首都パトリスはこの夜もエリック皇帝陛下の為の社交パーティの夜を迎えていた。
首都襲撃の噂話が少し話され始めた日の夜。実はこの社交パーティは宰相エリオットが兵士達の出撃の理由を作る為に開催したパーティで、一番の目的はこの闇夜に潜んでいる筈の謎の部隊をおびき寄せる為であった。
宰相エリオットは敵国の侵略行為には冷徹な対応をする事で有名な人物だった。例えどのような手段を講じても敵対勢力から国を守る為なら彼はどんな行為でもする。
それが例え皇帝の生命を危険に晒しても、おびき寄せる罠として使い自国を優位にする。それが後々、勝利となるなら、彼は蛇の道は蛇を貫く人物だった。
皇帝陛下の夜伽を務めるエミールもパーティに参加している。彼は今、酒瓶を持ち、パーティ参加者に神酒を注ぐ係として、その場にいた。
エミールの美しさはたちまち話題となり、何処から来たのか、どのような経緯で陛下に仕えるようになったのかを聞く人がかなりの数であった。
その華やかなパーティの夜の裏側では、宰相エリオットが中心になり、近衛騎士団やパトリス帝国の特殊部隊『黒の翼』も闇夜に潜む敵国の特殊部隊を待ち伏せをした。
華やかなパーティを囮にして。
しかし、中々、敵は現れない。今は夜の22時。そろそろパーティもお開きの時間だった。パーティ参加者もそろそろ帰宅時間が迫っている。
「パーティが囮になっているのはバレていたのかな」
さしてガッカリした様子でもないように宰相エリオットは呟く。
隣には宮廷魔導師アネットが居た。
「まあ…割と有名な戦法と言えば有名だからね。それだけ今度の敵は間抜けではないという事ではないかしら?」
「キツイ事を言ってくれる。まるで、私の知恵が足りないって聞こえるよ」
「それは…どうも。私は敵も間抜けではないって言っただけ。間抜けならとっくに正体を現して戦闘になっている筈だわ」
「確かにそれは言える。むしろここからが本番かな……今日は」
彼らはパーティ会場の丁度裏手に当たる作戦会議室で各部署のチェックを始めた。
伝令役を使い、それぞれに配備させた近衛騎士団と特殊部隊『闇の翼』と連絡を取る。伝令役を使うので若干のタイムラグがあるが、かなりの精度で状況の把握は出来る。伝令役は全部で8名。帝国中に張り巡らせた待ち伏せ部隊の確認を取る為とは言え、かなり少ない数だろう。
夜の23時を回る。
その時、彼らが待ち受けるアトランティカ帝国の特殊部隊の襲撃が来た。
伝令役の一人が断末魔の悲鳴を上げた。
「……!」
「どうした?アネット」
「嫌な予感がするわね。伝令役が帰って来ないわ」
と同時に作戦会議室に駆け込む兵士が来た。
「エリオット宰相!敵襲です!ベータ2がやられました!敵はそこです!」
「ベータ2がやられた?そいつは確か、この宮殿の近くの伝令役だな!?」
「思ったより深い場所に居るわね。包囲網を抜けて来たのよ」
「アルファ1、ユーマに連絡だ。敵はお前のすぐ近くにいる、捜し出し抹殺せよ!」
「了解!」
「水晶玉で映せるかしら?」
「ベータ2がやられたとなると、随分と近くにいるぞ。敵は」
それからだ。次から次へ伝令が来る。
「伝令!敵はアトランティカ帝国の特殊部隊と判明!戦闘を開始しました!現在地は宮殿の中庭の噴水広場!」
「パーティ会場のすぐ近くよ。遠くの兵士では迎撃は出来ないわね。私が出るわ!」
「行くのか?」
「奴らの狙いは陛下ではないわ。多分、エミール君よ」
「伝説の『浄化の泉』を知っているのはエミール君しかいない。その彼を攫う気で居るんだわ!」
「……!!」
その言葉にエリオット宰相は、抜けがあったと思った。そうか。『浄化の泉』は美を求める者なら絶対にその場所を突き止めようとする。その場所を知っているのは確かにエミールだけだ。
皇帝ばかりに目を行かせていた自分自身がよりにもよってそんな抜けを晒すなんて。
だが、エリオット宰相の実質的な女房役をする宮廷魔導師アネットは叱咤した。
「後悔するのは後でしょう?まずは彼を護り抜けばいい話よ!1人では厳しいから貴方も来て頂戴!」
「了解だ」
その間にもアトランティカ帝国の黒の部隊は宮殿内へと入って行った。
全身を黒い服で統率された身軽な兵士達はやがてパーティ会場へと入る。
パーティ参加者達は揃って家路についた直後だ。後片付けの為にエミール達が残っていた。皇帝エリックには既に近衛騎士団が守りに着いている。
ガラスが叩き割られる音が響き、そして黒の部隊がパーティ会場へと入った!
「何者だ!」
「貴様がエミールだな?」
「え…!?何…どういう事…?」
「我が女帝が貴様に御用がある!着いてきて貰おう!」
「そうはいかないわよ!フレアボール!」
宮廷魔導師アネットが火炎の玉の魔法を唱えた!明後日の方向から猛火の球が飛んで来る。
「ちいっ!魔導師か!」
「ならば、こちらも!」
「させるか!アイスブリザード!」
エリオット宰相の魔法も飛んで来る。彼は氷系の魔法で黒の部隊の得物を凍結させた。
「得物を凍結させるとは中々切れる奴だ」
「エミール!逃げろ!」
「え!?」
「早く!」
「そうはいかないな」
黒の部隊は総勢13名で構成されている部隊だった。その内の5名はアネットとエリオットが倒したが……。
残りの黒の部隊の隊員達はそこに取り残されていたメイド達を人質にする。
鋭利な刃をメイドにむけた。
「た、助けて!」
「さあ…どうする…?」
「お願い…命だけは助けて!」
「我々の使命はエミール、お前を連れて帰る事だ。お前の選択如何で助けてやる」
「俺の選択で?」
「行くな!エミール!」
「おっと。動くなよ……宰相殿。動いたら…こいつは…」
「殺れるものなら殺りなさいな」
「アネット?」
「何?」
「その代わり、あなた達の命は無いと思いなさい」
アネットは両方の手から紅蓮の猛火を出した。触れれば即座に白骨と化する紅蓮の炎。荒ぶるように両方の手に燃え盛る。
「そこで彼女を殺した瞬間、あなた達は燃え尽きるのよ。この紅蓮の炎にね…」
「どうしたの?やるのやらないの?退くの退かないの?」
「……どうする?」
「あの魔導師は本気かも知れない。人質を殺した途端、あの紅蓮の炎が俺達を燃やし尽くすぞ。あれはハッタリではない」
アネットが注目を集めている間に宰相エリオットは回り道をして、エミールを保護していた。
「メイドさんの命はどうするのですか?!エリオットさん!」
「お前が攫われるよりかはマシだ。ユーマ!安全な場所へ誘導を頼む」
「はい!行くぞ!エミール!」
とりあえずエミールは攫われない。さて、あの黒の部隊をどうするか?ここまで潜り込むとは非常に興味深い。殺さず、捕虜にして、吐かせる事も検討するか。
だが。あの炎の魔法はヤバい。最強の炎の魔法であるドラグーンフレアだ。恐らくメイドに刃をむけた瞬間。あの黒の部隊は焼き払われているだろう。
どうにか1人でも無事なら問題無しかな。
その前に生存者はいるか疑いたいところだが…。
アネットは両方の手に燃え盛る炎の魔法を何時でも放てるように更に炎を激しくした。まるで暴風のような凄まじい火炎だ。
パーティ会場の真ん中で立ち往生している黒の部隊。
やがて人質にしたメイドを解放して、彼らは撤退した。だが、ここから、パトリス帝国の追撃戦が始まった。