王都アイトラスの港は今、人だかりができざわついていた。
突如王都の港にやってきた海賊船。ここ最近王都近海を荒らしているパイレーツの船だと理解した王都の兵士たちが警戒するように港に集まり、それにつられて周辺の住民たちも事の次第を見守りにきていたのだ。
海賊船はやけに丁寧に港につけ、錨をおろした。タラップがかけられ、二人の男女が下りてくる。
「あー……あたしたちは海賊なんかじゃないよ」
港に降り立つや抜き身の剣や槍を持った王都の兵に取り囲まれ、女性は戸惑いがちにそう言った。
「あたしの船が海賊に襲われちゃってね、ここに居る勇者様が海賊を退治してくれたのさ。あたしの船は壊れちゃったから、こうして海賊船を貰ってここまでやってきたってわけ」
女性……王都行きの船の船長が、隣に立つ男を指さした。そう、指をさされたのはあなただ。
船長が言った通り、パイレーツを倒したあなたは、動かなくなった王都行きの船の代わりに海賊船を貰い受けていた。
「し、失礼しました、勇者様」
女性兵士が慌てて武器を納め、恭しくあなたに一礼をする。するとざわめきが一層大きくなった。
「まあ、あれが勇者様ですのね」
「海賊を退治した上に、海賊船を奪って王都にやってくるなんてさすがですわ」
住民たちだけでなく、王都の兵士たちすらあなたに羨望の眼差しを向けている。奪った海賊船で王都にやってくるという派手な行いによって、勇者であるあなたの名はたちまち王都で有名になることだろう。
大勢の視線を感じながらあなたは歩き出す。兵士や住民の群れが自然とあなたの進行方向から身を引き、まるで王の凱旋のようであった。
「……あれが勇者か」
あなたが港を立ち去った後、居並ぶ兵士たちの中でも特に気配の違う一人の女性兵士がそう呟いた。
豪奢な鎧を纏い盾と剣を背にかつぐ彼女は、王都の兵たちの中でも上位に位置する存在のようだ。
×××
港を出たあなたは、王都の街並みをまのあたりにした。
王都アイトラスは、あなたの村や以前訪れた港町と比べてはるかに大きい都市だった。街路には人があふれ、所狭しと大きな建物が立ち並んでいる。
あなたはしばし呆然としながら辺りを見回していた。人通りが激しく、適当に歩いていたらすぐ迷子になってしまいそうだ、気をつけなければ。
王都に来たばかりのあなたは、まず何をするべきだろうか。一度王都に来た目的を思い返してみよう。
そう、あなたが王都に来たのは、王都近くにある地下迷宮に潜む女魔王を倒すためだ。魔王を倒すまで、この王都があなたの拠点となることだろう。
ではまず宿屋の場所を確認するべきか。そう思ったあなただが、すぐに思い直す。
王都に来たからには、まずこの国で一番偉い女性とセックスするのが第一優先ではないだろうか。そう考え直したあなたは、すぐに王宮へ向かうことにする。
王都は広いといえど、王宮の場所ならすぐに分かる。あの遠目に見える大きい建物がきっと王宮のはずだ。
王都アイトラスを治めるのは、聖女エルフィーネ・クライシアである。女王のことを聖女と呼ぶのはアイトラスの古くからの伝統であり、そう呼ばれるのはアイトラスに伝わる一つの逸話が由縁だった。
かつて大空を我が物としていた竜であり魔物娘、グリュイエール。自由気ままに生き他者の迷惑を省みない彼女と人間は対立し、いつしか争い合った。
グリュイエールは強大で、人間たちがどれほど束になってかかろうが倒すことはかなわない。しかし、敗色濃厚な戦いの中で救世主があらわれる。
それが聖女エルフィーネの祖先だったとされる、エルネストと呼ばれる女性だ。彼女は聖剣を用いてグリュイエールを封印し、戦いに終止符をうった。
エルネストは強大なグリュイエールの封印が解けないよう監視するため、グリュイエールを封印した地に一つの町を築く。英雄エルネストのために人々も彼女に協力し、いつしかその町は大きくなり一つの国となった。
それが王都アイトラス。エルネストはこの国の初代女王として君臨した女性なのである。
英雄、女王、聖女……あるいは、勇者。エルネストは多くの人に称えられ、伝説となり、その名を語り継がれてきた。
あなたもいずれ魔王を討伐し、このエルネストのようにその名を語り継がれることになるだろう。
ようやくあなたは王宮にたどり着いた。ここに聖女エルフィーネはいるはずだ。
「お待ちください勇者様。ここをお通しすることはできません」
しかし、王宮前の門で兵士が立ちふさがった。
門前から退く気配のない門番に、ひとまず聖女に会いに来たと伝えてみる。
しかし門番たちは聞いているのか聞いていないのか、ただ門の前に立ちふさがっているだけだった。
「そこでなにをしている!」
門番たちと押し問答を繰り返していると、突如あなたの後ろから鋭い声がとんできた。思わず振り返ると、そこには一風変わった女性兵士が立っていた。
豪奢な鎧を身に着け、盾と剣を背に持つ女性兵士。そのたたずまいから只者ではないことが分かる。彼女はとてもするどい目つきをしているが、一目で美人と分かる整った顔つきをしていた。
体つきは鎧に隠されているため分からないが、鎧の形状からおそらく胸が大きいことがうかがえる。
「……おや、あなたは勇者様では?」
その女性があなたの顔を見て、思い出したようにいった。
「失礼、私は王都の近衛兵を務めているパラディンです。先ほど港で遠目から勇者様とお会いしましたが……お気づきになりませんでしたか?」
パラディンとは、大きい盾が特徴的な防御に優れた騎士である。近衛兵にこれ以上相応しい職業は他にないだろう。
パラディンがあなたに向かって一礼した。すると鎧の隙間からわずかに彼女の肌が見える。やはり胸は大きいようだ。
しかしあなたは、彼女の胸の大きさよりも気になったことがあった。
わずかに覗いた胸元にあった不思議な模様……以前どこかで見たことがあったような気がする。
そう、港町であった占い師の胸元にもこのような模様があったはずだ。
「聖女様とお会いになりたいようですが……今王宮内に関係者以外はいれるなと聖女様から仰せつかっております、今回はどうかお引き取りを」
記憶を思い返していると、パラディンにそう冷たく言い放たれた。彼女はそのまま門をくぐり王宮に入っていく。
どうやら王宮内にはそう簡単に入れそうもないようだ。あなたは今日の所は大人しく帰ろうと判断した。
しかし、どうもなにかが変な気がする。あなたは王宮の門番を務める兵士や、さっき会ったパラディンのことを思い返してみた。
勇者のあなたにとって都合のいい展開だったら、あのパラディンが王宮に招き入れてくれるはずだ。なのにすげない対応で追い返されてしまったという現実。これはあまり都合よくない展開である。
それにパラディンの胸元にあったあの謎の模様。あれと同じ模様があった占い師がぽつりと言っていたことをあなたは思い出す。あの占い師はあの模様を指で撫でながら、呪いは解けない、と呟いていた。
王都に来たばかりだというのに、何やらきな臭い出来事が匂い立ってきた。しかし今のあなたではどうすることもできない。ひとまず宿を確保して王都を散策するべきだろう。
これからの目的を設定したあなたは、早速宿を探すことにする。しかし王都は広い。宿を探すだけでも一苦労だ。
辺りを眺めながら大通りを適当に歩いていると、人の往来に流されてしまいいつの間にかどこに居るのか分からなくなってしまう。完全におのぼりさんだ。
気が付けばあなたは人通りが全くない裏路地に迷い込んでいた。王都にもこのような殺風景な場所があるとは驚きだ。
こんな所に宿屋があるはずもない。そう判断したあなたはもう一度大通りに出て宿屋を探そうと考えた。
裏路地から大通りに向かう最中、突然前方からフードを目深にかぶった何者かがあなたに向かって走ってきた。
あやしい。とてもあやしい。フードのせいで顔が全く見えない何者かがこちらに向かってくるのだ。もしや魔物娘ではないだろうか? あなたはそう考えた。
ネコマタはともかく、港町についてからリッチやパイレーツといった明らかに魔王に関わる魔物娘に襲われているのだ。王都についた今、魔王の功勢が更に激しくなる可能性はあるだろう。
あなたは思わず腰にさげていた剣に手を伸ばした。その瞬間、フードを目深にかぶった何者かがやけに可愛らしい声を出した。
「ああ、勇者様っ、あなたが勇者様ですのねっ」
まるで天使のようなとても愛らしい声だ。声だけで彼女がとてつもなく美人だということが分かる。更に言うなら性格も良く心も優しいはずだろう。そう思わせるほどにその声は素敵な響きを持っていた。
今の声でこちらに敵意がないことが分かり、あなたは剣を掴んでいた手を離した。
フードをかぶった何者かがあなたの目の前にようやくやってきた。ぜいぜいと肩で息をしながらその人物はフードを脱ぎ去る。柔らかそうな髪がふわりと舞い上がった。それと同時に、良い匂いが漂ってくる。
ぱっちりと開いたつぶらな瞳。整いすぎてまるで人形のような輪郭。まだ顔立ちは幼さが残るものの、とびきりの美人があなたの目の前にあらわれていた。
そんな彼女が、あなたの手を両手で握りしめる。温かくツルツルとした手の感触がとても心地いい。
「勇者様! どうか、どうかこの国をお救いくださいっ!」
切ない目をしてあなたに訴えかける少女。しかしいきなりのことで全く話が見えない。
とにかく落ち着いて欲しいとあなたは彼女に伝えた。
「あ……す、すみません。私ったら、気持ちが先走って……」
少女はあなたの見ている前でゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐きだす。それを数度繰り返して、溜息を一つついた。
「はぁ、落ち着きました……」
胸に手を当ててそう呟く彼女はとても可愛らしい。あなたは彼女が何者なのか気になり、訪ねてみた。
「あっ、申し訳ありません。名乗るのが遅れました……私はエルフィーネ。エルフィーネ・クライシアです」
その名は、この王都を治める聖女のものだ。まさか聖女と名前が同じなのだろうか。
「いいえ、私が聖女エルフィーネなのです!」
鬼気迫る表情でそう訴えるエルフィーネと名乗る少女。どうも嘘を言っているようには見えない。
彼女が本物の聖女だとして、ならばなぜこんな所にいるのだろうか。しかもそんなフードを被って人の目を避ける様に。
「じ、実は王宮が……王宮が数日前、魔王の手先に乗っ取られてしまったのです! 私はなんとか王宮から逃げ出しましたが、人目につけば魔王の手先にすぐ発見されることでしょう。ですからこうして人目を忍んで勇者様が王都に来るのを待っていたのです」
エルフィーネはそう言って、今にも泣きだしそうな顔をした。
「勇者様、魔王の手先はこの地に封印される竜、グリュイエールを復活させるつもりです。そうなればこの国はきっと滅びてしまうことでしょう。どうか、どうかこの国をお救いください!」
王都に来てまだ数時間しか経っていないというのに、なんだかとんでもないイベントが始まってしまったらしい。
あなたはしばらくの間ただただ絶句して聖女の愛らしい顔を見つめていた。