<あらすじ>
母・唯子を三好満司に寝取られた秋月暁人は、謎の女・山本洋子に「大人のレッスン」を受け「本当の幸せ」の意味を知り、暁年が唯子を取り戻すことで絶対的な絶望から立ち直れることを知らされる。しかし、暁人と暁年が具体的な反撃の方法を知らされる前に、洋子は洋魔子に意識を乗っ取られ殺されてしまった。その上、母・唯子は満司の施したクリキャップと暗示によりセックス依存の極限状況で色情狂に変えられていた。
そんな中、暁年は仕事の都合で知り合った謎の老人に代わり工事現場に3日間の「居座り」の約束をしてしまい、家族の協力を得られぬまま孤立無援の戦いを強いられていた。
そしてついに、すべての思考を奪われた唯子は満司によって家族への愛情を憎悪に変えられ、満司の悪の手先に変えられてしまう。満司は唯子を使って暁人の恋人・藤原綾乃をその毒牙にかけようとしていた。何も知らずに秋月家の訪れた綾乃に貞操の危機が迫る。
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---------登場人物---------
秋月 暁人:主人公
秋月 唯子:暁人の母
秋月 暁年:暁人の父
三好 満司:主人公の遠縁(暁年の母方の従祖母の孫娘の夫)
三好 聖満:満司の子
三好 良枝:満司の元妻
山本 洋子:謎の娼婦 (「廃神社の巫女https://novel18.syosetu.com/n0812ge/」からのゲストキャラ)
山本 洋魔子:山本洋子の別人格(ダークサイド)(オリジナルキャラ)
藤原 綾乃:暁人の片思いの人(実は両想い) (オリジナルキャラ)
鈴木一之介:鈴木貫太郎探偵事務所・所長・探偵 (オリジナルキャラ)
及川:鈴木貫太郎探偵事務所・探偵。一之介の部下(オリジナルキャラ)
パタンジャリ・プールナーナンダ:ヨーガ修行僧 (オリジナルキャラ)
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藤原綾乃は、次のコンクールでの課題曲であるベートーヴェン「ピアノソナタ第17番 ニ短調 作品31-2」いわゆる「テンペスト」の第3楽章を練習しながら、暁人に誕生日のプレゼントであるクッキーを渡した日の事を考えていた。
「何であんなこと言っちゃったんだろう・・・」
「何で一言・・『誕生日おめでとう』と言えなかったのだろう・・・」
素直になれない自分にこんなに腹が立ったことも珍しかった。そしてそこで演奏が止まってしまう。難曲に部類されるこの曲の最も気を付けなければいけないところは難なくこなしていた。ところが、何でもない所で・・・あの光景を思い出すたびに閊(つか)えてしまう。
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あの日、綾乃は暁人の予想通り、暁人を待っていた。だが、塾友の佐藤陽菜が急にトイレに行こうと言い出した。確かにいつも理系クラスは10分程度、授業時間が伸びることが多い。暁人とすれ違わないように、トイレには交互に行くことにした。そして、綾乃がトイレから帰ってくると佐藤陽菜に、暁人が入れ違いで帰っていったことを教えられた。二人して、急いで暁人を追いかけていくと、交差点で暁人に追いつくことが出来た。
「暁人!」
そう呼びかけようとしたとき、暁人は見知らぬ女性に声を掛けていた。
「何あの女・・・」
陽菜がその女性を見た途端、怪訝そうに眉を顰(ひそ)める。見るからにケバケバしい服装とメーク。風俗関係の女性であることはまず間違いがない。
「客引き?逆ナン?・・・まさか高校生相手にあんなおばさんが?」
耳年増な陽菜がそう言いながら、さらに眉を顰(ひそ)め始める。
(でも声をかけたのは暁人の方だ・・・)
先ほどから、綾乃は声を出すことすらできない。
(あんな女・・・暁人には絶対にふさわしくない・・・)
だが、信じられない光景が二人の目の前に展開していた。こともあろうにあの堅物の暁人が、その女性の後についていくのだ。
「嘘・・・やだ、ついて行っちゃうんだ・・・何だか失望・・・」
陽菜が抗議の目を暁人に向けながらそう呟く。先ほどから一言も発していない綾乃は、ただただ目を見開いて二人がいく方向を見つめている。
「ねえ・・どうする?」
陽菜がそう聞く頃には、綾乃はふらふらと二人の後を追いかけ始めていた。
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二人が入っていったのは、歓楽街のはずれに近い古びた喫茶店だった。
「ちょっと安心した。ラブホとかいきなり入っていったら、もう決定的だもんね」
陽菜はそう言いながらも、窓からこっそりと中の様子を覗き見し始める。
「ねえどうしよう。他にお客さんいないみたい。このまま入ったら尾行がもろばれだよ・・・でも、ここでこのまま待つのも・・・」
二人であたりを見渡すと、酒場やキャバクラ、ファッションホテル・・・高校生が入ってはいけないような場所ばかりだった。そもそも、この時間に制服姿の女子高生がうろうろして良い様な場所では決してない。先ほどから一言もしゃべることが出来なかった綾乃はやっと言葉を吐き出すことが出来た。
「もう良いわ・・・」
「えっ?」
「だって・・・これって・・・ストーカーじゃない?」
「いや・・・でもさ・・・・」
「だいたい・・暁人が誰と付き合おうが・・・オバサンだろうが・・娼婦だろうが・・・関係ないじゃないの」
「やだ・・泣いているの?」
何より気に入らないのは、暁人の表情だった。まるで、恋人と話しているような楽しげな表情・・・。さっきクッキーを上げた時の驚いたような表情とは大違い・・・。
「私・・帰る・・・」
これ以上涙を見られたくなかった。
(何で泣いているのかしら?二人が付き合っているなんて、なんで考えちゃうんだろう?暁人がナンパなんかするはずない・・・これはなんでもない事・・・きっとそうだ・・・)
気が付くと逃げるようにその場から離れていた。驚いて振り返る陽菜をそのままにしながら、綾乃は駅に向かって一直線に駆け出していた。
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その後も、暁人のその女性と話している楽しげな表情が頭から離れなかった・・・。それ以来、同じ高校に通っているのに・・・綾乃はどうしても暁人を避けてしまっていた。秋月の家に行くのも何かと理由をつけては避けている。そして2週間が過ぎようとしていた。
(そんな事より・・・テンペスト・・)
コンクールが間近に迫っていた。こんなところで躓く様では先が思いやられる。綾乃は何とかピアノに集中しようと、最初からタッチのおさらいを始めていた。そして、すぐに閊えてしまっていた。
「今回の課題曲である「テンペスト」ピアノソナタ第17番 ニ短調 作品31-2はルートヴィヒ・B・ベートーヴェンがあの有名なハイリゲンシュタットの遺書をしたためた時と時を同じくして作曲された、と言われている。この曲は確かに難曲だ・・・しかし・・・この曲には確かにベートーヴェンの魂の叫びがこめられている。それは「絶対にあきらめるな」ということだ。作曲家としては致命的な難聴への苦悶を乗り越えた先のこの曲の白眉を聴衆に聴かせるためには、君たち自身がその苦悩を乗り越えなければならない。テンペスト・・・人間の力をたたえた「嵐(テンペスト)」の声をピアノによって聞かせてみたまえ」
それは私のピアノの先生がこの課題曲に関して呪文のように、何ども言っていたことだ。そんなこと本当にできるのかしら?・・
(絶対に無理・・少なくとも私には・・・)
その時だった「唯ママ」からの電話が鳴った。
「綾乃ちゃん・・お久しぶり・・唯子です・・・突然の電話だけど・・いいかな・・・うん・・・実は・・お話ししたいことがあるの・・・暁人の事で・・そう・・暁人には内緒で・・・二人だけで会えないかな・・・今すぐ・・・うん・・・じゃあ30分後に・・・秋月家に来てね・・・」
何だかおかしい・・・綾乃はそっけない「唯ママ」の電話に唖然としていた。一年以上ぶりの電話だったはずなのに・・・。まるで事務的な電話をするようにあっけない。いつもの唯ママなら、丸まる30分以上もかけて私の近況を聞きだし、暁人や秋月家の近況を話してくれるはずなのに・・・。それに・・・暁人に贈ったクッキーの話も出なかった。食べてくれていたら気づいたはず。唯ママから教えてもらった秘密のレシピを使ったのに。ママの言う様に「一切ごまかしのない、正直な味付け」だったのに・・・。暁人に電話して、あのクッキーを食べさせなかったことを問い質してやろうかしら・・・唯ママに「暁人には内緒で」と言われていなかったら、私は絶対に暁人をとっちめてやったに違いない。
(どうせなら唯ママに会って、直接感想を聞いてみよう・・・)
ちょうど昨日、暁人に渡し直そうと同じレシピでクッキーを作り直していた。今度は心から「お誕生日おめでとう」そう言いたかった。でも結局、渡す口実すら見いだせずに手元に置いたままだった。ここ1か月、暁人とはどうしても歯車がかみ合わない。味には自信があった。これを持って行って唯ママに感想を聞いてみよう。きっと喜んでくれる。そうすれば素直に暁人にも渡せるはず。
綾乃は昨日作ったクッキーを袋に詰めながら、唯ママが喜ぶ顔を思い浮かべて、先ほどまでの不信感を忘れていった。特に一年ぶりの秋月家・・・逸(はや)る気持ちを抑え、クッキー以外の準備をいそいそと始めていた。それは今までと違い、入念にお化粧を施し、ファッションにも十分に気を配っていた。ちょっとミニ目のフレアスカートに細かい柄の白の5分袖のブラウス・・・。もちろん下着も、いつも高校に来ていくのとは違った大人の下着を選んでしまっていた。少し大人を意識した面積の小さなショーツ・・・・。
(やだ・・・私・・・何を考えているのかしら。唯ママに会いに行くだけなのに・・・)
無意識の自分の行動に顔を赤らめながら、綾乃は悪鬼たちが待ち構える、変わり果てた秋月家に何も知らずに出かけて行った。
(暁人はお家に居るのかしら?)
そんな事ばかり考えていた。秋月家までは10分とかからない。子供のころは毎日の様に遊びに行っていたのに・・・。本当に何年も行っていないような、不思議な感覚に綾乃は囚われた。その時になって初めて気が付いた。暁人がHSS(Super Science High-school)から帰ってきて、1か月以上もたっていることに・・・。確かに私は暁人の誕生日以来、暁人を避けてしまっていた。でも、その前から、私は秋月家に行っていない、いや呼ばれていない。
(何で私は1か月以上も呼ばれなかったのだろう?)
答えは簡単だった。暁人が・・・私に声を掛けなかったから・・・。薄々気が付いていた・・・思い当たる節がいくつもあった。私が行こうとすると・・・暁人はいつも何かしら用事があると言って私を家から遠ざけようとしていた。学校や塾ではいつも普通のようなのに・・・。
そう考えているうちに、綾乃は秋月家の前に立っていることに気が付いた。いつもと変わらない佇まい。一年前と何も変わっていない。
(良かった・・・)
自分の思い過ごしだった。急いでチャイムを押していた。
「綾乃ちゃん?・・・入って、入って・・お久しぶり!」
そんな明るい唯ママの声が聞こえてくるはずだった。嬉しそうに、プレゼントのクッキーを受け取ってくれるはずだった。しかし、ガチャリと玄関の扉を開けたのは見知らぬ男だった。
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「えっ・・?」
「あっ・・・綾乃ちゃんだね・・・唯子さん、今、手が離せなくてね」
小太りのその男性は、180㎝近くの体格をしたまるでフットボール選手のような巨漢だった。刈り上げた頭に、顎鬚(あごひげ)、細くつり上がった目はどことなく怖い印象を与えている。
「あっ・・・俺は三好満司・・・唯子さんの旦那・暁年さんの「はとこ」の夫だ」
そう言いながら私を嘗め回すように、下から上からまで見ている。好色そうな目で見つめられ思わず怖気(おぞけ)を震ってしまった。はっきり言って気持ちが悪い・・・
(こんなのが暁人の親戚?)
まだ4月だというのに、派手なジャージ姿1枚のだらしない格好をしている。まるで自分の家でくつろいでいるような恰好だ。ジャージのジッパーは胸元が開いていて、厚い胸板と太鼓腹が覗いていた。その上、ジャージの股間部分が異様に膨れている。何かズボンかパンツに隠しているのかしら?そう考え始めた時、満司さんの後ろに隠れるように男の子が立っていることに気が付いた。
「・・・・・・・・」
中学生か小学6年生ぐらいだろうか。じっと私を見つめるだけで挨拶をするそぶりも見せない。その目がゾッとするくらいに老成していた。子供の目とは思えないような、冷めた目。まるで人間の暗部を見てきたような興ざめした目・・・。これが子供の目だろうか?
「僕は?」
私がそう言うと、その子は満司さんの後ろに隠れるようにしながら
「聖満・・・」
とだけ答えた。
「俺の息子だ。まあ気にせずに上がってくれや」
満司さんはそう言いながら踵を返すと、すたすたと居間の方に行ってしまう。私は靴を脱いでその後を追おうとすると、後ろから聖満君にいきなり抱き付かれた。
「えっ?」
聖満君の腰に回された腕が下にずれたかと思うと「ぎゅっと」私のお尻を掴む様に揉み上げ始めたのだ。
「やっ・・ダメよ・・聖満君ったら・・・」
あまりの事に、私が動転している間にも、聖満君の手が容赦なく私のお尻を揉み上げ、撫でまわし始める。
「もう・・ダメだったら・・・はっう」
私が何もできない事をいいことに、聖満君の触り方は次第に大胆になり・・・スカートの中に入り込んだ2本の指が、微妙なラインをお尻の方から撫で上げ始めたのだ。
「うっ・・・ダメ・・・あん・・もう・・やめ・・」
そしてその指がショーツ越しにお尻の穴やクリトリスの周りを執拗に撫で上げ始める。もし私がスカートの中に顔をうずめた聖満君の顔を見ることが出来たら、見下したようなニヤケ笑いを浮かべている彼の顔を見ることが出来ただろう。
こうして、居間にたどり着くまでの間、聖満君は私のお尻を撫でまわしていた。鬼っ子・・・そんな言葉が頭に浮かんでしまった。ミニのフレアスカートを着てきたことをとても後悔していた。たった数秒間が何分にも感じられた。そして私が居間に入ると、聖満君は何ごともなかったように、部屋の隅っこに行ってしまった。そして、私の股間を弄んでいた指を、私に見せつけるようにクンクンと嗅ぎ始める。その顔に「ニタッ」といやらしい笑い顔が浮かび上がる。まるで中年のスケベオヤジのような下卑た笑い。真っ赤になって睨みつける私を、軽蔑の表情を浮かべた満司君が、馬鹿に仕切ったように舌を突き出していた。
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居間の中は・・・一年ぶりに入った秋月家のリビングルームは・・・全く様子が変わってしまっていた。天井や壁には、梁や物干しのような柱やロープが何か所も取り付けられていた。中には滑車のようなものまで柱に括りつけられていて、せっかくの素敵なリビングが、日曜大工のような雑な仕事で台無しになっていた。商社の企画開発部のしかも建築・不動産部門にいるに暁パパの家にふさわしくない。暁パパ一体どうしちゃったんだろう?そして・・・もっと様子が変だったのは・・・その変わり果てた居間のテーブルに・・・腰かけたまま私を迎える唯ママの姿があったことだ。
「ママ!・・・お久しぶりです!!」
「あら・・綾ちゃん・・・早かったわね」
そう言う唯ママの顔には、何の感情も浮かんでいなかった。私はそんな唯ママを見て愕然として返す言葉を失っていた。
(一年ぶりに会ったというのに・・・)
多分私は、悲しげな顔で唯ママを見返していたに違いない。そこには私が知っている唯ママの姿はどこにもなかった。玄関を開けるなり私に飛びついてきて、力いっぱい抱擁しながら、満面に微笑みを浮かべて、私の事とか、暁人の事とか、お家の事とか・・・嬉しそうに話してくれる・・・心から私を迎え入れてくれる・・・唯ママはどこにも居なかった。
「そこに腰かけて・・・」
唯ママは無表情にそう言うと、テーブルの反対側の席を勧めてくれた。私は何とか気を取り直して唯ママの示す席についていた。気が付くと三好さんも当たり前のように唯ママの隣に座っている。聖満君はまるで幼児のように、唯ママに抱きついて胸に顔をうずめている。その様子を唯ママは何の表情も変えずに、ただぼっと受け入れている。聖満君の手が腰に回されて・・・もしかすると私にしたようなことを唯ママにもしているかもしれない・・・。いったい唯ママはどうしちゃったんだろう?暁人の事で二人だけで話したいと・・・唯ママはそう言っていのに・・・。
「あの・・・この人達は・・・遠縁の方と言っていましたが、どういった方なんですか?それにその子も・・・」
私が非難がましくそう聞くと、唯ママがやっと私の方に向き直る。でも、その目は私の方を見ているだけで、焦点も合わない虚ろな目だった。そして、話し始めたその声はまるでセリフをそのまま棒読みするような抑揚のない声だった。
「三好満司様・・・暁年さんの「はとこ」の「ご主人様」よ。先ほどいらして・・・とても素晴らしい方よ。一緒に相談に乗ってもらおうと思って」
そう言う唯ママの声は、心ここに在らずのような生気のない声だった。にもかかわらず「満司様」といった途端に、虚ろだった目は隣にいる満司さんの方に向けられ、まるで恋人を見つめるような熱い視線を送り始めたのだ。最初は遠縁の人を「様付け」にするのに違和感を覚えた。そして・・・唯ママのその熱い視線に、夫以外に向けてはいけない熱い視線に・・・ぞわぞわとしたような危ういものを感じていた。
(不潔・・・)
何だかそんな感じがした。心なしか二人の間隔も密着するように近い。肩と肩が触れ合っている。後ろで手をつないでいても分からないくらい。遠縁の親戚と人妻との距離じゃない。唯ママは私の憧れの人だったのに・・・。いつも私に明るさを分けてくれて、お母さんのいない私を、暁人と同じように愛してくれていたのに・・・。お母さんが死んだときも、暁人と二人でずっと慰めてくれていた。いつも一緒に笑ったり、泣いたりしてくれていた唯ママが・・・まるで心ここに在らずの様だ。まるで誰かに心を奪われてしまったように・・・。まるでこの三好という人に・・・。
「それからこちらが聖満君。満司様のお子様よ・・・あん・・ダメよ」
縋り付く様に唯ママに抱きついていた聖満君が、いきなり唯ママの胸をむんずと鷲掴みにする。唯ママはそれをまるで当然の事のように、いつもの事のように軽くあしらっている。
(まさかいつも触られているわけじゃ・・・・)
私は首を振ってそんな邪念を振り払った。唯ママはそんな人じゃない。何より暁パパという素晴らしい夫がいる。優しくて、心が広くて、いつも人をよく見てくれている。理想の父親だった。うちのパパとは大違い。ママはもう死んでしまっているから、ママ以外の人とパパがお付き合いしていても文句が言えないのは分かっている。でも、なんだか私の心は追いついて行かない。ママ以外の女性と付き合うパパはあまり好きになれない。
その後も唯ママは終始ボッとしていて会話が続かない。私が一方的に話しているだけだった。唯ママは何を話しても「うん」「そう」としか言わなかった。会話が途切れがちで、なんだかうまく進まない。そもそも、こんな訳の分からない親子のまえで、もっと深い話をするのは嫌だった。手持ち無沙汰になったため、私は持ってきていた手作りのクッキーを思い出した。
「これつまらないものですけど・・・私の手作りのクッキーです」
嬉しそうな反応に期待を込めて包みを手渡していた。きっと喜んでくれる。私はそう確信していた。会心の一作だった。ところが唯ママは、黙ってそれを受け取ると
「あら有難う」
そう言っただけで、つまらなそうにクッキーの包みをテーブルの脇に置いてしまった。
【贈り物につまらないものなんてないのよ・・・特に手作りの品は・・その人の真心がこもっているから・・・】
いつもそう言って、手作りのクッキーやママレードや、いろいろなお菓子を作って、お祝いの日には配ってくれた。私が中学生になると、お菓子の作り方を一から教えてくれていた。そのママが・・・何の反応もなく・・・私のクッキーを無関心に脇に置いてしまうなんて・・・。
【目の前で食べてあげてね・・・そして心からの感想を教えてあげて・・・もし、口に合わなくても・・・絶対にいいところは必ずあるから】
【暁人にも絶対に感想を聞くのよ・・・必ず一個は食べてもらってね!】
唯ママは私の憧れの人だったのに・・・。いつも私に明るさを分けてくれて、いつも私に幸せを分けてくれて、いつもお母さんのいない私を、暁人と同じように愛してくれていたのに・・・。いつも一緒に笑ったり、泣いたりしてくれていた唯ママが・・・まるで心ここに在らずの様・・・。まるで誰かに心を奪われてしまったよう・・・。
「へへっ・・・手作りのクッキーてか?・・・女子高校生らしいじゃねえか?・・暁人にも上げたんだろこれ?」
唯ママの隣に座っていた満司さんが、唯ママに渡したはずのクッキーの包みを勝手に開け始める。暁人の遠縁の人だというのに、だらしない格好や強面な怖い顔だけでなく、無遠慮な態度や、礼節を欠くだらしない姿勢、・・・生理的に受けつかなかった。私を嘗め回すように見る好色そうな視線はさらに嫌だった。
「げっ・・なんだ・・・あんまり甘くねえな・・・いや失礼・・・お茶でも入れるわ」
もしかすると私は満司さんを睨みつけていたかもしれない。私のクッキーを一口食べただけで、残りのかけらをテーブルに置いたままキッチンの方に行ってしまった。聖満君がその後を追う。
「ママも、お一つどうぞ」
私は失礼な満司の態度に憤慨しつつも、満司によって雑に開けられてしまったクッキーの包みを唯ママの方に向ける。
「・・・・・」
唯ママは初めて気が付いたように、その袋を見つめる。そして、一つまみクッキーを手に取ると口の中に運んでいった。
「ポリ・・ポリ・・・」
まるで砂を噛む様に私のクッキーを食べ始めた唯ママの目に、次第に感情のきらめきが灯り始る。そして、口元に微笑みが・・・微かな微笑みがその顔に浮かび始める。
「まあ・・・これは・・・おいしいわ」
そして・・・じっと自分の手に残ったクッキーを見つめながら、もう一口、口の中に入れて行く。
「ポリ、ポリ、ポリ、ポリ・・・」
そして・・・その目に涙が溢れ始める。
「本当においしいわ・・・これ・・・心が・・・こもっているわね」
そして・・・私に初めて気が付いたように、意志の感じられる目で強く私を見つめ直してくれる。
「あっ・・・綾乃ちゃん?」
その顔に満面の笑みが浮かび、心の底から嬉しさがあふれ出てきている。いつもの唯ママの顔だった。目に光が戻り、素晴らしい笑みが広がっていく。唯ママが・・・戻ってきていた。
「ママ・・・」
私は立ち上がって唯ママに抱きつこうとした瞬間、ドン・・・と満司さんがお茶のセットが載ったお盆を叩きつけるように二人の間に置いていた。
「さあ、お茶の用意が出来たぜ・・・唯子・・お前から淹れてやれよ」
そう言いながら腕を唯ママの背中の方に回すと、引き寄せるように近づけて、耳元で何かを囁いている。
(唯子・・・って呼び捨てにした・・・それに酷くなれなれしい・・・まるで恋人同士みたい・・・)
私は満司さんが不快に思えてならなかった。いったい何を囁かれたのだろう・・。せっかく浮かび上がった唯ママの笑みが凍り付き、やがて先ほどの無表情に変わってしまう。そして・・・その目から輝きが完全に消えてしまっていた。
「ブブブブブッ」
何やらくぐもった音が、どこからともなく聞こえてくる。どこからだろう?まるでマナーモードのスマホがずっと鳴り響いているような低いモーター音・・・・唯ママはその音がした途端に、跳ねるように腰を浮かせると、そのままお茶の用意を始めた。
「カタッカタカタッ」
どことなく唯ママの手が震えているようだ。お茶がこぼれそうになりながら急須から湯呑に注がれていく。
「これはな・・・K国の特別なお茶なんだぜ・・・高麗人参って聞いたことがあるだろ?」
満司さんが得意げに説明を始める。その説明はとても胡散臭く、ハッタリがほとんどのような気がした。唯ママが美味しいと言ってくれた私の手作りクッキーのお茶請(う)けとしては全く合いそうにない。
「さあ・・・飲んでみろよ・・・」
そんなことはお構いなしに、満司さんが強く勧めてくる。唯ママが苦しそうな様子を見せながら、私にそのお茶を出してくれる。手が震え、今にもお茶がこぼれそうだ。
「ママ大丈夫?」
私がそう声をかけると、唯ママはハッとした顔をして
「ごめんなさい」
とぽつりと言った。私のお茶がこぼれそうなことに気が咎めたようだ。
「ううん・・・何でもないの」
仕方なくお茶を一口すすった。何かツーンとした生臭い香りが口中に広がる。淹れたばかりだというのに、人肌ぐらいの生ぬるい。その上、ドロッとした白い寒天のようなものがお茶に交じって沈んでいる。口の中が腐ったイカのように生臭くなり、酷く苦い味がした。
「成分が壊れるから、あまり加熱しないほうが良いらしいんだ。苦くても全部飲んだほうが良いぜ」
満司さんはそう言いながら私のそばによると、湯呑を持った手ごと押さてしまう。
「とても身体にいいらしいんだよ・・・ほら・・飲むんだよ」
後ろから頭を押さえられ、手も掴まれて私は戸惑ってしまう。
【もし、口に合わなくても・・・絶対にいいところは必ずあるから】
唯ママの言葉が心をよぎる。そう・・・こんなに苦くて、臭い香りのお茶にもきっと良いところがあるはず・・・。私は意を決して、残りのお茶を一口で全て呑み込んでいた。苦くて温(ぬる)いお茶とともにドロッとした寒天が喉を伝って胃の中に滴り落ち、悪臭が胃の中から咥内に充満してくる。その途端、身体中がいきなり火照り出し、突然、酷い吐き気を催す。突然、満司さんの太い手が私の口を覆い、逆流しそうになったものを吐き出さないように抑え込んでしまう。私は目を白黒させながら、何とか呑み込むことが出来た。気持ち悪さと身体中の火照りが収まらぬ中、満司の腕を振り払い、睨みつけてしまう。
「へへ・・・吐き出さなくてよかったな。さあ、お替りは自由にゆっくり飲めよ」
そう言ってもう一杯、急須からお茶を継ぐと私の前に置いた。
〇感想や何らかのご評価を頂くと嬉しいです。よろしくお願いします。
〇本小説の登場人物のうち「山本洋子」に関しては以下のサイトで書かれている小説の登場人物になります。ご興味があればご一読ください。
https://novel18.syosetu.com/n0812ge/