金髪をまとめ上げた、どことなくボーイッシュな雰囲気の少女ファリシア。その正体はあろうことか魔王だった。
魔王というには彼女の見た目は年若く、どこか子供っぽいイタズラ好きな気配も持っている。しかし見た目で油断してはいけない。
かつてのリッチの発言が正しければ、魔王のレベルは今までと桁違いのはずだ。
警戒するあなたを見て、魔王ファリシアはくすりと笑った。
「ご心配なく。私は戦うつもりなどありませんよ。だってほら……」
魔王ファリシアが視線を聖剣に向けた。
「私はこの聖剣による封印を解かなければいけませんからね。結構大変なのですよ、これ。計画では一日で解くつもりでしたが……やれやれ、数日不眠不休で取りかかってようやくあと少しとは、さすがに骨が折れます」
「ど、どうして封印を解こうとするのですか!」
痛切なエルフィーネの言葉に、魔王は肩をすくめた。
「なぜと言われても……その方が面白そうだからですが?」
「なっ……!」
まさかの言葉にエルフィーネは絶句した。
「魔王とは結構暇なものなのです。私はこれでなかなか平和主義者ですので、人間と争うつもりなどありません。……が、人間相手に暇つぶしをしたっていいではありませんか?」
くすくすと笑いながらファリシアは続ける。
「今まではこうして魔王という身分を隠して人間の街をうろつき、適当に魔物娘をけしかけて遊んでいただけですが……勇者が活動を開始したというのなら、私も本気で遊びたくなるというもの。好敵手というのは人生の花ですからね」
ファリシアの大きい瞳があなたに向けられた。
「ふふ、勇者よ。あなたは私の予想を良く裏切ってくれました。あの港町であなたを一目見た時、もしリッチのような高レベルの魔物娘をけしかけたらどんな顔をするのかと考えてしまい、きっとあなたは負けて私の楽しみは無くなるのだろうなぁなんて思いながら思わずリッチを呼び寄せてしまいましたよ」
どうやらあの港町で高レベルのリッチがあらわれたのは偶然ではなく、魔王の計らいだったらしい。
「あなたとリッチの戦いはこの目で見ていましたよ。正直言って、リッチを倒せるなんて思ってもいませんでした。リッチ相手に奮闘し、勝利を納めたあなたを見た時……予想を裏切られた私の胸は高鳴っていました。ああ、あなたが遊び相手ならきっとしばらくは楽しく過ごせるだろう。夢見る少女のようなこの気持ち、ご理解いただけるでしょうか?」
魔王というだけあって強烈な思考をしているらしく、あなたはさすがについていけなかった。
「この聖剣の封印……私ぐらいでなければ解けないほど面倒なものでしたから今まで放っておきましたが、少し考えてしまったのです。グリュイエールが復活したら、勇者のあなたはどんな顔をするのか、どんな行動をするのか……ふふ、きっと面白いことになるのだろうなぁ、と」
ファリシアはきっとグリュイエールが復活した時のことを思い描いたのだろう。くすくすと笑っていた。
彼女の想像では勇者であるあなたはいったいどんな目にあっているのだろうか。あまり考えたくないものだ。
「こうしてしんどい思いをしてまで聖剣の封印を解こうとしているのも、全て勇者と本気で遊ぶため。できればいきなり復活させて驚かせたかったので、パイレーツまでけしかけて時間稼ぎをしたのですが……まあいいでしょう。これはこれで一興。予測していない事態というのも中々楽しいものです」
どこまでも魔王は余裕の態度を崩さない。
彼女の言葉はいったいどこまで信じられるのだろうか。本当にこの状況を予測していなかったのか、それすらも怪しく思える。
「勇者様と遊びたいと言う割には、魔王様自ら戦いはしないのですね」
パイレーツに言われて、ファリシアはまた笑みを漏らした。
「当然です。だって、今の勇者相手では私があっさり勝ってしまいますよ? それでは何も楽しくないではありませんか」
大体不敵な言葉に、あなたは返す言葉が無かった。
事実、魔王の実力はあなたをはるかに上回っているのだ。
「どうせ私自ら戦うのなら、実力伯仲の勝負でなくては楽しくありません。勇者であるあなたは私に勝つことが目的でしょうが……私にとって勝ち負けなどどうでもいいことなのです。勇者であるあなたで楽しむことができれば、それでいいのですよ」
魔王といえど彼女もまた魔物娘。おそらく自由気ままに生きようとするのは魔物娘の性質なのだろう。
今ここで魔王とまみえたことはあなたにとっても意外だった。しかし考えてみれば、これはチャンスかもしれない。
魔王ファリシアの言葉を信じると、彼女は聖剣の封印を解くために不眠不休で取りかかっていたらしい。
となれば魔王は今本調子には遠いだろう。本来の実力の半分も出せるかあやしいものだ。
更に言えば、グリュイエールを封じている聖剣の封印は、魔王自ら出向かなければ解けない強力なもの。ならばあの聖剣が発している淡い光の加護は、今魔王をすら弱体化させているのではないか。
あなたのそんな考えを見破ったのか、ファリシアは楽しそうに声を弾ませた。
「ふふ、察した通り今の私は本調子には程遠いです。あるいは私を倒す好機は今かもしれませんね」
「だが、そうさせないために私たちがいるのだ」
魔王を守ろうとするかのように、パラディンが一歩前へ進んだ。
「パラディン……! 王都でも最強の名を欲しいままにする誇り高きあなたが、なぜ魔王の仲間などに……」
エルフィーネが嘆くと、パラディンは神妙な顔を返した。
「聖女エルフィーネ……勘違いはしないでください。私は今でもまだあなたに強い敬意を抱いております。しかし……」
パラディンの豪奢な鎧が、じわじわと黒く変色していく。それは鎧全体を黒く塗りつぶし、突如鎧の前面と背面が砕け散った。
両手足の黒くなった具足だけを残して、パラディンの肌が露わになる。なぜか彼女は下にマイクロビキニを着用していて、露出過多な水着に両手足は鎧を着用という謎の格好になっていた。
「今やこれが私の真の姿。魔王様による呪いを受けた姿なのです!」
パラディンが露わになった胸元を指さす。
「この胸に刻まれた模様……これは、魔王ファリシアがかけた呪いの証。魔王様は、この私の敬意もプライドもそのままに彼女のしもべへと変える呪いを扱えるのです」
「……この呪い、勇者であるあなたへの意趣返しと言ったところでしょうか。あなたが魔物娘をしもべにするのなら、私は人間の中でも指折りの実力者を眷属に招き入れたという訳です。……それはそれとして、パラディン。あなたなんという格好をしているんですか。パラディンが自ら鎧を砕いてどうするのです」
さしもの魔王もパラディンの謎の姿には突っ込まざるをえなかったようだ。
「いいのです、魔王様」
「いや、良くないでしょう」
「今の私はもはや聖女に仕えるパラディンではないのですから、この姿こそが相応しい! 今の私は魔王様の呪いを受け、この身を闇に落としたパラディン……そう、ダークパラディンなのだから!」
パラディンが高らかに言うと、数秒封印の間に沈黙が訪れた。
「……だ、ダークパラディン……」
「……正気とは思えない発言ですわね」
パラディンの名乗りを聞いて絶句するエルフィーネに、呆れたように溜息をつくパイレーツ。
「な、なんだその反応は!?」
予想外の反応だったのか、パラディンはうろたえていた。
「この反応は当然です……はっきり言って……ださすぎます」
今まで沈黙していた占い師が、鋭く突っ込んだ。
「なにぃ!? 占い師! お前は私の味方だろうが!」
「仮に味方だとしても……ダメなものはダメというべきです……ちなみに私の占いだと……ダークパラディンがださい確率100%です……」
「だささを占えるはずがないだろう! 魔王様! 魔王様はいいと思いますよね!」
パラディンが目を輝かして魔王に問いかける。魔王ならば自分のセンスを理解してくれると疑っていない目だ。
「だ、ダークパラディンですか……うーん、まあ私は部下の個性を尊重する方針ですから……しかしそれにしても……」
魔王すら苦虫をかみつぶしたかのような顔をしていた。
「なっ!? ま、魔王様! 私をこんな風にしたのはあなたですよ!?」
「その言い方は止めなさい。私のセンスが疑われます」
「そ、そんな……」
魔王にぴしゃりと言われて、パラディンは明らかに気落ちしていた。
「リッチもそうですが、私の言うことを素直に聞く部下はなぜか若干アホばかりなのですよね……とはいえ実力は一級品に違いありません。封印を解くまでの間、勇者の相手は任せましたよ」
魔王が聖剣に向かい合い、手の平を向ける。すると魔王の持つ膨大な魔力が手の平から放出された。
それはリッチの操る闇にも似た、漆黒の魔力だった。聖剣が一度明るく輝き、魔王の魔力に抗おうとする。
しかし魔王の魔力はここから見てもその強大さが分かる。聖剣の輝きを漆黒の魔力で取り囲み、強引に抑えつけていた。
早くなんとかしなければ、封印が解けグリュイエールが復活してしまうだろう。
「やめてください!」
エルフィーネがいてもたってもいられず一歩聖剣に向かって近づいた時、彼女の足元から闇が吹き上がった。
それはエルフィーネの周囲を取り囲み、まるで檻のような形状に変化し彼女を閉じ込めてしまった。
「聖女エルフィーネ……あなたが来てから聖剣の加護が力を増しました。さすがにこれ以上聖剣の力が増すと少々面倒ですから、そこで大人しく見ていてください。……もとより、私の遊び相手は勇者だけ。あなたはお呼びではありません」
魔王がほんの一瞬だけ、エルフィーネに冷たい目を向けた。
「あ……」
ただそれだけでエルフィーネの体はすくみあがっていた。
「悪いことは言いません、聖女エルフィーネ。魔王様に逆らわない方がいいでしょう」
かつて聖女に仕えていたパラディンは、エルフィーネの身を案じているようだ。
しかし魔王の手先へと堕した今のパラディンがかける優しい言葉は、エルフィーネには酷だったことだろう。
魔王が聖剣の封印を解きにかかった今、一刻も早く彼女を止めなければいけない。
そのためにはまず、魔王の前に立ちふさがるパラディンと占い師から相手取る必要があった。
あなたは剣を構えて臨戦態勢に入った。
「来い、勇者よ! 貴様の相手はこのダークパラディンとダーク占い師だ!」
「……!? わ、私にまでダークをつけないでください……名誉を著しく損なってしまいます……!」
「そんなことを言っている場合か、来るぞ!」
グリュイエール復活を食い止めるために、あなたとパラディンたちの戦いが始まった。