※この作品はR-18です。

ツゴウノイイファンタジー   作:アーチ/arech

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112、魔王との戦い1

 ファリシアへ向かって果敢に駆けた三人の魔物娘。

 まず最初に仕掛けたのはグリュイエールだった。彼女は疾走の力をそのまま乗せて硬い地面を蹴り跳び、空高く舞い上がる。

 

 グリュイエールの体に魔力が集まり猛る。周囲の魔力を体内に取り込み属性変換。炎の魔力により周囲に膨大な火炎を生み出した彼女は、その体を炎にて包み込み、次の瞬間には竜の巨体となっていた。

 

 小柄な少女形態でも強力な炎と身体能力を宿すグリュイエールだが、竜形態となれば更に魔力が増し力も上がる。

 そもそも竜とは生物の頂点。目も見張る巨体にそれを浮き上がらせる強靭な翼、そして灼熱の吐息。基本的なスペックにおいて、全てが他の生物を圧倒しているのだ。

 

 竜形態となったグリュイエールはそのまま翼をはためかせて空を舞い上がり、ファリシアのはるか頭上を取る。

 はるか地上を睨みながら大口を開けるグリュイエール。その口腔内に溢れるのは体内で生成した灼熱である。

 

「燃え尽きろ、ファリシア!」

 

 グリュイエールが叫ぶと同時、彼女の口から火球が放たれた。

 渾身の魔力を込めた竜の吐息(ドラゴンブレス)。ファリシアの体を簡単に飲みこめるほど巨大な火球は、熱波と目もくらむ輝きを放ち、さながら空から落ちてくる太陽のようだった。

 

 だが……太陽の如き火球は、ファリシアに当たる寸前、急に弾け飛んで魔力が霧散する。

 

「なぁっ!?」

 

 空から地上を見下ろしていたグリュイエールは、渾身の攻撃が無為に期した現実を目の当たりにして驚愕をあらわすしかない。

 ファリシアはいつの間にかその手に魔剣を手にし、それを振るって軽々と火球を切り払っていたのだ。

 

 弾けて消えた火球が断末魔とばかりに残した爆音が一瞬遅れて聞こえた時、すでにファリシアは次手にうつっていた。

 ファリシアの足元から影が伸縮し、周囲に広がっていく。リッチが得意とする己の影を操る魔法、メリストリア・リッチ。彼女の師であるファリシアが扱えない道理はない。

 

 影を闇に同化させ操るメリストリア・リッチの真髄は、続く闇の魔法の威力を飛躍的に増加させることにあった。

 

「グリュイエール。いくら私といえど、そう空高く飛び回られては相手をするのが面倒です。そうそうに決めてしまいますよ?」

 

 足元から広がるファリシアの影から、何かが這い出てくる。

 ずるりと、奇怪な音を立てて影の中から湧き上がってきたのは、異様な意匠の槍だった。

 あなたは知っている。これはあの夜の戦いにおいて、不意打ちで叩きこまれた魔法、影の魔槍だ。

 

 影の中から空へと向かって次々と射出される魔槍は、都合六つ。それぞれが様々な角度でグリュイエールに襲い掛かる。

 

「ふんっ、この程度の軌道、見切れぬとでも思ったか!」

 

 グリュイエールはすぐさま翼を羽ばたかせて滑空した。放たれる槍と槍の隙間を縫うようにして地上へと向かう。狙うはファリシアへの直接攻撃。この勢いのまま大地ごとかぎ爪で抉り取るつもりだ。

 

 高度から地上へ向かって一気に滑空するグリュイエールの耳に聞こえるのは、風を切る音のみ。

 だが、彼女は聞いた。魔王ファリシアの、艶やかな声音を。

 

「一応忠告しましょう。それ、追尾機能を持っていますよ」

「……っ!?」

 

 グリュイエールは怖気を感じ、首をねじ向けて背後を見やった。

 来る。来ている。射出された影の魔槍六つ全てが、恐るべき速度で旋回し背を狙っている。

 その速度は余りにも早い。滑空するグリュイエールよりも一歩先を行く速度の魔槍は、彼女の翼を次々に突き刺した。

 

「がぁっ!?」

 

 翼を封じられたグリュイエールは、もはや滑空するというよりも真っ逆さまに落ち始める。

 そのさなかに彼女は見た。地上から更に射出される魔槍の群れを。

 

「お、おのれ、ファリシアぁぁっ!」

 

 地上から放たれたいくつもの魔槍がグリュイエールを貫く。彼女の背と腹は上下から迫った魔槍に突き刺され、そのまま空中で固定されてしまう。

 竜形態により体力を増したグリュイエールにとって、これはまだ致命打ではない。

 しかし、強力な魔力によって練り上げられたいくつもの魔槍により空中で張りつけにされ、もはや身動きが取れなかった。

 

「そこで大人しくしていなさい。なに、それほど待たせませんよ。ランガとアルメリアの相手もすぐ済みますから」

 

 空を見上げて悠々とうそぶくファリシア。その致命的にまで隙だらけな懐に、ランガが颯爽と忍び込む。

 

「取ったぞ、ファリシア!」

 

 ランガを相手に内懐まで肉薄されるのは、もはや決着がついたも同然。閃くランガの一刀が、雲間から覗く光のようにファリシアの喉を狙った。

 しかし、目もくらむ一閃は残響音と共に弾かれる。

 

 虚を突かれた状態でランガの一刀を阻むなど、どれほど技量に優れていても不可能だ。ましてやファリシアはウィッチ。近接戦闘を不得意とする魔物娘のはず。

 なのに、なぜ。その疑問がランガの思考を一瞬止めたのは間違いない。だが彼女はすぐに己を取り戻し、一気呵成に流派石火の技を打ち放った。

 

 剣光の網目がファリシアの周囲を包み込む……と同時、先ほどと同じく次々鈍い音が鳴り響き、ランガの一刀を悉く弾いていた。

 

「――!?」

 

 今度こそはランガの目にその正体がうつり、彼女は慌てて一歩退いた。

 

「ば、バカなっ! ウィッチのお主に儂の剣を凌ぐほどの技量があるはずない!」

 

 ランガが目にしたのは、彼女の平常心を軽々と奪い去る現実。

 ランガは見た。己が鍛え上げた剣技の悉くを魔剣にて受けたファリシアの姿を。

 

 こと近接戦闘において……更に言えば剣を用いた斬り合いにおいて他者の追随を許さないと自負を抱くランガにとって、それは目を覆いたくなる現実だった。

 まさか……近接戦闘を得手としないファリシアに、渾身の剣技を捌かれるとは。

 

 その事実を認めたくないばかりに、ランガはまた深々と踏み込んでファリシアに斬りかかる。

 だが結果は同じだ。目もくらむ速度の一刀は、軌道を先読みしているのか先んじて閃くファリシアの魔剣に次々弾かれていく。

 

 刹那、二人の間に剣光と火花が舞い散った。

 その中で、ファリシアはランガへ悠々と喋りかける。

 

「ランガ、私にとってあなたが一番厄介です。見ての通り私は、近接戦闘が不得意ですので」

「……! どの口が言う……!」

 

 挑発とも思える言葉に、ランガは憎々しげに皮肉を返した。

 わずか数秒のうちに閃いた一刀は三十あまり。そのうち咲いた火花も同数であろう。

 だが斬り合っているうちにランガは奇妙なものを覚え、再度一歩間合いを開けた。

 

 先ほどから斬り合っていて感じる違和感。あそこまで軽々と受け太刀ができるのに……なぜ反撃をしない。なぜ先んじて攻撃を仕掛けない。

 その疑問に対する真相に思い至れたのは、やはりランガが比類なき術理をその身に宿しているからだった。

 

「まさか……魔力障壁の応用か!?」

 

 はたして、ランガの行きついた答えが正答だったのか、ファリシアは静かにうなずいた。

 

「さすが、いい目と勘をしています。まさしくこれは魔力障壁の応用。魔力障壁は私の全周囲を防護する魔術ですが、その代償として障壁の展開と維持に膨大な魔力を消費し、同時発動する魔法の威力が大幅に落ちます。はっきり言えば、あれほどの魔術は私にとっても中々の負担なのですよ」

 

 ファリシアが一度軽く魔剣を振り、その禍々しい刃をランガに見せつける。

 

「なので、魔力障壁を展開するまでもない攻撃を防ぐ場合は、魔力障壁を応用した魔術をこの剣に宿して用います。簡単にいえば、オートエンチャントですね。剣に込めた魔力にこうささやくのです。相手の敵意と魔力に反応して攻撃を防げ、と」

「……なるほど、魔剣に宿る貴様の魔力が、儂の意思を感じ取って勝手に防御する、という訳か。それなら攻撃を仕掛けてこなかったのも道理よな」

「そう、近接戦闘を得意としない私でも、魔力を精密に操作できればあなたの技量を防ぐことはできる。いわば、魔力によって剣技を発揮する魔術。私はこれを魔技と呼んでいます。ちなみに、魔界の門を砕く時に見せた、魔剣に魔力を込めて斬り下ろす技も魔技ですよ。攻撃と防御で多少使い分けはありますが、私はどちらも魔女の剣と名付けています」

 

 魔技・魔女の剣。それがファリシアが見せた魔剣の正体にして真相である。近接戦闘において鉄壁の防御と至高の攻撃を発揮できる、恐るべき技であった。

 多種多様な属性魔法に、魔力そのものを扱う魔術、そして魔力によって技を発揮する魔技。これがウィッチの魔物娘であるファリシアの手札なのだ。

 

 ランガは唇を噛んだ。近接戦闘に持ちこめば、ファリシア相手でも勝ち目はある。その読みが間違っていたどころか、思い違いですらあった事に彼女は気づいたのだ。

 ファリシアは強い。あの夜その事を実感したランガではあったが、その強さの底深さまでは見切ることができなかったのである。

 

 勝てない。ランガの心胆に深い敗北感が刻み込まれる。

 ファリシアの言が真実ならば、彼女はランガの斬撃を防ぎながら魔法で反撃できたはずだ。

 それをしなかったのはあくまで戯れていただけ。こうして魔技の正体を明かした今、ランガが愚かにも斬り合いを続行しようとすれば容赦なく反撃をすることだろう。

 

 あろうことかファリシアは、剣術に優れる魔物娘であるランガを相手に、一切の反撃をすることなく実力差を悟らせて心を折ってきたのだ。

 

「上出来よ、ランガ。十分時間が稼げたわ」

 

 敗北感に揺れるランガを正気に戻したのは、圧倒的な魔力をその身に宿したアルメリアの声だった。

 彼女はファリシアがグリュイエールとランガを相手にしている間、なにも呆けていた訳ではない。

 渾身の天津風を放つため、人間界に流れ込んだ魔界の風をかき集めていたのだ。

 

 今やアルメリアの背には魔界の風で出来た六枚羽が生え、はち切れんばかりの魔力を身に纏っている。

 彼女の最大最強の攻撃魔法、散果・天津風は、いまだかつて正面突破されたことが無い。

 全身全霊を込めた天津風の一撃なら、かの魔王にも通じる可能性がある。

 

 アルメリアはするりと右手を伸ばし、ファリシアへ向けた。それと同時にランガは身を翻し、土の魔法空踏みを発動。空中で砂の足場を作りだし、退避する。

 アルメリアの右手は射出口である。彼女の周囲に集まった黒き魔界の風は右肩背後に凝縮され、右手にそってまっすぐに放たれる。

 それはさながら、止まぬ雨雲をかき消す魔界の突風。

 

 誰がそれに耐えられる。誰がそれを防ぐことができる。かつてあなたは天津風をしのいだが、それは発動する前に軌道を逸らしただけの事。放たれた天津風を食い止めることは、何物も為しえないのだ。

 

「怖いのなら逃げてもいいのよ、ファリシア」

 

 挑発に唇の端をあげるアルメリアに、ファリシアは微笑を返した。

 

「冗談でしょう? わざわざあなたの全力を待っていたのです。悔いなくかかってきなさい」

 

 天津風を前にして、この余裕。この態度。アルメリアのプライドが逆なでされるのは想像に難くない。

 

「ならば、散り果てなさい!」

 

 ついにアルメリア渾身の天津風が放たれる。

 轟音と突風が吹きすさび、黒き魔界の風が一条の光刃と化してファリシアを襲った。

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