コウガくん、ブチギレ案件
「推し被りは絶許」
「後方彼氏面野郎? は? 彼氏どころか伴侶なんだが? おい表出ろ」
人間はいつでも競うことを求め、レースと名のつく大会が大好きだ。
ツール・ド・カロスにメェークルレース、サイホーンレース、カー●ィが疾走する著名なグルメレースとか、カントーにおける新年の
今回の「ポケモンスカイリレー」も、その一つだろう。
飛行能力を持つポケモンのみが参加できるリレー式のレース大会――自分の手持ち三体でチームを組んで出場するのだが、このレースがまたかなりの人気を博しており、それがため「手持ちに飛行タイプが三体いなくても何とか参加できる仕組みを作ってほしい」という(随分と図々しい)要望が相次いだらしい。
その打開策として考案されたのが、「連合チーム」としての新しい出場枠。
三体でチームを編制する点は変わらないが、早い話が「寄せ集めでもOK」ってことだ。ただし、仮に上位に入賞しても表彰対象とはならず、そもそもが順位のつかないオープン参加となる。「記念参加でもいいならお好きにどうぞ」と実行委員会が規則を緩め、その条件で妥協できる者たちが出場し、思い出作りをしているのだとか。
かくいう僕も、元は観戦のために会場へ立ち寄ったのに、「どうしても」と頼み込まれた結果――ルチャさんに出場をお願いすることになってしまった。やたらグイグイ詰め寄ってくる老人とヨルノズクに圧された結果である。この僕が折れるんだからよほどのことなんですよ、分かります?老人らの迫力は推して知るべしだ。
偶然その場に居合わせた少年にも(強引に)協力してもらう形で、第一翔:ヨルノズク/第二翔:ルチャさん/第三翔:ムックルの即席チームを結成。レースへの出場権を得るのだった。
先に感想を言っておくと、ふつーに楽しめちゃいました。はい。
気球に乗れると思ってなかったからね。何だかお得な感じ。上空からの応援や指示出しも新鮮だったし、順位を気にせずにいられるお気楽な立場だから、俯瞰の景色を楽しむ余裕すらあった。
何より、身内の贔屓目を抜きにしても、ルチャさんがすごく格好良くて。
気流も上手く利用しながら、岩場のフィールドを物ともせずひらひらとかいくぐって紅い翼が滑空していく美しさといったら。
頑張れーなんて真っ当な声援を送っているのは僕と姫だけで、もはや説明不要、一方のコウガくんは黙々とガン見していた。これ話しかけたらキレるやつね。
「はー…素敵…♡」みたいな、熱烈でうっとりした眼差し。彼の眼前にチョコレートとか置いたらすぐに溶けていくんじゃないかってくらい、具体的な熱を帯びている気がする。いよいよ人目を憚らなくなってきたな、この蛙も。
昼間の時間帯もあって若干眠そうにしていたヨルノズクだが、ばっさばっさと羽ばたいてそこそこいい位置をキープし、その後のルチャさんがしっかり追い上げたこともあって――何ということでしょう、うっかり甚だしい一位通過。その勢いのままアンカーのムックルも気を抜くことなくゴールしちゃったもんだから、僕らは事実上の優勝をかっさらう。いやー…記録に残らないとはいえ、何かすみませんね。寄せ集めの分際で。えへへ。
別にいいよね?正々堂々と頑張ったのは間違いないんだし。
空気を読まないガチ飛翔で会場のテンションを微妙なものにしてしまったこと以外は何の問題もないように思われた…が、その後、なかなかルチャさんが戻ってこない。
どうしたんだろうと視線を巡らせると、「
逆ナンである。
モノトーンの体躯に漆黒の羽が艶めく
アレか、求愛給餌ってやつか。
受け取ったら相手に応えたことになるため、無論そのあたりを心得ているルチャさんは意図的に木の実から目をそらしつつ、何とかムックルを説き伏せようと頑張っている様子だった。
かなり大胆に密着されていることへの気恥ずかしさもあってか、困り顔とはいえ、さしものルチャさんとて軽く頬を染めてしまっており…僕はできることなら彼女に教えてあげたい。地雷原でタップダンス踊るのは止めた方がいいよって。今日が命日になっちゃうよって。
だって。
僕の隣に佇むコウガくんが、いつのまにか夜叉みたいな顔をしている。
あらら~、強火ルチャ担怖ァい。
こうしたことは、ままある事態なのだ。僕の手持ち諸君は顔もよければ強さも申し分ないので、尋常でなくモテる。過去にいったい幾度、対戦相手のポケモンたちがすり寄ってきたか知れない。
そのたびに姫は僕が守ってきたし、コウガくんは近寄るなオーラ全開で容赦なく女の子たちを泣かせ、…その中において、ルチャさんは優しいから強く突っぱねることもできずに、努めて紳士的に断ってきた。通常、雄が雌を巡って争うのだろうに、雌の方から言い寄ってきて選り取り見取りという状況なのだからさぞかし鼻が高かろうと思うのだが、当然、ルチャさんはそんな性格をしていない。硬派なところに加え、勇気を出してやってくる相手への思いやりが滲むがゆえに『すまない』と言うときの顔と声がまた大変によろしい仕上がりで、フラれようがかえって悩殺される被害者が後を絶たないのだった。
コウガくんとしては、彼のその態度に、割とやきもきしているらしかった。現に、今もこうして苛立ってるわけで。彼の脳内において、どんなに残酷な方法でムックルがメッタメタのギッタギタにされていることか…ずたずた、ばらばら、ぼろぼろ、かもしれない。想像するだけで冷や汗が出てくる。
しかしながら、嫉妬して余裕をなくしている様を気取られたくないのか、ルチャさんの前では平気な顔を装う忍蛙である。早い話が「かっこつけ」なのだった。
ルチャさんは、今回のムックルレベルであからさまに迫らない限りは自分に向けられた好意に鈍いところがあるし、更には、どうも(信じがたいことに)コウガくんに対して「いいやつ」だと思っているようだから、まさか嫉妬されているなんて考えたこともないのだろう。
『落ち着け、こうが殿。こういうときにこそ堂々と構えずしてどうする』
姫からのありがたい御言葉にも、苦々しく『黙ってろ』と返すコウガくん。まぁーッ、なんて乱暴な言葉遣いなのかしら。…にしても、妙~に、姫には頭が上がってない感じがあるのはなぜなんだろう。反応の仕方が、母親からの忠告に「ッるせぇババア」とか言っちゃう反抗期の少年を思わせる。
これはこれで、ふたりのバランスが取れてるからいいんだけどね。今後とも姫にはお母さんポジションをお願いしておきたい。コウガくんに物怖じせず説教かましてくれる存在って貴重だし…とか、思っているうちに、ようやっとルチャさんの凱旋だ。精神疲労に由来してか、どこか足取りも重くこちらへ歩み寄ってくる。
『…ムックルと何かあったのか』
と、素知らぬふうで尋ねるコウガくんに向かって「ファーwww」と吹き出しそうになったので、僕は慌てて頬の内側を噛んでやり過ごした。
一部始終見てたのによく言うわ。
不安で不安で仕方ないくせに。やっぱり雌の方がいいのか、とか、訊きたいんでしょ本当は。やーいwww
『別に…』と言いかけるルチャさんだったが、どうもその一言で言い逃れができる雰囲気ではないと察知したらしく、やがて頬のみならず目元まで赤くして視線を落とした。
『…
――仰げば尊死。我が死の恩。
僕は、空を仰いだ。
今日もいい天気だなあ。直前までコウガくんに
右肩に乗っている姫も『愛いな…』と呟きながら同様に天を仰いでいた。
キュンです…。おっさん、いい年こいてドキドキしちゃった…。トキメキってこんな感じだったっけ…すごォい…。
何その照れ顔。
何そのセリフ。
僕ですら動揺したんだから、お察しというかコウガくんなんて言わずもがなで、どす黒い嫉妬もどこへやら『…、…はい…』などと敬語で口走って感極まっている。挙句、スキ…!って気持ちに耐えきれなかったのか両手で顔を覆っていた。とことん拗らせてんなあ、こいつ。
人間みたいに、結納とか結婚とか、そういう儀式があるわけでもなければ、役所に書類を提出して公的に認められるものでもない、ポケモン間の「契約」。
両者の合意という、ふわっと曖昧で不可視の抽象的な概念に依拠することになる。そんな中で、『俺もおまえとは番だと思ってるからな』ってことをルチャさんがはっきり口にしたのは、実は初めてなのではなかろうか。
彼らは、…まあ、僕の知らんところでう●ぴょいしちゃってるはずなんだけど、そこまで関係を深めておいても尚、やはり言葉にされるのは格別な喜びがあるらしい。証拠に、コウガくんの機嫌が海溝の底から雲の上へ突き抜けるくらいの激しさで一気に回復している。あまりに双極性が過ぎるのでは?振れ幅デカすぎない?ねえ?
「…ルチャさん。お疲れ様でした」
そうですよ。ルチャさん絡みでコウガくんが正気だったことなんてないんですよ。もういいや。奴のことは捨て置こう。
仕切り直しも兼ね、僕はルチャさんに声をかける。
「正規登録であれば区間賞がもらえていた、見事な翔けっぷりでした。
今夜はお祝いですね。ルチャさんの好きなもの、いっぱい食べましょう」
これを聞くや否やぱぁっと明るい表情を見せ、にこっと笑う彼。
なにこの小鳥かわいい。
コウガくんにとってはダメ押しの一撃で、一周まわって情緒が終了したらしい。万感の想いを凝縮しているだろう声で『…むり…しんどい…』と呟いている。無理だったか。だろうな。
何か、こう、日々を重ねるごとに、彼は順調にルチャさん推しの限界オタクとして成長を遂げているような…。そのうち語彙力が欠如して『最高…』しか喋らなくなるんじゃないかと危惧する次第だ。
その夜、ふと目覚めて暗い室内を見渡してみればふたりの姿がなく、…今頃ナニしてるんだろうなあ、どうせ昼間のことが尾を引いてコウガくんが辛抱たまらん感じになったんだろうなあと僕はいらんことを想像しては勝手に自爆して精神的ダメージを負うことになるのだけれど――それはまた別のお話なのであります。