その夜。いつものように夜伽をしに来たエミールにエリック皇帝は彼と共に過ごす。だが、今夜。伝えなければならない事がエミールにあった。
それは昼間の緊急会議で話されたエミールを諜報部員として敵国アトランティカ帝国に送るという事。
話しづらい内容ではある。しかし、話さなければならない。
エリック皇帝は重い口を開いた。
「エミール…。大事な話がある。聞いて貰えるか?」
「何でしょうか?」
「昼間、緊急会議があってね、それで君に頼みたい事がある。率直に言おう。アトランティカ帝国に潜入して、女帝の夜伽として振る舞い、我が帝国の諜報部員として活躍して貰いたい」
「え…!?」
「緊急会議でアトランティカ帝国が攻め込んでくるかも知れないから、今の内に何らかの対策を立てないといけない、という結論が出てね。そして、アトランティカ帝国はオリハルコンという魔法金属の製造に成功したという噂話がされている。それを裏付ける確たる証拠が欲しい。そこで君にアトランティカ帝国への潜入をして貰いたい」
「何故、俺を?」
「アトランティカ帝国の女帝は君がよく知る『浄化の泉』の場所を知りたがっている。最悪の場合、その情報を武器として使えば、女帝の夜伽を通して貴重な情報を得る事も出来る筈だ」
「……俺はこの宮殿に夜伽として連れて来られた。だけど、本当はそれが目的?」
「いや。これは緊急会議で錬られた作戦。君を夜伽として連れてこさせたのは事実だよ。それに、この作戦は命がけの作戦だ。途中で女帝に怪しまれれば、全て水の泡となる。君の生命すら危ういだろう」
「命令ですか?」
「違うな。頼みだ。私の頼み。もちろんこの作戦に参加したく無いのであればそう伝えて貰って構わない。エリオットはその為の代わりの代役を立てて、アトランティカ帝国に送り出すだろう。だが。『浄化の泉』の秘密を知る君が行くのがかえって安全と言えば安全と言える」
「この作戦は君の意志が無ければ、成功させる事は出来ない。だから…命令では無く頼みと言っているのだ」
「エミール。今すぐ判断を下せとは言わない。しかし…近い内に答えを聞く。だが……こんな事になるとはすまない……本当に」
「陛下…!」
「すまない…エミール」
エリック皇帝は最初に侘びた。
こんな事になるとは思って無かったから。
だけど、『浄化の泉』の噂話はエミールが攫われる以前から話されていた話題でもあった。そして、その泉の近くの村ではエミールの美しさも密かに話題になっていた事も、本人が知らないだけで、随分と前から話されていたのである。
エミール本人は自分自身の美しさにはあまり無頓着と言えば無頓着だった。
毎日の暮らしが余りにも大変で、そして楽しみという楽しみも無かった。せいぜい、父親との食事の時間くらいだった。
美しい息子を持った父親はどうにかそれを利用する事が出来ないか悩んでいた所にパトリス帝国の遣いが村に来た。
そしてエミールを連れて行く事に承諾すれば援助してやるという約束をしてくれた。なので、エミールの父親はそれに同意して、彼が連れて行かれるのをわかって、そうさせたのである。
エミールにはそれをまだ知らされていないまま、宮殿の夜伽として暮らしている。
果たして、エミールの決断はどう出るのか?
私の下にはパトリス帝国が後に2つの道を歩いたという裏情報がある。
エミール少年が諜報部員として活躍した道とそれを断った道。
どちらの道を正史と呼ぶかは今となってはわからない。
しかし、どちらの道もパトリス帝国が歩んだのは事実だ。
その2つの道をこれから記そう。