「お目覚めの気分はいかがですか、グリュイエール」
「目覚めの気分だと? はっ! 封印されている間妾が眠っていたとでも思っているのか?」
魔王ファリシアに問われて、グリュイエールは吐き捨てるように言った。
「封印されている間身動きは取れずとも、意識だけは明瞭であった……エルネストが妾の封印を監視するためこの町を築いた時も! その町がいつしか王都と呼ばれるほど大きくなったことも! 妾はしかと認識していたぞ!」
「おや、ならば現状の説明は必要なさそうですね」
グリュイエールの体に集う炎が突然荒ぶり、ファリシアの周りを取り囲んだ。
ゆらゆらと揺れる炎はまるで獲物の隙を狙う蛇のようでもある。そこに敵意が込められているのは明白だ。
炎に取り囲まれて、ファリシアはわずかに目を細めた。
「封印を解いた恩人に対する態度とは思えませんね」
「恩人だと? 今さら妾を助けて恩を売ったつもりか? 封印されている間も意識があったと言っただろうが! 貴様の思惑はしかと聞いておったわ!」
グリュイエールが勇者であるあなたにほんの一瞬目線を向けた。赤く爛々と輝く瞳は彼女の凶暴性のあらわれなのだろう。
「大方妾に恩を売って勇者と戦わせようという腹なのだろう? だが貴様の遊びに付き合うほど妾は素直ではないぞ!」
「やれやれ……本当に私の話を聞いていたのですかね?」
グリュイエールの圧倒的な敵意と灼熱の炎を前にして、魔王ファリシアは汗一つかかずにくすりと笑った。
「グリュイエール。あなたを私の配下にしようなどと考えていません。あなたは封印から復活したことを喜び、ただ自由を謳歌すればそれでいいのです。そうすることが私の楽しみに繋がるのですから」
「……貴様」
「あなたは魔物娘らしく自由に生きなさい。あなたを長年縛り付けていたこの王都を滅ぼすのもいいでしょう。しかしそうなれば、はたして勇者はあなたを放っておくでしょうか……ふふ」
「気に食わんな。妾の行動全て、貴様の手の平の上とでも言うつもりか?」
グリュイエールの目がきつく細まった。魔王を睨みながら、周囲の炎がまがまがしく猛っている。
「魔王よ……見たところ貴様、封印を解いて大分疲れている様子だな? 今の貴様なら、妾一人でひねりつぶせそうだぞ」
「ふふ、そうですね。今の私相手なら、存外良い勝負ができるかもしれませんよ」
不敵な魔王の台詞に、グリュイエールが憎々しげに歯を噛みしめた。
グリュイエールの手が魔王に向けられた。そこに炎が集まり、凝縮され、灼熱の輝きがあふれ出る。
膨大な炎の魔力を向けられていながら、ファリシアはただ微笑んでいた。
グリュイエールの手から凝縮された炎が放たれる。しかし、彼女は放つ一瞬の間に手の平を頭上に向けていた。
灼熱が天に向かって走り出した。円柱のような火炎流は封印の間の天井を溶かし、空に昇っていく。
ほんの一瞬で封印の間の天井には大きな穴が開き、そこから空が覗いていた。
「魔王よ、気分屋の貴様は気に食わんが、貴様の言う通り今は復活した事実を喜ぶとしよう。貴様よりもまずはエルネストが残したこの王都の処遇が第一だ」
グリュイエールがそう言った時、エルフィーネは反射的に叫んでいた。
「グリュイエール! あなたの好きにはさせません!」
グリュイエールの鋭い双眸がエルフィーネを貫く。その威圧感のすさまじさに、エルフィーネの足は震えていた。
「聖女エルフィーネか……ふん、エルネストそっくりの気にくわない顔をしているな。檻に囚われていながら勇ましい言葉を吐いても、説得力がないぞ」
「くっ……」
エルフィーネが悔しそうに歯を噛みしめると、グリュイエールはさも楽しそうに唇を歪めた。
「安心するがよい聖女よ。妾は寛大ゆえ、エルネストならともかく奴の後を継いだだけの貴様に興味は無い。封印されている間は常にこの王都を焼き尽くしてやろうと考えていたが、自由になった今妾の気分は最高だ。王都を焼き尽くすのも勘弁してやろう」
自らを寛大と言いながらも、グリュイエールの表情は嗜虐心で溢れている。
それがエルフィーネの不安を煽っていた。
「では、あなたは王都を滅ぼすつもりがないと……?」
「うむ。だが、この王宮はダメだ。エルネストが築き、妾を長年封じ込めていたこの王宮は徹底的に破壊する。そして妾が王都の支配者となって君臨し、王宮跡地に妾を称える宮殿を新たに築かせてやろう」
グリュイエールは、あろうことかこの王都の新たなる支配者になろうと考えていたのだ。
それがかつてエルネストに後れを取ってしまった彼女なりの復讐なのだろう。
「これより王都を妾の物とする。聖女よ、貴様には妾の世話係を命じてやろう。くはははっ、妾に付き従って王都の民に主従関係を示し続けるのだ! 妾の寛大な心に泣いて喜ぶがいいぞ!」
グリュイエールの体の周りに炎が集う。炎は彼女の体を取り囲み、規模を増していった。そして炎が彼女の体から離れた時、彼女の姿は変質していた。
そこにいたのは少女の姿ではなかった。赤い鱗を纏った雄々しい巨体。空を舞い飛ぶために生えた長い翼。竜だ。グリュイエールは今竜の姿となっていた。
翼をはためかせ、火竜グリュイエールはその巨体を浮き上がらせた。
「勇者よ、巻き込まれたくなければすぐこの王宮から逃げるのだな!」
グリュイエールは先ほど天井に開けた穴から空へ舞い上がった。王都の空を翔けながらこの王宮を破壊するつもりだ。
「相変わらずですね、彼女は」
魔王ファリシアは溜息をつきながら服を手で数度払った。先ほどグリュイエールが翼をはためかせたため、ほこりで汚れてしまったのだろう。
「さて、グリュイエールはちゃんと復活しましたし、我々も戻るとしましょうか。正直言って眠気がすごいのですよね」
魔王に言われて、パラディンがおずおずと問いかける。
「占い師はどうしますか?」
「放っておきましょう。まだ彼女の呪いは完全に解けた訳ではありませんが、私の呪いに抗った褒美として一時自由の身にさせてあげます」
魔王とパラディンの体が闇に包まれていく。
完全に闇に包まれてその姿を消し去ろうとした時、魔王があなたに向けてつぶやいた。
「ではごきげんよう。私は自室であなたの奮闘ぶりを眺めさせていただきます」
魔王ファリシアとパラディンの姿が闇に消える。それと同時に、エルフィーネを閉じ込めていた闇で出来た檻も崩れ落ちた。
嵐のような一連のイベントが終わり、封印の間には静寂が訪れていた。
後に残されたのは勇者であるあなたと、パイレーツにエルフィーネ、それと体力が尽きた占い師だけだった。
結果的にグリュイエールの封印は解けてしまい、彼女は王都の空に解放されてしまった。
「勇者様、このような事態になったのも全て私の責任です。幸いグリュイエールは勇者であるあなたを敵視していない様子。あなたはどうかお逃げください」
エルフィーネに逃走を提案されたあなただが、はたしてどうするべきか。
考えてみれば、まだ王都にやってきてほんの一日が経ったくらいだ。それだけの間に色々と厄介なことに巻き込まれてしまったのも、勇者としてのさがなのだろう。
このままグリュイエールに王都を支配されてしまったら、エルフィーネは当然、王都に住む多くの美女たちとセックスする機会を失ってしまうだろう。
このツゴウノイイファンタジー世界の絶対的ルールとして、勇者であるあなたは全ての女性とセックスする権利を有している。ならば、その権利を妨げる相手を放っておくことなどできるはずがない。
なにより、火竜グリュイエールも魔物娘に違いない。ならばあの嗜虐的な竜娘もあなたのチンポで屈服させるのがこの世界の道理だろう。
「勇者様は戦うおつもりなのですね……」
グリュイエールとの対決を決意したあなたの顔を見て、聖女エルフィーネは感動したように瞳を潤ませた。
「勇者様、グリュイエールと戦うのならば、この聖剣をお持ちください」
エルフィーネが落ちていた聖剣を拾ってあなたに差し出した。
聖剣はグリュイエールの炎にさらされてなお、いまだ淡い輝きを発していた。
「聖剣は魔王の魔力とグリュイエールの炎により大分劣化してしまいました。しかし、聖女である私の魔力を注ぎ込めば一時的に元の力を取り戻します。私の残る魔力をこの聖剣に託しましょう。これならばきっと、グリュイエールに致命的なダメージを与えられるはずです」
エルフィーネが聖剣に魔力を込めた。淡い輝きが力強いものになり、その力を増したことがあなたの目にも分かった。
聖剣というグリュイエールに対する武器は手に入ったが、彼女に勝つためにはこれだけでは足りない。
絶対的な力の差を埋めるなら、戦略も工夫しなければいけないだろう。あなたは体力を失った占い師に近づいてみる。
「勇者……様……」
占い師は気を取り戻したようで、あなたにやんわりとほほ笑んだ。
「魔王の呪いによって……多大な迷惑をかけてしまいました……申し訳ありません」
謝罪する占い師だが、そんなことはもうどうでもよかった。
あなたは、グリュイエールに対抗する占いは無いのか聞いてみる。
彼女の予知めいた占いなら、きっとグリュイエールを倒す切欠になるアドバイスが得られるはずだ。
「……魔王もそうですが……グリュイエールのような……強大な力を持つ者の行動を予測したり、占ったりするのは……私には大変難しいことです」
占い師の答えを聞いて気を落とすあなただったが、彼女は小さく言葉を重ねた。
「しかし……一つだけ占えました……いつ、いかなる時この占いの通りになるかはわかりませんが……グリュイエールが右手のかぎ爪で勇者様の頭を狙う確率……100%です……」
占いの内容的に、この行動予測が勝負の行方を左右することはまずありえそうにない。しかしあなたは占い師に礼を言った。何もヒントが無いより大分マシだと思えたのだ。
占い師との会話が終わった時、封印の間が大きく揺れた。それと同時に衝撃音が響いてくる。
おそらく、グリュイエールが王宮に向かって攻撃を開始したのだろう。
「勇者様、グリュイエールと戦うなら早くしなければ。このままだと王宮ごと潰されてしまいますわ」
パイレーツに進言されて、あなたはひとまず王宮から脱出することを決めた。
体力の尽きた占い師を担ごうとした時、エルフィーネがそれを制した。
「占い師は私に任せてください。勇者様は一刻も早くグリュイエールの元へ。かの竜を止められるのは、もはや勇者様以外におりません」
また大きい衝撃が封印の間を揺らした。確かに急いだ方がいいようだ。
占い師をエルフィーネに託し、あなたは先に封印の間を後にした。
封印の間を出てみると、崩れた瓦礫があちこちに飛散していた。王宮はすでに一部分が崩壊してしまっているのだろう。
あなたは急いで王宮の正門に向かった。
王宮から出ると同時に、空から巨大な火球が降ってくる。それは先ほど後にした王宮の入口に直撃し、あと少し遅かったらあなたも巻き込まれていた事だろう。
火球の正体は当然ながら、グリュイエールが吐いたものだ。火竜が最も得意とする基本的な攻撃方法である。
しかしその威力は絶大。もしあれが直撃すれば、甚大なダメージを喰らうことだろう。
あなたは王都の空を見上げた。火竜グリュイエールがまだ薄暗い空を我が物顔で飛行している。その雄大さ、強靭さは地から見上げているだけでひしひしと肌に伝わってきた。
あれほどの強敵を前にして、出し惜しみをするのは自殺行為に近い。あなたはすでに召喚しているパイレーツに加えて、リッチとネコマタも同時に召喚することを決意した。
魔物娘を三人同時に召喚するのは、当然あなたに負担を強いる行為だ。これにより長時間の戦闘は不可能になるが、グリュイエール相手に長期戦などもとより望むことはできない。これが最善の選択だった。
眩い光と共にリッチとネコマタがあらわれた時、空を飛ぶグリュイエールの鋭い眼光があなたをとらえていた。
「勇者め……妾と戦う気か? 妾は勇者などに興味ないゆえ、今宵は見逃してやろうと思っていたが……妾と戦おうなどという思い上がりは気に食わん! いいだろう、相手をしてやるぞ」
火竜グリュイエールがあなたに向かって明確な敵意をむき出しにした。
王都の命運を左右する戦いが、今始まった。