イストワールの手に、見覚えのある剣が握られる。
あの形、あの意匠。間違いない。かつてグリュイエールと戦った折りに、あなたもその手にした聖剣だ。
だが……はたしてあれは本当に聖剣と同一のものだろうか。
その形状は同じだ。だが、輝きが違う。神気の波濤が違う。あまりにも神々しく輝く剣は、もはや聖剣という名を超越していた。
そしてあなたは聞いた。その剣を召喚したイストワールが、こう言っていた事を。
神剣・エルネスト。
神剣……聖剣すらを超えた呼称であり、しかもその剣の名はエルネスト。女神の使徒、エルネストと同じ名だ。
「そうだ、気づいたか」
イストワールがわざとらしく神剣エルネストを振るった。虚空を流れる刃は煌めき、光の残滓を軌跡に残す。
「女神の使徒が得物とする武器は、全てこの私が生み出した神器。その真価はこの私の手にある時に発揮されるのだ。しかして、聖剣の真名は神剣・エルネスト。そう、使徒とは神器に見合った使い手として生み出した存在、いわば鞘でしかない。ゆえにその名を見合った神器と同一にした」
使徒エルネスト。使徒クルスククス。使徒ツキヨミ。そして……使徒セフィリア。
彼女たちのその名こそが得物とする武器の真名。そして、使徒たちが扱う聖剣、聖弓、聖杖、聖槍は、その真価を完全には発揮していなかったのだ。
イストワールはそれら全ての神器を扱え、真価を発揮させることができる。すなわち、神剣エルネスト、神弓クルスククス、神杖ツキヨミ、神槍セフィリア、その全てを完璧に扱えるのだ。
その衝撃的な事実を受け、しかしあなたの中に宿るとある魔物娘の意思が燃えたぎる。
グリュイエールの意思だ。彼女は今ここに、ついに己の仇敵を見出したのだ。
かつて煮え湯を飲まされた宿敵、使徒エルネストとその聖剣。しかしその真実は、イストワールの神剣・エルネストだったのだ。
あなたの中に宿るグリュイエールの意思が吼える。我が灼熱にて燃やし尽くしてくれようぞ。
グリュイエールの意思にあなたは身を任せ、炎の魔法を発動。
あなたの周囲に炎が生まれだす。それはあなたの真正面の空間に集まり、ある一つの形状へと変化していった。
先端が鋭利なその形状――槍だ。炎の槍が今ここに生み出される。
そしてその炎の槍は尋常の物では無かった。
グリュイエールの全魔力と意思が込められたその槍の名は――火竜槍・グリュイエール。
あなたは灼熱のプライドに燃え盛る火竜の槍を左手で握る。
神剣エルネストを持つイストワールと対峙するは、火竜槍グリュイエールを持つあなた。因縁の戦いが形を超えてここに現れた。
あなたはグリュイエールの意思に身を任せ、一気呵成に詰め寄った。
槍の間合いに入るやいなや、火竜槍による連続突きを放つ。一突きする度に火炎がまき散らされ、虚空に灼熱の華が咲く。
対してイストワールは、神気満ちる神剣エルネストを振るい、あなたの突き技を次々封じていく。まき散らされる火炎は神剣が発する神秘の波濤によりかき消され、彼女に何ら影響を与えていなかった。
光と炎の軌跡が舞い乱れる。餓狼の如き火竜槍の刺突は、煌めく神剣が絡めとるように軌道を封じ、返す刀で斬撃を見舞う。それを槍先で巻き上げて撥ねのけ、再度刺突を放つ。
槍による刺突の応酬はまさに燃え盛る火炎そのもの。対してそれを受ける剣の動きはさながら神秘の舞踏。荒々しく流麗華美な斬撃刺突の華が狂い咲く。
「どうした、その程度か! それが限界か! 名も無き存在よ!」
イストワールは剣呑な火竜槍の刺突を前に、嘲弄する余裕すら見せている。
イストワールの剣撃は徐々に速度を増していく。まるでその力は尽きないと誇示するかのように。
事実、ここはイストワールの世界。彼女の力が尽きる事は無く、無尽蔵の神気が彼女に力を与えている。
あなたが放つ刺突の隙間を縫って、一歩、深々とイストワールが踏み込んだ。
鋭い斬り下ろしがあなたを襲う。たまらずあなたは背後へ跳躍し、斬撃の間合いから遠ざかってやり過ごした。
それが、悪手だと知りながら。そうするしかなかった現実を悔いつつも。
「下がったな? 愚かな、そこは死地だと知れ!」
イストワールが神剣エルネストを大上段に構える。神剣に神気が満ちる。神気の波濤が光り輝く。
――神技の構え。
驚きは無い。女神の使徒の武器がイストワールの生み出したもので、彼女の手にある時真価を発揮するというのなら、全ての神技を使えると想像するのが当然。事実彼女はすでに聖槍で神技を放っている。
神剣エルネストによる、神技カエルムラミナ。その威力はおそらく使徒エルネストが放った時とは一線を画しているだろう。
何を持って迎えうつ。抗いようのない神技を前に、何を。
あなたは、迷わず火竜槍グリュイエールを地面へ突き刺した。そして、強力な魔力を集中する。
集めた魔力を一気に周囲へ拡散。それによってとある魔法を発動する。かつて、あなたも苦しめられたグリュイエールの魔法を。
風が吹く。風が巻き上がる。あなたの正面、火竜槍を中心にして、突如強烈な竜巻が吹き上がった。
これぞ竜族に伝わる自然を操る特殊魔法。竜巻の召喚。
「下らん! たかが自然現象で、我が神技を食い止められると思うな! 神技・
イストワールが神剣を振り下ろす。それと同時に込められていた神気がひとすじの刃となって放たれた。
イストワールの言う通りだ。ただの竜巻ではカエルムラミナの刃を止められない。だから、あなたは火竜槍グリュイエールを竜巻の中心に添えたのだ。
火竜槍グリュイエールから、灼熱があふれ出る。それは竜巻を内部から侵し、瞬く間に染め上げていった。
ただの竜巻は、グリュイエールの全魔力が込められた火炎竜巻と化しあなたの盾となる。
猛烈な旋風と天へ届く刃が衝突する。せめぎ合う。火炎が迸る。神気が飛び散る。
火炎竜巻を支えるのはグリュイエールの意地にして意志。それは時に、あらゆる事象を凌駕する。
神技カエルムラミナの刃が、徐々に徐々に勢いを失っていく。やげて、火炎竜巻のうねりに神気の刃は飲みこまれていった。
神技カエルムラミナの天へ届く刃は力尽きた。火炎竜巻が咆哮を上げるかのようにうねり燃え盛る。
だが、すでにイストワールは次手にうつっていた。彼女は神剣エルネストを手放し、神杖ツキヨミをその手にしている。
神杖ツキヨミでこつりと地面を叩く。
「神技・
神杖に集まった神気が空へと放たれ、輝く雲となって広がった。そこから、神気の雨が降り注ぐ。
神気の雨は瞬く間に燃え盛る火炎竜巻を襲い、その勢力を削ぎ落していった。やがて竜巻は消えうせ、光り輝く雨にあなたは包まれた。
この雨はまずい。打たれるたびに大幅に体力を奪われていく。しかも、ツキヨミと対峙したアイにクロナ、ランガの記憶をサーチしても、彼女たちがついにこの神技へ対応できなかった事が分かる。
だが、あなたの中に宿るアルメリアの意思が嘲笑う。無粋な雨ね、私の風で蹴散らしてあげるわ。
あなたはアルメリアの意思に身を任せた。アルメリアにしか扱えない、恐るべき三つの魔法をその身に宿す。
あなたの中に宿るアルメリアの意思が呟く――恐れ慄きなさい。
恐慄・華風凛をあなたは発動する。すると猛烈に吹き荒れる魔界の風により、あなたへ降り注いでいた神気の雨が跳ね飛ばされる。
その数瞬の隙を利用して、あなたは次の魔法を発動。右肩背後に魔界の風を集め、右手に握る魔剣の切っ先を空へと向ける。
散り果てろ、神気の雨。散果・天津風。
あなたの右肩背後に集まっていた魔界の風が、一瞬にして解き放たれる。
吹きすさぶ魔界の突風は空に広がる神気の雨雲へと向かい、その風圧によって蹴散らしていく。決して降りやむことのない神気の雨は、ここに晴れ渡った。
その時にはすでに、イストワールは神器を持ち替えていた。今彼女は神弓クルスククスに輝く矢をつがえ、キリキリと弓引いている。
「神技・
神速の一矢が放たれる。それは過たずあなたの心臓を狙い打つため疾走。瞬く暇すらなく迫りくる。
あなたはとっさに左手を飛翔する矢へ向けた。
ソルサギッタの一矢があなたの左手を貫こうとした瞬間、アルメリアの魔法を発動。狂い咲け、狂咲・緋色ノ花。
左手に集まった魔界の風が渦を巻いて噴出し、ソルサギッタの一矢を迎撃。無事やり過ごせたが、しかし油断は出来ない。
神技・ソルサギッタの恐ろしきは、連続発動にある。あれほどの速度と命中率を有した光の一矢を、イストワールならはたしてどれほど発動できるのか。
その驚異の程は、すでにあなたの視界の中に現れていた。一つ二つ三つ四つを超え十、二十、三十、四十。次々と発射されるソルサギッタの制圧射撃。
これほどの連続射撃は、アルメリアの魔界の風による魔法、恐慄・華風凛でも対応しきれない。
その時、あなたの中に宿るランガの意思が鋭さを増した。儂の剣は最速を極める石火の流派、神速の矢すら超えてみせよう。
あなたはランガの意思に身を任せ、土の魔法を発動。全能力を底上げする竜鳴気を纏い、迫りくる矢の群れへ向かってあえて一歩踏み込んだ。
喉を狙っていた一矢を魔剣にて切り断つ。すぐさま返す刀で右肩を狙う一矢を撥ねのけ、続く頭部を狙う一矢は首をひねり回避。
逃げ場のない制圧射撃へ向かって、一歩一歩進みながら魔剣を振るう。あなたの進行を邪魔するソルサギッタの一矢など、ランガが剣技、石火の技にて切り断っていく。
「ぬぅぅうっ!」
イストワールの射撃の速度が上がった。彼女からすればこれはありえない光景。確実に仕留めえる神技の制圧射撃を前に、あろうことか剣で応じながら前へ向かっていくとは。
その難度はさながら海を割って歩くがごとく。それは不可能を意味していたが、今あなたはその不可能をやってのけていた。
あなたが振るう剣の速度が上がっていく。前へ進む速度も上がっていく。気がつけば、イストワールへ向かって全速力で駆けながらソルサギッタの群れを迎撃していた。
そして、間合いへ踏み込んだのを確認し、あなたは地を蹴って空へ飛んだ。空中で体勢を入れ替え、逆さまとなる。同時に土の魔法により砂の足場を産み出し、重力に逆らうようにして踏み込んだ。
秘剣――月之砂。
空から地へ向けて疾駆するあなたの剣撃。イストワールはそれを目でとらえ、はっと見開きながら大きく飛び下がる。
一刀の軌跡が流れる。魔剣の歪な剣先が、イストワールの胸へわずかに触れた。渾身の秘剣は、掠っただけに留まったのだ。
「なにぃっ!?」
だがその事実がイストワールに与えた影響は深い。この大全世界において、イストワールに対する全ての攻撃は失敗するのが道理。それが運命。
しかしその運命が今、わずかに狂った。あろうことか、はるかに格下であるはずのあなたの剣が、女神イストワールの肌を掠めたのだ。
あなたは運命を、ゆっくりとだが、凌駕しつつあった。
その実感を抱き、あなたは地へ着地。大きく後退したイストワールを睨み据える。
対してイストワールは、その美しく端正な顔を激怒に染め、烈火の如き眼であなたを射抜いていた。
「調子に乗るなよ……人間! いいだろう、これで終わりにしてやる!」
イストワールが得物を持ち変える。光と共に現れて彼女の手に握られたのは……神槍・セフィリア。
そしてイストワールは構えた。投擲の構え――神技の構え。
「神技・
イストワールが光り輝く神槍を投擲する。放たれた神槍からは光の渦が広がり、無限の神気に満ちる大全世界すらを新たな光で染め上げていった。
それは、かつてあなたを穿った神技。
それは、つい先ほどファリシアを、あなたの仲間である魔物娘たち全員を屠った神技。
間違いなく、女神イストワールの最強神技。
何を持って迎えうつ。二度も煮え湯を飲まされたかの最強神技を前に、いったい何を。
あなたは深々と魔剣を振り被った。魔剣に全魔力を集中、集中、集中。魔剣から薄暗い赤紫色の光があふれ出る。
これしかない。神技・フルゴルクリスに対抗するには、あなたが知る最強の剣を用いるしか。
その名は――魔技・魔女の剣。
迫りくるフルゴルクリスの光の帯へ向かって、あなたは魔剣を斬り下ろした。