れていないことや、それゆえに楽しみの幅があることを幸いに思うが、一方、人間に戻りたいのではない。私は人間であったことを記憶しているだけで、実態は、ちっぽけな獣に過ぎない。卵の殻を取り払い、獣として生をうけ、獣として生きてきた。弱肉強食の過酷を知っているし、生き延びるため時に非情な決断が迫られることも身を以て経験している。自然界の中では、人間のときに依っていた価値観など無に帰すもの。相手を負傷させると分かっていても、ためらったところで逃げそびれ食われるだけだから、猛々しく力をふるわねばならないときもあった。
あるじ殿のもとに身を寄せようと思ったのも、食うに困らないだろうと、要するに生き残る確率が高まる方を選んだだけのことだったのだが、その先で昔馴染みと再会しようとは嬉しい誤算だった。えにしとは、こんなにも不思議で、尊い。
仲睦まじいふたりの姿をもう一度拝めようとは――そう思いつつ、彼らに視線を、向けて。
そのとき。
『…皆の衆』
声をかけて三者の注意をひきつつ、私は、彼らの背後にある「それ」から目を離さない。…私の技が効くような相手だといいのだが。
『今、…壁際の、緑色のくず入れが動いた』
ぴり、とした緊張が走る。
全員が、注意深く対象物を見遣る。
がた
と、それがひとりでに小さな振動を見せた瞬間――物音を瞬時にかき消す衝撃。目にも止まらぬ速さでるちゃ殿が駆け、蹴り技を見舞い、物体を粉微塵にしてしまった際の破壊音だ。
おや、器物損壊。
まあ、今更か。よきかなよきかな。こうした場合は先手をうって見敵必殺とした方が後腐れもなくて済む。
これは跡形も残るまいと思ったが、ぱちりと電気を纏った何かが、空中に飛び出してきた。
今の格闘技で無事とな?
…なるほど、ついに
『ゲッコウガ!』
るちゃ殿の叫びに呼応し、何やら抜刀の構えを見せるこうが殿。
『――承知』
こうが殿の一族は、身体の各部より、水を金属並みに硬化させる性質を持った特殊な粘液を分泌できると言う。頼もしいことだ。今にしてもそう、生成された忍者刀を以て敵は切り裂かれ、まばたきをする間に勝敗は決しており――さては、これが天下に轟く雷●呼吸・壱●型・霹●一閃……おっと、失言だったか。ん、伏字の意味がない?ふふ、承知しているとも。慣れぬゆえあんばいが難しい。しかし、きちんと言い直そう。彼が放ったのは悪霊に効果てきめんの「辻斬り」だ。
「…ロトムなら捕まえるのもアリだったんだけどなあ」
ぐっと拳を交えているふたりの横で、あるじ殿がとぼけたことを言っている。『ろとむ?』と呟いて首を傾げると、彼は私が乗る肩口へと向き直り、先程の
「…でも、まあ、…僕は今のメンバーでしっくりきてるんで、…どうでもいいか…」
『ほう。あるじ殿からそれほどまでに高く評価してもらえるとは幸甚の至りだな』
あるじ殿が珍しく本音のようなものをのぞかせたので応対してみれば、彼はこちらを見て、そっと笑ってくれた。
やはり一癖ある御仁だ。
おそらく彼は我々の鳴き声、ひいては言語を理解していると思われるのだが、…いかがだろうか。
今度ふたりきりになれたら、訊いてみるとしよう。