※この作品はR-18です。

フランちゃんはワラキアでも虐待されてるんです   作:雷之電

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宝石の名前が出てきますが、500年前にその名前が使われていたか、また流通していたかなど時代考証はしていません。
それと、まだ虐待成分は出てきません。

2022/08/25の追記:
モブに名前つけたの後悔してる
名前覚えなくていいよ


ふたりの家族愛

 父は吸血鬼を卑下していた。小さいながら立派な城を構えているのに、吸血鬼は暴虐を働くのが生き物としての定めだと言って、曲がりなりの家制度の跡継ぎたる私に礼儀作法を教え込んだあと、あえてそれを崩して振る舞うよう言いつけていた。いや卑下でなく、人間様とは違う価値観から最高の礼節を意識していたのかもしれない。

「レミリア、君は〝しあわせ〟かい?もしそうでないとしたら、その原因を精一杯取り除こう。魚の骨みたいなものであればいいが」

 威厳ある父、というより感覚はパパだった。

「んん……街の子と遊ばせてほしい」

「そりゃ象のアバラだな。私も考えたさ。人間はただの餌じゃない……もちろん他人との関わりはどの年をとっても重要なんだ。しかしなレミリア、もし人間と仲良くなって、人間を殺せなくなったらどうする?まさに致命的だろう。そうだな、一人で締めから調理、片付けまでできるようになったら考えようか」

 吸血鬼が人間の痛みを知れば灰となる。彼の口癖だ。家畜に同情して血肉を拒めば生きてはいけない。たったそれだけのことだった。

 この会話はもはや暗黙の茶番だった。父に隠れて街の子供らと会っていることはもうばれているだろう。しかし敢えて外界との交流を絶とうともしていないようだ。

 金で買えるものならなんだってくれる。しかしその財源はよく知らない。仕事といえば、城のある森に接した街の人を年に何人か失踪の体で貰い、その超常的な人さらいの噂で外部勢力から街を守る、ということをしているらしい。たったこれだけで今の豊かな暮らしを支えられるとは思えない。きっと他にも何かやっているのだろうが、「パパ」のイメージが崩れるような気がして聞けないでいた。

 ……具体的にはオスマン帝国の軍勢だ。随分前から周辺三国にこの地域を奪われたり、奪い返したり、とにかくめちゃくちゃになっている。奴らが小さな森の噂話に耳を貸す気がしないが、今の今まで平和を保ってきているということは効果があったのだろう。

 そうだ、よく父はヴラドという英雄の話をする。何十年も前、オスマン帝国、ブルガルア合わせて二万もの敵兵で屍の林を作り敵を撤退させたという英雄。英というのはかくも主観的でおっかないものかと、話を聞かされるたび身震いするのだ。「我々に最も近い、あるいは我々の理想たる人間」と父は謳う。確かにそうかもしれないが二万人分の血などどうやって飲み干せようか。

「食事が終わったら街へ行こう。宝石商、いやただの仲介か、人を呼んであるんだ。フランへのプレゼントをレミリアに選んでもらいたいのさ」

「……フランには会えないの」

 母が消えてすぐ、フランは父に地下へ閉じ込められていた。詳しいことは何も知らされていないが、きっとこの表現で合っていると思う。母がいるときから地下へ降りることは禁じられているので、下の様子もわからない。別れの挨拶もなしに、挨拶がいるほどのこととも知らず連れられていったあの背中が、私の見たフランの、暫定で最後の姿だった。

 Frandle,Frantic doll,これは父が勝手に呼んだ名前だった。文字に起こすことはできたがこれが意味するものはよくわからない。父はこのStacojiu家をよくScarlet家とも呼ぶ。聞くとこれらは遠く西の島国の言葉だそうだ。

「心配ない、フランは元気でやっているよ。長女には長女の、次女には次女の育て方がある。そうだろう?もう少しの辛抱だ、じきフランはとびっきり美しくなって帰るだろうさ!だろう?いや帰る!帰すとも!足りないのはそう、まばゆさで彼女に劣らぬ宝石だけなんだよ」

 

 

 何を買うわけでもなく観光として夜市へ来た。森の脅威(間違いなく我々)が君臨する夜だからこそ、家々で散らばらず、こうして市場で集まろうということらしい。人間のすることはよくわからない。自分も〝朝遅くまで〟起きていると、その日の夜は動いていられなくなる。夜は素直に眠ればいいのに。

 街へ出向くときは身分を明かさないために、羽まで隠す変わった服を着る(数百年後になって思ったが日本のNinjaのような格好だった)。こちらを知らない人からは素性がわからず、特異な服は目立つので知る人はすぐにこちらを見つけられる。なかなか便利だ。

「お父さん、あれ」

 香辛料を袋に入れて並べる店に目が留まる。離れていても肌で感じるほど強烈な臭気を放つそれらに興味を持たずにはいられなかった。

「ありゃ食えんぞ。束にして吊ってあるあの赤いのは、一度噛めば三日は激痛にのたうち回り、飲み込めば十年は何も喉を通らなくなることだろう!試してもいいが私にできるのは水を運ぶことくらいだぞ」

 腐りかけの肉をマシな味にするための調味料、あるいは防腐剤らしい。まあいつでも新鮮な血肉を調達できる我が家には必要ないか。よくそんな肉を食えたものだ。

 しばらく見て回り、通りに面した建物の一つに入る。空き家かと疑うほどになにもない。ついていった二階にあったのは、私が手を広げたくらいの広さのテーブルと、三つの椅子だけだった。

「早く着きすぎたな」

 しばらく待つと一抱えもある大きな革の鞄、いやケースを抱えた男がやってきた。向かいの椅子にどかと座り早くもケースをこちらに向けて開く。

「よくも一人でここまで来られたものだ、さすがだな」

「ええ、貴方様を始めとするお客様の無理難題を是が非でも叶えるべく、世界中を旅してまいりました。騎兵程度ならやすやすと挽き肉にできますゆえ……さ、どれでもどうぞ」

 ケースには無造作に、色とりどりの宝石が詰め込まれていた。どれも拳くらいある。信じられない。今まで見たのはせいぜいそら豆ほどの大きさのものだ。これにかかる金といったら、この土地どころか世界の情勢を揺るがしかねないだろう。

「なに、難しいことは考えなくたっていい。どれが似合うと思うかだ。そうだな、一対で七、八種類」

「え、と……、」

 どうぞ、お手にとって。言われて青色のものを取ると、そのなんと軽いことか。まるで乾燥海綿のようだ。

「独自の技術といいましょうか、密度を大幅に下げることに成功したのです。もとは大きいとはいえせいぜい〝常識的な最大サイズ〟程度だったんですがね、やはり無理難題もいずれ解決できるものでして。ああ、強度はその分下がっています。くれぐれも衝撃を与えませんよう」

「……普段はどんなドレスを着ているの」

「赤一択だ。どの微妙な名前でもない。赤だ」

 配色のセンスは今までに発揮したことがないのでよくわからないが、とりあえず色とりどりに選んでみることにした。

「なるほど。アクアマリン、ペリドット、シトリン、コハク、スピネル、アメジスト、サファイアに……アパタイト。承知しました。ではこれらを仰せの通り加工して……直々に持ってまいりましょう」

 

 

「帰ったぞ!アヌ!」

 アヌは若い男で、父に付き、様々な決断について横槍を入れる、王付きの道化のような役割を担っている。外出時は城で待機していて、門で呼べば飛んでくる。

「はいただ今!どうされました」

「例に漏れず相談したいことがある。アージェントから届いた手紙だ」

 父が懐から便箋を取り出し中の手紙を読み上げ始めた。

「アージェント卿 ご存知の通り我が主の暴虐ぶりといったら目に余るものがあるのです。急ぎゆえ無礼をお許しください。……はは、とってつけたような断りだな!なになに、先日もまとめて三人の使いが、美味いらしい鍋の具となりました。私にはどうすることもできません。物言わぬ道化などこの世界のどこにおりましょう。いたずらな殺生をこれ以上重ねませんよう、主に働きかけていただきたいと……もういい、送り主は……アヌ。アヌ?」

 アヌは自分の弔事でも読まれているような心持ちだったろう。ひと呼吸あとには、彼の心臓を父が掴んでいた。

「アヌ、聞いてるか?私はお前の裏切りに失望したんじゃない。お前の無能さに呆れているんだ。アージェントの野郎は何だ?私と同じ、吸血鬼。君に同情などしない。彼は、この手紙を読み、そのまま私宛に送り返したんだ。そもそも自ら望んで私に仕えたんじゃなかったか?」

 言い終わる頃にはもう、死んだのか、息をしていなかった。

 ……もしここで、アージェント卿に代わって私が父に進言したら、使用人への態度を改めるだろうか。この城へ遊びに来るときの彼は温厚そのものだが、他での行いは何もかも聞き及んでいる。そんな彼に救いを求めたアヌに同情はできないにしろ、とにかく、父というか吸血鬼たちの残虐さ、理不尽さはいただけない。

「やっぱり変よ。年に何人も迎えるわけじゃないでしょう」

 アヌを食らいもせず、門の横に捨てた後、汚れていない右手を私の肩にぽんと置き笑いかけた。

「はは、そんな考えは教えていないぞ。まあいい、人との関わりは大切だと説いたが、使用人となれば話は変わる。彼らは、そうだな……我々に魂を捧げているようなものだ。牢にいる食料と同じく、家畜同然なんだよ。それに、年に数回この城に献上される人々とは別で、他の地域からも持ってきている」

「もう、資源としてじゃなくて。曲がりなりにも人なのよ」

「ああ勘違いしていた。家畜に同情しての発言なら初めからそう言えばいいんだよ、レミリア……人間が豚に情けをかけることが、一度でもあるか?幼子でさえ、夕飯の鍋を楽しみに待っている。それに、食用でも種でも母体でも活躍できない家畜を生かしておく義理はない。わかるかい」

「……つまり、今朝まで仲良くお話してた給仕のおじさんで作る血酒を嗜む時を、今から楽しみに待つのが、私たちの健全さってわけね」

 そうだとも。理解の早い子で助かるよ。助からなくたって愛は不変だがね。そう言って彼はそそくさと地下へ消えた。

 

 

 ――姉。

「歳が近いから、もし会えるなら……話が合うかも」

 ――父。

「無償の愛って言ってた……それを注いでくれる、今のところ唯一の存在」

 ――母。

「吸血鬼の価値観がわからなくなったかわいそうな吸血鬼。よく憶えてない」

 ――賓客。

「協力、家への協力の対価として私を求める人たち。アージェント卿には来てほしくない。痛いことばかりする――」

 ――愛。

「ぜんぶ同じ。でもよくわからない。お父様は教えてくれる。知りたいことなら何でも」

 ――知識。

「楽しい。でも、見たことのない世界の話を聞くのはもどかしい」

 ――父。

「無償とはいうけど、お返しがしたい。愛は、返すことで増幅する」

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