闇の魔法であるテレポートを用いてホムラの国へと赴き、女神の使徒ツキヨミが放つ神気の気配を追っていたランガたち。
彼女たちがついに到達したのは、かつてアイやクロナがねぐらにしていた神社であった。
神社へ続く長い階段を駆け足で登り続け、三人は境内へとやってきた。
「来たか。名も無き存在に与する魔物娘達よ」
境内の中心には、薄手のボディースーツに袴を組み合わせて小柄な体を隠す、常に目を閉じた少女の姿があった。
彼女こそが聖杖を得物とする女神の使徒、ツキヨミ。彼女は武器である聖杖を本来の使い方のように地面へつけ、こつりと音を鳴らした。
ついにまみえたツキヨミを前に、ランガたちは警戒しつつ一歩近寄る。
「……戦う前に聞きたい事がある。使徒ツキヨミよ、ホムラの姫であるミコトの行方を知っておるか?」
ランガの問いかけに、無表情なツキヨミがわずかに頬を緩めた。
「知っているも何も……朋友がこう言っておるぞ、そろそろ出てきたらどうだ?」
すると声に導かれるように、境内の奥、本殿の影から何者かが進み出てくる。
ヤトメ特有の小柄な矮躯に、清潔感のある袴を着け、歩みと共に髪飾りがからんと揺れる。ホラムの姫、ミコトの姿であった。
「私が居る事に気づいていたのですね、ツキヨミ様」
ミコトの問いかけに、ツキヨミは顔を向けもせず答える。
「知らぬと思うたか。気配を消しても、妾をつけ狙う意思までは隠し通せぬよ」
「……分かっていて見逃していた、と?」
「ホムラの姫よ。そなたがこの魔物娘達を待っているのは知っていた。どうせ戦うのなら、一緒に始末した方が効率的と言うものだろう」
ツキヨミの言葉に、ランガがミコトの意思を察する。
「ミコト……お主、初めから一緒に戦うつもりだったのか?」
「ホムラの国を治める者として、民人を洗脳するイストワールや使徒を許すことはできません。ランガ、それに勇者様は、きっと私と同じ思いであろうと信じて待っていました」
「……うむ。そうだ。勇者はイストワールに、この世界に反逆する意思を示した。儂ら魔物娘もそうじゃ。ミコトよ、今こうしてお主も同じ意思を持ち共に戦うと言うのなら、儂にとってこれほど心強い物はない」
嬉しそうに言うランガに、ミコト姫は照れたように俯きながら頷いた。
すると、ツキヨミが聖杖の先端で一度地面を叩く。
「――そなたらは勘違いをしている」
さざ波にも似た、静かで綺麗な声音。しかしその響きを聞いて、誰もが空恐ろしさを感じていた。
ツキヨミがまた聖杖の先端で地面を叩く。こつりと、土がわずかに抉れた。
「そなたらは妾に勝てると、甘い希望を抱いている。――だが、そんな物はありはしないのだ」
ツキヨミの体に強大な神気が集中する。気圧されるほど強烈な波濤を放つ神気は、その手に掴む聖杖へと集まっていた。
「見せてやろう、我が神技。絶望と言う名の現実を。神技・
聖杖から空に向かって光が放たれる。一閃の光は天へと昇り、やがて弾けるかのように光の軌跡を周囲へ放った。
四方八方へ飛び散る光の軌跡から光り輝く雲が生まれ、そこから雨が降り落ちてくる。
白く美しく輝く神気の雨。それはあっという間にランガたちの周囲を包み込んだ。
「こ、これは……!」
ツキヨミの神技の正体を知り、ランガは思わず戦慄する。
降りしきる神気の雨に打たれるたび、体力が奪われていく。
神技・プルウィアルーナ。その正体は、広範囲に及ぶ回避不可能な継続ダメージを与える技であった。
その危険性を知ったアイが一際早く叫ぶ。
「ランガ! この雨はまずいです! 一端雨の範囲外へ退避するべきかと!」
アイの進言には一理ある。神技の正体が広範囲に渡る継続攻撃だとすれば、一端退避し範囲外から攻撃を仕掛けて仕留めるのが最上の策。
だが……。
「させると思うたか?」
無慈悲な声音と共に、ツキヨミが聖杖で地面を叩いた。
それと同時に聖杖の先端から神気が放たれる。地面へ潜りこんだ光は境内の周囲をぐるりと一周した。
「神秘・茨の檻」
境内の周囲の地面を走る光が、まるで茨のようにくねりながら空へ伸びていく。
神気の茨はうねり、絡み、境内を包むようなドームを形作った。
茨のように絡みつく光のドームは、中に居る者を封じ込める。これこそが神秘・茨の檻である。
神秘とは聖剣や聖弓、聖杖などの武器を媒介にして発動する神技とは違い、神気そのものを用いて奇跡にも似た現象を起こす術技である。
その性質は、どちらかと言えば魔物娘が扱う魔法に似ている。しかしてその威力は段違いであった。
「もはやそなたらに逃げ場はない。このまま大人しく朽ち果てるが良い」
空からは神気の雨が降り、茨の檻により逃走経路は防がれた。いずれ体力が尽き果て消滅するのは時間の問題だ。
それも、決してそれほど先の未来ではない。
「くっ、うぅっ……!」
「ミコト!?」
膝を地面に崩すミコト姫に、ランガが駆け寄る。
ミコト姫はしょせん人。精強な魔物娘とは違い、神気の雨に長い時間耐えられない。
すでに彼女の体力は大幅に失われていたのだ。
ツキヨミは降り続ける神気の雨に照らされながら、無情にもミコト姫を見下ろしていた。
「……そなたらは道を誤ったのだ。イストワール様に逆らうという愚かしい選択が遂げる末路こそがこれである。せめて、このまま静かに消えさると良い」
別れを告げるかのように、ツキヨミは聖杖で地を叩いた。聖杖の上部にある飾り輪がシャンと音を立てる。
「……道を、誤った?」
輝く雨に打たれながら、膝を崩していたミコト姫がゆっくりと立ち上がる。
プルウィアルーナにより急激に体力を奪われる中、しかしミコト姫は必死に歯を噛みしめ腰にさげていた刀を引き抜いた。
ミコト姫は刀の切っ先をツキヨミへと向ける。
「では、女神イストワールを盲信し崇めるのが正しい道だと言うのですか?」
「いかにも。我らが女神はこの世界の管理者ゆえ、女神の意思に従う事こそがこの世界における正しさである」
「……それは、女神の使徒であるあなたにとっての正しさでしょう」
ミコト姫は刀身をくるりと翻す。
切っ先で空に弧を描くと共に、刀身に魔力が満ちてゆっくりと燃えあがった。
光り輝く神気の雨の中。一刀に灯ったのは、燐光のように麗らかな青い焔だった。ミコト姫が秘奥の剣。その名は燐火剣。
一刀の軌跡に遅れて炎の残像が虚空へと散り、ミコト姫は燐火剣を構える。
「私の正しさは、この剣に宿る誇りのみ。いかな雨であれ、いかな光であれ、燐火剣の焔を消すことはかないません。我が誇りの焦熱、その身で味わうといいでしょう」
「……ほぅ。人の身で神気の雨に晒されながら、まだ心は折れぬか。良かろう。来い、ホムラの姫よ。魔物娘達よ。妾の全力にて相手してやろう」
空からは体力を継続的に奪う神気の雨。そして神秘の術、茨の檻で逃走経路を防がれた。
だが、そもそもこの戦いに逃げ場など最初からないのだ。
挑むは天に座す女神、イストワール。逃げ場を探すのなら、最初から女神に挑むという選択すらしていなかっただろう。
ランガが愛刀髪薙を抜刀する。
アイが闇の魔力で出来たグローブを装着する。
クロナが雷の魔力で作りだした扇を手に取る。
光り輝く雨の中、彼女たちの死闘が始まった。