生徒会庶務の仕事は幅広い。
この秀知院学園では与えられる仕事を忠実にこなすのが主だが、年中多忙に塗れる会長、副会長に比べれば楽と言えた。
結局、本人の自主性が高くないと仕事を見つけられないのだ。
ただ人に聞くだけでなく、仕事を引っ張ってこれる人材が相応しい。
芽が出てる内に摘む。問題が大きくなる前に解決して手間を減らす。
フットワークの軽さとコミュニケーション能力が肝要だ。
それに問題解決能力と報連相を遵守出来れば鬼に金棒だろう。
──良い拾い物をした。
生徒会副会長の四宮かぐやは、庶務の森野がリストアップした各部活動の要望を纏めた稟議に目を通す。
概略や簡潔な対策方法も添えてあり時間も費やさずに済む。
「会長、森野くんが書類を纏めています。部活連の予算案会議に参考出来ると思いますので、是非」
「……そうか、目を通しておこう。ところで森野庶務はどこへ? 少し慌ただしい様子だったが……」
「なんでもこの後約束があるそうなので雑務を終わらせてくるそうです。ああ、先程石上くんからUSBを預かってくるとも言ってましたね」
「なるほど……いや、書類もそうだが時計の電池交換もしてもらったのでな。礼のついでにコーヒーでも淹れようかと思っていた」
──森野には非常に助けてもらっている。
直接スカウトしたのは自分だが目をつけたのは四宮だ。
何でも調査する内に思わぬ副産物が見つかったとのことで名をあげた。
石上会計を補佐する人物としても相応しい。因みに書紀の仕事もいつの間にかやってもらっていた。
四宮から書類を受け取った時に携帯が鳴る。着信ではない。メールの通知音だ。
簡潔な文面の内容を確認する。許可の旨を返信し、画面を閉じた。
「──森野からだ。客人を連れてくるが生徒会室を使わせてくれとのことだ。迷惑をかけないようなので了承した」
「あら、それなら書類を少し片付けますね。金銭が記されている書類を遠ざけておきましょう」
主に部活連の予算に関連する書類をしまう。目下これが一番近い大きなイベントだ。
それ以外の雑務を請け負う森野が集中出来る環境を作ってくれている。
お安い御用だ。自身も立ち上がり四宮を手伝う。
「会長は森野くんが連れてくる方を聞いているのですか?」
「いや、聞いてないな。四宮はどうだ?」
「私もです。まぁ、何か相談事でも受けたのかもしれませんね。彼個人への依頼でなければ、私たちが一緒に聞いてもいいのかもしれません」
「うむ。今日の仕事も区切りをつけていいだろう。飲み物や茶菓子でも用意しておくか?」
「淹れるには早いので来てからで。茶菓子だけはすぐに出せるよう準備しておきましょう」
元々整頓されている部屋だ。乱雑にしているわけでもないので五分程度で片付いてしまう。
席に着き森野の作成した書類に目を通していた時に扉が三回ノックされる。
入室許可を出して書類をファイルに戻した。
先ずは森野が入る。続けて入ってきた人物を見て言葉を失った。
「────。」
「あら、中等部の方ですか? こんにちわ」
「さっきぶりっすね四宮先輩。朝から約束していたので生徒会室の一角を貸していただければ……」
「勿論構いませんよ。お茶菓子を用意しますね」
「ありがとうございます。コーヒーは自分が淹れますので大丈夫ですよ」
「紅茶でしたら私が淹れますが……あの、会長?」
固まる白銀に声をかける。視線は一定のままだ。直視されている中等部の女生徒を見た。
癖がなく、光を反射し見るものに幻想を抱かせる淡く輝いている白い髪。
体躯はすらりとしているが細すぎるわけではない。スカートから見える脚は程よく鍛えられている。
小顔で、ぱっちりとした眼は妖精を思わせるかのように透き通っている。
何とも愛らしい、風に揺れる白百合を連想させた。
「圭ちゃん……?」
「……こんにちわ、中等部の白銀圭です。その、森野先輩と約束していたのですが、お邪魔じゃありませんか……?」
「しろ、がね……? え、会長の妹さんですか!?」
「は、はい。いつも兄がお世話になっています」
「とんでもありません! ソファーにどうぞ、今すぐ紅茶を──!」
ペコリと頭を下げる圭に席を勧める。ティーセットへ向かおうと翻ったところで止められた。
「四宮先輩大丈夫ですよ。コーヒー飲ませるって約束なんで、俺が作りますからソファーに掛けていてください。ヘイ会長、再起動」
「あ、ああすまない。ともかく、ゆっくりしていってくれ」
ぎこちなく、雑務に戻る。流石に兄妹で同じ席に座るのは控えた方がいいだろう。
反抗期を迎えて、最近は反発も増えてきた妹を余り刺激したくはない。
後が怖いのだ。しかし、何故森野が……?
「今朝、コーヒーをご馳走するって約束してたんですよ。今日は特に大きな予定もなかったのでいいかなと思いまして……」
「ええ、問題ありませんよ。改めて、初めまして白銀さん。生徒会副会長の四宮かぐやと申します。よろしくお願いしますね」
「は、初めまして四宮副会長。白銀圭です……その、あの、宜しくお願いします……」
おや、と森野は首を傾げた。顔は紅く、俯き気味だ。
どうにも、今彼女は四宮しか目に入っていないように思える。
場所の指定をしたのは圭だが、目的はもしかしてこれか……?
「それなら、コーヒーを淹れてきます。四宮先輩、茶菓子の場所だけ教えてもらっていいですか?」
「え? あ、それならコーヒー豆の下にありますけど、私が行くわよ?」
「折角なんで、全部自分にやらせてください。あ、お湯は温まってるんですね、ありがとうございます」
人数分のコーヒーカップとセットを用意する。手際は良い。
悔しいが、四宮自身コーヒーを淹れる技術はからっきしだ。
よっぽど愛飲する白銀や森野、ここにはいない藤原の方が知識もあるだろう。
客人の向かいに座る。いきなり隣は無謀だろう。慎重にいかねばなるまい。
「そういえば、白銀さんは森野くんとお知り合いだったんですね。何かきっかけがあったんですか?」
少し穿った問いかけ。初対面の相手には不躾かもしれない。
しかし聞かない訳にはいかなかった。身内からであろうが攻略の糸口を掴みたいのだ。
だが話題に困窮していた圭としても都合がよかった。
「えっと、最初は中等部で挨拶を交わすくらいだったんですけど、朝にジョギングしているところを偶然見かけてから、それから会話するようになりました」
「そうなんですね。白銀さんもジョギングをしているのかしら? 健康的で良いと思いますよ」
しまった。四宮の名は世界的に見ても知れ渡っている。
そのとんでもなく高位の人物に、新聞配達のバイトなど恥ずかしくて言えない。
思わず続く言葉を飲み込んだ。
助け舟は早かった。
「ええ、彼女も自転車ですが朝から軽い運動をしています。時間帯が早いと危ないですからね。初めは走っていたのですが、俺からお願いしました」
「まぁ、そうだったんですね。確かに、それは正しいです。近頃は物騒な話も聞こえますから……コーヒーありがとうございます。あれ、このお茶菓子は……?」
「先日校長先生から頂いたのを思い出しまして、マンデリンに合いそうなのを選びました。チョココーティングのバームクーヘンです」
苦味は余り出さないようにしているが、普段からブラックを愛飲している者以外はそれでも苦く感じるかもしれない。
こういったそつがない手際には目を瞠るものがある。
四宮は分からないことだが、圭のカップだけには既に角砂糖が二つ入れられている。
本当なら気安く楽しむ席だと思っていたが、隣に憧れであろう人物がいるとなると見栄を尊重してあげた方がいいだろう。
甘いお菓子の後に飲めば苦さは気にならなくなる筈だ。
バームクーヘンを口に入れて、少し躊躇うように口をつけた圭は少し驚き、カップを傾けた。
問題なかったようだ。
「美味しいです。純也さん、ありがとうございます」
「どういたしまして。口に合ったようでよかったよ。気に入ったなら包むけど?」
「ううん、十分。コーヒーも丁度いい感じです、本当に」
「何か緊張してない? もしかして憧れの四宮先輩がいるから……とか?」
「き、緊張はしてないです! 急に変なこと言わないでください! もう……!」
「はは、ごめんごめん。まぁ、初対面だからこそ固くなりすぎずにコミュニケーションを交わそう。ね、四宮先輩?」
「え、ええそうですね。白銀さんは何か勉強とか困りごとはありませんか? 私でよければ何でも話してください」
森野は四宮に話を振った。急に、しかもいやに鋭い殺気が向けられたように感じたからだ。
面倒な、しかもトップクラスに厭な相手からは目をつけられたくなかった。少なくとも今は。
「……今は特に何もないです。純也さんに時々勉強も見てもらってるので大丈夫です」
また強くなった。視線はこちらを向いていないし表情も変わっていない。
しかし、確かな圧力を感じた。
何か尾を踏んでしまうような言動はあったか……?
否、心当たりはないが、少なくともこの会話の中で発生したのだろう。
ならば、矛先を変えてやるしかない。
思えば、石上はこの先をやらかしてしまったのだろうか。
それならあの怯えようも納得出来る。
「四宮先輩は学年でも飛び抜けてるから聞いてみると良い。英語のコツとかでもためになると思うぞ」
「それなら……はい。お言葉に甘えてもいいですか?」
「喜んで。教科書はありますか?」
「あ、はい。鞄も持ってきてるんで有ります。あの、お願いします」
二人から離れる。コーヒーのお代わりと、また別の茶菓子でも用意しておいた方がいいだろう。
席から離れて振り向いた。まだ停止している人物がいた。
「あの、会長?」
「──知らなかった」
近くに寄った森野に、力が入っていない声が漏れる。
「はい?」
「だから、森野庶務が圭ちゃんと面識があることも、休日に図書館に行くって言って一緒に勉強してたなんて、知らなかった」
「まぁ、身内だからこそ交友関係は話しにくいでしょうし。思春期なら俺も会長もそうでしょう?」
「確かにそうだが……森野庶務から教えてくれてもよかったじゃないか……」
「聞かれてませんので。それに、妹さんから話を聞いてないなら俺から話すのもマズいかなと思いまして。ともかく、折角淹れたコーヒーが冷めちゃいますよ」
未だに呆けている白銀に促す。何より四宮と圭の妨げになるのはよろしくない。
白銀は慌てたようにカップを手に取った。
「う、うむ、いただこう。いや取り乱してすまないな。それと、遅くなったが部活連の資料は助かる。俺はスポーツに明るくないのでな、こういった大会毎の実績評価や妥協案なんかは参考にさせてもらうよ」
「いえいえ、どういたしまして。もう少しすれば体験入部でもして具体案が出せますので、申し訳ないですが今はそれで我慢していただけますか?」
「これで十分大助かりだぞ。それにそこまでしては自分の時間も作れないだろう? ここまでしてもらえれば去年よりも優位に進められるから心配要らないぞ」
「時間はそんなに取られませんよ。肌で空気を感じてそれ込みでマニュアル作成すれば来年再来年と活きるでしょうし、やりますよ」
「……そうか、何か手伝えることがあれば何でも言ってくれ。それと、妹が世話になってるみたいで申し訳ないな」
「ははは、世話になってるのは俺の方ですよ。礼儀正しいですし、お昼も時々ご馳走になるんです」
「え?」
お昼? そういえば冷蔵庫に少しお高めの具材が用意されていたことがあった。
張り紙で注意書きがされていたし、聞いても自分が食べると言い張っていたのを思い出した。
「俺の父親はデザイナーなのでサンプルなんかでお返ししてますが……会長?」
「森野庶務は……圭ちゃんと付き合っているのか……?」
森野が呆気にとられたように目を瞬かせる。
「いえいえ、違いますよ。そもそも、中学生と中学から上がったばかりの高校生モドキ。交際は早過ぎるでしょう」
「……そうか、そうだよな。いやすまない、少し気になったのでな」
「自慢出来る妹さんですから気持ちは分かりますよ。それに、俺は交際するならしっかりと将来を見据えるべきだと考えてますから。そう易々と誰かと付き合ったりしませんよ」
「そこまで考える必要もないんじゃないか? そういえばあの風紀委員の子とは仲が良いみたいじゃないか。付き合ってみよう、とか考えないのか?」
白銀としては身近な周りで交際してる人間が現れて欲しかった。何かしら、今の踏み込めない段階から変わるかもしれない。
「同じクラスの伊井野のことですか? いえ、彼女には怒られてばかりなので……寧ろ嫌われているかもしれません」
「そうか……まぁ、不純異性交遊にまで発展しなければ恋愛もいいと思うぞ。生徒会もそこまでうるさくはない」
「ええ、機会があればそうしますよ……コーヒーのお代わりが出来たのでいかがですか?」
「ありがたくもらおう。そういえば石上会計は今日はもう来ないのか?」
「はい、優は勉強すると言っていたのでUSBだけ預かって帰しました。中身は急ぎではないとのことでしたので、後で目を通されてください」
勉強? 生徒会室に必ずゲームを持ち込んで遊ぶ石上が?
置かれたUSB。確かに石上は中学でまともに登校していなかった時期があってそれを引きずっている。
しかも開き直っているのか中学時から今日までの成績は悪かった。
実用的な数字だけ知っとけば親の会社で安泰だと息巻いていた石上が?
「石上が? 何かあったのか?」
「俺は特に知りませんが……本人に火がつく何かがあったのかもしれませんね。良い傾向ですのでサポートしてあげましょう」
「それもそうだな。森野庶務は次のテストいけそうか? 引っかかってるところがあれば教えるぞ?」
「今のところは大丈夫そうです。躓いた時は頼りますね」
森野はコーヒーと茶菓子のお代わりを勉強中の二人に持って行った。
この後に、元気よく入室した藤原書紀が仲間外れにされたと騒ぐのだが、そこは割愛する。
日も暮れた頃、築年数が気になるアパートに白銀兄妹の姿があった。
兄の御行は調理をしており、妹の圭は食器の準備をしている。
「……圭ちゃん」
「……なに?」
「いやその、森野庶務とは仲がいいのか?」
「あまり交友関係に踏み込んで欲しくないんですけど」
「心配とかじゃなくてな。単純に気になっただけで……」
「お兄には関係ないでしょ。まぁ、純也さんは良い人だし仲はいいよ」
「もしかしてだが……好きとかは……?」
「うっさい死ね!」
白銀御行は勉強以外に眠れない理由がもう一つ出来た。