※この作品はR-18です。

ツゴウノイイファンタジー   作:アーチ/arech

132 / 141
132、目覚め

 消えていく。あなたの意識が、体が、この世界から、イストワールのツゴウノイイファンタジーから、消えていく。

 それが敗者が遂げる末路。女神イストワールに逆らった者が遂げる運命。

 

 抗いようもない破滅の足跡が、ゆっくりとあなたに迫ってくる。全ての感覚が遠くへ過ぎ去り、唯一残る意識も霞んでいく。

 ゆっくりと訪れる消滅の狭間。もう何も聞こえない。感じない。ただただ静かに、終わりがやってくる。

 

 なのに、なぜだろうか……あなたは、声を聞いた。

 かすかな声。誰の者かも判別できない、小さな声。遠い。全てが遠い。

 だがその声はなぜかあなたに聞こえている。微かで、弱々しくて、小さな声なのに……あなたの耳に、いや、意識に届いている。

 

「勇者様……勇者様……聞こえますか……?」

 

 聞こえる。聞こえている。消滅寸前のあなたでは声を出すことすらできない。だから返答など出来なかった。

 しかしその声はあなたに語り続ける。

 

「ピクシーたちと共に……王都、エルフの国、ホムラの国のほぼ全ての人たちに……水晶玉を渡すことができました……女神の使徒を倒した事で……彼女たちへの洗脳も解けたようです……」

 

 この声は……占い師だ。あなたはようやくその事に気づいた。しかしなぜ、彼女の声が聞こえるのだろうか。

 

「……覚えているでしょうか? 勇者様にも渡したあの小さな水晶玉……遠見の魔法がかけられているので、水晶玉を媒介に会話ができると……説明したはずです」

 

 ……覚えている。女神の使徒たちに挑む前、占い師は確かにそう説明していた。

 ならばこの声は……あの時占い師から受け取った小さな水晶玉から発せられているのか。

 

「そしてこの水晶玉は……本来の遠見の魔法のように持ち主の映像を映し出すのです。それにより……勇者様の窮地を私たちは知りました。今……この世界の誰もが……あなたと話をしたがっています」

 

 ……それが、いったい何になる。今この瞬間にも消滅してしまいそうなほど儚いあなたの体。たかだか声が聞こえる程度で、この状況を覆すことはできない。

 しかし、考えようによっては最後の瞬間に相応しいかもしれない。ただ一人孤独に消えるよりは、占い師や他の者たちに看取られる方が……。

 

「勇者様っ!」

 

 聞こえてきたのは占い師の声では無い。透き通ったようなこの声の主は、王都の聖女エルフィーネだ。

 

「私は今でも覚えています。勇者様が復活したグリュイエールと戦った時の事を。強大な彼女を前に逃げるという道もあったのに、あなたは王都の為に戦ってくれました。その勇姿を、私は決して忘れたりはしません!」

 

 ……。

 

「勇者よ」

 

 次に聞こえてきたのは、エルフの姫エファナの声だった。

 

「そなたがアルメリアと戦った時の事を、覚えているか? まだそれほど時が経っていないのに、ひどく懐かしい思いだ。そなたは魔界の門が開くのに抵抗しようともしない我らエルフの為、アルメリアに立ち向かってくれたな。そなたがアルメリアと戦う選択をしなければ、今頃我らエルフはどうなっていたか……想像するにも及ばないだろう。そなたの選択が、戦いが、我らエルフを変えてくれた。エルフの姫として、断言しよう。そなたのこれまでの戦いは、決して無駄ではなかった。我らエルフは、そなたの事を決して忘れたりはしない」

 

 ……。

 

「聞こえますか、勇者様」

 

 次に聞こえてきたのは、ホムラの国のミコト姫の声だ。

 

「道を誤り、魔王の力に溺れていた私へ、あなたは真剣に立ち向かい、正しき道を示してくれました。我が剣の誇りは、あなたがあの日示してくれた誇りでもあるのです。あの日の戦いを、あなたが見せたあなたの剣を、私は決して忘れる事などないでしょう」

 

 ……。

 

「ねえ、何してるのよ」

 

 次に聞こえてきたのは、エルフのリーシャの声だ。

 

「いつまでそんな風に倒れてるつもりよ。まさか、本当にこのまま終わるつもり? そんなの……そんなのってないよ。このままあなたが消えるなんて……そんなの、やだよ。お願い……立って。あの時みたいに、あなたの背中を見せて……」

 

 ……。

 

「おい、勇者よ」

 

 次に聞こえてきたのは、王都のパラディンの声だった。

 

「一応お前には報告しておいてやろう。ホムラの国でエルフィーネ様に立てた誓いを、見事果たしてみせたぞ。それで……お前はどうする? 女神を倒すと誓ったのではなかったか?」

 

 ……。

 

 聞こえる。皆の声が。あなたと関わってきた人たち全ての声が。

 

「勇者様っ! どうか負けないで!」

「立ってください、勇者様っ!」

「頑張れ、勇者様っ!」

 

 聞こえる。王都の人々の声。エルフたちの声。ホムラの国のヤトメたちの声。

 あなたを信じる声が。あなたを励ます声が。あなたを認める声が。

 この世界に生きる全ての人たちが、あなたの為した事を認めている。あなたの存在を覚え続けている。

 

「最後に……私からこの言葉を送ります」

 

 最後に聞こえてきたのは、また占い師の声だった。

 彼女は静かに告げる。

 

「勇者様が勝つ確率……100%。これは占いではなく、私たち全ての人の願いです」

 

 ――――――――――。

 

 消えるはずだ。あなたの体はもう消え去る寸前だったはずだ。

 なのに、体の感覚が戻っている。意識がある。手足がある。視界がはっきりとする。

 あなたは、神界の淡くエメラルド色に光る床へ手をつき、その体をゆっくりと起こした。

 

「――バカな。なぜ……なぜ、立ち上がる……?」

 

 驚愕と共にイストワールが目を見開く。彼女は信じられない。確実に消し去ったはずだ。消滅を免れる事などできないはず。

 

「なのに、どうして――貴様はまだそこにいる!?」

 

 あなたの存在は、確かにイストワールによって消し去られた。

 しかし、あなたという存在は、この世界に生きる人々の心から消え去ったりはしない。

 

 彼女たちが認めている。あなたの成し遂げた事を。

 彼女たちは信じている。あなたが成し遂げようとしている事を。

 だから消えない。そう、例えその存在がイストワールによって消し去られようとも、消えない物がある。

 

 かつての魔王の意志がそれだ。あなたが抱いた意志がそれだ。

 そして、人々が抱くあなたという存在が、それだ。

 あなたは消えた。イストワールの手によって確かにこの世界から消滅した。

 しかし人々は忘れない。あなたという存在を。あなたという意志を。

 

 そしてここに一つの矛盾が生まれ、矛盾は正当な論理となって生まれ変わる。

 イストワールの世界から消えたあなたは、人々の想いから新たに生まれ、真の勇者として目覚めを迎えた。

 そう、ここはツゴウノイイファンタジー世界。あなたこそが、この世界を救う勇者なのだ。

 

 イストワールに生み出され、彼女に操られる傀儡でしかなかったあなた。

 だが今や違う。この世界の人々に認められた真の勇者として、イストワールの世界から独立を遂げた。

 それはつまり……もはや今のあなたは、イストワールの定めるルールに縛られないという事だ。

 

 あなたは気づく。自分の変化に。周囲を漂っている魔力に。あなたの中に確かに息づく多くの意思に。

 消え去ったはずの魔物娘たちの意思が、あなたの胸に確かに宿っている。彼女たちの意思が、あなたの中で躍動している。

 魔物娘たちはその肉体を消し去られたが、彼女たちの意思とあなたとの繋がりまでは消し去られていないのだ。

 

 そして今ここに、イストワールの定めしルールを超越する。

 あなたは魔法を使えない。しかしイストワールの支配下から脱した今、そのルールは無用の長物と化した。

 すなわち、あなたは魔物娘たちの魔法を全て操れるようになったのだ。胸に宿る彼女たちの意思を掲げれば、それは当然のようにかなう。

 

 魔物娘たち全員の意思が、あなたの中で胎動する。彼女たちが訴えている。共に戦わせろと。イストワールを倒せと。

 肉体を失ってもなお、彼女たちの意思は健在。ならば何を迷う。何を恐れる。何よりも頼れる仲間が、今もまだあなたと共に居る。

 

 さあ、開戦の狼煙だ。魔物娘たち全員の意思が吼える。今こそイストワールに仇名せ。今こそ力を示せ。

 あなたは、地に落ちたあなたの剣を鞘に納め、代わりに目の前に突き刺さっていたファリシアの魔剣を引き抜いた。

 

 そして、魔物娘たちが使える全ての魔法をサーチ。

 炎、水、風、土、雷、氷、闇。多くの魔法がある中であなたが選んだのは、なぜかそれだった。

 

 あなたの中に宿る魔物娘の意思……ネコマタ、リッチ、パイレーツ、グリュイエール、ミズハ、フェンリル、リュミス、アルメリア、アイ、クロナ、ランガ、そして――ファリシア。彼女たちの意思が全会一致を遂げる。

 その魔法こそが相応しい。イストワールとの戦いの火ぶたを切って落とすには、それこそが正着なのだと彼女たちが告げている。

 

 ゆえに、あなたは迷いなくその魔法を使用する。

 あなたは周囲に漂う魔力を体に集中させた。

 

「これは……魔力の気配だと!? ありえんっ! そんな権限など私は与えていない――! いったい、何が、何が起きている!?」

 

 魔力を集中すると同時にあなたの周囲に赤黒い魔力が漂い始める。あなたが魔法を発動すると、それは地面へと沈み込んだ。

 とたん、あなたの足元を中心にして、床から赤黒い魔力が吹きあげた。

 

 赤黒い魔力は地面を走り、空へ向かって吹きあげていく。その勢いはこの神座を埋め尽くさんばかりだ。

 これは、本来あなたが知り得ない魔法だ。この魔法によってホムラの国のお社の庭園が見るも無残に荒れ果てたという結果を知ってはいたが、この魔法が使用される場面をあなたは直接見ていない。

 

 しかしあなたの中に宿るリッチは知っている。ファリシアも、この魔法を心得ていた。

 彼女たちがあなたに告げる。この魔法の名を。

 

「この魔法は……!」

 

 イストワールは知っていた。かつてイストワールに挑んだ一人の魔物娘――当時の魔王。彼女がイストワールと戦う際に使ってみせたのが、まさにこの魔法だった。

 もはやイストワールでさえその魔物娘の名前を思い出せはしない。だが彼女は知っている。一人挑んだその姿を。この赤き輝きを。

 

 その魔法の名は――灰の贖い、ミスコリデ。

 

「――だが、下らん! この魔法はすでに一度破っている!」

 

 イストワールの体から神気が発せられる。それは神界を冒そうとした赤黒い魔力を吹き飛ばし、この世界にまた光を満たし始めた。

 だが――イストワールは知らない。かつてのこの魔法が、それから更に時を経て、新たなる魔法へと繋がる事に。

 

 あなたは軽く左足を上げ、その踵で地面を叩いた。

 それと同時にあなたの影が膨れ上がる。伸縮する影はあなたの周囲へ広がり、赤黒い魔力が噴き出る大地を覆いつくした。

 己の影を闇と同化させ自在に操る魔法、メリストリア・リッチ。それによって赤黒い魔力を拭きあがらせる呪われた大地を覆うと、はたしてどうなる。

 

 その答えは、あの日、ホムラの国での夜にリッチが証明して見せている。

 大地を覆うあなたの影が膨張し、抑えつけられていた赤黒い魔力が一気に噴き出した。

 魔力暴走を強引に引き起こし、強大な破壊現象を呼び寄せる。これこそがミスコリデが遂げた先。イストワールの知らない未来。

 

 神界の床がひび割れ、暴威と共に浮き上がっていく。世界が揺れる。空が割れる。神界が崩れていく。

 

「貴様、我が神界ごと吹き飛ばすつもりか!?」

 

 あなたは答えない。答える必要も無い。もはやあなたは、イストワールの支配が及ばぬ場所に居るのだから。

 

「そうか――そういう事か! 貴様は我が支配から脱したのだな!? 真の意味で我が敵となったのだな! ならば……もはや容赦はしない!」

 

 イストワールの体に神気が集う。先ほどまでとは桁が違う。触れるだけで消滅してしまいそうなほど強大な神気の渦だ。

 

「いいだろう、認めてやる。名も無き存在よ……勇者よ! 貴様を我が宿敵とみなし、全力を見せてやろう――極光・天照(あまてらす)大全世界(たいぜんせかい)!」

 

 イストワールの体から神気が放たれる。それは光の旋風と化して吹き荒れていった。

 赤黒い魔力が吹きあげる神界が、再び光で満たされていった。あなたの視界が白い光に染まる。

 

 思わず手で目を覆ったあなただが、手の平もまぶたすらも突き抜けて光が侵入してくる。

 なんという神気の波動。これがイストワールの全力なのか……。

 やがて、強烈な光の奔流が止んだのを感じ、あなたは目を開いた。

 

 ――そこは、光の世界だった。

 

 空が光輝いている。地面には神界の床がどこにも無く、ただただ光輝く地平が広がっていた。

 イストワールは、そこがこの世界の中心だと言わんばかりに、あなたのはるか正面の先で堂々たる立ち姿を見せていた。

 

 全てが白い。全てが輝いている。そして恐るべき事に……この世界から神気の力を感じる。

 先ほどの神界のように神気が満ちているのではない。ここが、この世界そのものが、神気で出来ているのだ。

 

 ここは――なんだ?

 

 その疑問に答えるかのように、イストワールが声を響かせる。さながら、空から降り落ちる福音のごとく。

 

「極光・天照大全世界。神気に満たされた世界そのものを新たに作り出す、我が神秘の術だ。この術は、私が全力で戦う時にだけ発動する。誇れ。私が大全世界を展開したのは、貴様が初めてだ」

 

 ――極光・天照大全世界。それは周囲を神気に満ちた世界で上書きすることで、無限に等しい力を手に入れる神秘の術だった。

 この世界において、イストワールは文字通り無敵の存在と化すのだ。

 つまり――この大全世界を展開されたが最後、あなたに勝つすべはない。それをあなたは肌で感じていた。

 

「我が支配から逃れた事で、たかだか魔力を操れるようになった程度で、私に勝てるとでも思ったか? 知れ! そして悟れ! 貴様が勝つ未来など、この世界のどこにも存在しない!」

 

 勝てない。勝つすべなどない。勝つ未来など存在しない。

 ……だが、そんな言葉はもう聞き飽きた。

 勝てないのなら、勝ってみせよう。

 勝つすべがないのなら、勝つすべを見つけてみせよう。

 勝つ未来など存在しないのなら、その未来を掴んでみせよう。

 

 戦う決意を抱くに当たって、勝てるかどうかは関係ない。勝てるから戦うのではない、負けるから戦わないのではない。戦わなければいけないから戦うのだ。

 そして、いざ戦うと決意したのならば……勝利を掴むために、全ての能力を総動員するだけの事。

 ただ、それだけだ。

 

 ――イストワールと戦う前に、あなたはこの大全世界のルールを知らなければならない。

 今ここに、極光・天照大全世界のルールを開示しよう。

 

 極光・天照大全世界におけるルール。

 一、極光・天照大全世界、通称イストワールの世界は、無限に神気が満ちる空間である。ゆえに、神気を力の源とするイストワールは無限に等しい力を扱える。

 二、イストワールの世界において、彼女が不利となる事象は決して起こり得ない。ゆえに、イストワールへの全ての攻撃は不成功となる。

 三、イストワールの世界において、彼女は神秘術を超えた極光術を扱える。これはどれもあなたを確実に消し去るに足る恐るべき術であり、抗うすべは無い。

 四、イストワールの世界において、運命という名の可能性は彼女が完璧に掌握している。

 五、ルール一、二、三、四の存在により、あなたの勝利はありえない。この世界に、あなたが勝つ可能性は決して存在しないのだ。敗北を受け入れろ。

 

 ……知るべきことは全て知った。

 さあ、ファリシアが残した魔剣を構えろ。

 魔物娘たちの意思を掲げろ。

 これが――あなたの最後の戦いだ。




次回は三話更新です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。