「ごめんなさいね、今年も付き合わせてしまって」
「いいよ気にしなくて」
夏の陽射しが照り付けるこの日、俺とやちよは郊外のとある墓所に来ていた。
「しっかり話できた?」
「…うん」
「七海…さん?」
振り向くとそこには40代~50代くらいの女性の姿。
手には水桶とお供え物の簡素な花を携えている。
「今年も来てくださったんですね」
「…ご無沙汰しております」
「娘が亡くなってもう10年だっていうのに毎年来てくださって……良いお友達を持って娘も喜んでると思います」
「っ……だと、いいんですが…」
親しげにやちよに話し掛ける女性、対照的にやちよの顔は暗く、何かに怯えているようだった。
たまらず二人の間に割って入る。
「すみません、僕たちそろそろ…」
「あらいけない、引き留めちゃってごめんなさいね。さようなら七海さん、旦那さんも」
「はい、失礼します…」
「大丈夫?」
「ええ…、ごめんなさい、心配掛けて」
気丈に答えるやちよ、だがその手は微かに震えていた。
俺は彼女の過去を知っている。
魔法少女として、魔女と呼ばれる怪物と戦う日々。
仲間との出会い、対立、そして明かされた衝撃の真実…そんな過酷な運命の中で、同じ魔法少女を目の前で死なせてしまったことを。
彼女は未だにその子のことが忘れられず、こうして今も毎年墓参りに訪れている。
「アイスでも買って帰ろうか」
震える手を握る。
夏の暑さをその手に閉じ込め、彼女の凍った時間が少しでも溶けるように祈りながら――
「来週、フェリシアが帰ってくるって」
夕食を食べ終えたあと、食器を片付けながらやちよが俺に声を掛ける。
「へー、今年は旦那さん休み取れたんだ」
「そうみたいね。久々の里帰りだーってフェリシアも喜んでたわ」
彼女の話を聴きながら、棚に立て掛けられた写真の数々に目をやる。
去年の夏。かつてこの家に住んでいた子たち、その家族も集まってのバーベキュー。
肉を口いっぱいに頬張る娘を心配そうに見つめる桃色の髪の女性、夫と庭の花壇の前にしゃがみこみ、嬉しそうに花の説明をする柔和な雰囲気の女性、それらを眺めて愛おしそうに微笑むやちよ。
どれも俺たちの大切な想い出だ。
「今年もみんなで集まれるかな」
「鶴乃は近くだし呼べばすぐ来るでしょ?ういちゃんは…大学のスケジュールによるわね。他の子たちは…」
楽しそうに予定を立てるやちよ。その笑顔を観ていると、こっちまで胸が暖かくなる。
「ねえ…」
不意に、Tシャツの裾を掴まれる。
先程まで笑顔だったやちよが、気だるげに身体を預けてくる。
「今日は、ちょっと疲れちゃった…」
「…そうだね」
憂いを帯びた表情で俺を見上げるやちよ。その潤んだ瞳がゆっくりと閉じられる。
薄く開いた唇に、俺は静かに唇を落とした。
「ん…ふ…っ、んぅ…ちゅっ…」
ベッドに横たわらせたやちよの頬を撫で、啄むようにキスをする。
次第に深くなっていくキスにやちよの身体から力が抜けていくのを感じ取ると、首筋に唇を移し、なだらかなボディーラインに沿って手を滑らせる。
小ぶりな乳房を手で包み、丹念に捏ねる。
「あぁ…んっ、ぁ……」
熱い吐息が耳に掛かる。
これでいい。この快楽の波に、彼女の不安が溶けてくれれば…
「ねえ…」
吐息混じりの声とともに、陰茎に柔らかな刺激を感じる。
「つらいでしょ…してあげよっか…?」
「…やちよ、そういうの嫌なんじゃ…」
「いいのよ…今日はそういう気分だから…」
いたずらっぽく笑うと、やちよは身体を起こして俺の陰茎に顔を近付ける。
暫し物珍しそうに眺め、恐る恐る舌で亀頭を一瞬だけ舐め、顔を離す。
味を確かめているのだろうか、怪訝な顔でもごもごと口を動かしたあと、また顔を近付けて亀頭を口に含む。
口内でびくん、と脈打つ亀頭を舌でねぶり、徐々に陰茎全体を呑み込んでいく。
しんとした部屋に響く精液と唾液の跳ねる音。
とろんとした顔で陰茎をしゃぶり続けるやちよ。いよいよ俺にも限界が近付いている。
「やちよ…、そろそろ、出そうだから…離れていいよ…」
やちよは離れようとしない。
もう一度声を掛けようとすると視線を上げ、「ん。」と制する。
大丈夫なのか…?
俺の心配をものともせず陰茎をしゃぶり続けるやちよ。
瞬間、込み上がるものが解放され、やちよの口内にぶちまけられる。
「むっ、う、うぅ…んむ……、っ……」
陰茎から口を離し、精液を口に含んだまま顔を上げるやちよ。
目を瞑り右手で口を覆い、「んく…んくっ…」とゆっくり飲み込もうとする。
吐き出していいよ、と声を掛けるが、やちよはまた「ん。」と左手で俺を制すだけ。
だが、みるみるうちに青くなっていく彼女の顔。見かねた俺はティッシュを差し出し、口内の精液を吐かせることに。
「けほっ…けほ…、はぁっ…」
「無理しなくていいって言ったのに…」
「…ごめんなさい…やっぱり、どうしてもこの味無理みたい…」
「…ぷはっ、はぁ…ありがとう」
「落ち着いた?」
「ええ…」
コップの水を飲み干したやちよを見て安堵する。
「…少し、やけになってたのかもね」
やちよがぽつりと呟く。
「去年の写真を見ていたらね…、いろはが自分の子供と楽しそうにしてる姿、思い出しちゃった」
「やちよ…」
「普段はこんなこと考えないようにしてるんだけど…今日は…少し効いたかな…」
「……」
やちよは昔から子供が大好きだった。
結婚前から、「一人っ子じゃ私たちが留守の時寂しいわよね」だとか「あの部屋は少し大きすぎるから、小さい頃はあっちの部屋のほうがいいかしら」だとか、子供が出来た時のことを想像しては微笑んでいた。
俺もそんなやちよを見るのが好きで、しっかり貯金しないとなぁ…なんて、先のことに想いを馳せたりしていた。
だが、俺たちは未だその理想の未来にたどり着けずにいた。
去年のBBQの日の夜。
みんながそれぞれの家庭に戻っていった後、やちよは俺に隠れて一人で泣いていた。
かつての仲間を想う気持ちも、その家族の幸せを願う気持ちにも、嘘は無いのだろう。
ただ彼女は見せつけられたのだ。
自分が手にすることのできなかった未来を。いま目の前に横たわっている現実を。そして、必死に呑み込もうとしてもできなかった、忌まわしい過去を。
「私たち、結婚してもう結構経つでしょ?なのにまだ…」
「…大丈夫だよ。不妊治療だってまだ始めたばかりだし、もう少し時間をかければ…」
「あのね…私、時々思うのよ…他の魔法少女はどんどん結婚して子供を産んで…もう小学生の子だっているのよ? なのに私たちには……。それはきっと、私のせいなんじゃないかって…」
「やちよ、それは違う…」
「違わないッ!!」
空気がピリッと張りつめる。
「今日、お墓であの人を見て改めて分かったの…これは私への罰なんだって…あの子を死なせた私への…」
「それはっ…あの状況なら仕方のないことだって…」
「それでもやってしまったことは変わらない…! あの時、私は一線を超えてしまった…あの子を…」
「藍家ひめなの命を…この手で、奪ったのよ…」
「ァアアアッ!!」
絶叫が廃墟に響く。
藍家ひめなが地面に突っ伏し、天女のような衣が泥水に染まる。
私を含むみかづき荘のメンバー、それにみふゆが、ジリジリと彼女に迫る。
「ッ、まだスマホは放してない…!」
鶴乃が叫ぶ。
あのスマホには神浜のすべての魔法少女を亡き者にする魔法が込められている。
なんとかして止めないと…
「ぃ、たあ…」
「…もう、やめましょう。私たちだって戦いたくないわ」
「そのスマホを…渡してください…」
いろはが哀しげに声を掛ける。
でも半狂乱の彼女は構わず叫ぶ。
『死ね!』
その時の私は、ただただ必死だった。
彼女が説得に応じる様子はない。おそらくどれだけ痛めつけられようと、彼女の心が折れることはないだろう。
手の中のスマホに、今まさに呪いの言葉が掛けられようとしている。
考えている暇はなかった。何も考えられなかった。
「はぁあッ!」
真っ白になった頭に、何かが割れる音が響いた。
気がつくと私の槍は、彼女のソウルジェムを貫いていた。
「いやぁあああッ!」
「姫っ、姫ぇ…!」
「姫様…っ、そんな…間に合わなかった…」
駆けつけたネオマギウスのメンバーたちの悲鳴を聞いて、私は自分がやったことを理解した。
「藍家……さん…」
泣きじゃくる少女たちに抱えられたひめなの目からは光が失われ、その視線は虚空を揺らいでいた。
微かに震えながら後ろを振り向くと、みかづき荘のメンバーや遅れてきた魔法少女たちの戸惑いの顔。
その後ろに、彼女はいた。
「いろ、は…」
私の声はそこで途切れた。
彼女は、今にも泣きそうで、哀しそうで、そして、どこか落胆したような顔で、私をじっと見つめていた。
「あの日、私は消えない罪を背負った…。もちろん償おうとした。でもその方法が分からなかった。ご両親に謝罪するなら、どうしても事の顛末を説明しないといけない。言えると思う?娘さんは魔法少女という不可思議な存在で、自分たちの存在を証明するために暴走して、どうしても止められなかったので殺してしまいましたなんて……そんなの言えるわけないでしょ…っ!」
「せめて、なにか一つでも出来ることをって…彼女の命日には毎年欠かさずお墓参りに行った…。そしたらあの人と…あの子のお母さまと顔見知りになって、あろうことか娘の友達だなんて…!あの人は知らないのよ……っ…、毎年娘の墓参りにくる友達が…娘を殺した張本人だなんてっ…!」
嗚咽を漏らす彼女を固く抱きしめて、必死に背中を擦る。
「もういい…もういいから…!それは今起こってる問題とは何の関係もないし、やちよは何も悪くない…多くの人を守るためには仕方のないことだったんだよ…!」
「それでも…私は自分を赦せない…」
「俺が赦すよ!やちよが自分を赦せないっていうなら、俺がその分やちよを赦すよ…!だから……」
必死に言葉を紡ぐ。
彼女が壊れてしまわないように。
彼女を現在(いま)に繋ぎ止めるために。
「だから……もう、全部忘れようよ…」
「……忘れさせて」
未だ嗚咽を混じらせながら、彼女は懇願する。
「全部忘れさせてよ……お願いだから…」
彼女の「願い」を聴き入れる。
きつく抱きしめ、食み、快楽の海に沈ませる。
白くぼやける意識のなかで、俺は彼女を初めて目にした時のことを思い出す。
黒いワンピースに溶けるような、憂いを帯びた表情。
放っておくと暗い海に一人沈んでいくような、そんな危なげな彼女に惹かれた。
俺が彼女を光の下へ連れ出してやりたかった。
だが、結局のところそんなものは俺の思い上がりだった。
なあ、俺たちはどうやってこの暗い海の底から抜け出せばいい?
どうすれば彼女を光の下へ連れ出せる?
答えのでない問答を繰り返しながら、これからも俺たちはもがき続ける。
まだ無垢な少女だった頃の彼女がそうしたように、身の丈に合わない「奇跡」を求めて――
おわり