リッチを討伐した翌日、あなたは早速王都行きの船に乗り込んでいた。
リッチによると、船長に呪いをかけて体調を崩させていたのはやはり彼女だったらしい。彼女を倒した今、王都への道程を阻む者はもうない。
王都行きの船の大きさは、意外とこじんまりとした小規模程度のものだ。どうもこの港町から王都へ行く冒険者はそれほど多くないらしい。
その証拠に、船の乗客はあなた一人だけだ。閑散とした船の甲板にただ一人というのは、どうも寂しさを感じる。
日の光がまぶしく、あなたは細目になった。今日は航海にふさわしい晴天だった。
「やあ勇者様。船旅の気分はいかがだい?」
ぼうっと水平線を眺めていたあなたに、一人の女性が話しかけてきた。この船の船長だ。
「いやー、すまないね。あたしがしばらく体調崩しちゃってて、船に乗れなくて困ってたんだろ?」
船長は下唇の左端にあるほくろが特徴的な、健康的な色香が漂う女性だ。長い髪をポニーテールにしていて、その上半身は上着を羽織らずにさらしで胸を隠しているだけという露出過多なスタイルだ。
その見た目と口調から、船長は海の女らしくなかなか豪快な性格をしているようだとうかがえる。
あなたは、船に乗っている人が少なくて少し寂しいと船長に伝えた。
「あはは、王都行きの船って元々乗る人が少ないんだよ。それでも今回はさすがに少なすぎるけどね」
あなたは船客が少ないのにはなにか理由があるのか聞いてみた。
「最近この辺ではパイレーツって魔物娘が船を襲っているらしくてね。特に王都行きの船が狙われるって噂なんだ。そのせいでもともと少ない客が更に少なくなって商売あがったりだよ」
言葉とは裏腹に船長は快活に笑った。
「安心してよ。今日は積荷も少ないし、勇者様まで乗っているんだ。パイレーツに襲われるわけありゃしないって……ん?」
船長の目線が、あなたの背後に向けられる。いったい後ろに何があるというのか。あなたは振り向いてみた。
……船だ。あなたの乗る王都行きの船とはまた別の船が、すぐ近くを航海している。
それは船首をこちらに向けてどんどんと近づいてきていた。全くスピードを緩める気配がない。
「あ、あれは……海賊じゃないかい!?」
船長が近づいてくる船を指さして大きく叫んだ。
その船には旗が掲げられている。鮮やかな青色を背景色にして、中心にはデフォルメされた鳥の絵が描かれていた。そしてその鳥の真下には、湾曲刀と細身の剣が交差している。
その意匠はまさに海賊のものだが、どことなく可愛らしいデザインはあまり海賊旗らしくはなかった。
「ぶ、ぶつかるよ! 勇者様どっかにつかまって!」
もう目と鼻の先にやってきていた海賊船はそのまま王都行きの船にぶつかった。
大きな音と衝撃が船を大きく揺らす。
あなたはどこかにつかまる暇もなく、衝撃のままに体勢を崩して体を甲板に叩きつけた。とても痛い。
あなたは思いっきりぶつけた背中をさすりながら立ち上がり、この船がどうなったのか確認する。
王都行きの船の横腹に海賊船の船首が見事に衝突していた。その一撃で王都行きの船は完全に沈黙してしまっている。もしかしたら船としての機能が壊れてしまったのかもしれない。
おそらく、この船でこのまま航海を続けるのは困難だろう。そんなことを思ったあなただが、今はそんなことを考えている場合ではない。
もしぶつかってきたのがまさしく海賊船であるならば、そろそろ海賊たちが乗り込んでくるはずだ。
はたしてあなたがそう予想したと同時に、海賊船から次々と海賊が乗り込んでくる。その数は多い。二十人前後と言ったところだろうか。
当然ながら乗り込んできた海賊たちは皆女だ。一様に青を基調としたシャツと半ズボンを履いている。その手には刀身が湾曲した短めの剣が一つ。海賊が愛用するというカットラスだろう。
「な、なんでこんな船に海賊が襲ってくるんだい! 金目のものなんてありゃしないってのに!」
船長は泡を食ったように言った。そんな彼女の言葉に、どこからか答える声が降ってくる。
「あら、お金よりももっと価値のあるものがあるじゃないですか」
海賊船から一人の女性が舞い落ちた。優雅な身のこなしでこちらの船に着地したその女性は、余裕をたずさえた笑みをあなたに向ける。
並み居る海賊たちがその女性の後ろに立ち並ぶ。よく訓練された動きだ。そしてその構図が、彼女が何者かを教えてくれる。
あなたと同じかそれ以上の長身。身に纏う衣服は慎ましくも、鳥の飾りをあしらった青色のコートが映えている。腰にさげられた剣は他の海賊たちが持っているカットラスとはまた意匠が違った。おそらくは刺突用の片手剣、レイピアだろう。
海賊でありながら優雅なたたずまいの彼女こそが、魔物娘パイレーツ。そして背後に控えるのはその子分である。
「私の目的はあなたですよ、勇者様」
パイレーツがあなたを指さした。
どうやら魔物娘であるパイレーツの目的は、リッチと同じく勇者であるあなたを倒すことらしい。
「言っておきますが、私は別段魔王様に付き従っているという訳ではありません。気楽な海賊稼業を楽しんでいますので」
しかし、とパイレーツは続ける。
「魔王様より、勇者を倒せば報奨金をあげると言われてしまいましたので。船を襲い金目のものを奪うのが海賊稼業であれば、勇者のあなたは今まさに金塊も同然。それが船に乗っているのなら、海賊として見逃す道理はありませんわ」
パイレーツは腰にさげていたレイピアを引き抜き、鋭利な切っ先をあなたに向けた。
「お覚悟はよろしいですか? あなたたち、勇者を倒しなさい!」
パイレーツの号令に従い、パイレーツ子分たちが大声をあけてあなたに向かってきた。
狭い船上。数で勝るあちらが有利なのは間違いない。あなた一人で彼女らと鍔ぜりあっては、敗北は避けられないだろう。
しかし今あなたには心強い味方がいる。高レベルであなたを苦しめたあのリッチが今やあなたのしもべなのだ。
あなたは現状を打破するべく、リッチを召喚する。
あなたの前方に眩い光が発生し、それと共にリッチが姿をあらわした。
「な、なんだ!? 今から寝ようと思っていたのに!」
召喚されたリッチは、あろうことかネグリジェ姿だった。その手にまくらを抱いていて今まさに就寝しようとしていたところらしい。
「ぐおぉおっ、熱っ! 熱いっ! お、おい勇者よ! リッチである私をこんな太陽の下に召喚するとか嫌がらせか! 死んでしまうわ!」
よくよく考えれば、リッチは光の下では弱体化する性質を持っている。
青空の下に召喚したら文句を言われるのは当然だろう。
「ちょっ、ここ光から隠れる場所が全く無いではないか! や、焼ける! 私の肌が焼ける! 熱いのいやー!」
よほど太陽の光がこたえるのか、リッチはまくらで顔を隠しながら甲板をごろごろと転がりまくっていた。そうやって一部分だけ光に照らされることを避けているのだろう。とても哀れな姿だ。
幸か不幸か、突然高レベルなリッチがあらわれた上にそのリッチがこんな姿を見せたことによって、パイレーツ子分たちは狼狽えて足を止めていた。
「……ぶ、無様な……」
親分であるパイレーツもそんなリッチの姿を見て、手を頭に当てて頭痛をこらえるかのようにする。
「リッチといえば魔王様からも一目置かれる強力な魔物娘。それが勇者に負けたどころか、そのような情けない姿まで晒すなんて……恥は無いのですか?」
「なにぃっ!」
パイレーツの鋭い言葉を受けて、リッチはまくらを日よけ代わりにして立ち上がった。
その肌からはだらだらと汗が垂れている。無理をしているのが見え見えだ。
リッチがしばしパイレーツを睨みつけ、バカにするように鼻を鳴らした。
「誰かと思えばパイレーツか。ふん、しがない海賊の癖に優雅を気取る小娘が、よくもこの私に舐めた口を聞けるな!」
「……ずいぶんなお言葉ですね。しかし今の無様なあなたが言っても説得力というものがありませんわ。私が優雅を気取る小娘なら、あなたはメッキが剥がれた石ころと言ったところでしょうか。勇者に負けたところを見ると、魔物娘の中でも指折りの実力者と言われていたのは過大評価だったようですね」
「ぐぬぬ……」
リッチは返す言葉もないというように唸った。
「な、なんだなんだ! 好き放題言いおって! こいつはこういう性格だから好きじゃないのだ! 海賊の癖に海賊っぽくない格好をして知的アピールか! 海賊なら斧をぶんぶん振り回していろっ!」
「……はぁ」
パイレーツは話にならないとばかりに首をふった。どうやらこの二人、特に相性が悪いらしい。
「あなたたち、何をしているのです。そこの光の下で弱体化している無能は放っておいて、早く勇者を倒しなさい」
パイレーツの指示を受け、再度パイレーツ子分があなたに迫りくる。
あなたはパイレーツ子分たちを迎えうとうとして剣を抜いた。するとリッチがあなたを庇うように前へ進み出る。
パイレーツ子分たちは、警戒するようにリッチを睨みつけた。
「この私が、無能だと? ……小娘め、私の恐ろしさを見せてやるぞ!」
リッチの足元から闇が吹き上がる。それは光に照らされているため濃度が薄く弱まっているが、リッチの意思に従って一つの形に凝縮されていく。
今リッチの手には、闇で作られた傘が握られていた。
「ふははは、こうして日傘を作れば光の下でも一時的に活動できるのだ!」
得意気に笑うリッチだが、彼女の汗は止まらず流れ続けている。顔色も青白く、やはり弱体化はひどいようだ。
パイレーツは呆れたように溜息をついた。
「……日よけが必要なら、最初から常に日傘を携帯しておけと言うものです。結局、そんなものはただの付け焼刃なのでしょう? 今のあなたなら、私一人で十分倒せそうですよ」
「うぐぐぐぅ……」
パイレーツに言われてリッチは涙目になっていた。
「い、今の私が貴様を倒すのは無理でも、貴様の子分程度どうにでもできるぞ! 貴様は勇者に倒されて手ひどく犯されればいいのだ! 勇者に種付けセックスキメられて、その優雅を気取る顔をアヘ顔にしてしまえばーか!」
「……まるで三下のようなセリフですこと」
リッチの発言は確かに負け犬のそれだ。しかし彼女はパイレーツを無視し、子分たちの群れに雄々しく向かっていった。
「我が暗黒魔法の餌食となるがいい!」
リッチの日傘から影が細長く伸び、まるで意思を持った触手のようにパイレーツ子分を襲い始める。
パイレーツ子分のレベルは10程度しかない。弱体化しているとはいえ、さすがにリッチの相手にはならないようだ。リッチが影を繰り出す度に、次々とパイレーツ子分たちが倒れていく。
しかし子分の数は多い。リッチといえど、あれだけの人数を倒すにはそれなりの時間がかかるだろう。
「やれやれ、役に立たない子分たちですね」
あなたがリッチの活躍を遠目に見ていると、いつの間にかパイレーツが近くに迫ってきていた。
「しかしまあ、あの厄介なリッチ相手に時間稼ぎができるのなら十分です。その間に私が勇者を倒せばいいだけですから」
どうやら子分たちがリッチに蹂躙されるのはパイレーツにとって想定内だったらしい。彼女はいまだに優雅な笑みを浮かべていた。
パイレーツがレイピアの鋭利な切っ先をあなたに突きつける。太陽光を反射するその刀身は敵意に満ち溢れていた。
「さて、あのうるさいリッチが応援に駆け付ける前に一気に終わらしましょう」
パイレーツの戦気を感じ取って、あなたは剣を硬く握りしめた。その瞬間にはもう、パイレーツは動き始めていた。
弓の弦を引き絞る様にレイピアを引き、一歩踏み込むと同時に疾風の一突きが放たれる。狙いは喉だ。
あなたはその一突きをなんとか払いのける……払いのけた、はずなのだ。
なぜかレイピアの剣先を払った次の瞬間には、あなたの胸と腹部に刺突がめり込んでいた。
その凄まじい衝撃にあなたの体が吹き飛ぶ。甲板を二度三度と転がったあなたを見て、パイレーツは会心の笑みを浮かべた。
「我が剣技、三段突きの味はいかがですか? 勇者様」
パイレーツは器用な指さばきでレイピアをくるりと回す。
「ふふ、勇者と言えど私の技は見切れなかったようですね。当然です、三つの刺突を喉、胸、腹部目がけて同時に放つこの三段突き……もはや技術を超えた魔法めいたもの。これぞ私の持つ最高のスキルです」
武闘派の魔物娘の中には、技術をさらに昇華させたスキルを持つ者がいる。
勇者のあなたにとって魔物娘の操る魔法は危険なものだが、このスキルもまた警戒に値するものだろう。
「さて、後は気を失った勇者を魔王様に引き渡せば……え?」
パイレーツはあなたの姿を見て絶句する。
「なっ、ななななっ……!? なぜ起き上っているのです!」
パイレーツの三段突きを喰らったあなたは、そのまま体力が尽きて気を失う……わけもなく、すでに立ち上がっていたのだ。
意表をつかれまともに三段突きをくらったあなただが、別段それが致命的なダメージというわけではなかった。まだまだあなたの体力は七割以上残っている。
それもそのはず、パイレーツのレベルは30程度。対してあなたはリッチを倒し彼女とセックスをしたことで大幅にレベルを上げていたのだ。
今のあなたのレベルは60近くもあった。まだ王都にすらたどり着いていないというのに、強くなりすぎているのだ。それもこれもいきなりリッチなどという強敵があらわれたせいである。
つまりは、パイレーツと一対一で戦ってあなたが敗北する道理など、最初からなかったのだ。
「くっ! な、ならばもう一度! くらいなさい我が三段突き!」
パイレーツがまた弓の弦を引き絞るような構えを見せた。
しかし三段突きをまともにくらっても問題ないと分かったあなたに、恐れも戸惑いもない。
あなたは剣を構えて一気にパイレーツとの距離をつめる。
「――ッ!」
あなたの行動に驚いたパイレーツが息を飲んだ。それと同時に、三段突きが放たれる。
あなたは喉への一撃だけを剣の横腹で受け止め、後の二撃はその体で甘んじて受けとめる。
刺突の強烈な衝撃にだけ押し負けないよう、固く足を踏みしめ耐えに耐え……あなたはパイレーツの懐に潜りこんだ。
「あ……」
パイレーツの大きな瞳とあなたの目が噛みあう。あなたは驚きにくれるパイレーツに構わず、鋭い斬り上げを彼女の胴に放った。
剣がパイレーツをとらえる。あなたの圧倒的な攻撃力は、あっさりとパイレーツの体力を奪いつくした。
体力が尽きたパイレーツが膝をついた。それを見下ろすあなたと、あなたを見上げるパイレーツ。勝者と敗者の構図だ。
「こ、この私がこんなにあっさり負けるなんて……っ」
パイレーツの表情にはもう、最初の頃にあったあの優雅な気配はなかった。
そこにあるのは、敗北の悔しさに歯噛みする生意気な小娘という実相だけであった。