「ちょっと待て勇者よ、こんなの聞いてないぞ!」
グリュイエールとの対決を前にしてまず始まったのは、リッチの愚痴だった。
「なんであんな化け物と戦うことになっているのだ! 正気か!? 火竜相手に勝てる訳ないだろう!」
あのリッチがここまで言うのだから、グリュイエールの力は相当なものなのだろう。
パイレーツはリッチの慌てた様子を見て大きく溜息をついていた。
「やれやれ、一番レベルが高いあなたが臆してどうするのですか。見なさいネコマタを。この状況で一番落ち着いていますわ」
「……いや、あたしは今さら文句言ってもしょうがないなーって思ってるだけで、この状況は正直勘弁して欲しいけど?」
ネコマタは、空を飛ぶグリュイエールを見上げながら呆れたように言った。
「戦うにしてもさぁ、どうすんだよあれ。空飛んでたら攻撃が当たらないっての」
「確かにそうですわね。困りましたわ」
「だから言っているだろう、火竜相手では戦いにならんぞ! あいつらずっと空飛んでるからっ! 絶対降りてこないからっ! 卑怯なのだ竜というものは!」
昔竜相手にひどい目にあわされたのだろうか、リッチは憎々しげに言葉を吐いた。
三人の魔物娘が言うように、空を飛んでいるグリュイエール相手にどう戦えばいいだろうか。あなたは考えた。
グリュイエールに通じるであろう聖剣の一撃も、相手が空にいるのなら当たるはずもない。何かしらの策は必要になるだろう。
「……貴様ら、この妾を前にしてよくものんきに会話していられるな? 妾に対するその態度、業火に焼かれて悔い改めるがよい」
歴然たる実力差があることは、グリュイエール自身も理解していた。だからこそ、地上で恐れるでもなく呆けたように会話している魔物娘たちが気に食わなかったのだろう。
グリュイエールが大口を開けると、竜の姿になっている彼女の口腔内から灼熱の光があふれ出る。
「うおっ、おいまずいって! 火球が来るぞ、散開散開!」
それに目ざとく反応したのはネコマタだった。彼女の行動は迅速で、一人先にあらぬ方向へ走り出す。
「ぬあっ!? ずるいぞネコマタよ!」
リッチも慌てて駆け出した。彼女からしたら弱点である炎の攻撃はかなりまずい。必死の形相で走る様は、とても高レベルな魔物娘とは思えなかった。
「勇者様、ひとまずバラバラに逃げてやり過ごしましょう」
パイレーツはそう提案したが、どうするべきだろうか。
この状況、グリュイエールはまず誰を優先的に狙ってくるだろうか。それを見誤ると即敗北に繋がる可能性がある。
「勇者様……?」
走り出したパイレーツが、一向に逃げようとしないあなたを訝しんで視線を送った。
「愚かな魔物娘どもめ! 主たる勇者が倒されれば貴様らの召喚も維持できまい!」
そう、この状況。傲慢で地力に優れているグリュイエールが魔物娘を攻撃して戦力を削るという方針を取るはずがなく、狙うは勇者であるあなただった。
あなた目がけてグリュイエールの口から火球が放たれる。人間一人など簡単に飲み込めるほどの巨大な火球が目まぐるしい速度であなたに迫ってきていた。
もしあなたが走って逃げていたら、グリュイエールに狙い撃ちにされ為す術もなく背中から火球をくらっていただろう。しかしあなたは逃げることを選択せず、迎えうつことを選択していた。
今あなたの手には聖剣が握られている。グリュイエールをも封じていた聖剣の力を使えば、迫りくる火球にも対処できるはずだ。あなたはそう思っていた。
あなたは迫る火球に向かって聖剣を振り下ろした。聖剣と火球がぶつかりあった瞬間、聖剣から強い輝きが放たれる。
聖なる魔力の奔流があふれるのと同時に、聖剣は火球を斬り裂いていた。斬り裂いた瞬間、火球は膨らんだ風船が破裂するように弾け飛び、そこに込められていた魔力が霧散した。
聖剣による一撃は、グリュイエールの火球による攻撃を無効化したのだ。
「なにっ!?」
その光景に一番驚いたのは、当然グリュイエールだった。自身を封じていた聖剣を持つ勇者を見て、きっとかつての敗北を思い出したのだろう。
「おのれ……聖剣にまだあれほどの力が残っていたか……!」
グリュイエールが翼を大きく羽ばたかせた。更に高度を増したのは、彼女の警戒心のあらわれである。
「ちょっ……その剣の光は私にも多大な影響がありそうなのだが!?」
炎や光に弱いリッチもあなたの持つ聖剣に驚いているようだ。彼女からしたら空から火竜の炎、地からはあなたの聖剣という弱点の板挟み。嘆きたくもなるだろう。
「リッチには悪いけど、バラバラに逃げるより一か所に集まって聖剣に守ってもらった方が安全そうだな」
「ええ。それにしもべたる私たちが勇者様より先に逃げてしまうなんて、あまりにも見苦しい失態でしたわ」
ネコマタとパイレーツが再度あなたの元に集まってきた。しかしリッチはあなたに近づこうとしない。聖剣の発する光が大分嫌なようだ。
「もしかしてさ、その剣のせいでリッチは完全に役立たずなんじゃないか?」
ネコマタがそう言うと、パイレーツも頷きを返した。
「ただでさえグリュイエールの炎と相性が悪いと言うのに……ここまでくると少し不憫ですわ」
あなたもこれには頷くしかない。せっかく強力な魔物娘だというのに、彼女にとって今の状況は逆境すぎる。
「ぐ、ぐぐぐぐっ……お前ら……!」
リッチは本当に心の底から悔しげにうめいていた。地団駄を踏みながら頭まで抱えてしまっている。完全に怒り狂った駄々っ子状態だ。
リッチの感情をここまで煽っているのは、実はパイレーツに同情されてしまったことだった。
「くははは、リッチよ! 言われる通りだな! 己の無能さを嘆き、妾にこうべを垂れるのなら今のうちだぞ」
更にグリュイエールにまで挑発されて、リッチの頭は沸騰寸前になった。
「だがリッチだけではないぞ。ネコマタにパイレーツよ、貴様らと妾では格が違うと知れ。妾の敵は聖剣を持つ勇者のみ! 三下共は皆揃ってどこぞの草場の影で震えているがいい!」
さすがにネコマタとパイレーツもここまで言われては目の色を変えるしかない。
「言ってくれるじゃねえか」
「ええ、さすがに今のは頭に来ましたわ」
二人が怒りをあらわにしたのと同時に、リッチが突然大声をあけた。
「もう……もう我慢ならん! この私をっ! このリッチを! 揃いも揃ってバカにしおって! もう知らん! 炎も光ももう知らんもん!」
リッチがそう怒声を上げた時、彼女の足元から闇が広がった。
「幸いにも今は夜! 私の恐ろしさを皆に見せてやるぞ!」
闇はリッチを中心に広がり続ける。その規模は大きく、王宮正門前を覆いつくしてしまう程だ。
「空を飛んでいるからなんだと言うのだ! 我が闇の魔法、影の魔槍を喰らうがよい!」
リッチがそう叫ぶと、地面に大きく広がっていた闇から、次々と闇で出来た槍が空目がけて突き上げていった。
闇は伸縮し、空を舞い飛ぶグリュイエールを地から突き刺そうとする。その数は数十本はくだらない。
リッチ渾身の地より這い出る闇の槍は、しかし……。
「ふん、くだらぬわ!」
グリュイエールはすぐさま翼をはためかせ、突き上げる闇の槍を器用に避け続けていた。
彼女はそのままより高く空を舞い上がっていく。
「ちょっと、なにが影の魔槍ですか! 格好つけたわりに一つも当たってませんわ!」
パイレーツに突っ込まれてリッチは本当に悔しそうにうなった。
「ぐぬぬ……仕方ないだろうが! 奴の方が私よりレベルが上なんだもん!」
空を目がけて這い出す闇の槍は、しかし伸縮の限界に達したのか、高高度に舞い上がったグリュイエールまでは届かない。
グリュイエールは地より突き出す闇の槍を見下ろしながら、大きく鼻を鳴らした。
「これが魔槍だと……? 大言壮語が過ぎるぞリッチよ。貴様に真の槍というものを教えてやる」
空を駆けるグリュイエールの背後に火炎が集まる。それは凝縮し、何かを形作っていた。長く、大きく、先端が鋭利なその形状……槍だ。炎を凝縮して作った槍が都合四つ、空に浮かんでいた。
「げぇっ!? あ、あれはまずい!」
リッチがこれから起こることを予感して、広げていた闇を解除しようとする。それよりも早く、グリュイエールの炎の槍は放たれていた。
「ファイアランス!」
それは本来、人が握れる程度の扱いやすい大きさの槍を炎で形作る、中級の魔術である。しかしグリュイエールの膨大な魔力により、円柱もかくやと言うほど巨大な炎の槍が作られていた。
それが同時に四つも飛来する。広げた闇を元に戻す暇も無かったリッチは、四つの炎の槍に闇を貫かれていた。
「ぐっ、ああぁああっ!」
自身の能力の一部である闇が弱点である炎で貫かれては、さしものリッチもたまらない。
リッチの絶叫が王都の空に木霊した。
「くははははっ! 理解したか! 槍とは斯様に穿ち貫く物のことを言うのだ! 先ほどの妾に対する無礼は貴様の鳴き声に免じて許してやろう。だから存分に鳴くがいい!」
グリュイエールの驕慢な言葉が空より落ちてくるが、リッチはそれどころではなかった。
「こ、これまずいっ! ちょっ、焼けるっ! 私の闇がっ! ぱ、パイレーツ! パイレーツ助けてー!」
「……仕方ありませんわね」
リッチの救援要請を受けて、パイレーツがすぐさまレイピアを翻した。
するとパイレーツの周囲に魔力で作り出した水が次々と生まれ出る。それは密度を増し、巨大な水流となってリッチごと彼女の広げた闇を覆った。
水流のうねりが炎の槍をかき消し、自由になったリッチがすぐさま広げていた闇を自分の元に集わせた。
「ぶはっ、はっ、はぁっ、はっ……た、助かった……」
「自分の弱点にもなり得ると言うのに、あんなに闇を広げる者がいますか。今後は気をつけなさい。……聞いていますか?」
リッチはパイレーツの水流でびしょ濡れになったまま、膝をついていた。
その呆然とした様子がパイレーツの不安をあおり、彼女はリッチの顔を覗きこむ。
「う、うぅっ、この私が……情けなくもパイレーツに助けを求めるなんて……悔しいけど、助けられた手前うっとうしい小言にも言い返せん……」
「……呆れた」
まさか助けを求めてしまったことに嘆いているとは思ってもいなかったパイレーツは、リッチを見て呆れて笑うしかなかった。
対して、一連の光景を空から見ていたグリュイエールは怪訝な表情で疑問を吐いていた。
「どういうことだ? 妾の炎がパイレーツの操る水如きにかき消されるなど……ありえんはずだ」
グリュイエールの赤い双眸がパイレーツとリッチをしかととらえる。
「リッチの奴もそうだ。妾の炎に貫かれていながら、まだ体力は尽きていないと見える。……妙だな。少し試してみるか」
グリュイエールは大きく息を吸い込んだ。それと同時に大気に漂う魔力も取り込み、体内で火炎を生成。火炎はグリュイエールの大きく開けられた口から溢れ出て、球体を形作る。
それは最初に攻撃した時の火球とは規模が違った。昼間に浮かぶ太陽の如く空を明るく照らし、熱気により大気の密度が変化して光の屈折現象まで起きていた。
それほど大規模な火球が今、パイレーツとリッチ目がけて放たれていた。
「これは……!?」
パイレーツが慌てて魔力を調整し水を生成する。作られた水は一つに集い、うねり、水流となって火球めがけて駆け上がった。
しかしグリュイエールの加減がない炎の前には、パイレーツの水流は余りにも無力だった。火球に水流が触れた途端蒸発し始め、元の魔力となって霧散していく。
「ふん、やはりその程度か……」
パイレーツとリッチの敗北を確信したグリュイエールが会心の笑みを浮かべた時、淡く強い輝きが地上を照らした。
その輝きはもちろんあなたの持つ聖剣のものである。あなたはパイレーツたちの前に出て、あろうことか聖剣で火球を受けとめたのだ。
聖剣から溢れ出る光の輝きは、だが先ほど火球を斬り裂いた時よりも明らかに小さい。あなたは、聖剣はエルフィーネの魔力により一時的に力を取り戻していたことを思いだした。
おそらくこうして力を放つ度に、聖剣に込められた魔力は消費されていくのだろう。
このままではまずい。こうして火球と鍔ぜり合っていては、魔力がどんどん消費されていってしまう。かといってこの巨大な火球を斬り裂こうとするとやはり魔力の消費は大きいだろう。
聖剣の魔力を消費すればするほどグリュイエールに対する武器を失うことになる。この状況、どう判断するのが正しいだろうか。
「ああちくしょう! こうなったらあたしがやってやるよ!」
あろうことか、この状況で事の判断を行ったのはネコマタだった。彼女は何を考えたのか、聖剣で抑えている火球めがけて蹴りを放っていた。
しかしその蹴りの速度はかなり早い。ネコマタが得意とする雷の魔法の応用である。蹴りに雷撃を纏わせて瞬間的に速度と威力をはね上げたのだ。
「ぐぎ、ぎぎぎっ……うらぁああっ!」
聖剣による加護で火球の勢いを大幅に弱めていたのが功をそうしたのだろう。ネコマタの蹴りは火球の勢力をそぎ殺し、グリュイエールに向かってはね返したのだ。
「なにぃっ!?」
グリュイエールが慌てて迫りくる火球を回避する。
彼女は高い火炎耐性を持っているため、火球が当たったところでろくなダメージにはならない。しかし彼女のプライドにかけて、はね返された自身の攻撃が直撃するなどという情けない事態は避けなければいけなかった。
必死の回避を余儀なくされたグリュイエールは、苛立たしく息を吐きだした。
「いだだだだっ!」
見事グリュイエールの攻撃をはね返したネコマタは、右足を抑えて地面を転がっていた。
あれほど高威力の火球を蹴り返したのだ。その威力の反動や高熱を足に浴びて大ダメージを喰らったのだろう。
「ば、馬鹿者っ、無茶をするでない!」
パイレーツが慌てながら水を生み出してネコマタの足を冷やし、リッチが彼女の足に闇を纏わりつかせ、立ち上がれるよう補助を務める。
「ネコマタのような低レベルの魔物娘がなぜこれほどのことを成し遂げられる……? ……そうか、これも勇者の契約能力によるものか!」
奮戦する魔物娘たちを見下ろしながら、グリュイエールはようやく得心いったと頷いた。
そう、しもべにした魔物娘は、主であるあなたのレベルに合わせて修正を得ることができるのだ。つまり、低レベルの魔物娘は召喚された際あなたと同じレベルになり、あなたより高レベルの魔物娘はいくらかステータスに補正を受けることになる。
これにより初期にしもべになった低レベルな魔物娘も第一線で活躍することができるのだ。
まだ夜明けには遠い時間帯だが、グリュイエールの復活と彼女と勇者が激闘を繰り広げていることは、すでに王都中に広がっていた。
王宮の周囲には戦いに巻き込まれないくらいの距離を保ちながら、続々と王都の民が集まり出していた。
「ちっ……王都の連中に勇者すら妾の相手にはならんという絶望を見せてやろうと思ったのに……! このままでは奴らは愚かにも勇者に希望を見出してしまう……それだけは気に食わん!」
グリュイエールが空に向かって吼えた。竜の雄叫びは聞くものを震え上がらせ、王都中の人々の視線が彼女に集まる。
「聞け! 妾はグリュイエール! 今日よりこの王都は妾の支配下となる! もし妾に逆らえばどうなるか、地上を這いまわる勇者の末路を見て学ぶがいい!」
グリュイエールの周囲に、膨大な魔力が集中していく。
今からなにかとてつもないことが起こる。あなただけでなく、その光景を見る王都中の人々がそう察していた。
「勇者とそのしもべである魔物娘たちよ! 貴様らには特別に、竜族に伝わる神秘の魔法を披露してやろう! 光栄に思いながら果てるがいい!」
グリュイエールが虚空に向かって吼えた。雄叫びは王都の空中に木霊し、それと共に彼女の周囲に集まっていた魔力が拡散していく。
「妙ですわ。突然風が強くなりました」
最初に異変に気付いたのはパイレーツだった。次にリッチが青ざめた顔をして唇を戦慄かせた。
「ま、まずいぞ。これはおそらく自然を操る魔法だ」
リッチがそう言った時にはもう、グリュイエールの発動した魔法の正体があなたにも分かっていた。
王宮正門前に、巨大な竜巻が発生していた。
逆巻く風が木々を揺らし、小石をさらって暴風を形成していく。徐々に徐々に竜巻は規模を増していき、このままでは王宮ごと飲み込んで破壊する勢いだ。
「くはははっ! 悟った所でもう遅い! 風の渦に飲まれて消え去るがよい!」
竜巻がうねりながらこちらに近づいてくる。逃げようにもその速度は速い上に、強風で上手く身動きが取れない。
どう考えてもこれはピンチだ。しかしパイレーツはなぜか、強風の中で大きく叫んだ。
「これは好機ですわ! 勇者様、今こそ聖剣による一撃をグリュイエールに届かせる時です」
そう言われても、グリュイエールは遥か空高くを飛行している。まさか竜巻に巻き込まれて空高く舞い上がれというのだろうか。
「いいえ、この竜巻はこうするのです!」
パイレーツがレイピアを竜巻に向けた。すると生み出した水流が竜巻目がけて走り出す。
水流は当然竜巻に飲み込まれた。今竜巻は水流の勢いすらを取り込み、水を含んだ渦となって空に舞い上がっていた。
「お、おい! ただ竜巻の威力が増しただけじゃないか!」
「これでいいのです!」
ネコマタに責められるも、パイレーツは自信を持って言い返していた。
「これほどの魔法、グリュイエールとて精密に制御できるはずがありません。こうして更に威力を増せば、もはやこの竜巻は彼女の影響下から脱したはずですわ」
パイレーツの言う通り、もはや竜巻の規模はグリュイエールの制御できるものではなかった。こうなれば、一定時間が過ぎて魔力が霧散するまで竜巻は活動を止めないだろう。
もとより王宮を破壊するつもりのグリュイエールにとって、それで何も問題なかった。問題があるとすれば、パイレーツが己の魔力で出来た水流を竜巻に含ませたことだった。
「まさかパイレーツめ……妾の竜巻を制御するつもりか!?」
水を含んだ竜巻は、もはや陸地にあらわれた大渦の様相となっている。
大渦は暴れ狂い、圧倒的な威力となって徐々にあなたたちに迫ってきていた。
「パイレーツ! 制御するなら早く制御しろ! このままでは全員巻き込まれるぞ!」
リッチに言われて、パイレーツは苦し気に声を荒げた。
「そうは言っても……こんなの簡単に制御できるはずありませんわ! ちょっと力の向きを変えるので精いっぱいです!」
「ば、バカか貴様は! 勝算無しに変なことをするな!」
「うるさいですわ! もうやってしまったものはしかたないでしょう! いいからあなたも手伝いなさい!」
「……くっ!」
リッチもまた闇を伸ばし、パイレーツの水を含んだ竜巻を制御しようとする。
グリュイエールさえ制御できなくなった竜巻を完璧に制御することなど望めない。しかし徐々に力の向きがあらぬ方向へ向かい始めていた。
「勇者様、もう少しです! あなたはそのまま聖剣を構えていてください! 私があなたをグリュイエールの元へ届かせます! ネコマタは雷撃の準備を!」
パイレーツに言われて聖剣を構えた時、ついにこちらに迫りくる竜巻の力の向きが切り替わった。
「なっ、なんだと!?」
水と闇を飲み込んだ竜巻は力の向きが狂い、竜巻自身が瓦解しながら空に舞うグリュイエールに力の奔流を向けていた。
竜巻の勢力によって大渦と化したパイレーツの水流が、今グリュイエールに直撃していた。
それと同時に、あなたの体もまた衝撃を感じていた。
「ぬぅうううぅうっ!」
グリュイエールは翼で自身の体をガードし、地から生じる大渦の威力に耐えていた。
「この程度で妾を倒せると思ったか!」
翼を大きく開き咆哮した途端、グリュイエールに向かっていた水流が霧散して飛び散った。魔力を含ませた咆哮でパイレーツの魔力を打ち消したのだ。
大岩すらを削り取るほどの水流が直撃していたというのに、グリュイエールにこたえた様子はない。それはあまりにも絶望的な現実だった。
「竜とは空の覇者! 自然を超越した存在なのだ! 竜巻だと!? 大渦だと!? そんなもの妾の障害になどなり得るはずがない!」
大渦めいた水流すらも弾き飛ばして雄々しく翼をはためかせる彼女は、正に空の女王。
その姿を見て、王都の人々は絶望を抱いた。
絶望の匂いを嗅いでグリュイエールは不敵に笑った。しかしすぐにその赤い目が大きく見開かれる。
「どこだ……? 勇者め、どこへ行った」
見下ろす地上にはネコマタとパイレーツ、そしてリッチが確かにいた。しかしあの忌々しい聖剣を持つ勇者が、あなたの姿が、グリュイエールの視界のどこにも存在しない。
「……!? まさか!」
空高く舞い飛ぶ自分の頭上から眩い輝きを感じ、グリュイエールは驚愕して上を見た。
そこには、聖剣を振りかぶった勇者であるあなたがいた。
あなたはパイレーツとリッチが竜巻の力の向きを変えた瞬間に、パイレーツが操作する水流に打ち上げられてグリュイエールのはるか頭上を取っていたのだ。
竜巻を利用した水流による攻撃はただの目くらまし。本命は勇者であるあなたを空中に打ち上げることだったのだ。
「おのれが!」
聖剣を構えて落ちてくるあなたに向かって、グリュイエールは大口を広げた。火球を放つつもりだ。
「させるかよ!」
その瞬間、ネコマタが雷撃を発動し、グリュイエールの体を痺れさせていた。
「ぐっ……!」
しかし竜は高い状態異常耐性を持っている。雷撃による麻痺はほんの一瞬で、すぐに行動の自由を取り戻していた。
しかしその一瞬が迎撃する機会を奪っていた。彼女はもはやあなたの一撃を避けるために回避行動を起こすしかない。
そうして翼をはためかせた瞬間、彼女の翼は地から這い出た闇の槍に貫かれていた。
「なぁっ!?」
「槍とは穿ち貫く物だと言っていたな! 学ばさせてもらったぞ!」
「貴様、ここまで闇を伸ばせたのか……!?」
「私の恐ろしさを見せると言っただろう! 槍の本数を減らせばその分闇は更に伸びるのだ!」
リッチの勝ち誇った台詞に反応する暇すらない。翼は闇の槍に貫かれて身動きが取れず、グリュイエールは迫りくる聖剣の一撃をただ見ることしかできなかった。
「ば、ばかなぁっ!」
あなたの一撃が、グリュイエールの首の根元に直撃した。その瞬間聖剣から光があふれ、空を一瞬明るく照らした。それはまるで夜の終わりを告げる暁の光のようだった。
力を失ったグリュイエールが地に落ちていく。あなたも同じく地面目がけて落ちていくが、すぐにリッチの闇があなたの体をとらえた。闇に連れられて、そのままゆっくりとあなたは着地した。
グリュイエールの巨体が地面に落ち、轟音が王都中に響いた。その時、誰もがあなたの勝利を確信していた。
しかし、砂埃とともにグリュイエールの巨体から炎が霧散し、彼女の本質である少女の姿が今あらわれていた。
聖剣による一撃は余程のものだったのか、彼女の足はふらついている。
「この妾を……地に落とすとは……! ぐっ、ああぁっ……おのれ、聖剣による一撃でこれほどの無様を晒すことになろうとは思いもしなかったわ!」
憎々しげなグリュイエールの言葉は、一歩足を引いてしまう程怒りにあふれていた。
「もはや貴様らのことを許してはおけん……我が魔法によって吹き飛ぶがいい!」
少女の姿に戻ったグリュイエールの周囲に炎が集っていく。それは彼女の掲げられた手の平に集まり、一点に凝縮されていった。
「ま、まずいですわ!」
パイレーツが危機を察知するのと同時に、グリュイエールが集まっていた炎を握りつぶした。
次の瞬間。グリュイエールの周りに集っていた炎と魔力が、突如爆裂した。
その光景は、占い師を連れてようやく王宮から外に出たエルフィーネがあますことなく目撃していた。
閃光。熱波。爆音。熱風。それらがほんの一瞬の間に立て続けに起こり、王宮正門前を完璧に破壊しつくしたのだ。
爆炎が立ち込める中、グリュイエールは荒い息を吐いていた。
「はぁ……はぁ……おのれ、妾が扱える最強の魔法まで使わされるとは……褒めておこう勇者よ。妾にこれを使わせたのは、魔王ファリシアと聖女エルネストに続いて、貴様が三人目だ」
それはグリュイエールを中心とした広範囲を爆発させる、自爆にも似た魔法だった。グリュイエールに近ければ近いほどその威力は増し、術者であるグリュイエール本人は高い火炎耐性でダメージをほとんど無効化するという、まさに火竜にしか扱えない爆発魔法である。
勇者であるあなたと魔物娘三人は確実に倒せる範囲内だったと、グリュイエールは確信していた。
「……ば、ばかな」
だからこそ、爆炎が晴れた時グリュイエールは驚愕したのだ。
「なっ……なぜ立っている!」
あなたは、あの爆発の中でかろうじて体力を残していた。それは奇跡でも何でもなく、あるいは勇者であるあなたを取り巻く者たちの意地がもたらした結果なのだろう。
あの爆発の最中、エルフィーネが魔力を込めた聖剣が最後の輝きを放って爆発によるダメージを一時的に食い止めていた。しかしそれはすぐに限界を迎え、聖剣による加護は消え去った。
するとネコマタがあなたを庇うように前へ来て、あなたの盾となった。続けてパイレーツが水の壁を張り、リッチが闇を用いてあなたの全身をガードしたのだ。
あなたのしもべたる魔物娘たちが、自身を省みらずあなたを守った結果……あなたはかろうじて体力を残していたのだ。魔物娘たちの姿はもうここにはない。皆体力が尽きて元の場所に戻ったのだ。
聖剣は力を使い果たし、砂になっていた。あなたは最後の力を振り絞って剣を引き抜いた。
あなたの剣はまるで羽根のように軽い。体力が尽きかけている今、剣の重量が軽くなる最高のエンチャントが効果をあらわしていた。
「……どうやら、お互い立っているのがやっとのようだな。……ふふ、あれほど激しい戦いを繰り広げながら、最後は斯様な肉弾戦とは……全く、くだらん戦いだ」
グリュイエールもまた、聖剣による一撃と先ほどの爆発魔法によって体力のほぼ全てを失っていた。
しかしそれでも彼女は笑っていた。この状況で彼女は確信しているのだ。己の勝利を。
それは正しい。もはや魔法を使う体力もなく、一撃当てれば勝つ肉弾戦となれば、後はもう地力が物を言うのだ。地力に優れているのは当然ながらグリュイエールである。
剣を右肩に担ぐような構えをしたあなたに対して、グリュイエールは自然のていで立っていた。両手にはまがまがしいかぎ爪があらわれ、そのどちらかであなたに攻撃するつもりだ。
爆発魔法の被害を免れたエルフィーネと王都の人々は、固唾を飲んでその光景を見守っていた。
一触即発の状況下で、声を上げる者は誰もいなかった。ただ、誰もが破裂せんばかりに心臓を鳴らしていた。
あなたはこの緊迫した状況で、一つの言葉を思い出していた。記憶にも新しい、占い師のあの言葉を。
――グリュイエールが右手のかぎ爪で勇者の頭部を狙う確率、100%。
グリュイエールが動いた。彼女の動きはおそらく、疾風のように早かったのだろう。この場にいる何人も、彼女が動き出した瞬間を察知できなかった。彼女がかぎ爪による一撃を繰り出した頃に、ようやくその姿をとらえたはずだ。
「なっ……」
グリュイエールが驚愕の声をあげたのは、彼女が動き始めたその瞬間だった。
グリュイエールはその時勇者であるあなたの動きを目でとらえていた。己が動き出した瞬間に、深く沈み込むあなたの姿を。
まるで、右手のかぎ爪で勇者の頭部を狙う動きが事前に分かっていたかのようなその動きが、グリュイエールには全く理解できなかった。
その一瞬の驚愕が勝敗を分けたのだろう。グリュイエールはあなたの頭部を狙った一撃がかわされて次手を繰り出す判断が遅れ……その隙に、あなたの切り上げがグリュイエールの腹部にめり込んでいた。
そのまま全力で剣を振り上げると、グリュイエールの体が空に吹き飛んだ。彼女の体が地に落ちた時……その光景を見ていた者は、誰も声を出さなかった。
「バカ、な……」
地に落ちたグリュイエールがあなたに向かって屈辱にまみれた声を発した頃、ようやく戦いを見守っていた者たちは理解した。
勝ったのは、勇者であるあなたなのだと。
静寂は勝利の余韻だった。あなたはしばらくその余韻に浸った。
すると、そのうち徐々に歓声が上がり始める。
鳴りやまない歓声をあなたは聞き続けた。この歓声は、名実ともにあなたが勇者となった証でもあった。
そしてあなたの勝利は、これから火竜グリュイエールをセックスで屈服させることを意味しているのだ。