「はあ…はあ…由良先輩…!」
「んっ、ぁ…」
ベッドの上で乱れる二人。
傍らの机には広げられたままの参考書。床には芯が出たままのシャーペンが無造作に転がっている。
「ん…二階堂くん……ちょっと…」
「んっ、はぁっ…、先輩…?」
普通なら愛の言葉が紡がれるであろうという状況で、蛍の口から発せられたのは意外な言葉だった。
「…眠くなってきちゃったぁ…」
「…え?」
陽斗の手が硬直する。
「ちょっとだけぇ…寝ていぃ…?」
「ちょ…先輩、今は…」
「大丈夫…寝た後は二階堂くんの好きにしていいからぁ…おやすみぃ~……すぅ…」
「え、好きにって…先輩?せっ……」
乱れる嬌声は、いつの間にか規則正しい寝息に変わっていた。
「えぇー……」
「んん~…おはよぉ~」
「おはようございます…」
「…ごめ~ん…寝ちゃったぁ…」
陽斗のどんよりした顔を見て、蛍が申し訳なさそうに囁いた。
「…由良先輩…そんなに退屈でした…?」
陽斗の自信なさげな声色を聴いて、彼の言わんとしていることを察する。
「ううん…私、二階堂くんとするの好きだよぉ…?気持ちいいし…ただ今日はちょっと忙しくて、いつもより眠たかったんだぁ…」
「本当ですか?」
「ウソじゃないからぁ…機嫌直してぇ~…」
「別に、怒ってるわけじゃ…」
蛍の言葉は事実である。
陽斗の家に来る途中で魔女に遭遇してしまい、さらにその魔女がいつもより強めの個体だったため、体力を消耗してしまっていたのだ。
「…あれ?」
ふと、自分の身体を確認する。
綺麗に着せられた衣服。自分が眠った後に陽斗が着せ直してくれたのだろう。
だが、いつも行為の後に残る下腹部の微かな違和感が、今日は感じられなかった。
「もしかして…最後までしなかったの?」
「…! 当たり前じゃないですか!眠ってる時にそんなこと…」
「…別に良かったのにぃ~…」
「いや、ダメですよ…」
先程の「後は好きにしていい」という言葉は蛍の本心だったが、陽斗は自分の中にある倫理観から行動に移さなかった。
意図せず陽斗を生殺し状態にしてしまった罪悪感に蛍の胸がチクリと痛む。
「二階堂くん、私たちの関係って何だったっけぇ…?」
「……恋人の練習…ですよね。いつか僕が『あの人』に再会した時のための…」
「そぉ~…だからこれも経験のうち…。今度また私が寝ても遠慮しなくていいからねぇ~…」
「先輩…」
「それにぃ…二階堂くんも良い気分でいてくれたほうがぁ…気持ちよく寝られるしぃ~…」
一瞬寂しげな顔を見せた後、陽斗はふうっと息を漏らし、蛍に向き直る。
「…わかりました。でも、そもそも疲れてる時はしなくていいですからね?僕も我慢しますし…」
「すぅ…」
「もう寝てる…」
数日後。
「んっ…ちゅ…、むっ…」
夢中で唇を貪りあう二人。
陽斗の首に回された蛍の手には脱ぎかけで腕を通したままのブラウスが纏わり付き、蛍の普段の余裕が消え失せていることを窺わせる。
枕の上で乱れた桃色の髪が激しいキスで揺れ、その余波で舞った蛍の香りが陽斗の欲望を加速させる。
唇の隙間から互いの舌が見え隠れし、端から零れる唾液が蛍の頬を伝う。
「んぁ…にかいど、くん…」
「由良先輩…っ」
絡み合う舌。
しかし、片方の舌が徐々に動きが鈍くなり、やがてだらんと力が抜ける。
首に回された手はずり落ち、かろうじて陽斗の服を掴んだままぶら下がっている。
「…先輩…?」
違和感を感じた陽斗がゆっくり唇を離して、彼女に呼び掛ける。
「先輩……由良せんぱーい……」
「すぅ…」
「また寝てる…」
半ば呆れたように呟く。
前回のように忙しさで疲れていたのか、それとも単に自分が下手くそなだけなのか…
後者ならまだいいが、前者なら無理に付き合わせてしまったことが申し訳ない。
今日もこのまま寝かせてあげたほうがいいかもしれない…
そう思案しながら、陽斗は蛍の言葉を思い出していた。
『そぉ~…だからこれも経験のうち…。今度また私が寝ても遠慮しなくていいからねぇ~…』
『それにぃ…二階堂くんも良い気分でいてくれたほうがぁ…気持ちよく寝られるしぃ~…』
本当に、いいのだろうか。
蛍が許可してくれたとはいえ、相手は無抵抗な女性…
踏み切れずにいる陽斗の耳に、思いがけない言葉が飛び込んでくる。
「ん…はると、くん…」
初めて名前で呼ばれた。無意識だけど、彼女は初めて僕を、名前で…
その瞬間、陽斗の何かがぷつん、と切れた。
「由良先輩…」
ゆっくりと蛍に覆い被さり、耳元で囁く。
「本当に、いいんですよね…」
耳に返ってきたのは、悩ましげな吐息。
だが、陽斗を突き動かすには充分な応えだった。
静かな部屋に、陽斗の荒い息遣いと蛍の整った寝息がコントラストのように響いている。
蛍の白い首に吸い付く陽斗。
右手で片方の乳房を捏ね、左手で蛍の身体のラインを曲線にそってまさぐる。
首筋からもう片方の乳房に顔を移し、ピンクの乳首を口に含む。
やがて左手は下腹部へと移動し、パンツをずらして局部の割れた筋をなぞる。
しばらくそうしていると、力を入れずとも指が沈みこみ、柔らかな肉壁と、熱を帯びた液体が指を包み込む。
内部をそっと掻き混ぜる。動く指を追うようにきゅっと絡み付く肉壁が心地良い。
水の跳ねる音が大きくなるにつれ、部屋に響く寝息も徐々に熱を帯びてくる。
「由良先輩…、いいですよね…? 挿れますよ…」
蛍は何も言わず、ただ寝息を立てている。
だが陽斗には、その規則正しい寝息こそが肯定のサインのように思えた。
避妊具を装着した陽斗のそれが、蛍の中にずぶずぶと沈みこむ。
根元まで沈むと、蛍が深く息を吐くような寝息を立てる。
一呼吸置いて、陽斗はゆっくりと腰を動かす。
纏わり付く肉壁の暖かさ、甘い締め付けを避妊具越しに感じる。
ふと蛍の顔を見る。
先程より頬は赤く、寝息は若干荒い。
自分の動きに合わせて、眠りながらも時々声を漏らす蛍を目の当たりにして、陽斗はえもいわれぬ高揚感に包まれていた。
陽斗が動きを速める。
陽斗のそれが奥を突くごとに、蛍の寝息は乱れ、甘い声が漏れる。
「先輩…先輩…寝てるんですよね…?」
陽斗が耳元で囁く。
手を握ると汗でじんわりと湿っていて、手のひら同士がぴたっと貼り付くような感覚がした。
「僕、最近わからなくなるんです…、はあっ…ずっとあの人が好きだったのに、先輩のことばかり考えちゃって…」
打ち付ける音が大きくなる。
その音に隠れるように、蛍が耐えるように息を吐く。
「…最低なことなのに…でも、なんか、しっくりくるんです…先輩といると…」
依然として蛍の瞳は閉じられている。だが頬はさらに赤みを増し、寝息は熱を含んだ嬌声に変化していた。
「こんな関係になったのは最近だけど…っ、もしかしたら…僕は…もっと前から…」
「んっ…あぁ…っ」
いつの間にか握った手は強く握り返されていた。
蛍は耐えるようにぎゅっと目を瞑っているが、目元には涙が滲み、口は半開きになり、もう声を抑えることもままならないようだ。
「先輩…、僕…っ…先輩が…、 …っ!」
「くっ、ふぅぅ…っ、っぁぁ…っ!」
蛍の膣内がぎゅうっ…と締まり、陽斗の白い欲望が避妊具の中に溢れ、果てた。
息を切らしながら隣に目線を送ると、蛍は力が抜けたように、すぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
「好きです…由良先輩…。」
目元を伝う涙の後をそっと指で拭ってあげると、蛍は気持ち良さそうに吐息を漏らした。
「ん、んん~… おはよぉ…」
「おはようございます」
「…寝ちゃったぁ」
「お疲れみたいですから、今日はゆっくり休んでってください。まだ日が暮れるまで時間ありますから」
「ごめんねぇ~…」
陽斗が髪を撫でると、蛍は気持ちよさそうに伸びをする。
「あっ…、もしかしてぇ…最後までしたぁ?」
「あはは…すいません」
「ううん…気持ちよくなってくれて何よりかなぁ~…」
蛍がどこか嬉しそうに答える。
「由良先輩……本当は起きてましたよね?」
「……バレてたぁ?」
ばつの悪そうな顔ではにかむ蛍を見て陽斗は、はあっと息をつく。
「最初からですか?」
「違うよぉ~、寝ちゃったのはほんとぉ…でも途中で目が覚めちゃってぇ……なんとなく面白そうだったからぁ…そのまま?」
「はあ…」
ため息をつきながらも、陽斗は自分の胸の鼓動が速まっているのを感じていた。
途中から起きていたということは、陽斗の告白を聞いていたということに他ならない。
「あの、由良先輩…僕は…」
陽斗の言葉を聴きながら、蛍は考えていた。
ここから先へ進むと、もう後戻りはできない。
「恋人の練習」という言い訳じみた関係でごまかすことはできなくなる。
蛍の脳裏に大切な友達の顔が浮かぶ。蛍が最も大切に思う友達の、悲しみに歪んだ顔が。
でも、それでも…
「…うん、全部聴いてたよ」
「……じゃあ…」
蛍が陽斗の目をまっすぐ見つめ、はっきりと口にする。
「…うん、よろしくね」
「…! はい!よろしくお願いします!」
つい大声を出してしまった陽斗に、蛍は「うるさぁい…」と向こうを向く。
少し赤くなったその顔には、しかし後悔の念は一切見えなかった。
「あの、由良先輩」
「ん~…?」
「今まで、すみませんでした。どっちつかずの態度とっちゃって…」
「もういいよぉ~…元々恋人の練習は私が言い出したことなんだからぁ…」
「でも、僕もう先輩を不安にさせたりしませんから」
「……」
「ちゃんと両親にも紹介して、お見合いはもう必要ないって、堂々と…」
「……」
「…先輩?」
「すぅ…」
蛍はまた寝息を立てて眠っていた。
…ように見えたが、彼女の顔は耳まで真っ赤になり、寝息を立てる口元は緩みを隠せていない。
「…由良先輩」
「…すぅ…」
「起きてますよね」
「……バレてたぁ~?」
おわり