「……っていう映画なんだけど、見てみない……?」
「嫌に決まってるじゃないですか!?」
事務所で会うなり、通販で届いたばかりらしい新品のブルーレイソフトを見せびらかす小梅さん。中身どころかパッケージがもう、子供に見せたらトラウマ必至です。しかしホラー・スプラッター好きの小梅さんはむしろ嬉々として部屋に飾ることでしょう。
「だ、だいたいなんですかそれ、殺人鬼がひたすら周りの人を殺すだけって。ストーリーも何もないのに、面白いなんて思えませんよっ」
「た、確かに……緻密な脚本とか、練り込まれたストーリーを期待すると、肩透かしを食っちゃうんだけど……でもこの映画は、最初からそんな風には作ってないから……。純粋に、スプラッターとサイコ殺人鬼の狂気を楽しむためのもの、だからね……」
「そりゃ小梅さんは楽しめるんでしょうけど! ボクはその手のスプラッターが好きなわけじゃないんですってば!」
しかし、理由もわからないのに人を殺すなんてどうしてでしょう。
殺人っていうのは重大な行為という世間一般の認識があります。
何より犯罪です。
下手をしなくても死刑です。
そのリスクを冒してまで、人の命を奪おうと決心し、それを実行に移してしまうこと。そこには相応の経緯や理由があってしかるべきです。
殺しそのものが目的と化すなど、非合理の極みと言えましょう。
そんな人間の心理を描ききるなど、劇として再現するなど、本質的には不可能なはずなのです。だってきっと、殺人鬼本人もどうして殺すかなんて、わかっていないはずでしょうから。
それを客観的な形として言い換えたのが「サイコ」というのかもしれませんが。
「……が、学校でね」
「はい?」
ふと、小梅さんがどこか遠い目をするようにして話し始めました。
「前はよく、クラスメイトと映画の話になったりして……ホラー映画をおすすめしたんだ……とびきりのやつ……」
「そ、それはそれは」
「せっかくだから、特に好きなものを、よりよいものを知ってもらおうと思ったんだけど……パッケージを見せただけで、誰も一緒に鑑賞してくれなかった……」
「小梅さんは飛び抜けてますから……」
「……気持ち悪い、って」
小梅さんが言葉を紡ぐのをやめてしまいます。前髪に隠れていない左目はどこか虚ろで、色白の肌がいつにも増して熱を失って見えます。果てしのない無表情。自分の中にあるよくない感情に気付いてしまって、それを忘れようと努めているかのよう。
「それは映画のことであって、小梅さんのことを言ったわけじゃありませんよ」
そうフォローしたものの、実際のところ「そういう嗜好」を持つ小梅さんに、偏見を抱いてしまったクラスメイトもいたことでしょう。
それを好きでいるだけで、自分そのものまでが否定されてしまう。
そんな頭ごなしの思い込みがいかに浅慮なことか。小梅さんのことをもっと知っていたなら、そんな嫌な言葉を吐く気になどなれないでしょうに。
と思ったのですが、実のところボクも、小梅さんの全てを知っているわけではありません。
たとえば色白な肌の下に、どうやって赤々とした血肉が隠されているのかとか。
この小さな体(ボクと同じ身長ですが)に詰め込まれたはらわたは、どれくらいの長さをしているのかとか。
考えれば考えるほど気になったのですが、もう斧が手元にないことを思い出して、内心ボクは歯がゆい気持ちに苛まされます。それでも何か、武器になりそうなものがないかとあたりを見回してしまいます。キャスター付きの椅子ぐらいしか目につきません。
「幸子ちゃん、どうしたの……?」
小梅さんのその声は、未だ消沈しているように聞こえました。いや物静かな彼女のことですから、いつも通りといえばそうなのかもしれませんでしたが。しかしその心情を思うといたたまれない気持ちになるのも正直なところではあります。
何より、小梅さんはボクの友達ですからね。
「いえ。それより、お茶でもしに行きませんか? ボクのカワイイお腹が鳴き出しそうです」
「うん、いいよ……。そ、それで、映画は……」
あくまでボクを引きずり込もうとする彼女に往生際の悪さを覚えないでもないですが、この際です。観念するとしましょう。ボクはため息をついて言いました。
「し、仕方ありませんね! 何なら今夜はボクが部屋に泊まってあげますよ! こここ怖い映画を見て一人で眠れなくなるでしょうから! なんて優しいんでしょうボク!」
「ありがとう……で、でも私、いつも一人で寝てないよ……?」
誰と寝てるかなんてツッコミませんからね!
けど打って変わって白い頬をほんのり赤らめ、嬉しそうに笑っている小梅さん。そんな顔をしてくれるなら、まあこちらとしても悪い気はしません。
ずっとそんな顔をしてくれたら。
今すぐ首をはね飛ばせたなら。
けど結局武器になりそうなものがなかったので、諦めて彼女と軽食に向かいます。菜々さんがアルバイトをしているオープンカフェです。
外に出たあたりで、何やら外が騒がしく聞こえました。行き交う人々は皆血相を変えて、この世の終わりが来たとばかりにばたばたと忙しない様でいます。
大変だ、どうしよう、何てことだ。
そう言っていたわけではありませんが、彼らの素振り気配立ち振る舞いからは、そうした混乱が透けて見えるようでした。
「何かあったのかな……」
「さあ? それより何を食べましょうか。ボクはミートソースパスタにしますよ!」
「ミートソース……いいね、おいしそう……」
寮の方へ駆けていく人々とすれ違いながら、ボクはパスタに絡み付いた挽肉のころころとした食感を思い浮かべて、舌なめずりをするのです。
悪趣味だなんてとんでもない。