パラディンを犯してから、また数日が経っていた。
一夜の戦いを終えてからそれだけの時が流れると、お社の庭園はすっかり修復できていた。
綺麗に置かれた形の良い石に、素朴ながらも清廉な池。そしてかつては存在しなかった花畑まであった。これはおそらくピクシーが好んで作ったのだろう。
ランガが大暴れしたおかげで荒地となった竹林にも竹の茎が植えられていた。時間が経てば、元の様相を取り戻すことだろう。
「さて、後始末は終わったから、私はそろそろカレンディアに帰ろうかしら」
昼前の陽光の中で庭園を眺めていたリーシャが、おもむろに言った。カレンディアとはエルフの国の名だ。
確かに魔王の呪いが解けた今、リーシャがこれ以上ホムラの国に居る理由は無い。自分がしでかした後始末まで終わったというのなら、なおの事だ。
エルフの姫エファナもリーシャと会いたがっている事だろう。できればあなたが彼女を送り届けたいところだが……。
「いいわよ、別に。あなたはまだホムラの国でやる事があるんでしょう?」
リーシャに言われてあなたは頷く。ランガが作る新たな剣。今はそれの完成を待つ必要があった。
「元々住んでた場所に戻るだけなんだから、心配する事なんてないわ。ほらパラディン、あなたも行くわよ。王都はカレンディアへの道中なんだから、一緒に行きましょう」
リーシャが縁側に座っていたパラディンに声をかける。すると彼女は渋い顔を返した。
「……嫌だ」
「はぁ?」
「このままホムラの民になろうと思う」
「……なに言ってるの? ほら、帰るわよ」
「いーやーだー!」
リーシャに手をぐいぐいと引かれながらも、パラディンは首を振りながら岩のように動かない。
パラディンがこうまでして帰郷を渋る理由は、何となく分かっていた。
彼女は魔王の呪いによってグリュイエール復活の一助を担ってしまったのだ。今更どういう顔をしてエルフィーネに会えばいいのか分からないのだろう。
それにしても、ホムラの民になるとまで言うとは……彼女も大分思い詰めているように思える。
もともとの腕力の差があるのだろう。リーシャが必死で腕を引っ張るも、パラディンはびくともしない。
やがて呆れたリーシャは、代わりにあなたへ詰め寄ってきた。
「ちょっと、あなたもこのアホを何とかしてよっ」
そう言われても、どうしたものか。パラディンが王都に戻りたくない気持ちはある程度分かるし、それを説得する手段は思いつかない。
膝を抱えてむくれるパラディンを見つめながら、あなたはため息をついた。
するとその時、ミコト姫が静かな足音を立てて庭園へとやってくる。
「勇者様、今よろしいでしょうか。あなたへお客人が訪ねてきました」
客人? とあなたは疑問に思う。わざわざ訪ねてくる者に心当たりなど無い。
しかしミコト姫の後に続いてやってきた者たちの姿を見て、あなたは驚きに声をあげた。
柔らかな髪が陽光に煌めき、整った顔立ちはまるで人形のよう。慎ましくも美しいドレスを身に纏ったその女性は、王都の聖女エルフィーネだった。
そしてエルフィーネのそばに立つのは、白いローブをまとった美しいエルフ。すらりと伸びる両手足は驚くほど白く、まるで陶磁器を想起させる。エルフの姫、エファナだ。
その二人の姿を目の当たりにして、リーシャとパラディンが目を丸くする。
「え、え、エファナ様、どうしてこちらへ!?」
「……私が連絡していたのです。魔王のしもべとなっていたあなた方を、一時預かっていると。もちろん呪いが解けていることもお伝えしています」
驚きに慌てるリーシャへ、ミコト姫が冷静に説明する。
「そうでしたか……ありがとうございます、ミコト姫。そしてエファナ様……その、わざわざご足労ありがとうございます」
「……うむ、元気そうで安心したぞ、リーシャ。そなたの憂いは無くなったようだな。では帰るとしよう、我らが国へ」
「……はいっ。お供します、エファナ様」
リーシャがエファナの元へと駆け寄る。元々リーシャはエルフたちを守るため魔王のしもべとなったのだ。呪いが解けた今、リーシャはある意味エルフたちの英雄とも言える。
対して問題なのはパラディンの方だ。
あなたはエルフィーネとパラディンの動向を見守ることにした。
「……エルフィーネ様」
パラディンはさすがに縁側から立ち上がっていた。しかしエルフィーネを正面から見据える事はできず、わずかに視線を落としている。
「……」
対してエルフィーネはまっすぐパラディンを見つめていた。
汚れの無い瞳に見つめられ、パラディンは微かに身をよじる。
やがて、パラディンが恐る恐る口を開く。
「……申し訳ありません、エルフィーネ様。パラディンである私が、あろうことか王都を危険にさらしてしまいました。もはや私に王都へと戻る資格はありません。……いえ、あるいは罰を受けるために王都へ連行されるのが相応しく思います」
パラディンは筋肉質な体を縮めて頭を下げる。鍛えられた見事な肉体を持つ彼女だが、今はやけに小さく見えた。
やがてエルフィーネが口を開く。
「パラディン、確かにあなたには咎があります」
パラディンの喉が緊張に鳴る。エルフィーネは構わず静かに続けた。
「しかし、咎ならば私にもあります。王都を預かり、封印の守り手であるはずの私が、ああも容易く魔王の手玉に取られてしまいました。王都を危険に晒したのは私も同じです。これを咎と呼ばず何と呼びましょう」
「そんな……ことは……」
「あの時勇者様が立ち向かってくれなければ、今や王都はグリュイエールに支配されていた事でしょう。この咎から目を逸らし、あなたの咎のみを糾弾するなど私にはできません」
エルフィーネが一度小さく息を吐く。
「パラディン、あなたの咎は魔王の呪いに起因するもの。その事を知ってなおあなたに罰を与えるのは、間違った行いでしょう。責めるべきはあなたではなく、あなたを利用した魔王なのです」
エルフィーネがすっと手を差し出す。
「さあ、帰りましょう。あなたの故郷へ。私たちの王都へ。あなたが己の咎を恥と思うのならば、これからの働きでそそぎなさい」
「……エルフィーネ様」
差し出される手を呆然と見つめていたパラディンは、やがて膝を折り頭を垂れた。
「寛大なお言葉ありがとうございます、エルフィーネ様。このパラディン、この場を借りて誓いましょう。もし今後エルフィーネ様と王都を脅かす者があれば、この身が滅ぶことになろうと、必ずお救いいたします」
頭を垂れるパラディンがおもてを上げ、エルフィーネの手を取った。
エルフィーネはただ静かに微笑していた。これ以上言葉は必要ない。伝えるべき事は伝え、それ以上のものが伝わっていた。
その光景を見ながら、あなたも肩の力が抜ける。呪いよりも重かったパラディンの憂いは、これで無くなったはずだ。
「じゃあ勇者様、私たちはこれで。魔王を倒したら、またエルフの国に遊びに来てよね」
「勇者よ、リーシャが世話になった。陰ながらそなたの勝利を応援しておるぞ」
リーシャとエファナは軽く手を振り、あなたに背を向けて歩き出す。
それに続いてエルフィーネとパラディンがあなたへ近づいて来た。
「あー……色々と迷惑をかけたな、勇者よ。その、呪いを解いてくれて礼を言う」
いつになく控えめなパラディンに、あなたは思わず苦笑を漏らす。
「勇者様、パラディンの事ありがとうございました。それで……この機会に一つお伝えしたいことがあります」
エルフィーネに言われ、あなたは首を傾げた。どことなく真剣な表情だが、何かあったのだろうか。
「実は、以前勇者様がエルフの国に旅立った後、兵に噂の地下迷宮を調べさせたのです」
それはフェンリルが守っていたあの地下迷宮の事だ。魔王が潜んでいると噂だったが、実際にはそこに魔王はおらず、魔界の門を封じる魔水晶があっただけだ。
そういえばあれ以上地下迷宮を調べはしなかったが、あそこに何かあったのだろうか?
そう聞いてみると、エルフィーネは深刻な顔をする。
「いえ、実は……地下迷宮の入口は崩れていて、入れなかったのです」
地下迷宮の入口が崩れていた? あなたは思わず首を傾げた。
フェンリルとの戦いでは、地下迷宮入口に特に影響は無かったはずだが……もしや誰かがあの迷宮の入口を封じたのだろうか。
しかし、誰が、なぜ。思いつくのは魔王ファリシアくらいだ。実はあの地下迷宮には他に何かが隠されていて、それを知られる前にファリシアが誰も入れなくした……という事だろうか?
……どことなくしっくりこない推測だが、これ以外に思いあたる人物も理由もない。
「特に勇者様の戦いへ影響はないかと思いますが……どうにも不思議でしたので、一度お知らせしたかったのです」
エルフィーネに礼を言うと、彼女は静かにうなずいた。
「では勇者様、私とパラディンもそろそろ王都へ戻ります。聞けば魔王との対決が近いとの事。王都の民一同、勇者様が勝利する事を願っております。どうかこの世界に平和をもたらしてください」
そう言い残して、パラディンとエルフィーネもお社を立ち去った。
リーシャとパラディンがいなくなって、どことなく寂しさを感じてしまう。会おうと思えばいつでも会えるのだが、しかし次に会うのは全てに決着がついてからだろう。
すなわち、魔王を倒して世界を平和にしてからだ。
思えば、王都の危機は魔王ファリシアがグリュイエールの封印を解いたからだ。エルフの国の危機も、ある意味でファリシアが起因となっている。
そして言わずもがな、ミコト姫を中心としたあの戦いもそうだ。
ファリシアを倒さねば、いつかまた似たような事が起きる。それを未然に防ぐには、あなたが彼女を倒して屈服させなければいけない。
彼女の気まぐれで簡単に危機へ陥るこの世界を平和にするには、それしかないのだ。
そう改めて気持ちを固めていると、昼明かりの中ランガが遠くから歩いてくる。
「おお、勇者よ。お主に報告したいことがあってな」
ランガが近寄ってくるまで待ち、彼女の言葉の続きをうながした。
「実はな、そろそろ剣ができそうなのじゃ。それで……その、な。新しい剣の力を最大限に発揮する為にも……あー……儂もそろそろ覚悟しなければいけないと思ってのぅ……うむ」
ランガにしては歯切れの悪い物言いだ。つまり何が言いたいのだろうか。
「あー……ま、夜にでも話そう。というか、夜でないと……やはり、のぅ? うむ、うむ……」
そう言って立ち去るランガの背を眺めながら、あなたは怪訝な表情をする。結局何だったのだろうか。
とにかく今日の夜にはランガの妙な態度の意味が分かるらしい。
それまで……ミコト姫に剣の相手をしてもらい、時間を過ごすことにしよう。