一夜の激闘から早くも七日が過ぎていた。
新たな剣の完成を待つ日々の中、濃密な戦いの尾が引いているのもあって、ゆったりと時を過ごしていたあなた。
しかしこの日は違った。朝食を終えて早々、あなたはランガにこう言われたのだ。
剣が完成した、と。
ようやく待ちわびていた時が訪れた。あなたは気を引き締め、ランガに連れられてお社の庭園へと向かう。
「完成した、とは言ったが、まだ最後の仕上げが残っておる。ただな、それは儂ではなくお主にしかできぬことじゃ」
連れ立って歩く中、ランガがそう伝えてきた。
剣の扱いならともかく、剣の製造においてあなたは完全に素人である。ランガの言う最後の仕上げとはいったい何なのだろうか。
庭園へつくと、ランガは剣を取ってくると言いこの場を後にした。
数分ほど待っていると、布に包まれた剣を持ったランガが戻ってくる。
「見よ、これがお主にこそ相応しい剣じゃ」
ランガは布をほどき、刃を開放する。
明るい陽ざしの中、煌めく刃があなたの目にうつりこんだ。
あなたは思わず息を飲む。ついに完成したあなたの剣の存在感もさることながら、剣は太陽の光とは明らかに違う淡い色を発していたのだ。
赤紫に輝く剣。斬り合いを想定した直剣ではあるものの、その色合いと輝きは忘れもしない。
この剣は、魔王ファリシアが持つ魔剣と同一の物だ。
つまりこれは……ランガがあなたにこそ相応しいと判断した剣とは。
「そう、かつて儂が試作品として作り上げた魔水晶の剣。いわばこれは、それの完成形じゃ」
魔水晶の剣。その恐ろしさはあなたもよく知っている。
しかしそれは、あの魔王ファリシアが扱うからこそのものだ。
ランガをして、魔水晶の剣は理屈だけで失敗作と言っていた。だがただ一人、ファリシアだけが莫大な魔力によって魔剣へと昇華できる。
つまり魔水晶の剣とは、ファリシアほどの魔力を持ち、魔力の運用に長けた者でなければ使いこなせないものなのだ。
それをなぜ、ランガはあなたの剣として採用したのだろうか。これにはあなたも首を傾げざるを得ない。
なぜならあなたは魔力を扱えない。ひいては魔法を使うこともできず、魔力を蓄えるという魔水晶の性質を活かすことはできないのだ。
そんなあなたの不安と疑問を察したのだろう、ランガはあなたが何かを言いだす前に手で制してきた。
「まあ聞け、聞くがよい。この魔水晶の剣は、ファリシアの物とは違っている。ファリシアの魔剣は刀身全てが魔水晶であったが、これは剣の核に魔水晶を用い、外側はしっかりと金属で作り上げておる。まあ、刃にも魔水晶の欠片をいくつか散りばめておるがな」
確かにファリシアの魔剣とは違い、刃の部分はしっかりとしていた。これなら斬り合っても問題ないだろう。
「お主も知っておる通り、魔水晶は魔力を溜めこむ性質を持つ。しかし、お主は魔力を扱えない。そうじゃな?」
あなたは頷く。だからこそ、疑問なのだ。
ランガは、にぃ、と童女のように笑った。
「お主は確かに魔力を扱えぬ……が、お主のしもべである儂らは別じゃろう?」
……。
確かにそうだ。だとすれば、これは……。
絶句するあなたをよそに、ランガは高らかに叫ぶ。
「勇者よ、ここにしもべとした魔物娘を全員召喚するがよい。儂らの魔力をこの剣にそそげば、お主の剣は真に完成する!」
ランガが庭園の地面に抜き身の剣を突き刺した。
魔力を溜めこむ性質を持つ魔水晶。その魔水晶でできた剣。そして、魔物娘をしもべとして共に戦うあなた。
何かが繋がっていく。剣に魔力をそそいで何がどうなるのか、まだはっきりとは分からないが、あなたには確信する事があった。
ランガが見いだした、あなたに相応しい剣。それはきっと、正しいはずだと。
戦闘の際に複数の魔物娘を召喚するのはあなたにも負担がかかる。それは同時召喚の制限となってあらわれるが、非戦闘時の今は別だ。
加えてミコト姫を初めリーシャにパラディン、更にランガやアイとクロナも抱いた今、あなたの実力も飛躍的に上昇している。この場に全員を呼び出すのは可能だろう。
ネコマタ、リッチ、パイレーツ、グリュイエール、フェンリル、ミズハ、リュミス、アルメリア。
彼女たちを召喚する間、ランガはアイとクロナを呼んでいた。
そして戦いを好まず戦闘タイプではないピクシーを除き、今この場にしもべとした全ての魔物娘が揃うことになった。
あなたに代わり、ランガが事情を説明する。
「よく分かんねえけど、とにかくあたしたちの魔力をそそげばいいんだろ? 簡単な話だな」
ネコマタが頭をかきながらあくびをする。詳しい事が理解できていないのか、やや楽観的でもあった。だが実にネコマタらしいと言える。
ネコマタを始めとする大多数の魔物娘は、理解できているかできていないかは別にして、ランガに言われるがまま剣に魔力をそそぐのに支障はないようだ。
問題があるとすれば、やはりこの二人……グリュイエールとアルメリアだろう。
グリュイエールとアルメリアは召喚されるや、忌々しげにランガを睨み据えていたのだ。
「……」
「……」
「……」
そうして三者はしばし無言のまま間近で睨みあう。
こうして見ると、性格も見た目もまるっきり違う魔物娘たちだ。唯一共通するのは、彼女たちが比類なき力を宿すという事だろう。
「ふん、まさかアルメリアに続いてランガ、貴様ともこうして肩を並べるとはな」
無言で睨みあう中、先に口を開いたのはグリュイエールだった。
「だがな、勘違いするなよ。貴様らと仲良く共闘するつもりなど、妾には毛頭ない」
続いて冷徹な声を響かせたのはアルメリアだ。
「……当然ね。勇者の手前、今は大人しくしているけど、私もあなたたち何かと手を組むつもりはないわ」
「しょせん妾と貴様らは敵同士。決着をつけぬままこうして顔を見合わせているのも、気分が悪いな」
グリュイエールが炎のかぎ爪を手に宿し、禍々しい音を立てる。
「あら、ならちょうどいいんじゃなくて? ここで一度優劣をつけるのも一興よ」
アルメリアが纏う風の色が変わった。魔界の門は閉じられたが、すでに魔界の風はある程度流れ込んでいる。風を操れるアルメリアなら、自分の周りに魔界の風を集中させるのは容易い事だった。
一触即発の空気が流れ、さしもの魔物娘たちも緊張に喉を鳴らす。
あなたとしても、このまま彼女たちが争うのを放っておくことはできない。このままでは剣に魔力をそそぐどころではないのだ。
だがあなたより先に、それまで押し黙っていたランガが口を開く。
「確かに、決着をつけぬまま共に勇者のしもべとして戦う、というのは難しい話じゃな。しかし……はたして、今儂らがするべきはそんな些末な事か?」
「……何が言いたい?」
敵意をむき出しにするグリュイエールに、ランガは静かに言った。
「あの夜、あの場にいなくともお主たちは感じ取ったはずじゃ。ファリシアの圧倒的な魔力……そして奴が扱う魔術、魔性星に。ファリシアには、勝てぬ。お主たちもそう悟ったはずじゃ」
「……!」
アルメリアとグリュイエールが同時に息を詰める。
「じゃがな、儂はこのまま諦めるつもりはない。儂一人ではファリシアに勝てぬというのなら、グリュイエールにアルメリア、お主たち二人と協力すらしよう。あの恐るべき魔王に立ち向かう勇者に、力を貸そう」
ランガの決意の言葉を聞いて、誰もが無言になった。
思うことはそれぞれあるだろう。あの日ファリシアに手も足も出ず負けた者。戦うこともなく敗北を悟らされた者。そして最後まで立ち向かいながら勝てなかった……あなた。
長い無言の時。それぞれがそれぞれの思いを確かめるのには十分だった。
やがて、グリュイエールが鼻息を鳴らす。
「……魔力を、そそげばいいのだろう? ふん、貴様らと手を組むのは気に食わんが……妾を打ち負かした勇者に免じ、今は捨て置いてやろう」
「ずいぶんと上から目線ね。気に食わないのは私も同じよ、グリュイエール。だけど……そうね、優先順位を変えてあげるわ。まずはファリシアを倒して、その後であなたたちを倒せばいいわ。ふふ、どうせ私が勝つのだから、順番なんてどうでもいいことだものね」
アルメリアの不敵な物言いに、ランガがため息をついた。
「儂からしたら、お主らのどちらも十分上から目線じゃ。ま、そういうところは嫌いじゃないがのぅ」
どうにか彼女たちは対立をやめ、打倒ファリシアに向け一時休戦をしてくれるようだ。あなたはほっと胸を撫でおろす。
これで全ての準備が整った。魔物娘たちは剣を中心に円を組み、中央の剣に手を向ける。
そそがれるのは魔力。だが、それは大気中に漂う魔力ではない。
ファリシアがご丁寧に説明してくれたおかげで、魔力を扱えないあなたにもある程度の知識が刻み込まれていた。
魔物娘は体内に魔力を取り込み、得意な属性へと変換して運用する。
つまり、今から剣にそそぎこまれるのは、彼女たちが体内で属性変換した魔力。文字通り、彼女たちの魔力なのだ。
火、水、風、土、氷、雷、闇。様々な属性はあるが、紐解いていくとそれらは魔物娘たち独自の魔力。
ネコマタ、リッチ、パイレーツ、ミズハ、フェンリル、リュミス、アイ、クロナ、そしてグリュイエールにアルメリア、ランガ。
そそぎこまれるのは彼女たちの魔力であり、それはいわば彼女たちの力の残滓。彼女たちの意思の欠片。
それが魔水晶の剣にそそぎこまれていく。魔力を扱えないあなたでも分かる。一人一人の魔力が重なり合って、膨大で密度の高い魔力となり剣に込められていく。
「……よし、もう十分じゃ」
ランガの号令により、魔物娘たちは魔力をそそぐのをやめる。
これで剣は完成した……のだろうか?
先ほどとはうってかわって、剣には強大な魔力が取り巻いている。しかし、魔力を扱えないあなたがこれを使って、はたして意味はあるのか。
その疑問の答えを知るためには、実際に剣を持ってみるしかない。
「さあ勇者よ、抜いてみよ」
ランガに言われ、あなたは剣の柄を握った。ゆっくりと剣先を地面から抜いていき、完全に引き抜いた。
剣を構え、あなたは驚きに声を出す。分かる。剣を纏う魔力があなたに流れ込んでいるのだ。
「そう、それがこの魔水晶の剣……いや、お主の剣の効果じゃ。儂らの魔力はその剣を伝わってお主を取り巻き、お主の力を更に増大させる。いわば、オートエンチャントじゃな」
なるほど、剣を握っている間、自動で魔物娘たちの魔力がエンチャントされるわけだ。
これによりあなたは更に力を増し、強くなれる。
「よいか、この魔水晶の剣に儂らの魔力をそそいだことで、お主との繋がりが切れぬ限り儂らの魔力は剣へ永続的に流れ込むのじゃ。実質剣に込められた魔力が尽きることはなく、召喚していない魔物娘もお主の力となれる」
あなたは一度剣を見た。
魔物娘たちの魔力がそそがれた剣は淡く輝き、彼女たちの繋がりを確かに感じる。
「……じゃがな、この剣の本質はオートエンチャントではない。剣とはしょせん道具。使い手の扱いによって名剣が駄剣になることもあれば、駄剣が名剣に化ける事もある。ゆえに、その魔水晶の剣を使いこなす技をお主に伝授しよう。それが剣の師である儂の最後の教えじゃ」
言うやいなや、ランガが背に担いでいた髪薙を引き抜き、右肩担ぎに構えた。
ランガの体に魔力が満ちる。
「――はっ!」
薄黄色の魔力が彼女の体を包んだと思った次の瞬間、ランガは威勢を発して空に向かって髪薙を振った。
それと同時に彼女が纏う土の魔力が剣に乗り、斬り下ろしと共に魔力の刃となって放たれる。
威圧を伴った魔力の刃が空を駆け、それを見ていたアイがおお、と驚嘆の声をあげた。
あなたも初めて見るランガの技。おそらくあれは剣術と魔法を組み合わせた、ランガの本気の剣なのだろう。
だがそれ以上に思うことがある。今の一刀は、まるで……かつてファリシアが静寂の森で見せた、魔剣による一撃のようだった。
「……気づいたか。これは過程こそ違うが、本質的にはファリシアの魔剣による一撃と同じ物。詳しい説明は省くが、その要諦は剣に込めた魔力を刃と化して打ち放つところにある。儂はこれを対ファリシアを想定した秘剣、月之砂と呼んでいる。もっとも、月之砂には色々形があるのじゃがな」
ランガは、もう遠くに過ぎ去り霧散した魔力の刃を追うように目を細めて空を見た。
「そう……対ファリシアを想定した秘剣……しかし、これでは勝てぬ。ウィッチであるファリシアの言が正しいのなら、属性変換し土の魔力とした儂の月之砂では、魔力そのものを刃と化すファリシアの魔剣にはかなわぬのだ。しかし……勇者よ、お主の剣ならば……儂ら全員の魔力ならば、きっとファリシアにも通じるはずじゃ」
ランガが一歩退き、髪薙を肩担ぎに構える。先ほどと同じくランガの体を魔力が取り巻いていく。
「剣を構えよ。お主は魔力を扱えぬ……じゃが、剣に込められた魔力を放つのならば別じゃ。お主には儂の剣術を全て教え込んだ。今のお主にならできる。儂と……いや、ファリシアと同じ魔剣の一撃が。それを持って我が秘剣月之砂を打ち破ってみせよ!」
それが、ランガが見いだしたあなたの剣なのだ。
武器としての剣。そしてそれを扱う術理としての剣。それらが一体と為し、あなたの剣となる。
もはや言葉はいらない。あなたは剣を構えた。ランガと同じく右肩担ぎ。構える剣から魔力の奔流を感じる。
「己を信じ、己の剣を信じ、己を慕う魔物娘を信じよ」
剣を構えて向かい合うあなたとランガ。
ランガが一歩踏み込んだ。それと同時に取り巻く魔力を髪薙に集中させ、斬り下ろしと共に一気に開放する。
あなたも同時に一歩踏み込んだ。魔力を扱えない身でも、この魔力に彼女たち魔物娘の意思が存在するのが分かる。ならば、何も恐れることは無い。
ランガが作りし剣と、それを扱う技術と、そして魔物娘たちの魔力と意思。
――これらこそが、あなたの剣なのだ。
ランガの秘剣月之砂に合わせ、あなたは深々と斬り下ろした。