カロス奇譚:三十路男はかく語りき
※ 豪●寺一族由来のありがたい御言葉 ※
辛いとき悲しいとき…人はそんなとき心の隙間に闇ができる。
その心の闇に魔物達は容赦無く入り込んでくるのだ。だから苦しくても挫けるな。落ち込むな。くよくよするな。
何事にも屈しない強靭な心こそが最強の武器なのだから!
最近、Go T● Eatキャンペーンなるものが各地域で流行っていて、加盟店の多さやお得な値段で食事券が入手できることもあり、エンゲル係数高めの僕はすぐに興味を持った。
そろそろクノエシティに行かないとなあと思ってはいるのだが、ミアレシティとその周辺エリアの観光を存分に楽しんでしまっていて、かれこれ二週間近く滞在している。…まあ、未練がましくてもいけないので、「あとはグルメを堪能して区切りをつけよう」と僕は独り言つのだった。
だからこそ遠慮なく流行り事にはのっかっておくことにして、食事券の販売窓口になっているノースサイドストリートのビルを目指していく。
「案内されたのは二階…だった、はず…」
エレベーターからおりてきょろりと辺りを見回すが、しんと静まりかえるオフィス内は、職員はおろか僕以外の来訪者の姿さえなかった。
定休日だったのか。
いや、…そのことを一階の受付で知らされなかったのはおかしい。
首をひねっていると、視界が、妙にちかちかと明滅を始めた。
そのはずで、天井部の蛍光灯が、ついたり消えたりと忙しなく狂った現象を見せている。
すぅと周りの空気が冷えた気がして、手持ち諸君が何となく、僕を中心に集まってくる気配があった。僕は相変わらず目に痛い蛍光灯を眺めながら、じわじわと、恐怖に侵蝕されていくことを実感している。たぶん、上げてしまった視線を元通りに下ろしたとき、何かを、…捉えてしまうであろう強い予感が、あった。
その嫌な感覚を持ちながら、当然いつまでも仰ぎ続けるわけにはいかず、そろりと、視線を下げる。視界のほとんどを相変わらずがらんどうの事務所が占めていて、正面には磨きたてられた窓が見える。
――窓。
そうだ。
どうして気付かなかったんだろう。
エレベーターが閉じた音や、他の階へ向かう音が何一つしなかった。
だって。
まだ、この階に留まったまま、扉も開いたまま、そこからエレベーター内部の光が漏れていて。
そして。
僕と、ポケモンたちの、その背後に。
誰かが、ぼうっと、迫って――僕らと招かれざる客が、一緒になって、ガラスに映っていた。
窓に映るものから得られる情報の範囲で言えば、長い髪の毛とスカートが見えるからたぶん女で、骨格から考えてもどうやったって僕より背が低いはずなのに、その頭部が僕より抜きんでていて、だから、…浮いている、の、だろう。
現状を理解した途端、ごくりと、唾ごと息を呑んだ。
コウガくんもルチャさんも姫君も、誰もがピリピリと殺気立っている。たぶん、彼らも、僕と同じものを視認している。
振り返るタイミングは、どこなのか。
振り返ったら、そこに何がいるのか。
さすがに怪奇現象の分析は門外漢だ。
〈 あなたは違う…… 〉
そのうち、どうも勘違いということでは済まないような、思いがけず明瞭な囁きが聞こえた――から。
僕は自らを奮い立たせ、まとわりつく悪寒を振り払うように大声を張り上げる。
「人違いなら容赦しねーぞコラ悪霊退散じゃァァアッ!」
――あらゆる困難が科学で解決する、この平●の時代。人々の閉ざされた心の闇に蔓延る、魑魅魍魎が存在していた。科学の力ではどうしようもできない、その奇っ怪な輩に立ち向かう神妙不可思議にて胡散臭い男がひとり――…
「ひと昔前のサブカル文化では!怨霊や物の怪で困った時はドーマンセーマンって相場が決まってンですよ !!直ぐに呼びましょ陰陽師…じゃねーや、悪タイプ!
はァーい指名入りましたよォコウガくん!
ネタがことごとく古くてごめんネみんなァ!所詮は三十路のおっさんが言うことだから許してェ!
金縛りがとけたようにコウガくんもカッと目を見開き、…そうですやっちゃいなさい…、……悪技……を……。
てっきり、このあいだの「辻斬り」を発動させるものとばかり思っていたのだ。その想像をはるかに覆すとんでもない音が耳をつんざいたので、全員で振り返る。もう幽霊への恐怖とかそんなものはどうでもよかった。被害状況を確認するのが先決だ。
かつてエレベーター「だった」物体の瓦礫の上に立ち、バカがしたり顔で『成仏しろよ…』と口にしている。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。
歌詞終わりの一番いいとこ呟いてる場合か。誰がこの狭い室内で「悪の波動」をぶっぱせぇ言いましたか。なあ。ちょっとそこに正座して釈明してみろや。お?
僕自身が保険(ポケモン賠償責任特約)に加入していたこともあり、幸いにも、エレベーターの修理費やら何やらは事なきを得た。後になって調べてみたら、やっぱり事務所は定休日ではなかったし、じゃあ僕たちは「弁償」という現実を突きつけられるまでどこにいたんだって話になるのだけれど――それはまた別のお話なのであります。