※この作品はR-18です。

己を慈しめ   作:三白眼

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ピンチがパンチでパンツ履いたピンチ?

あれはパンツのあるエピソードでしたね…




陽(ひなた)と日向(ひなた)

外を眺めてると、右手から扉の開く音がした。

 

 「おや、お目覚めですか」

 

 聞いた事のないアルトボイス。

 無視していると、つかつかと床を革靴が叩いてこちらに近付いて、椅子に腰掛けた音をさせた。

 

 「漸く暖かくなってきましたね」

 

 返す言葉が思い付かず、それでも良いかと黙っていた。

 

 「お体の方はどうですか?」

 

 「今んところは、悪くねぇ。おたくが運んで来てくれたのか」

 

 「えぇ、まぁ」

 

 (あんな所でくたばってたオレを偶然そこに居合わせて見つけたってか?)

 

 「テメェがアイツを嗾(けしか)けてきたのか?」

 

 「…あなたは今、死んでいることになっています」

 

 「…で?」

 

 言葉を選んでるのか、沈黙が続く。

 この男は何がしたい?

 正直、不定期に刺客三昧の生活を送らされるのは懲り懲りだった。幾ら弱かろうが、浅くしか眠れなければ脳味噌の疲労は蓄積するし、生活リズムが乱れれば精神に不調をきたす。精神とは即ち脳だ。脳に更に不調があれば体が影響を受ける。炉薔薇がいなくなり、見た目を変え、襲撃の頻度はめっきり減ったが、迂闊に傷を負えない事もあって、何もない日常でも消耗して、青息吐息だった。

 つまりは、限界だったので隠神サンを頼って連絡を取ったのが事の始まりだった。

 

 

 「今更殺しに来たわけでもねぇだろ?何が望みだよ」

 

 「あなたには僕の手足になって働いて欲しい」

 

 「…条件がある」

 

 「なんでしょう」

 

 「オレはまだ先生をしていたい」

 

 少しの間面倒を見てた子供がいた。それをほっぽり出すのはどうも忍びない。

 そう言って続きを紡いだ。

 

 「武勇で悪名高いオレを雇うってんだ。どうせ命張らされるんだろ」

 

 死ぬつもりはない。しかし、幾ら分の良い賭けだろうと賭けである以上、繰り返し臨んでいればいつかは負ける。地力に差があろうと、イカサマの一つもできないポーカーとは違う。意図せずとも偶然と偶然の噛み合いで負ける時は負ける。今日まで生きてこられたのは運が良かった面も多分にあるだろう。悪運かもしれないが。

 

 「…わかりました。可能な限り、便宜を図らいましょう」

 

 意外な程寛容な態度にある事を思い出す。死刑囚は死ぬ前に好きな物を食わせてもらえる、だったか。

 ベッドの上に衣擦れの音と共に何かが置かれ、窓の外からそちらに視線を移す。

 チョーカーだ。二つある。

 

 「申し上げた通り、あなたは今死んでいる事になっています。外を出歩く時ぐらいはこれを身に付けてください。幻があなたという存在を誤魔化してくれます」

 

 使い方を一通り教わると、スマホを渡されて用事があれば連絡をかけると言い渡される。

 「退院手続きの方は機を見計らって済ませておきます」少し長過ぎる足の、線の細い美丈夫が帰っていく。

 

 「あ、それとなんですけど」

 

 「僕の前に誰か来ましたか?」男が個室の隅に立て掛けてある物を見る。自動小銃の肩当て程もある大きな柄に、ギロチンの刃でも入っているのかと思わせる巨大な鞘。

 

 「オレが生まれて、何処からともなく現れてきたんだとよ。それ以降もずっと、こんな感じだぜ」

 

 一度認めると並々ならぬ存在感を放つこの武器を、小さな頃に引き抜こうとした事がある。実感(経験)と共に誰のかも分からない記憶が流れてきて、自分が別の何かに塗り替えられていく感覚に恐れ、手を離して以来ずっと遠ざけてきた。

 偶然過去に全く同じ武器を手にした事があった。冗談かと思って寸分違わぬ見た目をしている事に気付いた時は背筋が冷えた。

 正直言って、気味が悪い。

 

 「アンタは前世を信じた事、あるか?」

 

 「…いえ?」

 

 離れた所にあるソレへ手を翳す。

 かたかたと音を立てると、勢い良く地面を離れ、『バシッ』手に収まった。

 

 「オレも運命や占いなんてモンは信じてねぇ」

 

 信じたくもない。

 ただ、今思えば、あれは成長したオレの記憶だったのだろう。ガランドウに等しい子供の頃からすれば、大人のオレに詰まっていたモノは、別人のソレとは大して違いが無かっただろう。

 解体した自身の母親の前で炉薔薇がコイツにはしゃいでいたのを覚えている。マリアザリッパー(素晴らしきマリア)、だったか。

 

 「…信じるぜ、炉薔薇」

 

 何かに縫い止められるかのように動かない、柄を握る右手。以前ならそこで止めていたのを、一気に引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「起きてください!大丈夫ですか!」

 

 ぼやけた視界の中でぼやけた肌色が輪郭を成していく。「野火丸か、問題ねぇ」彼が体を離すと、オレは体を起こした。

 

 「いきなり痙攣し出すものだから焦りましたよ。そんな物騒なモノがある中でナースコールは出来ませんし」

 

 「コイツで何とか誤魔化せたりは出来ねぇのかよ」

 

 「…あー、ソレも含めて、焦っていたんです」

 

 「全く、驚かせないでください」息を吐いた彼の目元が微細に動く。様子の戻った彼がオレを見た。

 

 「僕、名乗りましたっけ?」

 

 「おうよ。『名乗った』ぜ」

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 納得のいかない表情の野火丸と別れて暫く。退院したオレは隠神探偵事務所に足を運んでいた。

 

 バーの入り口を開けて中に入ると、休憩中だったのか、珍しくそこにいた隠神がギョッとした表情でオレを見る。

 久しく使っていなかった、折り畳み式の手鏡を取り出して自分の顔を見ると、飯生様にそっくりな目付きの女がいた。

 

 (知っててこうしたならすげぇ悪趣味だな)

 

 首のチョーカーを人差し指で撫でると幻は解け、見慣れた大きな瞳が映る前に鏡をポーチにしまった。

 

 「すまねぇ、驚かせるつもりはなかった」

 

 別の衝撃に追われて唖然とする隠神の横を通り過ぎようとすると、肩を掴まれて体は彼の顔を向かされた。

 

 「何があった?」

 

 漠然とした質問。相変わらずの表情だが、らしくない。隠神はこんなスキンシップをしない。

 気が動転してるのか?

 「アンタだから話す」そう前置きをして口を開いた。

 

 「飯生のスパイをする野郎に命共々拾われて、そいつの手伝いをする事になった。アンタ達とはあの時の姿で敵対するかもしれねぇ」

 

 それだけ忠告したところで、晶が離れた所からこちらを覗き見していた。

 

 (…またかよ)

 

 辟易していてると、欠片もはしゃぐ様子を見せずに彼がこちらに歩いてきた。

 

 「…何の話?」

 

 何があったのか直ぐに気付いた。

 野火丸の様に記憶を消せたらな、そんな気持ちを抱きながら、不安げな晶に近付いた。

 誤魔化しは多分、通じないだろう。

 

 「いいか、晶。これが誰かの耳に届いちまったら、オマエ達の身が危ねぇ。オレも、隠神もだ」

 

 「隠神さんでも…?」

 

 「どんなに運がよくても、手札が強くても、賭け事をしていれば何時かは負ける。頭を使ってイカサマしようが、向こうがソレをあの手この手で上回ってくりゃ負ける」

 

 「オマエ、数学は勉強してるよな」問いかけると、突拍子の無い質問に晶はまん丸に目を瞬かせるが「うん」頷いた。

 

 「全ての戦いに使える勝利の方程式は存在しねぇ。何時だってxやらyやら、中身が不明でその時その時変わる数がある」

 

 「うんとな」普段からこの概念に触れている様な者でないと、口頭で一度に伝えるには情報量が多すぎるので補足をすることにした。

 

 「オレの腕力が相手よりも何倍も優れていたとしても、オレ達の脳ミソは一つの対象にしか集中出来ない様に出来てる。そして、一度ソイツを切り替えれば、また集中するには時間がかかる。Aに集中していればBに刺されるかもしれねぇ。AとBの両方に気を払おうとしても、注意散漫でオレよりも遥かに弱い筈のAに正面から打ち負かされるか、奇策で意表を突かれて負けるかもしれねぇ」

 

 「ここまではわかるか」頷く晶に自分の言葉で整理してみろと促す。ゆっくりでいいと伝える。

 

 「数があれば強い敵も倒せるってこと?」

 

 「そうだ。でもな、オレがAとBを一度に吹き飛ばせる様な武器があったら、一方で1キロ先から油断したオレの頭を撃ち抜けるスナイパーのCがいたら」

 

 勝負は分からなくなってくるだろ?そう言うと晶は「難しいよ」沈んだ様子を見せた。

 

 「そうだ。いくら鍛えて準備して、戦場の情報をかき集めても、死ぬときは死ぬ。何がその時最善なのかは後になってわかる事だ。だから先ずは生きて、過去を思い出して、深く考えるなり、人に聞くなり、本から知識を借りて、改善するんだよ」

 

 目線があちこち行く晶の顔を両手で包み、その瞳を強く見つめた。

 

 「良いか、生きなくちゃならねぇんだ。その時その時で絶対の成功を保証する、充分な力がテメェに無いのは当たり前なんだよ。失敗して、何が必要か仮説を立てて、改善する。ソレがオレ達が羨む高みにいる奴等の殆どがしてきた事だ。ただ、今回ばかりは迂闊に失敗するとリスクがデカい。だから、事が起こっても対処出来るほどの情報を集める為に、今は息を潜めてなくちゃいけねぇ」

 

 「うーん…要するに、秘密にしてれば良いんだよね?」

 

 「…そういうこった」

 

 それだけわかれば良いか。頷いて「ボク、誰にも言わないよ」踵を返して地下に戻っていく晶を見ていると、隠神が耳打ちしてきた。

 

 「晶には集中力がない。何かを伝えるなら一言二言ぐらいまでにしとけ(もっと簡潔にしろ)」

 

 「はぁ?マジか?」

 

 まぁ、一方的に聞かされる事の退屈さはわかる。省略するか、質疑応答という形でもっと脳味噌を使わせるか、それとも集中力を鍛えるか。さて、どうしようか。

 

隠神の後に続いて扉の前まで歩いてきたところで、彼を抱えて万歳するように持ち上げた。 

 隠神が声を上げるよりも早く、扉が『バン』勢い良く開き、紺が体当たりする様に抱きついて来るのを耐えた。多分、晶からオレの匂いを嗅ぎ取ったのだろう。覆い被さる様に抱き締めてきた紺の様子に、此方と向こうの時間に対する感覚のギャップを感じた。

 手に感じる重みが消え、視界の端で狸が着地するのが見える。空いた手で頭を撫でながら背中に手を回した。

 

 「元気にしてたか、紺?」

 

 彼女は首を左右に振り、肩にまた顔を当てるとじゅびじゅびと音を立てた。少しすると肌が水気を感じてきた。

 少しは自分の気持ちを肯定できる(我儘を通せる)様になったらしい。

 汚れたスーツから軽い現実逃避をしていると、抱き付く紺の背後で狸姿の隠神がこちらの様子を伺ってくる。時間がかかりそうなので顎をしゃくって行けと促した。

 

 「おーよしよし。今日は何食べたいよ」

 

 「…カレー」

 

 (カレーか。脂肪分が高いのは作業中眠くなるからあんまりとらねぇ様にしてるんだがな)

 

 野菜を増やせば良い。肉も増やせば水分でカレーの味が粗く変わっても大丈夫だろう。

 

 「良いぜ」返事をし、ぐずる紺の手を引いて帰ってきた事務所の冷蔵庫を開ける。

 

 (うーん、不健康)

 

 赤いラベルに黒い炭酸飲料の詰まった一リットルのボトルだけがある。冷蔵庫の上には当然の如くカップラーメン。一ヶ月で五キロも十キロも逆ダイエットの出来そうなメンツが並んでいた。

 

 (子供じゃなけりゃエラい事になってたな)

 

 鼻水が染みて一部がより黒くなったジャケットを脱ぎ、ソファの上に気を付けて畳んで置く。

 適当な上着を晶から借りて紺に変化について驚かない様前置きしてからチョーカーを人差し指で撫でた。

 

 「…飯生様に似ている」

 

 それから言葉少なになった紺の手を引いて昼下がりの道を歩いた。少し様子が気になって尋ねてみると、オレが気絶してから三ヶ月も過ぎていた。その間ずっと、紺は帰らなかったらしい。

 努めて優しい声で聞いた。

 

 「どうして帰らなかったんだ?」

 

 「いつか日向が帰ってくると思って…」

  

 そうしたらずるずると三ヶ月も居着いてしまった訳だ。これは帰りづらいだろう。答えは決まっているが、吐き出させる事に意味がある。

 

 「そうか、飯食ったら帰るか?」

 

 「…」

 

 「帰りたくなくても良いぜ」

 

 「違う。でも…」

 

 飯生様は探しに来なかった。

 その、言葉に返答しようとして、迷った。紺は多分、ここで帰らなかったら本当に見捨てられると考えているのかもしれない。だからと言って、オマエの居場所は別にあるから今までのは気にするな(捨てろ)と言うのは反感を生むだろう。

 

 「…確かめてみるか?」

 

 紺が俯かせた顔を上げてオレを見る。

 

 「恐かったらよ、しなくても良いんだ」

 

 返答に喉を詰まらせる紺の手を少し強く引いた。

 

 「今すぐ答えを出せなくても構いやしねぇ。取り敢えずスーパーに行こう、な?」

 

 久々に紺との一時を楽しみにしていたが、ずっと彼女は生返事で心ここに在らず、と言った感じだった。まぁ、仕方のない事だろう。多くのことが初めてで、子供の頃は感情の制御や理性を司る前頭葉が弱い。喜びでもそうだが、不安や恐怖も強いだろうし、一度それに囚われれば抜け出す事は難しいだろう。

 

 事務所に戻ってレジ袋を台所の床に置き、カレーを作ろうとする。すると紺が「手伝う」近寄ってきた。

 

 「ありがとな、紺」

 

 誇らしげに頬を紅潮させる紺にパッケージ裏の表記を手本にして鍋の準備をするよう伝える。

 玉葱を切っていると、首を捻ってオレとパッケージとで目線だけを右往左往させる紺がいた。

 

 「分らねぇのなら聞きな。オマエを怒鳴ったり嫌ったりしねぇ」

 

 「…読めない」

 

 「どこがよ」

 

 「…全部だ」

 

 「…おう」本当にびっくりした。十五、六辺りの子供が平仮名も読めないとは予想していなかった。

 そこから弱火はどれくらいつまみを回せば良いのか、火柱の高さはどれくらいか、バターはどれくらいをナイフで切って落とすのか、銀紙やバターのパッケージは、等と、焦ったくはあるものの、万事をそんな調子で進め、最後工程である弱火の時折かき混ぜながら煮込む頃には時計の短針は三巡していた。 

 すっかりしおらしくなっていた紺に「ありがとな」礼を言う。

 

 「…紺は日向を手伝うつもりだったのに、これでは…」

 

 「あのなぁ、紺」

 

 少し辟易とした声色のオレを恐々と紺が見る。

 

 「オレ達はな、二つの事は同時に考えられねえ。自分を責めても誰かを責めるのと同じでスカッとするだけだ。それに病み付きになったら何も解決出来やしねぇよ」

 

 依然として、どころか絶望を滲ませる紺の様子。

 「あー」焦る気持ちを精一杯誤魔化しながら、間を置いて考える。

 「いいかー」安心させる様に固く抱き締めて愛撫する。

 

 「ごめんな。オマエが失敗を恐れて物事を改善できないのはな、オレ達の側にも問題がある。嫌われたり、拒絶されたり、怒鳴られたり、叱られるかもしれねぇ、ってのは恐いよな?」

 

 「…うん」

 

 「それがあると何も挑戦できなくて、何も成長しねぇから、また失敗して、また叱られる。その繰り返しになっちまう。だからよ、失敗してもいい。そう思わせてくれる、傍にいて安心出来るヤツを探せ」

 

 「日向は…違うのか?」

 

 誰かの親をする資格はオレにはない。そう即座に返答しようとして

 背に回された手の平がぎゅうっと握られる。

 喉を詰まらせる。炉薔薇を鼻血が出るどころか、歯が欠けるまで殴り付けた事は一度や二度じゃない。

 今はあの頃ほど追い詰められていないし、ストレスの対処法だって学んだ。

 舌先をさ迷わせる。

 

 「…良いのかよ?オレでも」

 

 「ヒナタが、良い」

 

 「オレは完璧じゃねぇ。テメエの気持ちも制御出来ないでオマエに当たることもあるかもしれねぇ」

 

 「…ダメか?」

 

 か細く、掠れて、震える声。

 否とは言えなかった。

 

 もし、紺を救える誰かがいたとして、コイツの為に時間を割ける余裕がそいつにはあるのか。何人も候補がいる中でコイツに振り向いてくれるのか。そもそも、紺の前に現れるのか、それはいつの事になるのか。

 

 「…良いぜ。いっしょにおっきくなってこーや」

 

 これはワイシャツもダメだろう。

 カレーは大丈夫だった。

 なら、いいだろう。




彼女の言ったことの六割が晶の耳をすり抜けています。三割は足りない六割のせいでよく分からず、記憶に残りませんでした。

ほんとは今、武器名にルビを振る予定は無かったんですが、陽は技名とかどうでも良さげなのでお蔵入りになるだろうと考えた結果つけました。


【挿絵表示】

原神は良いぞ
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