INクノエ:マーシュはん
「街で一番の大木と一つになっているのがクノエシティのポケモンジムよ!」
ゲームで言うところの、NPCによる発言。
あっれー、何か
朱色のキノコにふちどられ、木の根に覆われ、植物に寄生されたかに見える特徴的なレンガ造りの建築物。その白い扉を押し開いてみれば――「あ、無理」と、僕は呟いていた。
やだなー、…いい匂いしてるしなァ、もう。シュシュプとかフレフワンとかその手の香水ポケモンがいるんでしょどうせ。だからって、執拗にクンカクンカしたら社会的に即終了になること間違いなしだ。孔明の罠がこんなところにもあったとは…。
しつらえにも既視感があるんだけど、何だったっけ、…嗚呼そうだ徹●の部屋だ。玄関ぬけた先でこんな空間が広がってるって誰が想像します?いかにも女性ウケがよさそうな、洒脱な内装って感じ。この場における全てが「三十路のおっさん」の存在そのものを拒んでいる気がする。
男子禁制の雰囲気すらある場所に足を踏み入れようってんだから、間違っても通報されないよう、身だしなみを整えるのは絶対条件だ。大手商社の営業マン、ってコンセプトだと及第点だろう。ホントよかったー、…スーツ着てきて。ジムリーダー含めて全員が振袖の女の子ばかりという変な前情報を入手してしまったから、少しでも不審者感を出すまいと、今日はフォーマルにバシッとキめてきてますからね、僕。
さて、…肉体を苛めるのでもなければ知力勝負でもない、…ついに出ましたよこの世界の謎技術。ワープパネルが。
ひゅんひゅんと空間を移動して、最終的にリーダーへと辿り着けたらいいわけなんですが――…暖炉マントルピースがとってもおしゃれな紅を基調とした部屋に…知的で美麗な書斎…アフタヌーンティーセットがきらりと光るダイニング風の場所…トルソーが置かれたデザイナーさんの仕事部屋…女優なんかが使っていたっておかしくない豪奢なドレッサー…天蓋つきベッドの存在感がやたらといかがわしい寝室…――挙句、「いやいやいや…ちょっと…風呂場はないでしょう風呂場は…」と、無人のバスルームでつっこむ始末だ。
部屋の中でおっさんと二人きりって怖すぎるよね女の子的に…と、思って、すごく気を遣って行動していたのに、ベッドに風呂ってもうだいぶアウトじゃない?ジムにチャレンジする名目でクソ野郎が紛れ込んだらどうするつもりなんだろうか。防犯意識ガバガバでは?いざというときはポケモンで応戦する気でいるのだろうが、…おバカ!エスパー技かまされたらどうするの!巷では催眠術かけて女の子にえっちぃことする薄い本ばっかりなんだから!人の悪意を甘く見ちゃ駄目!…とか説教した日には「キモイ」って言われるんだろうなあ。世知辛いぜ。
要するに。
マジでなんなの、このジム…と、疑問符が尽きないわけだ。僕は思わずこめかみを押さえ、とある仮説を脳裏に過らせる。
全体に「かわいい」という点で統一感はあると思うのよね。さすが「フェアリー」タイプ専門のジムなだけはありますよ。
趣向を凝らした内装や家具、独自性もばっちりです。やっぱり女の子が好きそうだ。途中で出会ったトレーナーさんも「あたしたちドールハウスのお人形さんみたいでしょ」って言ってたし、なるほどそういうテーマなのかと納得もする。
でもさァ、…僕は嗅ぎとってしまったのだ。黒いゲー●リ臭を。
それぞれが完全に個室で、それこそ「お人形さん」みたいに着飾った美女が待機してて、対戦時に出てくるポケモンたちだってもれなく雌で…元は教師やってた身の上でこんなことを考えるのもどうかと思うんだけど、その、…表にキノコ(隠語)が沢山はえてたのってそういう…?
『風俗かよ』
ボソッと口走るコウガくんの呟きを聞き逃さず、思考が似通っていたことにもムカつき、彼の後頭部をベチッと叩いておいた。やめーや、純真な小鳥ちゃんと高貴な姫君がいるんだぞ。そういうことを声に出すんじゃないよ。
ついでのように思い出すのだが、フェアリー(隠語)要素を加味すれば、もしかして僕の手持ちって全員がフェアリー枠に認定されたりするんだろうか…いや、ウソ。ごめん下ネタばっかりで。聞き流して。最低が過ぎたわ。
「あんなぁ、トレーナーさん…。
明日晴れやったらそれだけで笑顔になれるのにねえ…」
黒目がちなまなこを細め、にっこりと微笑む御令嬢。
きましたねー、真打ちが。レベチですもん。初対面の開口一番にそのセリフ…電波系ふしぎちゃんね、OK、そのキャラ設定に方言が加わればNO.1キャバ嬢の座は君のものだ。
「使うんはフェアリータイプ…うちのポケモンたち、ふんわりはんなり強いんよ」
「僕のポケモンたちも我が道をいくマイペース集団ですからね。ほんわかまったり強かとよ!」
そっちがジョウト方言でくるならこっちはホウエン方言で対抗です!…とか、くだらない張り合いはひとまず脇に置くとして。
事前のバトルで肩慣らしが済んでいるとはいえ、肝心の野郎共が揃ってフェアリータイプを苦手としているので油断は禁物…なんだけど。まあ、初手のクチートはその大きな顎が災いしてか鈍足だし、鋼複合だから、高速アタッカー・コウガくんのめざパ(炎)で危なげなく処理を完遂。
二番手のバリヤードはフェアリー・エスパーと、ルチャさんがすこぶる苦手にするタイプが目白押しって感じだが、この日のために「アイアンヘッド」を習得してもらっている新生レスラーに隙はない。一言の反省を述べておくと、正々堂々と戦うスタイルの彼に「(炭●郎くんばりのばちくそヤベぇ)頭突き」という不良の喧嘩じみた真似事をやってもらうことになったのは、ちょびっと心が痛みました。
――さあ、佳境だ。
バッジ取得まであと一戦とくれば、もちろん向こうはエースを投入してくるわけで。
問題ない。こちらとて機は熟している。
次は私だよね!という具合でぴょんこぴょんこ跳ねている勇ましい姫君に、勝負の行方を託すことにする。
「うちのフェアリー代表として、ここはいっちょ、やったりますか」
うむ!と元気に頷いて、姫がバトルフィールドへ果敢に駆け出していく。
「相手はニンフィアか…」
スピードスターに、次は、…ほう、電光石火。貴重な四枠のうち二つもノーマル技で埋めるとは、…特性に合わせている?ならばフェアリースキン(→ノーマル技がフェアリー技へ変化し、一致技として威力が上がる)…いや、それにしては火力が低すぎる。体力がある方じゃない姫に対してさえ大したダメージが与えられていない。
…うん、別の特性だな。技の選択にしても、たぶん、必中と先制を織り交ぜてこちらを撹乱しようとしているだけだ。
本来、抜きんでた特攻と特防がニンフィアの強み…その分、通常の防御は脆弱傾向にある。活路を見出すためにも、できれば物理技で攻めたい。
「姫!敵の懐に飛び込むしかなさそうです!間合いを詰めて――」
――指示が、途切れる。
ぬかった、と知るよりも先に攻撃が始まっていた。
それまでひらひらとリボンのようにはためいていたニンフィアの触角が、突如、しなる鞭のように伸びて、姫の小さな体にきつく巻きついていく。
そのまま、ひゅうと風を切って高く高く振りかぶり――…
「ッ、地面に叩きつける気か!」
迂闊だった。あの触角が伸縮自在とは想定していなかったし、何より伸長リーチが大きすぎる。
愛くるしい容姿によらず、ひとたび戦いに身を投じれば狂戦士になる一面をもったニンフィア。手加減なんて期待できない。あれほど雁字搦めに捕縛されたら自力で抜け出すことは不可能だ、…ニンフィアが自分から手放さない限り…、…、…自分から…!
「姫ぇぇえええ!聞こえますかあ !!!」
バクオングもかくやという大声で、ええいままよと僕はトンデモ指令をくだす。
「内容は問いませんからぁぁぁ!とにかくめっちゃくちゃにえげつないことを考えてくださぁぁぁい !!! 女性ならではのエピソード何かあるでしょぉぉおお !!!」
と、フェミさん大激怒不可避、更にはうら若い乙女が対戦相手だというのに失礼極まりないことを言い放って、僕は事の成り行きを見守った。隣のコウガくんやルチャさんから「何言ってんだコイツ」みたいな視線を浴びるが、今は構っていられない。姫のミッション:インポッシブルが成功するかどうかの分かれ目なのだ。
果たして『ヒ…』と、ニンフィアの小さな悲鳴が聞こえてくる。
よし、手応え。
案の定、ばらばらっと触角がほどけて、囚われの姫君が解き放たれる。
――そう、ニンフィアは結びつきポケモン。ある程度は波動を操ることが可能で、触角で触れた対象者の気持ちを読み取ると聞く。共感や同調の能力に秀でるからこそ、精神攻撃を駆使すれば思わず防衛本能が働いて元凶を投げだすだろうと思ったら、当たりだった。
それにしても、姫…いったいどんなことを…なんて、ちょっとした好奇心で彼女を見遣れば、僕も「ヒ…」と無意識のうちに顔を引きつらせていた。
姫の周囲に、ゴゴゴ…とかドドド…とか、某漫画を彷彿とさせる擬音が飛び交っている…気がする。
着地した後にゆらりと立ち上がる彼女の背中が、やけに、大きく見えた。
『…女とはほんに陰湿な生き物よの…。本性隠しも巧妙ゆえ殿方は容易に見抜けまい。
一度敵対すれば一生相容れず、怒れば根に持ち決して許さず…冷徹に無視するなど常套手段…単独で立ち向かえぬゆえに群れ、派閥を作り、徒党を組んでは対象者を陥れる…その様まさに多勢に無勢…醜さの極み…弱者に平然と寄ってたかる姿の見苦しいことと言ったら…挙句、己の能力で勝負すればよいものを他者の権勢を笠に着て自慢に見栄に陰口にやりたい放題…嗚呼いまになって思い返しても
…――不愉快だ。
にこりと、波乱万丈をたたえた笑み。
美しい容貌ゆえに鬼気迫るものがあり、ゾォッと悪寒に支配される。三十路のおっさんに鳥、蛙、もれなく蒼褪めてビビり散らかしていた。
『…若くしてカントー随一の将軍家を支えた女傑は別格だったか…』と、またもやコウガくんがぼそり。なんて?
「ひ、…姫ぇ~…?バトルを再開してもよろしいでしょうかぁ…」
あえて空気を読まずにそっと呼びかけると、姫は般若のような顔をぱちんと消して、明るい表情を見せた。
『あるじ殿の奇策で助かった。気を取り直し、推して参ろう』
そうおっしゃっていただけるなら幸いです。
確かに、ニンフィアが怖気づいている今こそチャンスだが…物理技で攻める策に変更はないものの、特性がフェアリースキンでないと分かった以上は…、ねえ?
「敵さんの特性は『メロメロボディ(→触れた相手を三割の確率でメロメロ状態にする)』だと思うんですよね。異性のあなたが直接攻撃に打って出るのは博打となりますが…それでも仕掛けてくれますか?」
姫は『ふむ、なるほど』と頷いている。それだけだ。少なくとも、困っているようには見えない。
『こう見えて私も存外、勘頼りの賭けに出てはその都度生き延びてきたんだ。心配は無用だぞ』
それに、四六時中、いい男たちに囲まれているからな。
耐性はついている。
これ以上ないほどの身に余る御言葉をお茶目に告げて、パッと疾走していく姫君。
技構成にテコ入れしたのは何もルチャさんだけじゃない。
この場は、彼女にとってもまた、新技披露の舞台なのだ。
「信用してますよお姫さま!渾身の一撃を頼みます!アイアンテールで
野郎からの色仕掛けがなんぼのもんじゃーいという潔さで助走をつけ大きく跳躍し、尻尾の遠心力を高めて――ためらいのないフルスイングで振られた鋼鉄のそれは、さながらモーニングスター。
ゴッ
聞いてるこっちがぞわっとするくらい、いやーな、何とも鈍い音がした。
「人の頭めがけて金属バットをフルスイングできるのは別世界の人間」という意味合いのことを何かの漫画で読んだ気がするけど、…そうですか…やはりあなたは別世界の住人であらせられましたか姫…。
『ふふ、…いつか振り回してみたいと思っていたんだ。朝星棒』
ニンフィアを地に沈め、いともたやすく行われるえげつない行為を完璧にこなし、喜色満面のお姫さま。実は憂さ晴らしが入ってたでしょ。ね。理不尽。
…ジムリーダーのお嬢さん。うちの面子が「ほんわかまったり」とか大嘘こいてすみませんでした。マジで。
「野郎共。…このあとは姫の慰労に徹しますよ」
『『 異議なし 』』
「いい返事です。あとは、…今後とも彼女に関しては怒らせないようにしましょうね…」
『『 御意 』』
珍しく、男三人衆の意見がきっちり見事に一致するのだった。
てんでまとまりのない男たちだって結束させちゃうんだから、やっぱり女は強しなんだね、姫♡
***
振袖をたおやかに揺らし、しゃなりしゃなりと歩み寄ってくるジムリーダーは、健闘を称え合うより先に「うちのファッションちょっと不思議やろ?」と切り出した。プロ根性だねえ、天晴れだ。こんなときでさえキャラがぶれない。
「ポケモンになりとうて自分でデザインしてるんよ。…トレーナーさんとは、…、…逆、やね?」
「はて、…何のことやら」
電波少女よ、いったい何を受信したのかな?
人の話を有耶無耶にするのは得意だから、僕も口元に笑みを浮かべて、何となく話題を終了させていく。
…相手の発言の意図が、気にならないと言ったら嘘になるけれどね。
彼女の漆黒の瞳に、いったい僕はどんな姿で見えていたんだろうか。