※この作品はR-18です。

マギレコ短編集   作:megaNeiL

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エロなしです


ユキドケ・ニリンソウ(更紗帆奈・常盤ななか)

「あー、雨だ…」

「通り雨でしょうし、しばらくしたら止むかと」

 

公園の日除けスペースに駆け込みながらあたしが呟くと、ハンカチで髪や衣服の水気を取りながら常盤ななかはそう応えた。

 

「だね…。ねえ、この後どうする?」

 

ザーザーと音を立てて降る雨とその特有の匂いにどこかアンニュイな気分になりながら、あたしたちはこの後の計画を話し合う。

 

「そうですね…この雨だと止んだ後は水溜まりだらけでしょうし、散歩するだけで靴が濡れてしまいそうですね……少し走って喫茶店でお茶でもしましょうか?」

「あーごめん、今ちょっと金欠でさ…」

「そうですか…」

 

うーむと考え込むななか。

 

「まーあたしは雨上がりの散歩も好きだけどね」

 

決して気を使っているわけではない。

あたしはこれまで贅沢とは無縁の生活を送ってきた。

粗暴な両親と暮らしていた頃も、その両親が死んで施設に移った時も、自由に使えるお金なんてほとんど無かった。

必然的にお金の掛からない遊びをすることが多く、散歩もその一つ。

この常盤ななかという物静かだが融通の利かない女と、あーだこーだと言い合いながら雨上がりの街を散策するのもまた乙なものかもしれない。

なんてことを考えていると、ななかから思いもよらない提案が飛んできた。

 

「私の家にでも来ますか?」

「…へ?」

 

 

 

 

「さ、どうぞ上がってください」

「おじゃましまーす…」

 

ななかの家の外観は以前から知っていたが、家の中を見るのは初めてだった。

いかにもな日本家屋といった雰囲気で、ほのかに香る木の匂いが心地良い。

まさに古風なななかが住んでいそうな家だと思った。

 

「あら、いらっしゃい。ななかさんのご友人?」

 

廊下の奥から、質の良さそうな着物を纏った女性が現れた。

歳は50代後半くらい、ななかの母親だろうか。

 

「さ、更紗帆奈と言います…」

「ゆっくりしてらしてくださいね」

 

女性の纏う高貴な雰囲気につい気圧されてしまう。

それを知ってか知らずか、ななかが会話を繋いでくれた。

 

「私たちは部屋に行っておりますので、どうぞおかまいなく」

「いえいえ、大事なお客様に何のおもてなしも無しなんていけませんから。あとでお茶とお茶請けをお持ちしますね」

 

 

 

「こちらです」

「ふーん、案外普通の部屋だね」

「…あまり見ないでいただけますか…?」

「なんでー?こういうのが面白いんじゃん」

 

ななかの部屋は広くもなく狭くもなくといった様相で、おおよそ普通の学生が使う平均的な部屋のようだった。

ベッドと勉強机、それに本棚。

 

「しっかし難しそうな本ばっかだね。これ全部読んでんの?」

「買ったきりでまだ読めてない本もありますが、まあ半分程度は」

「へぇ~」

 

少し恥ずかしげなななかに、ちょっとした嗜虐心の高まりを感じる。

ちょっとおちょくってやろうかな…

 

「さーて…エロ本、エロ本…」

「そんなものありません!」

「どうかなぁ~、あんたみたいな澄ましたヤツが意外にムッツリスケベだったりするからね~!あっは!」

「いいから…!そこら辺に座ってて下さい…!」

「あっはは!焦りまくる辺りますます怪しいね!さてはこの引き出しの中に……あっ」

 

引き出しの中には、厳格そうな男と幼い少女の写真がしまってあった。

どこか見覚えのあるその少女は、何かの賞状を手に持ち、緊張しつつも微かに誇らしげな表情で笑っていた。

この少女は……

それを理解した瞬間、引き出しはななかによって閉められた。

 

「さ、もういいでしょう。早く座ってください」

「…はいはい。はあ~、エロ本なかったかぁ」

「ありません!」

 

 

あの写真は、かつてななかが父親と撮った写真だろう。

あたしが魔女をけしかけたことを切っ掛けに、失意のうちに亡くなってしまったという、ななかの父親…

 

 

「……あ、この前撮ったイヌの写真見る?」

「あのドッグランの時の写真ですか」

「そーそー、スタッフに見つかる前に撮っておいたんだー!」

 

話題を変えようと、スマホの画像ファイルに保存していた様々なイヌの写真を見せる。

画像をスクロールし、時折その時の思い出を呟きあう。

 

「ななかはイヌ派?それともネコ派?」

「私はどちらも好きですね」

「うわ、つまんね…」

「ふふっ、どちらもそれぞれ違った愛らしさがあって良いと思いますよ?」

「ま、一理あるけどね~」

 

ふとななかの顔を覗き見る。

その口元はふんわりと緩んでおり、普段のキリッとした顔付きとはまた違う柔らかな雰囲気を感じさせた。

「あとで写真送るね」と声を掛けると、ななかは嬉しそうに頷いた。

 

 

 

そうしていると、扉の外からコンコンとノックの音が聴こえ、先程玄関で出迎えてくれた女性がお茶とお茶請けを持ってきてくれた。

 

「あっ、ありがとうございます…」

「いえいえ。それにしても珍しいですね、ななかさんがあきらさんたち以外のお友達を連れてくるなんて」

「帆奈さんとは最近仲良くなったんです」

「この前まで犬猿の仲だったけどね」

「ふふ、喧嘩するほど仲が良いって言いますからね。…では私は少し出掛けてきますので、ゆっくりなさってくださいね」

「ええ、ハナエさんもお気をつけて」

 

女性とななかの会話を聴きながら、一抹の違和感を覚える。

嫌な汗が背中を伝う。

 

「…ななか、今の人って、お母さんじゃないの…?」

「ええ、母は私が幼い頃に亡くなって、父も例の件で病に伏せて亡くなり、両親を失った私は今の親戚の家へ引き取られたんです」

「……」

「…あなたならとっくにご存知なものだとばかり思っていたのですが」

 

…そうだ。

ななかが実の家族と暮らしているはずがない。

彼女が親戚の家に引き取られていることはもちろん知っていた。

なにせ彼女が親元を離れなければならない理由を“故意に”作ったのは、紛れもないあたし自身。その過程で彼女の身辺ももちろん調査済みだった。

それを初めて家に呼ばれたというだけで、舞い上がって忘れていた自分自身に愕然とした。

 

「…あー、あっはは…だよね…そうだよ……母親だなんて…ニブすぎるよね、あたし…」

「…帆奈さん、私は決して責めるつもりで言ったわけでは…!」

「いや、いいって…うん…あんたが正しいよ…。あー…、初めてななかの家来たからかな…?なんかいつもよりテンション上がっちゃって…あたしさっきからゴミみたいなことばっか言ってんね……あっはー…いやー、我ながら頭バグってんね、あは、あっは…は…」

 

心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が流れる。

これまで乱雑に散らかしてきた過去の罪が、今になってあたしに纏わり付いてくる。

いや、今だからか…。

ななかと…自分が傷付けてきた者と一緒にいる以上、こうなるのは必然だった。

なのに、あたしは見ないふりをして問題を先延ばしにしてきた。

ななかとの心地良い関係に、迂闊にヒビをいれたくないがために…。

 

 

「…帆奈さん、少し気分転換でもしませんか?」

 

 

 

 

 

 

「これ、生け花だよね…?」

 

急に客間に連れていかれてキョトンとしている私をよそに、ななかは花や花瓶などの華道具をテキパキと準備していく。

 

「ええ、決して当て付けでやっているわけではありませんよ?私も気分が落ち込んだ時や自分を見失った時、こうして花を生けるんです。こうしていると、不思議と自分自身と向き合えるような気がして」

「でもあたし生け花なんてやったことないし、いきなりやれって言われてもどうすればいいかわかんない…」

「大まかな手順は私が教えますから、心の赴くまま、思い思いに生けてください」

「はあ…」

 

ななかがあたしを元気付けようとしているのはわかる。

でも思い思いにって言われてもなあ…

ななかってこういうとこ堅いんだよなあ…端から見てる分には面白いんだけど。

 

「本来、一口に華道と言っても様々な流派があり、その手順も様々ですが…今回はいっちばん簡単なやり方を教えます」

「いっちばん簡単…?」

「ええ、いっちばん簡単です!」

 

謎のドヤ顔を前にして眉間に皺を寄せるあたし。

そんなあたしをよそに、ななかは実際に華道具を手に取って説明を続ける。

 

「いいですか?まず花を観察して、良さげな花を手に取り、花ばさみで茎を丁度良い長さに…切ります。そしてこの花瓶に設置した剣山に…刺す。この繰り返しです」

「へぇ~、確かにそれだけ聴いてたら簡単そうだけど……今の、針に花刺すのどうやったの?」

「少しコツがいるんです」

 

ななかに説明されるがまま実践してみる。

 

「茎を切って…断面を剣山の針に対して垂直にして、そのまま…刺す」

「…あ、できた…!」

「そうです、そして花に角度を付けて斜めに立たせたい時は、そのまま茎を斜めにぐぐっと押して……」

「こう…?…あ、すごい…!斜めになった…!」

「ふふ、上手いじゃないですか」

「…へへ、確かに簡単かも…」

「まあ、基本はこんなところですかね。分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」

 

一通りあたしに教えたななかは、花瓶に向き直って自分の花を生け始めた。

実践して面白くなってきたあたしも、自分の目の前の花瓶に向き直り、まずは良さげな花を見繕っていく…。

 

………

 

……ま、こんなもんかな。

 

花瓶から顔を覗かせる薄い色の花々の中に、ひっそりと佇む2輪の白い花……それがあたしの生まれて初めて生けた花。

この花を生けている時にあたしの脳裏に浮かんでいたのは、あの冬の日の、瀬奈との逃避行のことだった。

しんと静まった雪景色、そこにいるのはあたしと瀬奈の二人だけ…

 

今思うと、やっぱりあたしはあの時死んでいたほうがよかったのかもしれない。

すべての罪を被って瀬奈を逃がして、あたしはヴィランとして倒されて、最後は正義が勝つハッピーエンド…

そうだ、そのほうがいいに決まってる。

無様に生き長らえて、そのうえ自分が傷付けた相手と仲良くするなんて、最初から無理があったんだ…

 

そんなことを考えていると、ふと傍らに置いてあった花が目に留まった。

それは、どこか力強さを感じさせる薄い赤色の花。

あたしは何かに突き動かされるように、その花を花瓶の白い花の傍に添えてみる…

 

 

「良いですね」

 

急に声を掛けられてビクッと震える。

隣を見ると、花を生け終えたななかがあたしの花を見つめていた。

ななかの生けた花はまるでテレビの生け花特集で紹介されるような本格的で立派な代物で、当然ながら自分の生けた花が見劣りするようで恥ずかしくなる。

 

「白と赤のコントラストが素晴らしいです」

「…ホントは地味な花だけでいくつもりだったんだけど、なんでかな…この赤い花を見てたら、なんとなく入れたくなっちゃって…」

「…それが、あなたの心象風景なのかもしれませんね」

「心象風景?」

「心の中に思い描くもう一つの世界、あるいはそう在りたいという願望…そういったものが、この作品に現れたのかもしれません」

「あたしの…願望…」

 

あたしの心象風景、それは間違いなくあの冬の日に見た景色だろう。

じゃあ、この赤い花は…?

……あぁ、そうだ。最初から分かってたことじゃんか。

これは『常盤ななか』だ。

あたしと瀬奈の世界にぬけぬけと入りこんできて、いがみ合って、いろんなことを教えられて…そうしているうちに、いつしかあたしの世界には色が付いた。

あの真っ白な世界だけじゃ満足できなくなった。

……なんだ、簡単じゃん。

あたしの今の望み、願望は、これなんだ…

 

「…ありがとね、ななか。なんかスッキリした」

「言ったでしょう?良い気分転換になると」

「うん。意外と悪くないもんだね、華道って」

 

 

 

 

 

 

鮮やかなオレンジの夕焼けが差す玄関。

靴を履き、床に爪先をトントンと打ち付けて足を馴染ませる。

 

「そんじゃ、いろいろありがとね」

「そろそろ暗くなってきますので、お気をつけて」

「あんたも戸締まりしっかりしときなよー」

 

 

「…あのさ、ななか」

 

ゆっくりと息を吐く。

 

「あたしさ、ななかとこれからも友達でいたいって、本気で思ってるんだ。…だから、あんたは『今更なんなんだ』って思うかもしれないけど…それでも絶対に言わなきゃいけないことだから……言うね」

「…帆奈、さん?」

 

ななかに、そして自らの過去に向き直る。

 

 

「……ごめんなさい!あたし、ななかの家めちゃくちゃにした…!魔女をけしかけて、あんたから誇りを奪って…それが原因であんたのお父さんまで亡くなった…!一番大事な家族まで奪った…!」

「…帆奈さん…」

「あたしさ…ほんとはあんたに殺してほしかったんだ……あたし自身が悪役になって、その悪役が最後に倒されるところを瀬奈に見てほしかった……でも、そんなこと…あんたには何一つ関係ないんだよね…」

「……」

「あんたを狙った理由はね…あんたはあたしに無いものばっか持ってて…自分の家を、誇りに思ってて…それが憎かった……ううん、きっと羨ましかったんだ…っ」

 

懺悔を続ける。

ななかの顔は、滲んだ涙で見えない。

 

「わかってるよ…あんたは強くて、正しくて、ホントは復讐なんてガラじゃないぐらい優しいヤツだって……だからあたしを殺さなかった…殺せなかった……っ…、…そんなあんたに、あたしができる償いなんて何もないのかもしれない……、…それでも……あたしはあんたに謝りたい…謝らなきゃいけない…!…それが…あんたと一緒にいるための、ケジメだから…!」

 

ななかを目をじっと見つめ、そして頭を下げる。

 

「…常盤…ななかさん…、今までのこと…本当に……申し訳ありませんでした…っ!」

 

 

 

「…顔を上げてください」

 

永遠にも感じる沈黙の後、ななかが発した言葉に従い、顔を上げる。

ななかの目は充血し、今にも零れ落ちそうな涙で潤んでいた。

 

「私は自分の過去に決着をつけました。今更誰が何を思おうと、それは詮無きこと…私の生きる道に何ら影響はありません。それに、私も清廉潔白ではありません……私自身も罪を背負っている……そんな私に、人を断罪し、赦す資格などないのかもしれない……そう思ってきました……ですが…」

 

ななかが柔らかに笑みを浮かべ、留まっていた涙がぽろりと零れ落ちる。

 

 

「これで……少しだけ、気が晴れました……」

 

 

ななかがあたしに駆け寄る。

玄関の砂で靴下が汚れることも気にせず、固くあたしを抱き締める。

堪らなくなって涙が流れる。嗚咽を漏らしながら、ななかにすがりつくと、ななかも同じようにしゃくり上げ、嗚咽を漏らす。

 

 

時間も忘れて泣き合うあたしたちを、扉の外から差し込むオレンジの光が、いつまでも優しく照らし続けてくれていた──。

 

 

 

おわり

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