「エリオット宰相。陛下がお呼びになっております」
「……?わかった、すぐ向かう」
(何か感じたのか…?エリックは)
エリオット宰相は珍しいエリック皇帝からの呼び出しを受けて、皇帝の居る王座の間へと歩いた。
大帝国パトリスの宮殿内は平和そのもの。
一見、何も変化してはいないように見えるが、エリック皇帝は実は第6感のような勘が非常に鋭い人物だった。
大抵、その勘が働く時は双子のエリオットからその話をするのである。
「陛下。エリオットです。参りました」
王座の間に入ると身近な人間らしくくだけた態度になり、エリオットは話しかける。
「どうした?エリック?」
「妙な胸騒ぎを感じてね」
「胸騒ぎ?」
「お前は感じ無いのか?」
「俺にはそういう第六感みたいなものは無いよ。だが…妙な報告を聞いた」
「妙な報告?」
「国境を警備する警備隊の報告で、どうもアトランティカ帝国が動いているのではという報告だよ」
「アトランティカ帝国か」
玉座の下の階段部分に腰をかけるエリオット。エリックも隣に座り込む。
黒髪と銀髪の兄弟がそこで話し込んだ。
「妙な報告だろう?何事かと思い、オグス大臣に確認をしたら、巧みな偽装工作をしているがアトランティカ帝国に間違い無いだろうと意見を述べている」
「偽装工作をしているのに?」
「ああ。警備隊の中に『鷹の目を持つ男』という兵士がいてね、その男の目にアトランティカ帝国の紋章が見えたんだよ。それでここ数日は警備隊の兵員を増やして国境警備を厳重にさせている」
「だが。確かに嫌な予感はするな。国境警備より首都警備を厳重にした方が良いかも知れない。アトランティカ帝国は地下に潜伏するのを得意分野にしているからな」
「アトランティカ帝国は今でこそ大人しくしているが、皇帝は美に固執している。当然、あの泉について調べを進めているに違いない」
エリック皇帝は自分が敵対しているアトランティカ帝国を治める女帝について話す。
「あの女は世の中の全ての美しいものを独占しようとしている。『浄化の泉』の噂話はアトランティカ帝国でも有名だ」
「エリック。痣が疼くか?」
「大抵、大きな嵐が来る前に船乗り達は古傷が疼くと聞く。お前の痣は疼いているか?」
「ああ…疼く。嵐の前触れのように…」
そこでエリック皇帝は黄金色の瞳を煌めかせた。まるでこれから敵が来るとでも言うがように。真っ直ぐに何かを見ていた。
その黄金色の瞳を見る度にエリオットは何て気高い瞳なのだろう、と思う。自分の瞳は銀色の瞳。この目には見えないものは映さない。だが、見えないものを見る力は持っているように感じる。
エリック皇帝が、痣が疼くと答えると確かに数日後には何かしらが起きた。それは大小様々な事柄だ。だが、大抵が戦闘に関する出来事である。
首都パトリスに移ってから、長らくこの台詞を聞く事は無かったが、とうとうエリック皇帝の痣が疼くという言葉を聞いた。
では、数日後には何かしら起きるのだ。
必ず。何かが…。
エリオットは少しだけため息をつき、階段から立ち上がる。
整った宰相の服の襟を正すようにして、エリオットは答えた。
「そうか。なら、確実に何かが起きるなら対策を立てれば良いだけだな。お前のある意味、その予知能力には感謝しているよ。乱世ではその予知能力が勝利へと導くからな。やはり、お前こそが皇帝に居るべき人だよ」
「何を今更……」
「なんだ?皇帝の座にいるのが虚しくなったなんて言うなよ?エミールが来てからあちらの営みにも自信がついて来たのだろう?大丈夫さ」
「お前の自信はどこから湧いてくるのだか。俺よりも余程自信あり気に振る舞うお前も皇帝に適任っぽいけどな」
「遠慮しておくよ。俺は宰相で充分満足している。それに…」
「……それに?」
「あいつらと話していると楽しいからな」
エリオットはエリックに対して笑顔になってみせた。エリックには無邪気な笑顔に見える。まるで、子供がそのまま大人になった。そんな風な笑顔に双子の兄は嫉妬した。
確認を済ませたエリオットは、そのまま宮殿へと戻った。
玉座の間はしばらくエリック皇帝一人きりの空間となった。彼の顔に刻まれた無残な痣からは疼きか続いている。
宮殿を歩く宰相エリオットは、その足で宮廷魔導師アネットの下へ向かう。
多分、アネットの事だから薄々勘付いているのではと思い、部屋に入るとオグス大臣も部屋に同席している。どうやら彼も何かを勘付いたようである。
腕を組んでアネットが覗き込む水晶玉を眺めていた。
「来たわね。エリオット」
「どうやら言うまでもないかな。この首都に何かが迫っている事は」
「ええ。虫の知らせが来たわね。それが何かこの際、水晶玉で暴いてやろうと思ってね」
「こちらはどうする?戦闘準備をさせるか?」
「何かが判明してから、それをしよう。今は早過ぎる。敵にも気付かれるだろう。そうなると予期もしない被害が及ぶかも知れない。住民への被害は極力少なくしたい」
「視えたわ!……何者かしら?この黒い兵士は?」
アネットの遠見の水晶玉に映されたのは漆黒の兵士達だ。アトランティカ帝国の兵士だろうが、彼らには見覚えない部隊だった。
「特殊部隊かな。そんな雰囲気だ」
オグス大臣は1言だけ呟く。それに対しては賛成できる。だが。何の特殊部隊だろうか?宰相エリオットはそれを見破るのが仕事だった。彼も腕を組んで水晶玉を覗く。
「特殊部隊か。皇帝の暗殺部隊か?首都を攻撃するならあり得る部隊だが」
(だとしたら、近衛騎士団の連中を配備する必要はあるな。でも、それだけか?暗殺部隊ならこんなバレるような細工はしないだろう。それとも別の何か?)
「兎にも角にも戦闘準備は密かにさせておくのが正解かも知れないな」
考えても答えは出そうにない。
早めに切り替えた宰相エリオットは、密かに近衛騎士団に戦闘準備をさせる事に決めた。
ただし、一般兵士達にはその旨を話さないままで。
アトランティカ帝国の奇襲まで、後3日。
彼らは異様な緊張感を孕んだまま、夜を過ごす事になった。
ただし、エミールはそれを知らされないまま、いつものように皿洗いをしている。一般兵士達も。
パトリス大帝国内の宮殿は一目見ただけでは穏やかな水面だが、水面下では異様な緊張感で埋め尽すされていたのであった。