「ベッドがない?」
「申し訳ござません!」
「えっと、どういうことですか?」
キリトとシリカは予定より早くに着いたため、先にチェックインを済ませようと宿を訪れた。
「実はこちらの手違いでベッドが2つある部屋は全部埋まってしまいまして、1つの部屋ならすぐにご用意させていただくのですが……あぁ!もちろん相応のサービスとお値引きはします!」
途中まできっちりと話していたのに、アワアワと崩れていくお姉さん。
どうやらハプニングに慣れていないようだ。
「別に構いませんよ、俺はソファで寝るんで」
「だ、だめですよ! 私がソファです!」
そうは言っても、男がベッドで寝て女の子をソファ──なんてありえない。ここは援護射撃を借りよう。
「ユイも俺がソファで寝るべきだと思うだろ?」
肩に乗ったカメラに話しかける。
これはバーチャル世界にこちらの世界を映し出すもの。そのおかげで電脳世界にいるユイと会話できるはずなんだけど。
「この辺りは電波が少し弱いので、電話の類が繋がらない時があるんですよ」
お姉さんからそう説明が入る。
なるほど、それではどれだけ高性能な通信機器でも役に立たない。
「有線の電話ならお貸しできますが……」
「いえ、いいです」
「ユイちゃん、大丈夫なんですか?」
「たぶん回線が切れた時点で俺の部屋かアスナの携帯にでも飛んでるだろ」
「そ、そうですか……」
「どうした? シリカ?」
「い、いいいいえ!なんでもありません!」
周囲の人もびっくりの大声で否定をするシリカ。なんでもないわけはなさそうだけど、それを聞く前にさっきのお姉さんから声がかかる。
「大変おまたせしました!お部屋の準備ができたのでどうぞこちらへ」
「おお、絶景だな」
案内された部屋をくぐれば、窓から周囲の山々が一望できた。
「こ、このお部屋高いんじゃないですか……?」
部屋の中はそれほど大きくないものの、テレビで見るようなシャンデリアや、キッチンすらも完備されている。
たしかに、無料で泊まるにはいくらなんでも豪華すぎる。
「いえ、今回はこちらのミスなので招待券で適用させていただきます」
「ホントですか! ありがとうございます!」
「では、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
深々とお辞儀をしてお姉さんは去っていった。
「じゃあ、遊びにいくかシリカ」
「い、いいんですか……?」
「なにが?」
「その、ユイちゃんがいないし、ふ、二人きりだなんて……」
確かに、ユイがいるということでアスナに許可をもらったわけだから、これは約束に反する行為なのかもしれない。
「せっかくここまできたんだ。遊ばないともったいないぞ?」
「で、でも」
煮え切らないシリカにキリトはため息を着く。
「よし、じゃあこうしよう。俺は外の出店でうまいもん食ってくるから、シリカはルームサービスな。こんな高い部屋のルームサービスなんか想像したくないけど」
「ず、ずるいですぅ!」
「さあて、聞こえないな」
「むうぅー!」
「結局ついてくるんじゃないか」
「あんなこと言われたら当たり前ですっ」
ぷりぷりしながらもきっちり横をキープするシリカに思わず頬が緩む。
「じゃあなにから食べようか」
ホテルから出て、道なりを少し外れるとたくさんの屋台が並んでいた。なんでも自然はきれいだけど、他に見るものがないから宿泊客を退屈させないための一環なのだとか。世知辛い。
「キリトさんにおまかせします」
「じゃああっちの激辛チョコバナナから」
「あ!クレープ食べたいなぁ!!」
「ちっ」
あとで帰りに買おう。
「はむはむ」
「うまいか?」
「キリトさんも食べますか?」
差し出されるクレープは色んなフルーツがもられていて、どこから食べるか迷ってしまう。
「じゃあいちごもらい」
「ああ!」
「どひた?(どうした)」
いちごを口の中で咀嚼しながら聞いてみる。うん、うまい。
「いちご取られたぁー!」
どうやらシリカの好物にかぶりついてしまったようだ。
「どんまい」
「食べた本人が言うことじゃないです!」
「どーどー」
荒ぶるシリカをたしなめながら、いろんな屋台を回る。
「もうここいらにしとこうか。晩飯もでるんだからな」
「そうですね、また明日の朝に寄って行きましょう」
そして日が暮れる前に二人は宿に戻った。
「お待ちかねのお風呂ですー!」
夕飯を食べ、キリトとシリカは浴衣に着替えて温泉へと向かっていた。
「あ、キリトさん。卓球ありますよ!」
「ほんとだ、やっていくか?」
「もちろんです!」
「ほっ。よっ」
「えい!たぁ!」
カコンカコンと二人ともゆっくりなラリーを続ける。
特にキリトはたらふく食べたせいで動きが鈍い。しかしはだける浴衣を見る目はいつもより格段と素早い。
それでもシリカに負けるなんてことはありえないだろう。
「キリトさん、勝負しませんか?」
「ほう?」
まさかシリカの方からそれを言ってくるとは思わなかった。
いいだろう。格と年の差を見せてやろう。
「ちなみに、なにをかけるんだ?」
聞くとシリカはニヤリと笑う。不利な相手が勝負をかけるときは大抵なにかがある。
「そうですね……アスナさんと別れるとか?」
「はぁ!?」
なにかどころではなかった。
「クスクス。冗談ですよ」
「ほんとか?一瞬目がギラついてなかったか?」
おそらく冗談なのは1割程度じゃないだろうか。
「じゃあ、定番ですけど負けたほうがなんでも言うことを聞くってことで」
「さてはシリカ。勝負がしたかっただけだな?」
「えへへ。ばれちゃいましたか」
「俺が勝ったら猫耳メイドな」
「キ、キリトさんやっぱりそういうのが趣味なんですか!?」
「やっぱりってなんだよ!?」
「だって、ALOで私の耳触るし、シノンさんのシッポ掴むし!」
「そうだ!!」
「ひ、否定しないんですね……」
かわいい女の子のケモノミミやシッポは男のロマンである。異論は認めない。
「私が勝ったら……」
「なんでもいいぞ」
正直さっきまでのラリーを見てて、負ける要素など一向に見当たらない。ここは勝ってメイド服を拝むとしよう。
「言いましたからね?」
「いいから早くしようぜ。文字数がもったいない」
「文字数!? まあいいです。いきますよ」
言うとシリカは腰を低く落とし、顔の前で伸ばした手のひらにボールを静止させる。
これ、プロがやるセットじゃないか……?
「し、シリカさん?」
「じつは私、県大会で優勝するくらいの実力でして」
「は、謀ったなぁ!?」
結局俺は一点も取ることができずに負けた。
卓球って一点は相手に取らせるのが礼儀じゃなかったっけ……。
「あー、シリカのはだけた浴衣を見る暇もなかったなぁ」
負けた腹いせにセクハラ発言をぼやいてみる。
「み、見たかったんですか……?」
「そこに目がいかない男はそういないって」
そんな男はよっぽどの紳士かゲイなのだろう。
「み、見ますか……?」
「は?」
言うとシリカは浴衣の前をクイッと引っ張る。するとすぐに真っ白な肌が見える。下に何も着ていないどころか何も付けていないのがわかる。
「おちょくるなよ」
口元を押さえてそっぽを向く。鼻息が荒くなってしまう。
「そういうのはだな」
「……キリトさんならいつでも、いくらでも見ていいんですよ?」
取り繕おうとしたところ、セリフを先回りされてしまう。
「じゃあここでお別れですね。あ、一緒に入りますか? さっきの罰ゲームとして」
「捕まるのは勘弁だ!」
「ふふ、ではまたあとで」
シリカほそそくさと女湯の方へと入っていく。俺も入って落ち着こう。
「うわぁ……」
浴衣を脱ぐと息子がかなりご機嫌になっていた。
これはしばらく上がれない。