エルネストの聖剣から光が疾走する。
圧倒的な光輝を伴って放たれるのは、神技・
エルネストの最大最強の技に対するは、少女の姿になった火竜グリュイエール。ネコマタたちを背後に下がらせ、己を盾のようにして立ち塞ぐその姿は、まさに誇り高き竜の姿だった。
だが何を持って迎えうつ。女神の使徒が持つ神技を前にして、いったい何を。
グリュイエールは右手を掲げた。その手の平に、膨大な灼熱が集まっていく。
グリュイエールの周囲に漂う灼熱は一点に凝縮され、球体となった。
「お、おい! それは……!」
背後に隠れていたリッチが叫ぶ。この魔法を彼女は知っている。いや、彼女だけではない。ネコマタとパイレーツも、かつて王都でグリュイエールと戦った折りに辛酸を舐めさせられた魔法だ。
その名は爆発魔法プロミネンス。広範囲を爆発させて熱波と爆圧にて吹き飛ばす、火竜にのみ許された自爆めく魔法である。
神気の刃、カエルムラミナがグリュイエールへ迫る。神々しい刃が衝突する寸前、グリュイエールはためらいなく手の平に集まった灼熱球を握りつぶした。
それと同時に、凝縮された炎と魔力が一気に爆裂した。
閃光。熱波。爆熱。衝撃。それらが一瞬にして立て続けに起こる。
圧倒的な威力を誇る全方位爆発魔法、プロミネンス。
天へと届く刃、神技・カエルムラミナ。
互いの切り札が真正面からせめぎ合ったのは、ほんの数瞬。
神気の刃が空を疾走する音と爆音が大きく鳴り響いた後、わずかな静寂が訪れた。
爆発とそれにせめぎ合う神気の刃が衝突した事で、平原の地面は大きく抉れ、土埃がもうもうと立ち込めている。
だが、土埃はやがて風にさらわれて晴れ、この場の光景が明らかとなった。
「あ、あぶねえー……今の絶対寿命が縮んだって」
「紙一重でしたわね……でも、おかげで無傷ですみましたわ」
「わ、私は光と熱で多少なりともダメージを喰らったのだが……」
ネコマタ、パイレーツ、リッチの三人が、互いの無事を喜び合う。
そして当然のごとく、グリュイエールは彼女たちの前で雄々しく立っていた。
「この妾が食い止めると言ったのだ。竜の誇りにかけて違える事はない。エルネスト、貴様の神技、やはり大した事が無かったな」
グリュイエールの挑発めいた声が向かうのは、やはりの事、対面のエルネストだった。彼女も当然のように無傷である。しかしその表情は憤怒に染まっていた。
「おのれグリュイエール……! 我が神技が食い止められるとは、何たる屈辱か……!」
プロミネンスとカエルムラミナの衝突がもたらした結果は、あろうことか相殺。
女神の使徒エルネストをして必殺を誇る神技が、火竜グリュイエールに正面から防がれたのだ。この事実がエルネストのプライドを深く抉ったのは疑いようがない。
事実、エルネストの表情は憎悪に燃えていた。彼女の力はイストワールの一部。それが防がれたという事は、すなわちイストワールの顔に泥が塗られたも同然だったのだ。
「ふ……ふふっ、はははははっ!」
「な、何だ……?」
憎悪の表情から一転、エルネストが哄笑をあげた。その落差に不気味さを感じたネコマタは戸惑いを隠せない。
「いいだろう、見事と言ってやる。見事だ、グリュイエール! 我が神技によくぞ対抗した。だが、それまでだ!」
エルネストが遠くから聖剣の切っ先をグリュイエールに向ける。
「今の魔法は貴様をして渾身の魔力により繰り出したはず! 一度は防げても、二度目はどうだ? もう一度我が神技に対抗できる威力を捻りだせるのか? ……しょせん貴様がした事は、己の命をわずかに伸ばしただけにすぎないのだ!」
グリュイエールは憎々しげに舌打ちを返した。
エルネストが言った事は的を射ている。グリュイエールはプロミネンスを発動した事により魔力を大幅に減じ、対してエルネストが身に纏う神気はいまだ強大。
恐るべき事に、エルネストはあれほどの威力を誇る神技をまだ複数回放てるのだ。
イストワールの力の一部を使って生み出された使徒。その力はやはり、魔物娘とは隔絶している。
グリュイエールにはもう、神技に対抗する力が残されていない。
対してエルネストは大分余力を残している。
それこそがまさにこの勝負の行く末を告げる要因であった。
次の神技は食い止められない。よしんば出来たとしても、その次は確実に不可能だ。
その事実がエルネストの憎悪と狼狽を止めたのだ。女神イストワールから授かりし己の力は、やはり魔物娘などでは及ばぬ物。それを再確認し、彼女の頭は冷えた。
そして冷静な彼女が次に選択する行動は、当然のごとく。
「さあ、祈れ、グリュイエール。そして魔物娘たちよ! 次の神技が貴様らの最後だ!」
エルネストは聖剣を高く掲げた。再度神技を放つつもりだ。
「おい、やばいぞ……!」
ネコマタに続き、リッチが狼狽する。
「ぐ、グリュイエール! どうするのだ!?」
「……さて、どうするかな」
このひっ迫した状況で、グリュイエールの発言は呑気な物にも聞こえた。
だが当然、彼女も現状の危機を理解している。
「やはりエルネストは……いや、女神の使徒は強いな。妾が過去戦った時は女神が封印されていたが……女神が復活した今、奴の力はかつて戦った時とは比べ物にならん」
「……それは、匙を投げたという事ですか?」
信じられない、とばかりにパイレーツはかぶりを振る。グリュイエールがこんな事を言うとは、とてもの事信じられなかったのだ。
「抜かせ。先ほどのは現状を確認しただけにすぎん。ああ、忌々しいが、確かにエルネストは強い。しかし……倒すことはできる。妾のとっておきを使えばな。先ほどの神技を防いで妾はそれを確信した」
勝機を見いだして心なしか明るい顔色を見せるネコマタたちに、しかしグリュイエールは鋭い目を向ける。
「問題は、その技を使うのに多量の魔力を集中しなければいけない事だ。見ての通り、妾は先ほどの爆発魔法で魔力が枯渇しかけている。ここからエルネストを倒せるほどの魔力を集中しようとなると、かなりの時間が必要だ。当然、神技に狙い打ちにされるだろうな」
「なるほど、つまり……」
パイレーツがグリュイエールの一歩前へと進み出る。
「私たちでエルネストを足止めすれば良いのですね?」
「……そうだ、勝つにはそれしかない。だが……」
グリュイエールがわずかに目を伏せる。
パイレーツたちではエルネストにはかなわない。そもそも四人で波状攻撃を仕掛けても物ともしなかった相手だ。三人でかかっていっても、負けるのは目に見えているだろう。
つまりエルネスト相手に時間を稼げと言うのは、彼女たちへ死ねと言ってるも同然であった。
この戦い、体力を失って敗北したら、そのまま存在を消し去られるのが当然。絶対に勝てない相手に時間を稼ぐというのは、己の消滅を受け入れる事と同じだった。
「ちっ……しゃーねえか」
「時間稼ぎなど地味な戦法は面倒だが……いいだろう、乗ってやるぞグリュイエール」
ネコマタとリッチがグリュイエールの肩を叩き、パイレーツのそばへと並んだ。グリュイエールは呆気に取られて彼女たちを見る。
「貴様ら……いいのか?」
「私たちの目的はイストワール。勇者様を女神の元へと導くためには、手段など選んでいられません」
「それに、あたしたちが負けて消えるって決まってる訳じゃねえしな。要するにグリュイエールが間に合えば全員助かるんだろ?」
「そうだグリュイエール! 貴様は竜なのだろう? ならば気合を入れろ! 私たちが消える前に勝ってしまえ!」
リッチの言葉に、グリュイエールはわずかに俯いた。しかしすぐに不敵に笑う。
「……ふん、相変わらずのアホめ。エルネストを倒すために貴様らの時間稼ぎが必要なのだろうが。勝てるかどうかすらも貴様らの頑張り次第だ。せいぜい妾の為に働くがいい!」
「口が減らない……だから私は竜が苦手なのだ!」
喚くリッチに、微笑するパイレーツ。ネコマタはこんな状況で呑気にあくびをかいていた。
それはとてもの事、死地に赴く顔ではなかった。
「……魔物娘共め、正面から私に挑むつもりか?」
聖剣を構えるエルネストが、グリュイエールを守るように立ちはだかるネコマタたちを睨む。
エルネストとて、彼女たちの考えは看破している。おそらくはグリュイエールに魔力を取り戻させるため、時間稼ぎをする腹積もりだ。
「舐められたものだな。いいだろう、来い、魔物娘たちよ。貴様らの目論見など、我が剣で切り断ってくれる」
エルネストの聖剣に神気が集う。魔物娘たちの策など関係ない。時間稼ぎなどさせる暇もなく、神技で葬り去るつもりだ。
だがネコマタたちもエルネストに神技を放たせるつもりはなかった。一気に間合いを詰め三方から攻めれば、神技を使うのを諦め剣技による迎撃を選ぶだろう。
つまり重要なのは速度。エルネストが神技を放つよりも前に間合いを詰められるかどうかだ。
「行くぜ……!」
そして一番槍を務めるのはネコマタの他ありえない。脚部に雷のエンチャントを施した彼女は、フェンリル並みの速度を有するのだ。
エルネストに向け、ネコマタが一歩踏み込もうとする――その瞬間。
「お待ち下さい!」
何物かの声が、この戦場に響き渡った。
本来なら、緊迫した戦いの場で声など無力である。
しかし、その清らかで澄み渡る声が、今まさにぶつかり合おうとしていたエルネストとネコマタを止めていた。
何時の間にここまで近づいて来たのか。戦いに夢中だった彼女たちは、気づくことすらできなかった。
女神の使徒と魔物娘たちの戦いに割り込んできたのは、あろうことか……。
柔らかな髪を揺らめかせる、人形のように整った顔立ち。慎ましくも美しいドレス姿に、その手には似つかわしくない剣を握った一人の女性。
「お前は……エルフィーネ!」
エルネストですら、驚愕と共に叫んでいた。グリュイエールやネコマタたちも同じ気持ちである。
なぜ、ここに、エルフィーネが。
彼女の傍らにはパラディンが控えている。おそらくはエルネストが戦っている隙に、パラディンが軟禁されるエルフィーネを助け出したのだろう。
そこまでは想像が及ぶが、なぜここにやってきたかまで想像できる物はいなかった。
だが、エルネストはエルフィーネが持つ剣を目にし、激昂する。
「その剣は何だ、エルフィーネ!」
エルフィーネは鞘に納められた剣をすらりと引き抜く。
それは……エルネストが持つ聖剣と全く同じ意匠の剣。
「かつて勇者様とグリュイエールの戦いで灰になった聖剣の残骸から、私の操れるわずかな神気を込めて再生した聖剣のレプリカです」
「我が聖剣のレプリカだと!? 貴様……それが女神への不敬を示すと分かっての事か!」
糾弾する声にエルフィーネは目を伏せる。
「分かっています。エルネスト様が扱う聖剣と同じ物を作り出すなど、女神への不敬も同然。しかしそれでも、今の私にはこの剣が必要なのです」
エルフィーネが聖剣を掲げる。するとその刃に淡い光が集い始めた。神気の光だ。
グリュイエールを封印する聖剣の守り手だったエルフィーネは、長い間神気に晒された結果、神気を少しばかり扱えるようになっている。
だが、聖剣に込められる神気はエルネストに及ぶべくもない。その証拠に光は圧倒的に弱い。
それでも、エルフィーネは強い光を瞳に宿していた。
「ネコマタ様、リッチ様、パイレーツ様。ここはお下がり下さい。あなたたちはまだ勇者様と共に戦う役目が残っているはずです。エルネスト様の神技は、私が封じます!」
「……できるのか? 貴様に」
グリュイエールの低い声が響く。
エルフィーネは、困ったように笑った。
「不思議ですね、グリュイエール。かつては王都を襲ったあなたを、今私は守ろうとしています」
「ふん」
「しかし、私はあなたに感謝をしています」
「……なに?」
「かつて封印から解かれたあなたが王都を襲った時、私は勇者様とあなたの戦いを見守る事しかできませんでした。私はあの時、己の無力を悔い、祈る事しかできなかった」
「……」
「でも女神が復活し、この世界の真実が映し出された今、私の祈りなど無力です。祈りよりも今は、勇者様の助けとなる力が欲しい」
「それが……その聖剣という訳か」
エルフィーネは頷いた。
「私を信じてとは言いません。しかし、エルネスト様の神技、例えただ一度だけだとしても意地でも止めてみせましょう!」
エルフィーネが掲げる聖剣のレプリカに、強大な光が集まる。それは、エルネストの聖剣にも劣らない眩き輝きだった。
思わず目を奪われる美しい光に、ただ一人激昂を返す者がいた。女神の使徒、エルネストだ。
「エルフィーネ……貴様はイストワール様に逆らうだけに飽き足らず、そんな出来損ないの聖剣すらを誇るか! なぜだ! なぜイストワール様が管理する世界を受け入れない! それこそが争いの無い安寧の日々なのだぞ!」
「イストワール様が理想とする世界……そしてそれを食い止めようとする勇者様……はたしてどちらが正しいのか、私には分かりません。ですが……!」
エルフィーネの聖剣が、また一際輝きだす。
「勇者様は王都の為にグリュイエールと戦ってくれました。勝てる確証もなく、己よりはるかに強いグリュイエールに雄々しく立ち向かったのです! 私は女神よりも、そんな勇者様を信じていたい!」
「いいだろう……ならばエルフィーネ、お前はここで魔物娘と共に消えてしまうがいい!」
エルネストが掲げる聖剣に、神気が集中する。
共に構えは同じ。そして繰り出される技すらも……。
「神技!」
「カエルムラミナ!」
エルネストとエルフィーネ。二人の声が響くのも同時であれば、聖剣が斬り下ろされるのも同時だった。
互いの聖剣から光が疾走する。剣に込められた神気は刃状となり、迎えうつ対敵を切り裂くのだ。
神技・カエルムラミナ。天へと届く刃。エルネストにとってそれは、女神に捧げる意味を持っている。
だがエルフィーネは違う。天へと届く刃。そうだ、この刃はきっと、天に、女神の使徒に届くはず。
共に放つのは同じ技。だが、その意味する所は大きく違っていた。
二人のカエルムラミナは疾走し、ついに正面衝突を遂げた。