「ふぅ…」
自室のドアを閉め、ベッドに腰掛ける。
風呂上がりで少し火照った身体をお気に入りのパジャマが包み込み、その心地よさに気が休まる。
そのまま何をするでもなく、ゆったりと流れる時間にしばし身を委ねる。
ふと傍らの机に目をやる。
馴染みのスマホの隣には、少し汚れた手拭いが。
持ち主は私ではない。幼い頃からの馴染みで、私が密かに憧れている「お兄ちゃん」のものだ。
「さてと…」
スマホのメッセージアプリで彼の項目を探す。
目当ての相手は先ほどのお兄ちゃん。
彼とは普段から気兼ねなく話せる仲なのだが、こうして改まって電話を掛けるとなると少し緊張する。
あと1タップというところまで来て、今掛けるべきなのか、明日会う時に話せば充分なんじゃないか、と躊躇して考えを巡らせてしまう。
でも、いつまでもこうしていても仕方がない。
高鳴る鼓動を深呼吸で落ち着かせ、私は意を決して通話ボタンをタップした。
呼び出し音が鳴っている。永遠とも呼べるような数コールの後に、彼の声が聴こえた。
「おう、どうした?」
息を呑む。しかしこちらの緊張を気取られないように、努めて冷静に声を返す。
「あっ、タツ兄?ごめんね夜遅くに。タツ兄、今日公民館に手拭い忘れたでしょ?」
「…あー、無いと思ってたがやっぱり置いてきてたか」
「うん、それでね、今私が持ってるから、洗濯して明日返すね」
「洗濯?いいよそこまでしなくても。てか明日も公民館に行くからそのまま放置してくれて良かったのに」
「ダメよ。誰かが間違えて持って返っちゃうかもしれないし、それにこの季節は雑菌が繁殖しやすいからね」
「相変わらず真面目だなー。わりぃな燦」
「ううん、全然。……来週だね、青年会の出し物」
「ああ。お前の友達には助けられてるよ。はぐむちゃんなんて破けた衣装すぐに修繕してくれてさ」
「みんな私のためにって頑張ってくれてるのよ。だから今回こそ絶対に成功させるわ」
「だな。…じゃあそろそろ切るよ」
「あっ、また明日ねっ」
「おう、ありがとな」
「はあ…っ」
ベッドに倒れこんで深く息を吐く。
『ありがとな』
彼の言葉を頭の中で反芻する。
タツ兄に褒められた…私は頼りにされてる…
堪らなくなって机の上の彼の手拭いを取り、上気した頬に触れさせる。
汗臭い、でも決して不快ではない匂い。
身体に感じる彼の匂い、優しい声。
だが肝心の彼はここにはいない。
この奇妙な物悲しさがたまらなく胸を締め付ける。
「タツ兄…ごめんね…ちょっとだけ借りるね…」
手拭いを顔に押し付けて、彼の匂いを目一杯吸う。
「タツ兄…っ」
夢中で深呼吸を繰り返しながら、私は妄想にふける。
舞台は公民館の裏。作業に取り組んでいた私の手をタツ兄が引っ張って連れ込まれるという設定だ。
『燦…!』
『タツ兄…!ここじゃダメ、みんなに気付かれる…』
『関係ねーよ…燦…好きだ…!』
抱きしめられる妄想に合わせて、私自身の身体も切なく捩れる。
たまらなくなった私は、おもむろに手拭いの間から指を差し込み、自分の口元をふにふにといじりだす。
『ん…ちゅ…っ…タツ兄…好き…』
『俺も好きだ、燦…んっ…ずっとお前が好きだった…』
自分の人差し指と中指を合わせ、舌と絡ませ合う。
手拭いに染み込んだ彼の匂いも相まって、妄想への没入感は普段とは段違いだった。
今の私は紛れもなく、本当にタツ兄とキスをしている…。
『あっ…待って…んんっ…』
『待てるかよ…お前の身体、こんなにもエロいのに…!』
戸惑う私に後ろを向かせてベッド…壁に押し付け、私の手…タツ兄の手が背後から乳房を揉みしだく。
下半身の疼きを感じ取ったタツ兄が、私の局部に手を差し込む。
『あっ…あぁっ…タツ兄…タツ兄…』
『はあっ…燦、もう限界だ…!』
『え…ダメっ、今日はダメっ、せめてあれ付けて…』
『わりぃな…今日はゴム持ってねーんだ』
『ちょっ…待って…んんっ』
タツ兄は異を唱える私の口をキスでふさいで、私の膣内を一気に貫いた。
『…~~~~っ!!?』
声にならない叫びを上げる。
構わずバックから突き上げ続けるタツ兄。
『…タツ兄…っ、ダメ…赤ちゃんできちゃう…っ!』
『もう止まんねーよ…!お前、今日確実に俺の子妊娠しちまうな…』
『んぁ…はあ…っ!』
『お前ん中に精子いっぱいぶちこんでやるからな…絶対孕ませて、お前の人生、俺とのセックスでめちゃくちゃにしてやる…!』
『あぁ…っ、出して…!私の膣内(なか)、タツ兄でいっぱいにして…!タツ兄…はあ…大好き…っ!んっ…』
一心不乱に舌を絡めあいながら、バックで突かれ続ける。やがて…
『んぁっ、うぁっ、…ああぁぁあぁっ…!!』
私は、自室のベッドの上で、孤独に果てた。
「はあ…はあ…」
果てると同時に、私の妄想もそこで終わった。
しんとした室内に、私の息切れした呼吸音だけが虚しく響く。
先ほどまでの興奮とはうってかわってクリアな脳内は、考えることを止め、身体の火照りが時間を掛けて消え失せる様をただただ俯瞰していた。
ふと傍らに目を向けると、先ほどの行為の中で私の汗と唾液を吸い取ったせいで湿った手拭いが。
それを手に取ろうとした私の手は、自分の愛液でじっとりと濡れていた。
「…はあ…、何やってんだろ」
夢の余韻から現実に引き戻され、途端に強烈な自己嫌悪に襲われる。
青年会のお兄ちゃん相手にあんな妄想…
精子ぶちこむだの、孕ませるだの、現実のタツ兄は絶対あんなこと言わないじゃない…
くだらない妄想で興奮して、タツ兄の私物まで汚して…ほんと最低…
手拭い、ちゃんと洗わないと…
『俺も好きだ、燦…ずっとお前が好きだった』
…ほんと、タツ兄はそんなこと絶対に言わないわ。
あの人にとって私は昔からの馴染み、妹みたいなもの。恋愛対象には入らない。
それに私自身も、今の心地よい関係を壊したくはない。
公民館に行けば青年会のみんなと話せて、姫様や宮尾たちネオマギウスの子たちとも一緒になって作業して、タツ兄とも一緒にいられる…
ネオマギウスの計画も頓挫してしまった今、この関係を変に告白なんかで壊したくない。
だから私はこの気持ちを胸に秘めたまま、タツ兄の傍に居続ける。
「…明日までに乾くかしら」
軽く手洗いした手拭いを洗濯機の中に放り込み、蓋を閉める。
自分の胸に仕舞った、秘めたる想いとともに――。