戦う、と。あなたは決めた。
女神イストワールに、決して勝てないはずの戦いを挑む。それはいったい、どれほど愚かしい事だろうか。
戦う意思を告げた時、ファリシアは驚愕を通り越して呆けたような表情をしていた。あなたの選択が彼女の想像を超えていたのだろう。
「……戦えば、絶対に負けます」
絶句していたファリシアが、ようやく喉から声を振り絞った。
あなたはただ静かにうなずく。
「……イストワールには勝てないと認めたうえで戦うと?」
あなたは頷いた。
「理解できません。絶対に勝てないと分かっていて、戦う意味などあるのでしょうか」
……。
意味など無いかもしれない。それは無駄な事なのかもしれない。しかし、こんな終わりは認められないと思った。
例え勝機が無くとも、これまで関わった人々を見捨てることはできない。彼女たちを見捨て、その事実を忘れたまま一人安穏と過ごすことはできない。
あなたは、女神イストワールに勇者という役割を与えられて生まれた。
勇者という役割を持つがゆえに魔王と戦うことが定められていて、あなたはその運命にただ従うだけだった。
戦うべき理由も知らないまま、勇者だから魔王と戦うという運命に踊らされていた。
今や勇者ですらなくなったあなたは、もはや名も無き存在である。
そんな名も無き存在となったあなたは、今ようやく戦うべき相手と理由を見出した。
そう……あなたが戦うべき真の相手は、魔王ファリシアなどではなかった。
女神イストワールこそが、彼女の支配する運命と世界こそが、あなたの打倒するべき相手だったのだ。
あなたは勇者であった。定められし運命の糸に踊らされた、勇者と言う名の哀れな操り人形だった。
だが、今、その糸を断ち切り、あなたは自らの足で前に進み始めたのだ。
イストワールには絶対に勝てない。しかし、だからといって戦う意志を持たない理由とはならなかった。
勝てるから戦うのではない。負けるから戦わないのではない。戦うべき理由があるからこそ、戦うのだ。
リーシャたちを見捨てられない。あなたが旅をして関わってきた人々を、イストワールのツゴウノイイ信徒へ洗脳させておくわけにはいかない。
この世界を、イストワールに支配させたままではいけない。
それだけだ。戦う理由は、ただそれだけ。
例え、待ち受けるのが確実なる敗北であっても、戦う理由から目を逸らすことはできなかった。
だから戦う。勝てるか負けるかではなく、戦わなければいけないから、戦う。
そう告げた時、ファリシアは胸を突かれたかのような表情をあなたに返した。
彼女の手が震えている。震える手で胸を抑え、やっとの思いで彼女は口を開いた。
「戦わなければいけないから、戦う……その言葉には、なぜか聞き覚えがあります。そう……私は知っている。かつて、あなたのようにイストワールと戦う決意をした者の存在を」
それは……先ほど彼女が匂わせた、すでにこの世界から消し去られた魔物娘のことなのだろう。
「そうだ、私は知っている。彼女の姿を。彼女の声を。でも、彼女の声も姿も思い出せない。いや、存在したかどうかすらも疑わしい。彼女はきっと、当たり前のようにイストワールに負け、その存在を世界から消されたのでしょう。だから誰も彼女のことを知らない。誰も思い出せない」
ファリシアが、ふらふらとテーブルの方へと歩く。その上に置いてあった本の表面を、指先でつつ、と撫でた。
「……しかし、彼女の意志はここに残されていた。イストワールに気づかれぬよう秘匿され、私がいつか気づくことを待っていた。ミスコリデ変異書を始めとする私の愛読書は、きっと、彼女が残した意志なのです」
ファリシアは先ほど言っていた。魔法書の中にイストワールを封印する魔法が秘匿されていたと。そしてそれを考案したのは、おそらくすでに消されてしまった魔物娘なのだと。
その本をファリシアが持っていたという事は、つまり……。
「……彼女は、本来の魔王だったのでしょう。魔物娘たちを魔界から解放するため女神に挑み、消え去った存在……。私はもう彼女の事を思い出す事さえできない。でもきっと、彼女は私の……」
ファリシアは強く拳を握り、あなたをじっと見つめた。その表情を見て、あなたの胸が突かれる。
「私は、彼女に後を託されたのです。彼女が消え去った後、魔界から魔物娘を解放するため、女神を封印して欲しいと。だから私は彼女と共に戦わず、今ここに存在している」
ファリシアが唇を噛む。深く、強く……。
「ああ――ようやく、思い出した。私は本当は……彼女と共に戦いたかった。例え敗北し、消え去ることが分かっていても……彼女の友として、そばに居たかった」
ゆっくりと、ファリシアがあなたの元へと歩いていく。
あなたの目の前にやってきた彼女は、膝を折り、ひざまずいた。
「私はずっと飽いていた。消失感だけがこの胸を満たしていた。胸に開いたこの穴を埋めるため、己が楽しめることを探し求めていた。――しかし、今ようやく本当の気持ちに気づけました。勇者よ……いえ、今や名も無き存在にして、かつての私の友と同じ決意を抱きし者。私はもしかしたら、ここであなたの決意を聞く為だけに生きていたのかもしれない」
ひざまずくファリシアが、あなたへ向かって右手を差し出す。小柄な矮躯に相応しい、小さく柔らかそうな手だ。
「認めましょう――私に真実を思い出させてくれたあなたこそが、我が主。確実なる敗北を迎えるとしても、今度こそ私は共に戦いたい。すでに消え去った友と同じ意志を抱きしあなたと共に」
それは……魔王ファリシアが、いや、ただの魔物娘である彼女が見せた、心からの決意。
あなたと同じように、戦うべき理由を彼女は見出したのだ。
あなたは差し出される手を取った。すると彼女はするりと立ち上がり、にこりと笑う。心からの微笑みだった。
ファリシアが纏め上げていた髪をほどく。美しい金色の長髪がはらりと宙を漂った。
そのまま彼女は衣服をゆっくりと脱いでいき、あなたへ裸体を晒す。
見た目相応のあどけない肢体。しかし、金色の長髪と黄金の瞳が神秘的な美しさをかもしだし、艶めかしくもあどけない色気が漂っている。
「我が主よ……私を、ファリシアを、あなたのしもべとしてください」
ファリシアがあなたへ身を寄せ、爪先立ちとなり、顔を近づける。
目を閉じた彼女は、そのまま柔らかい唇をあなたの唇へと押し当てた。