聖都カテドラル。かつて女神イストワールへの信仰が最も厚かった地。
だが魔王ファリシアによりイストワールが封印され、この世界から彼女の存在が失われた結果、この地は廃墟と化している。
その地で以前、勇者であるあなたは魔王ファリシアと戦った。そして辛くも勝利を得るが、それによって封印されていた女神は復活し、世界は今彼女に支配されつつある。
今再び、あなたはこの因縁の地へと赴いた。その傍らにかつての宿敵、魔王ファリシアを連れて。
そして今このカテドラルで待っているのは、女神イストワールの魂を分けた最強の使徒、セフィリアである。
聖都の中心地、風化してなお辛うじて原型を留める大聖堂の前に、セフィリアの姿はあった。
無機質なボディスーツを纏い、長く美しい銀色の長髪が風に揺れている。女神イストワールと瓜二つの容姿でありながら、その表情には優しさを携え……そして今、彼女はあなたとファリシアを前にしてなお、どこか黄昏るように空を見つめていた。
「……やはり、来てしまいましたか」
魂の底から湧き上がってくるような、憐憫の声だった。セフィリアはどことなく悲しげに瞳を濡らし、あなたを見た。
使徒セフィリア。女神イストワールが最も信頼する最強の使徒にして、あなたのメイドでもあった彼女。
女神イストワールを復活させる為だけにこの世界に生み出されたあなたと、それをメイドとして姿を変えてまで支えたセフィリア。
あるいは彼女は、あなたにとってただ一人の家族と呼ぶべき存在なのかもしれない。
しかし……あなたは女神イストワールに立ち向かう選択をした。女神を復活させる為だけのいわば生贄として生み出されたあなたは、自らの選択によって見果てぬ未来へと歩き出したのだ。
あるいはこれを因縁と呼ぶのかもしれない。使徒セフィリアとの因縁と因果を前に、あなたは一度だけ目を伏せ、鋭く剣を引き抜いた。
光芒がきらりと輝き、あなたの剣が青空の下に姿を現す。
刃に魔水晶が埋め込まれた、魔物娘たちとの絆を示すあなたの剣。
「イストワール様に逆らうのならば、私はあなたと戦わなければいけません……」
セフィリアは一度戸惑うようなしぐさを見せたが、その手に光を集め聖槍を抱く。
そのままくるりと槍を回し、剣呑な輝きを持った切っ先をぴたりとあなたへ向ける。
あなたのそばに控えていたファリシアから、魔力の気配が漂った。彼女もまた臨戦態勢に入ったのだ。
もはや互いに言葉も無く、向かい合って機を伺い続ける。
空からこぼれ落ちる光が、じりじりと照り付ける。時が止まったかのように周りの空気が氷ついた感覚があった。息をする事すら忘れ、あなたたち三人は睨みあっていた。
だが……やがて。
使徒セフィリアが、聖槍の切っ先を地へと向け、構えを解いた。
「――やはり、あなたとは戦えない」
ぽつりとそう零した瞬間、この場の時が解凍した。
セフィリアはただ静かに空を仰ぐ。その先に居るイストワールに謝罪するかのように。
「あなたは覚えてないでしょう――かつての記憶を消したのは、この私なのですから。ですが私は覚えています。この世界に生まれたあなたを、私は旅立つその時までお世話していました」
しんしんと、セフィリアが語りだす。
「あなたはいわば、イストワール様を復活させる為の贄。我らが女神が復活すれば、この世界から処分される異物でもあったのです。私も最初はそう捉えていた。でも……」
空からこぼれ落ちる光が雲に隠され、あなたたち三者に影が落ちる。
「あなたと共に過ごす日々は安らかで、いつからかあなたを愛おしく思い、この日々が永遠に続けばいいとすら感じていました。でも、それはかなわぬ運命。あなたの運命がイストワール様に定められている限り、かなわぬ願いなのです」
あなたはただ黙って聞いていた。いつの間にか、右手に掴む剣の切っ先は地へ向いていた。
「せめて、役目を全うしたあなたが幸福を迎えられるようにと、魔王の後釜と成り得る能力を与えましたが……それが、裏目として出てしまいましたね。イストワール様に立ち向かうという、不幸なる道を選び取ってしまいました。全てはこの私の責任。私の甘さが招いた事態なのです」
セフィリアが俯き、その胸に手を当てる。
「ああ――これほどまであなたを愛おしく思わなければ、これほどまで心を痛める事など無かったのに。どうして、イストワール様に逆らう道を選んでしまったのですか。どうして、かなわぬ戦いの道を歩んでしまうのですか。どうして、自らの幸福よりも誰かの為に戦う決意を抱いてしまうのですか。あなたがもっと愚かであれば良かったのに……あなたが真に勇気ある者でなければ良かったのに……」
セフィリアの体が、淡く煌めきだす。
あなたは知っている、その輝きを。魔界で使徒の眷属が消滅した時と、同じ輝き。
「私はあなたと戦えない。あなたを滅する事など出来ない。そしてそれは、女神イストワール様に逆らうも同然の事です。ならばせめて私は、この身体と聖槍をイストワール様にお返ししましょう」
使徒セフィリアは……あなたのかつてのメイドは、あろうことか、あなたと戦わず自ら消滅する道を選んだ。
それがセフィリアの……選択。
消えゆく彼女は、最後に痛切な表情を浮かべ、あなたに訴えかける。
「どうか……どうかこのまま魔界へとお帰り下さい。今ならばまだ、イストワール様もお許しになられるはず。魔界で心安らかにお過ごしください。――イストワール様には誰も勝てません。きっと、あなたは絶望の淵へと落とされる事でしょう。そのような結末など、私は見たくないのです……」
セフィリアの体が輝きと共に透けていく。足元からゆっくりと消えていき、きらきらと光の泡沫が空へと昇っていった。
そして、最強の使徒セフィリアはこの世界から消滅した。
時を同じくして、王都、静寂の森、ホムラの国から立ち上る光の柱が消えていく。
聖都カテドラルの光の柱も砕け散り、ここに女神を守る守護結界は崩壊した。
大聖堂の廃墟の上を跨ぐように、空から光の階段が伸びていく。それはあなたとファリシアの元へと到達した。
光の階段ははるか空の彼方へと繋がっている。空に伸びる階段の果てには、輝く神気の渦が広がっていた。
そこが、女神イストワールが座する神界なのだ。
ついに……ついに、あなたは女神イストワールの前に立つ権利を有したのだ。
その階段を一歩登ろうとした時、傍らのファリシアが声を響かせる。
「セフィリアの言う通り、引き返すなら今しかありません」
あなたは踏み出しかけた一歩を元に戻し、ファリシアへ視線を向ける。
「すでに何度も言っている事ですが、女神イストワールに勝つ可能性は無いに等しいでしょう。彼女はこの世界の運命を統べる女神にして、今や使徒の力も取り込み完全なる力を取り戻している。運命が掌握されている以上、奇跡が起きる事も有り得ません。この先へ行けば、待っているのは確実なる敗北のみ。それでも――あなたは戦うのですか?」
そう、この階段を登ればもう引き返すことはできない。
使徒セフィリアは己の命を賭け、魔界に戻る道を進言した。もしそれに従えば、おそらくイストワールもセフィリアの意思を尊重し、あなたを見逃すことだろう。
だがこの階段を登れば……あなたを待ち受けるのは確実なる敗北である。
女神イストワールには誰も勝てない。この世界の管理者にして女神であるイストワールの完全なる力は、魔王ファリシアをもはるかに凌いで余りある。
――だが、最後の選択はすでに済ませてある。
あなたは、迷うことなく一歩を踏み出した。光の階段を、ゆっくり上っていく。
魔王ファリシアは、あなたの選択を一切意外と思う事もなく、ただ静かに一歩遅れてついて来た。
そのまま階段を登っていると、火竜の姿で空を舞うグリュイエールがあなたの元へと合流する。
グリュイエールは火竜形態を解除し、背に乗るネコマタたち共々、あなたの数歩先の階段上に降り立った。
彼女たちは何も言わずにあなたを待ち、あなたが先へ進むのを確認すると、その後ろについていく。
やがて、ワイバーン形態のリュミスの背に乗るアルメリアたちも、あなたの元へと合流する。
彼女たちもまた、あなたより先の階段上へと着地し、あなたが先へ進むのを待って、後から遅れてついてきた。
すると今度は、進みゆくあなたの前に影が集う。それは人型を形作り、やがてランガたちがその姿を現した。
ランガたちもまた、あなたが先へ進むのを確認したのち、その後をついてきた。
誰も言葉は無い。その歩みに迷いは無い。
そうだ、誰もがその胸に一つの結論を出している。
イストワールが支配する世界は受け入れられない。
だから戦う。例え勝利する可能性が存在しなくても。
だから戦う。もはや勝てるか負けるかなど、戦いを挑む要因にはならないと知っているのだから。
やがてあなたたちは、神気渦巻く空間の前へと到達した。
この中へ飛び込めば、神界へ降り立つ事だろう。
そしてそこには、女神イストワールが待っている。この物語りの結末が待っている。
あなたと魔物娘たちは、一気にその中へと飛び込んだ。
――最後の結末が、もうすぐやってくる。