※この作品はR-18です。

続・月下香の檻 大人のレッスン   作:シン之助

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山文京伝先生の「月下香の檻」の続編の2次創作です。よかったらご覧ください。
<あらすじ>
秋月暁人は母・唯子を三好満司に寝取られ、傷心の日々を送っていた。そんな暁人の目の前に唯子から頼まれたという謎の女性・山本洋子が現れ、暁人の心の傷を癒すための「大人のレッスン」が開始された。暁人は山本洋子の指示に従い、満司の元妻に会い、父と母の馴れ初めを知りながら、「本当の幸せ」の意味を次第につかみ始める。しかし、暁人の意中の人が藤原綾乃であることを満司に漏らしてしまった唯子は、良心の呵責に耐えかね、追い詰められ、セックス依存の極限状況で色情狂と化していた。すべての思考を奪われた唯子は満司の暗示によって家族への愛情を憎悪に変えられつつあった・・・。
本小説はhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14532253にも掲載しています。


第10話 レッスン3 その1/4

秋月暁人は父親の秋月暁年と並んで、歓楽街と言われる街中を歩いていることに微妙な違和感を覚えていた。

 

(親子で娼婦と三者面談)

 

 それはかなり異常なことだ。しかし、これが向き合った成果だった。しかも父は自分が苦境に陥りながらも洋子さんを助けようとしている。輪をかけた異常事態・・・洋子さんは今日も来てくれるのだろうか。それにあの謎の言葉・・・

 

「そうね・・・来週のこの時間、この場所にまた来てくれるかしら。もしその時、私の様子が変だったら・・・今の私とは違う感じがしたら・・・私に声をかけないで、そのまま通り過ぎて頂戴。その時は再来週まで延期よ・・・」

 

 あれはどういう事なのだろうか・・・。約束の場所には30分前に着いていた。父と二人で遠巻きにしながら、洋子さんが現れるのを待っていた。

 洋子さんは15分前にその場所に来た。言われたように洋子さんの様子をうかがう。今までで一番露出度が高い。超ミニの滑光する黒いボディコンのワンピースに、真っ黒なレギンス、真っ赤なピンヒール・・・ボディコンの衿ぐりは大きく開き乳房の半分以上が見えていた。もしレギンスを履いていなければショーツ1枚の半裸の格好と変わりがなかっただろう。露出している肌には、腕だろうが、乳房であろうが至る所に刺青が彫り込まれ、先週会った良枝さんと同じような異常な肢体を晒していた。きっと初めに会った時にあのような格好をしていたら、僕は絶対に洋子さんの後にはついて行かなかっただろう。周りの人も、恐る恐る洋子さんを避けるように通り過ぎていく。

 

「暁人・・本当にあの人なのか?」

 

父が疑わしそうな顔で僕に聞いてくる。

 

「うん・・・分からない・・・」

「はぁ?・・・」

 

そろそろ約束の時間になる。その間に僕は何かを判断しなければならない。だが、声をかけるのも躊躇われるような酷い格好・・・。その時、僕は重要なことを忘れていたことに気が付いた。これは僕だけで判断してはいけないことに・・・。

 

「洋子さんからは謎の言葉を聞かされているんだ。洋子さんの様子が、僕の知っている洋子さんと違う感じがしたら声をかけないでそのまま通り過ぎろと・・・その時は再来週まで延期すると・・・」

 

もっと早く言うべきだった。僕はまだ父と向き合うということに慣れていない。重要な情報の共有・・・それすらまだできていない。これは父も知っておくべきことだった。僕は・・・僕たちはまだ未熟だ。

 

「ふーむ・・・」

 

随分と複雑な顔をしながら父は再び洋子さんを観察し始める。その時、一人の幼女が洋子さんにぶつかった。ピンヒールを履いた洋子さんの体制が崩れる。

 

「まあ?・・・」

 

驚いた顔の洋子さんは一瞬・・・人懐こい笑顔をその女の子に向ける。慈愛に満ちた表情。だが、尻餅をついた女の子を助け起こそうと差し伸べた手が急に止まる。

 

「どこ見ているの!ボケっとしないで!」

 

急に怖い顔を浮かばながら女の子を叱りつけ、何もしようとはしない。気が付いた母親らしき女性が、二人の間に割って入るように駆け寄ると、幼女を助け起こしながら自分の後ろに隠すように立たせる。

 

「すみません。もう・・・ちゃんと前を見て歩くの」

 

形ばかりの謝罪をすると逃げるように洋子さんから離れていった。驚いてその様子を見ていた人々が大人気ない反応をする洋子さんに非難の眼差しを向けている。

 

「今日は会わないほうが良いのかも・・・」

 

僕がそう言いかけた時・・・・顔を上げた洋子さんは、はにかんだ悲し気な笑い顔を浮かべていた。

 

「なるほど・・・彼女は信頼できそうだ」

 

父はそう言うと、つかつかと洋子さんに近づいていた。僕とその前を歩く人物に気が付いた洋子さんの顔がぱっと輝き始める。いつものあの表情に戻っている。

 

「山本洋子さんですね。息子がお世話になっています。父の暁年です。秋月暁年です」

 

父はそう言いながら、最敬礼に近い敬意のこもったお辞儀をしていた。

 

「暁人君はどうやらちゃんと向き合えたようですね」

 

父のすぐ後ろから追いついた僕を見ながら、嬉しそうに、洋子さんは優しくそう言ってくれていた。はにかんだ笑顔を浮かべながら・・・。

 

-------------------

 その日、暁人君との3回目の待ち合わせの日、私は綺麗な夕焼け空を眺めて佇んでいる自分を発見した。私が洋子に戻った瞬間だった。なぜか涙を浮かべていた。私は横断歩道の上から西の空を見つめていたのだ。夕闇が迫る空は、筋状の雲が真っ赤に輝き、スカイブルーの空がオレンジ色から赤銅色にグラデーションし、宝石のように輝いていた。

 

「きれい・・・」

 

 ポツンとそう言っていた。倭男さんが大好きな景色。倭男さんと二人で、買い物の帰りに手をつなぎ一緒に見上げた真っ赤な西空と、同じだった。涙が頬を伝って流れ始めた。洋魔子もこの空を眺めていたのかしら?倭男さんに思いを馳せていたのかしら?・・・でも何の記憶も私には残されてはいなかった。

ふと自分の格好を見て思わず赤面していた。きっと、洋魔子はこの格好をわざと選んだのだろう。彼女も暁人君の素晴らしさに気が付いている。彼ならお父様と向き合うことに成功し、連れてくることを予見している。だから、妨害しようとしているのだ。二人が二の足を踏んで現れないように・・・。時計を見ると、約束の時間ぎりぎりだった。暁人君には判断の時間が必要だ。洋魔子は私に着替をさせないつもりだ。

 その約束の時間に何とか間に合う。実際は15分前だ。暁人君にちゃんと私を認識してもらう時間としては短すぎる・・・でも彼ならできる。今はそう信じるほかなかった。洋子で居られる時間は日に日に短くなっている。このまま、洋魔子に私の全てを奪われてしまうのは時間の問題だった。その時、洋魔子は暁人君をどうしてしまうのだろうか?暁人君が不幸せにならないよう、今のうちにできるだけ、魔に対する教育をしておかないと・・・。あんな良い子を洋魔子の餌食にしてはいけない・・・。

そのとき一人の少女が私の足元にぶつかってきた。おしゃまな感じのかわいい娘だった。まだ4歳ぐらいだろうか?トスン・・・と尻餅をついて泣きそうな顔をしている。私が怖いのだ。身体中に浮かび上がっている淫紋に本能的な恐れを感じている。起こしてあげようと手を伸ばしかけて止めてしまった。彼女に淫紋の影響が出ないように・・・私がどれだけ穢れた女か見せつけなくてはいけない・・・私に近づけてはいけない。心を鬼にする。

 

「どこ見ているの!ボケっとしないで!」

 

思わず強めにそう言っていた。やっと母親が気づいてくれる。母親が少女を助けおこしながら後ろに隠してしまった。少女の顔を見ることはもう出来ない。きっと泣かしてしまったに違いない。

 

(ごめんなさい)

 

心の中で詫びていると暁人君と目が合った。出来れば暁人君にも会いたくなかった・・・こんな格好の時に・・・穢れている身体を見られたくなかった。でも、彼と今会わないと手遅れになる。もう唯子は限界のはずだ。必ず間違いを起こす。もう手遅れかもしれない・・・。

 

「山本洋子さんですね。息子がお世話になっています。父の暁年です。秋月暁年です」

 

私はわが目を疑った。倭男さんが目の前に立っていた。

 

(倭男さん!)

 

思わず声に出してそう叫びそうになっていた。しかし、目の前に立っているのは、倭男さんとは似ても似つかない人物だった。でも、なぜか一瞬・・・倭男さんに見えた。全く違う顔立ち、全く違う姿なのに・・・。その目に圧倒されてしまっていた。優しそうで・・理知的で・・強い意志を隠した静かな目・・・私は彼の中に倭男さんを見出していた。そして、それ以上にこの人の持っている不思議な雰囲気が、茫洋としてつかみどころのない倭男さんにそっくりだった。器の大きな素晴らしい男性・・・胸の動悸が抑えられなかった。肉欲の疼きとは違う何かが、私をつかんで離さなかった。気を許すとあっという間に私は違う自分になっていそうだった。一瞬で洋魔子に飲まれそうだった。でも、抑えられなかった。胸がキュンキュンと締め付けられ・・・とても痛かった。

 一体、何秒くらい彼を見つめてしまったのだろう。私はハッと我に返ると思わず敬意のこもったお辞儀をその人物に返していた。

 

「暁人君はどうやらちゃんと向き合えたようですね」

 

そう言いながら私は微笑まずにはおれなかった。この親子は本当に、倭男さんにそっくりだ・・・胸が張り裂けそうなほど。今日はいつまで「私」を保ち続けられるか分からなくなっていた・・・。

 

-------------------

 娼婦とサラリーマンと高校生・・・異常な取り合わせの三人が揃って歓楽街の喫茶店に座っている構図は、傍から見るとどう思われるのだろうか?この時間・・いつ来ても僕たち以外はほとんど客が居ないガランとした喫茶店・・・その奥の席で僕は不思議な気持ちになりながらボッと考えていた。だが、そんなことにお構いなしに、父と洋子さんはまるで社員寮の家族間で交わされるような挨拶を続けている。

 

「その節は大変お世話になりました。お陰様で、夫の倭男は良い研究が出来たと感謝しておりました」

「いえ、こちらこそ。あのような立派な研究をされる方をサポートする事が出来て、大変誇らしい気分でした」

「そう言っていただけると主人も気が楽になると思います。秋月様があの時、ご自身の職を掛けて主人の擁護をしていただけなかったら・・・」

「奥さん・・・山本君は「自分の研究は家内のサポートがなければできなかった」とよく言っていました。「自分には過ぎた嫁だ」とも・・・。奥様の貢献に比べれば私など・・・」

 

そう父が言った途端、洋子さんはハッとわが身を振り返る。誰がどう見ても良妻とは言えない格好・・・。社員寮の会話が途切れる。洋子さんはつらそうに俯いているだけだった。父も言葉を途切らせてしまう。

 

------------------

(倭男さんがそんな事を?)

 

私の目の前で、倭男さんにそっくりな人に、倭男さんと同じような話し方で、倭男さんと同じ表情で、倭男さんと同じ目で・・・

 

「家内のサポートがなければできなかった」

 

そう言われた途端、目の前の人が倭男さんに代わっていた。私には同じだった。倭男さんがそう言っていたのと同じだった。

 

「自分には過ぎた嫁だ」

 

倭男さんがそう言った。確かに倭男さんが言った。もっと聞きたい!

 

(倭男さん!)

 

私はパニックに陥っていた。あまりの類似に・・・倭男さんと暁年さんの類似に・・・心が張り裂けそうになる。

 

(倭男さん!倭男さん!)

 

倭男さんの話し、倭男さんの表情、倭男さんの目・・・

 

(倭男さん!倭男さん!倭男さん!)

 

私の愛した人・・・、私が心から愛した人・・・、私のすべてを捧げるはずだった人・・・

 

(倭男さん!倭男さん!倭男さん!倭男さん!)

 

そして・・・私が・・・私が・・・

 

【そしてお前が・・・殺した男・・・】

 

 そんな私の心の乱れに、突然・・・洋魔子が入り込んできたような気がしていた・・・洋魔子の嘲笑が頭の中に鳴り響き渡るような気がしていた。

 

【あはははははは!】

 

 だが、そんなはずはない・・・私である間は洋魔子が現れることはない。私は再び、倭男さんにそっくりな暁年さんに意識を戻していた。大丈夫・・・きっと救い出してみせる。暁人君を満司の手から守ってみせる。

 

-------------------

 気まずい沈黙がたっぷりと数分間も続いただろうか・・・。一年前までは想像もしなかった世界に図(はか)らずも落ち込んでしまっているのは父も一緒だった。そして洋子さんには僕たちよりもはるかに複雑で深い事情・・・他人では踏み込めないような・・・とてつもない深い闇・・・が横たわっている。洋子さんの暗い目を見て、僕は洋子さんの中の絶対的絶望を見たような気がした。

 

「挨拶はこのくらいで・・・今日も出来るだけ短く、要点のみをお話しできれば有難いわ。私にとっては前回のレッスンでも長すぎたの。暁人君それでいいわよね?」

 

 もちろんそれで良かった。レッスンの後半、洋子さんはいつも辛そうだったが、今日はすでにその辛そうな表情を浮かべ、意志の力だけで正気を保っているように見えた。洋子さんに頷き返すと、急いで僕は父と話し合ったことを打ち明けていた。父は僕が何も隠さずに洋子さんに全てを洗いざらい話してしまうことに少なからぬ驚きを隠せないようだった。

 

(そんな事まで話すのか?)

 

ちょっと戸惑った顔をしながら、ちらちらと僕の方を伺う。しかし、これは多分、洋子さんのカウンセリングのやり方だ。

 

「これは僕のリハビリのためのカウンセリングでもあるんだ・・」

 

父はそれを聞いた途端ハッとした顔になる。

 

「暁人・・・すまん・・・親として・・・失格だな・・・すまん」

 

父は深くうなだれ、自分の不甲斐なさに心から謝罪していた。

 

「その言葉がまず聞きたかったわ。暁年さん、あなたは暁人君に対しては加害者の一人です。結果的に満司と

 

同じようにこの青年に大きな性的トラウマを残してしまっている。唯子さんとあなたにはまずそのことを自覚し、向き合ってもらいたかった。その点に関しては、半分だけ解消されました」

洋子さんがにこやかにほほ笑む。心底、嬉しそうだった。そんな洋子さんに父は驚いたように改めて見つめ直す。

 

「確かに、あなた以上の適任者はいないのかもしれない・・・」

 

見つめられた洋子さんは、ビクッと身体を震わせたように見えたが、すぐに取り繕うように笑うと、僕に先を続けるように促した。

 

「では率直に聞きます。先週洋子さんが言っていた「強い愛」・・・「大人のためにその6」がさっぱり分かりません。「強い愛」ってどういうことですか?それは母さんが満司に感じていることと同じじゃないんですか?なぜ父の方が「強い愛」を持っているんですか?」

 

僕はずうっと考え続けていた先週の宿題の未消化の部分から聞き始めていた。父は何となく落ち着かない様子だ。この人のよさそうな、それだけが取り柄のような父が、強い愛を持っているとは到底思えなかった。

 

「私の言う「大人のためにその6」「強い愛」とは・・・積極的な愛・・・受け入れるだけでは得られない愛のこと。むしろ「受け入れがたい愛を渡すこと」・・・お父様にはそれが出来るけど、満司にはできないの・・・そういう事よ」

 

むしろ僕には逆のように感じた。「受け入れがたい愛を渡すこと」・・・優しそうな父が一番弱そうな・・・そして、調教師である満司が最も得意そうな愛・・・父がそのような愛を満司よりも強力に行使できるとは思えなかった。第一そんな一方的なものが愛だろうか?

 

「それはむしろ満司の方が得意ですよね?いや・・それが満司の武器なんじゃないですか?レイプして女を屈

服させ、セックス漬けにして無理やり依存させてしまう・・・奴の卑劣な常套手段・・・」

 

しかし、僕のその反論を洋子さんは一笑に付してしまう。

 

「勘違いも甚だしいわ。そんなものは「受け入れがたい愛を渡すこと」にならない。ただ自分の恣(ほしいいまま)にお母様を変え、捻じ曲げ、自分本位な愛をお母様に注ぎ、そのお零れを受け取っているだけ。なぜかしら?なぜちゃんと愛せないのかしら?サディストだから?お笑い草だわ・・・そんな立派なものではない。あのかわいそうな男は愛を貫けないだけよ」

 

「でも母は長い間、満司に調教され、どんどん深みにはまっていってしまっています」

「それでは聞くけど・・・お母様の乳首に通されているピアス・・・あれは何のためかしら?」

「それは母を、自分が満司の所有物であることを常に自覚させるため。母を縛り付ける奴隷の象徴・・・屈辱の証・・・」

 

「確かにあなた達やあなたのお母様はそう思い込まされている。大間違いよ。そこから大きな勘違いをしているの。それこそ満司の思う壺。違うの・・・あれは満司の自信のなさ・・・恐れの象徴よ。お母様に常に快感を送り続け、セックス依存状態にしておかなければ、彼は安心できないの。彼の強烈な刺激が、彼の与える愛が、一方的で、身勝手で、不誠実な、下らないモノだと気づかれてしまうから。まるで歓楽街・・・華やかで、煌びやかに見えるのは夜だけ。歓楽街に昼間に行ってみるとよく分かるわ。昼の歓楽街は安っぽく、不衛生で、醜く、汚いだけの場所でしかない。満司はいろいろな道具やSM手法やあなた達への愛を逆手にとって、お母様を快楽漬けにしては常に夜の状態に仕向けている。セックスへの依存が解けた時、彼の素顔に、昼間の顔に気づいてしまうから。すぐに化けの皮が剥がれてしまうから。お母様が真実の愛に戻ってしまう・・・ただそれが怖いだけよ」

 

「でも、満司は強力な知性と体力を持ち、邪悪な性技と奸智にたけています。いくらでも母さんや母さんのような人を、強力に惹きつけておくことが出来るのではないですか?」

 

「確かに、彼が与える強烈でとろけるような快感は、あまりにも強く、どんな人間でもすぐに依存させることが出来る。どんな強固な愛をも奪い取ってしまう。あなたのお母様も・・・その一人。でも長続きしない。考えてみて・・・どんなに魅力的なご馳走も毎日食べれば飽きてしまう。強烈な愛や情欲をもたらすことはできても、実はそれだけなの。それ以上でもそれ以下でもないの。もっと繊細で、もっと儚くて、もっと控えめで、もっと弱い愛もある。より深く、より深遠で、より重大な愛もある。強烈さだけでは、人間はすぐに刺激に慣れ、新鮮さを失ってしまう。ましてやSMだけでは・・・。SMは劇薬よ。より強く、より過激な刺激を、与え続けなければならない。前にも言ったわね。あなたのお母様が普段の生活をしているのは、その新鮮さを失わせないようにするため。仮初でしかない。これからも、どんなことも満司に命じられるまま喜んで実行し、やがて身を亡ぼす。そのスピードが鈍くなるだけ。あなた達に同居させているのは、奴隷関係を長続きさせるためだけ。でもあなたのお母様はいずれ精神が壊れるか、身体を滅ぼしてしまう道を突き進むほかない・・・それが彼の愛だから・・・その愛に応える先は破滅でしかない。おいしいものを無理やり食べさせられブクブクと醜く肥らされ、苦しみながら殺されてしまうフォアグラのように・・・。調教師とは人間フォアグラを作り出す人卑人でしかない。彼には長く永続的な愛は与えられない。真実の愛には程遠いのよ」

 

「それでは強い愛って何ですか?積極的な愛・・・「受け入れがたい愛を渡すこと」って何を言っているんですか?」

 

「相手との違いを理解し、それを尊重し、その違いを埋めるような努力をし、より高い次元を目指す事。互いに受け入れられないことを、互いに理解し、尊重し、それを埋めるような努力をしてより高次なものを追求する姿勢・・・それが「受け入れがたい愛を渡すこと」。強い愛よ。それでしか長く続く愛情は維持できないの。その努力をしないで「永遠の愛」なんてものは存在しない。愛は不断の相互の努力無くして成り立たないモノなの。与えるだけでも、与えられるだけでもダメなものなの。だから相手の尊厳を無視した一方的な愛し方しかできない満司には一生かかってもできないことなの。そこには何の発展も進歩もない。・・・大人のために その5を思い出しなさい」

 

「『大人のために その5:愛の本質は次世代のためにある』」

 

「そう・・・満司の結婚はどれも長続きしていない・・・一方的な愛を、相手を捻じ曲げて、使い倒すだけだから・・・皆同じなの。そこには何の変化も、バリエーションもない。SMの世界にまっしぐらに落ちていくだけ。すぐに飽き、すぐに破綻する。そのたびにパートナーを変えないとやっていけない。調教師などと粋がっているけど、オナニーをやっているのと変わらない。自分の所有物と称してお母様を公開オナニーの道具にしている惨めな生き物。すぐにおもちゃに飽きて、壊して、次をさがすの・・・。次世代を生み、育み、受け継ぐ・・・そんな事など到底できない。お母様を淫らに変えることでしか愛を伝えられないのは、弱っちょろい愛しか持っていない証拠よ」

 

「でも、そう言った愛の形があるって・・・「大人のために その1と2」で・・・母は・・・お母さんは満司を・・・愛している・・・僕たちよりも強く」

「そう、確かにお母様は満司に強く惹かれ愛してしまっている。もうそれはどうすることもできない。そう変えられてしまったから。でも、それこそが唯子さんの美徳なの。さっきお父様がお母様のどこに惹かれたと言ったかしら?」

「謙虚で慎ましい女性・・・他人の言動から学び、尊重し、感謝する事を知っている。そして・・うまくいかないときは「自分」を変えてしまう人・・・!・・!!・・」

 

 そういう事だったのか・・・母は自分が満司に変えられてしまったことを、自分の淫らな性向のためだと思い込んでいる。しかし、それは本来、母の美徳によるものだったのだ。それを母は自分のせいだと満司によって思い込まされている・・・。罪悪感をわざとたきつけるために・・・。

 

「もし、お父様が強い愛を持っていなかったら唯子さんとは結ばれることはなかった・・・二人は結婚していなかった。結婚とはもともと強い愛でしか成り立たないの。結婚は恋や恋愛感情とは違うわ。互いの良い部分だけでなく悪い部分や嫌な部分を認め、対峙しなければならない。互いの自由を束縛し、見たくない部分も見なければならない」

 

「それでは・・・つらい事ばかりで・・・なんで結婚なんてするんですか?」

 

「次世代を残す一番確実な方法だから・・・どんなことでも共有する覚悟が、相手の秘め事までを容認し、それでも信頼して、すべてを共有し、次のステップに進もうとすること・・・強い愛は個人のエゴを超えて「本当の幸せ」につながっていくの・・・。次世代を残す事とは、信頼し、共有し、次のステップに進もうとすること「大人のために その7」よ。そしてそれはパートナー以外にも次第に適用され始める。人間は社会的な生き物なのよ。「受け入れがたい愛を渡すこと」が出来る人は、パートナー同士である自分たち以外に、より広い人間関係に、時代を超えた次世代に、国境を越えた世界の人々にも愛をもたらし、次に進もうとする・・・。それを貫くような強い志を満司は持ちえない。どんなに強力な知性と体力を持っても、邪悪な性技と奸智にたけていても、それは人として終わっているの。サイコパス・・・それが彼の実態なのよ」

 

「待ってください。僕だって、父だって・・そんな聖人のような。少なくても僕は・・・」

 

「じゃあ、あなたは目の前の人が飢えていたら自分だけ食事がとれる?隣の人が苦しんでいる時に自分だけ楽ができる?自分だけの幸せなんて実はないのよ。本当の幸せはすべての人の幸せ以外ありえないの。あなた達は信頼し、共有し、次のステップに進もうとしている・・・人の不幸を自分の不幸のように考え、人の幸福を求めて努力しようとしている・・・愛は・・・」

 

洋子さんの様子はもう限界に近いようだった。肩で息をしているのが分かる。そして、突然絶句すると、そのままソファーに崩れ落ち、身体を丸めながら床に突っ伏してしまった。

 

「洋子さん!」

 

僕と父が駆け寄り、何とか洋子さんを助け起こそうとする。

 

「洋子さん!」




〇感想や何らかのコメントを頂くと嬉しいです。よろしくお願いします。
〇本小説の登場人物のうち「山本洋子」に関しては以下のサイトで書かれている小説の登場人物になります。ご興味があればご一読ください。
https://novel18.syosetu.com/n0812ge/
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