初物七十五日
在りし日々のように、森の中で洞窟で木のうろで、好きなだけルチャブルを堪能する…とまではいかない現状だが、ホテルのリネン室、従業員が使うバックヤードの死角、屋上…まあ、ふたりになれる場所を探せばそれなりに見つかった。
あとは時々、デデンネがホテル内での「ポケモンリラクゼーションサービス」とやらをねだってみせ、それを名目に男を部屋から連れ出したりだとか。余計な世話…もとい、それとない協力も得られるので、ルチャブルとの色事を楽しむ機会は思いのほか恵まれている。
当初――まずは慣れてもらうことを目的に、あぐらを組む己と向かい合わせになる格好で座ってもらって…と、否応なく開脚する羽目になるこの対面座位からして相当恥ずかしがっている。普段は凛としている彼が羞恥で赤らんだり目を潤ませる様はいつ見てもなまめかしくて胸にクるので、こちらの内心としては興奮するばかり。心身はいつでも季節外れだ、ルチャブルがいるだけで己は常に春猫となる。
ただ、浮かれてばかりもいられない。『おまえが相手ならいい』とまで言ってくれた彼の覚悟にも報いておきたい…ので、万に一つもルチャブルを傷つけないよう、貰ったものは使っておくかと以前押しつけられたローションを手に取ってみたわけだが、手のひらにのせて指先に絡めていくうちにじんわりと温かくなっていく。
温感タイプだと…!と気付いたときの、何とも言えない心境たるや。成分以外の要素からも購入者の細やかな配慮が察せられ、至れり尽くせりなのが逆にヒく。
ひんやりした使用感に苦手意識を持たれるよりマシか…と、塗付した、瞬間。
『…ッ』
ひ、と鋭く息を吸う音。
当然だった。他者から意図的に触られるなんて、普通はありえないわけで。
拡張の目的とて一つしかなく、これから自分が抱かれる前提で準備が始まってしまうことも意識せざるを得ないだろうし、案の定、ルチャブルの全身は強張っている。後孔に指を添えれば猶更で、ためしに円を描くようにゆっくりと触れてみるのだが、緊張が一向に解けない。
『ルチャブル、…もう少し力を抜けないか』
『…無理、…言うな…ッ』
ですよね。
だから、こちらの首元に顔を埋めて震えている彼に頬をすり寄せて、『キスして』と頼んでみた。
『う、…』と迷いを見せるルチャブルは、それでも、そろりと口を寄せてくれる。可愛い。考えてもみれば、人目を忍んで息を殺して、あまり広く空間を使えないからこそ選択したこの体位が割とベストだった気がする。口付けを楽しみつつ相手の気が緩んだ拍子に後ろを苛める並行作業が可能…にしても、…ローション…全然乾かねーな…。潤滑油としても十分だし、正直かなりありがたい…とか、あいつに礼を言うつもりはさらさらないのだが、一定の仕事をしたことは認めてやらんでもない。
甘く鼻にかかる声をくぐもらせて、上も下も同時に塞がれ情報を処理できない状態に陥るルチャブルが扇情的なあまり、無理矢理襲わないようすり減った理性で正気を保つのが毎回苦行に近かったけれど、我慢した果てに待つ今後の官能を思えばこそどうにか耐えてきた。何度でも言っておくが、拙者、やればできる子なんで。いやー、えらい。マジでえらい。自分で自分を褒めておこう。
こうして幾夜も費やして少しずつ進め、一区切りをつけたらあとは兜合わせに興じてみたり、小鳥から精液も嬌声も搾り取って…という繰り返し。本番に至っていないにせよ、これはこれで甘い時間になったから満更でもなかった。何と言うか、…「育てる愉悦」みたいな、…倒錯気味だと自覚はあるが、己の与える刺激によって相手が妖艶に変化していく事実が深々と感性に突き刺さってくる。こんなに仕込み甲斐があることをもう一度体験できるとは――至福の一言だ。
『なあ、…明日の晩、御主を食っていいか』
堪え性のない我ながら頑張った方だと思う。
目の前にとんでもない御馳走があったのに歯をくいしばって目をそらしてきたのだから、当たり前に飢餓感は高まっていて、これ以上この飢えをもやせ我慢しだすと、暴走して彼にひどいことをしそうだった。
だから…うん、互いの明るい未来のためにも、この潮時でルチャブルを抱いて欲を落ち着かせた方がいい(こじつけ)
『
最愛にねだると、相手の橙色した冠羽の先が、ふるりと揺れた。
++++++++++
最近は、誰にも言えない秘密をふたりして積み重ねていく一方だ。
向かい合って密着という時点で大概だが、脚を開く無防備な体勢を、しかも同性相手にしている時点で、ほぼ余裕がなくなる。
叫びだしたいほどの羞恥に襲われるがこれは全然序の口で、彼の手で翻弄されるたびに、ぬるま湯みたいな温度の粘液を塗り込められるたびに、以前から予感していた通り心臓が破けて死ぬんじゃないかと恐怖する瞬間が何度もあった。
痛まないように細心の注意を払ってくれていることは分かる…が、指だけとはいえ異物感がすごい。これ以上のものが入るわけないだろと思っていたのに――粘着質な水音の滴る夜を重ねていくごと、自分の器官が少しずつ、でも確かに変わっていくから、それと自覚するたびに血液が沸騰して神経や骨が溶け落ちていく気分だった。
『丹念にほぐすのは当然だろう。拙者が世話になるわけだからな。礼儀でござる』などと、つっこみを通り越して思わず殴ってしまいそうなことを平然と言ってのけながら、ゲッコウガは手間を惜しまず丁寧に、しかし遠慮もなく暴いてきた。
そこまでして抱きたいのかと思うと、…その発想でまた己の首を絞め、心身が燃え尽きて灰になるような錯覚を覚えて、居たたまれなかった。
『ッは、ぁ、…!』
いつの夜のことだったろう。ほんのりとした感覚ではない、経験したことのない苛烈な痺れに全身を揺さぶられる瞬間を迎えてしまったのは。
咄嗟に縋りついてしまったので、自分の爪の先が相手の肌に食い込み傷つけてしまったであろう手応えを拾うが、そこに気遣う余裕もまるでなかった。
混乱と驚愕で目を見開いた先で、目元を緩めたゲッコウガが熱っぽくうっそりと笑んでいる。
『ここが御主の啼き所…、とくと味わうといい』
その一か所だけを重点的に、何度も指で圧され、腹の裏を擦られ、視界も脳内も真っ白に塗り潰されていく。
劇薬みたいな快楽を執拗に叩き込まれては、思考する余地など、もう、とっくに奪われたも同然だった。
『あ、ぁあ! ッやだ、あ、ゲッコウガ、やめ、――…ッ !! 』
『…制止の声がそんなに甘くてはなあ…逆効果だぞルチャブル』
『そん、な、…ッふ、ぁ、ァあ"っ、あ、あああ !!! 』
ダメになる、と、直感する。
知らなかった。知りたくなかった。自分の中に、鍛えようもない、ただ悦びに従順になるだけの軟弱な箇所があったなんて。
相手の繊細な指使いから引き出されてきたものが予想をはるかに上回る暴力的な刺激で、それが己の腹の底に眠っていたことを到底信じられなくて、あられもない感覚を無慈悲に掘り起こしてきたゲッコウガを筋違いにも恨めしく思う始末だった。
無様に喘がされた果てに白濁まで吐き出す羽目になり、いよいよこの世から走り去ってしまいたいほどに恥じ入っていた折、ゲッコウガが再起不能に追い込んでくる。
『なあ、…明日の晩、御主を食っていいか』
…なんで。このタイミングで。鬼か貴様。
***
痛みなんて微々たるものだった。何にも勝る圧迫感こそが問題で、いやでも内臓の方へと意識を持っていかれる。
こうも内側をいっぱいに占領されると、自分以外の生き物が腹に宿っているみたいで、…孕まされたような気になって――息が、詰まる。
腰から下がとても頼りない感じで今にも崩れ落ちてしまいそうな心地がしているこちらとは対照的に、根元まで埋めきって満悦のゲッコウガは、やけに嬉しそうな口調で『…ほら。ルチャブルなら大丈夫だと言っただろう?』と囁き、抱きすくめる。
馴染むまで待つつもりなのかしばらく彼は動かなかったが、代わりに、するりと腰を撫でさすってきた。
『はやくオレの形を覚えて』
口に出すのさえ後込みそうな台詞を、聞いたこともないような甘い声で鼓膜に塗り付けてくるのだから、いっそのこと今この場で気絶してしまえたらとすら思う。
これで余裕を持てという方が無理だ。矢継ぎ早に未知のものを渡されても対応できるはずがない――せめて小出しにされないと精神的に終わる。
どんな顔でこんな糖蜜まみれの言葉を言ってるんだろうと視線を上げると、そこには完全に発情しきった雄の面構えがあって、隠そうとさえしない生々しく剥き出しになった欲望を突きつけられているみたいで、嗚呼今夜はもう簡単には放してもらえそうにないなということだけを、かろうじて理解する。
昂奮した目で凝視されると、併せてただならぬ感情が伝播して、相手の感応に引きずられた己の脈拍が上がっていく。
『オレがどれほどおまえを抱きたかったか、わかるか』
たった一晩で喰い尽くされるのだろうと疑う余地なく被食者に知らしめる眼差しが、こちらを容赦なく射貫く。
つくづく酔狂だ、こいつも。
『…さあな』
未だに何一つ分かっていない。
どうしてそんなに好きでいてくれるのか。執着するのか。欲しがるのか。
――だから。
『教えてくれないと分からない』
『…、…言ったな』
言質は取ったぞ。
そう告げて、ゲッコウガは両手でぐっと腰を掴んできた。世に存在するあらゆる言葉の中で、今ほど「臨戦態勢」という表現がしっくりくる状況もなく、なんならナカに突き立てられているモノの硬さが増して脈打ったことに気付かされて、こちらの呼吸困難に拍車がかかっていく。
『猶予は終いだ。
いくらでも思い知らせてやるから、…最後まで付き合えよ ルチャブル』
***
粘膜同士が隙間なく接触しているので、ゲッコウガが動くたびに全方位へ疼きが灯る。激しさのない抽送の分、じわりとしみこんでいくように、末端の神経まで暖色へと染めあがっていく気がした。
想像していたものと違う。
こんなに甘やかされるなんて思ってなかった。ひたすらとろ火にかけられて、逃げ場のないものがどんどん上乗せされて、いつか全部が弾けてしまうのだとすれば――今は、それが、怖い。
『…ん、…っぁ…』
『…随分と蕩けた目を見せてくれるんだな』
嬉しい。
このままおまえをずっと独り占めにしていたい。
どこか狂気すら潜む喜色に満ちた相手の声に、ぞくりと震えが奔る。
『せっかくの初夜だ、…おまえが悦ぶならどんなことでもしてみせよう』
やはり蠱惑的で危うい声を紡ぎながら、ゲッコウガはこちらの籠絡にかかる。昨晩、散々に揉みこまれた箇所を舐めるようにこすられて、背が思わず弓なりになった。
『ッ――…!!!』
『本当に…素直で可愛いな、おまえは』
…可愛いものか。愚かなだけだ。脳が茹だっているから、相手が与えてくるものを抗いもせず単純に受け取って、堕落に終始する馬鹿へと成り下がっているに過ぎない。
よくもまあ、…こいつも、面白みのない肉に、飽かずに触れてくるものだ。
恥ずかしげもなく、オレにはおまえだけだとうわごとのように繰り返して。
抱きたいなら好きなだけそうすればいい。
俺にはそういう形でしか返してやれない。
…たぶん、自分が抱える想いは、恋というものには該当しないのだろう。時が経っても、やっぱり、おまえと俺の「好意」が一緒だとは思えない。期待に副えているのかも分からない。ただ、…おまえが嬉しいと言うなら俺も嬉しいと思うし、…できれば、向けてくれている想いに報いて幸せにしてやりたい。巧みさも何もない交わりですらおまえの足しになるなら根こそぎ持っていっていい。
これが、…俺なりの、
『 好きだ 』
やっとの思いで言ったところまではよかったが、予想外に、ゲッコウガの双眸は鋭利な光を帯びた。
返事代わりに勢いよく奥まで突かれて、無理矢理押し開かれて、折り重なって蓄積していたものを一気に崩されて、眼前に閃光がよぎるような法悦の渦へと予告なく突き落とされる。
『 うァあ"あ"ぁあッ!!! 』
全身の羽が一枚残らず膨らんだ。なりふり構わず叫んでみても何の効果もなかった。強すぎる忘我の波はいつまでも消えてくれないし、それどころか、望んでもいないのに津波みたいに押し寄せてきて、理性を徹底的に蹂躙し尽くしていく。
『…綺麗に抱こうとしても結局は徒労に終わるな。
いつも…おまえが、オレの
余韻から全く抜け出せず、最早どこにも力が入らない体躯は容易く彼の手によって持ち上げられ、目の奥がチカチカと瞬いている間にうつ伏せの格好を強いられた。
『オレの想いは生半可なものではないぞ。…言ったろ、思い知らせると。最後まで付き合えとな』
一度は引き抜かれたその先端が、くち、と粘ついた音をたてて再びあてがわれる。
次は後背位だ。
心の底から楽しそうな声で、ゲッコウガが、夜明けまでの行程を教えてくる。