王都に来てすぐグリュイエールの復活劇が起こったりと色々あったが、あなたはようやく王都近くにあるという地下迷宮を目指していた。
噂によれば、そこに魔王が潜んでいるとのことである。しかし、今そこを目指しているあなたは半信半疑だった。
そう思うのは、出立する前にエルフィーネからあることを聞かされたからだ。
エルフィーネが言うには、いつの間にか王都近くの地下迷宮に魔王が潜んでいるという噂が流れ、まるでそれが事実のように定着してしまったらしい。
その噂の出所は全くわからず、せめて噂が真実かどうか確かめようと王都の兵たちを地下迷宮に派遣したが、入口には強力な魔物娘がいて中に入ることはできなかったらしい。
そのせいもあって、あの地下迷宮に魔王が潜んでいると言う噂はほぼ事実と思われてしまったのだ。
しかし、聖女であるエルフィーネすら魔王ファリシアの姿を見たのはグリュイエール復活劇の時が初めてだった。
つまり魔王の姿を知っている者など全くいるはずがなく、このような噂が真実である可能性も低いらしい。
なんだかきな臭い話になってきたが、魔王の居所の情報が全くない今、ひとまずこの噂の真実を確かめるしかないだろう。
向かう地下迷宮に魔王がいるかどうかも分からないとのことなので、どうしてもあなたの気は抜けてしまう。
王都から噂の地下迷宮に行くために、あなたは馬車を利用していた。聞けば途中までは馬車で連れて行ってくれるが、さすがに強力な魔物娘が陣取る地下迷宮の入り口までは行けないらしい。なので途中から徒歩になる算段だ。
あなたは馬車から降りて平原をしばらく歩き続けた。代わり映えの無い風景が視界に流れていく。とてもこの近くに魔王が潜んでいるとは思えないのどかな雰囲気だ。
そしてようやくあなたは、魔王が潜むと言われる地下迷宮の入口にやってきた。
平坦な平原の一部が深く抉れ、その先に黒々とした岩に囲まれた大きな穴がぽっかりと開いている。
ここが地下迷宮の入口なのだろう、異様な気配が漂っている。
ここから覗ける地下迷宮の奥はかなり薄暗く、得体の知れないものが潜んでいそうで中に入るのをためらってしまう。
しかし勇者として、ここに魔王が潜んでいるというのなら入らざるを得ない。まるで巨人の大口のような地下迷宮入り口にゆっくりと近づいていく。
「ねえ……もしかして、ここに入るつもり……?」
すると、地下迷宮の奥からなにやら声がした。
薄暗い入口の奥から、何かがやってくる。段々と輪郭が浮かび上がり、それがこちらに近づいてきていることが分かった。
「ここにはもう……誰もこないと思っていたのに……。あのお嬢様や王都の兵たち以外にも物好きがいたんだね」
あらわれたのは、ふかふかの尻尾が妙に愛らしい魔物娘だった。彼女の頭にはネコマタのように獣耳が生えている。
その魔物娘は眠そうな瞳であなたを見つめた。風に揺られて彼女の青い髪が揺れる。かなり短いホットパンツと胸にぴったりと張りついた小さいアンダーウェアを着用していて、とても露出が激しい姿だ。
そして何より特徴的なのは、その首に首輪がはめられていることだった。首輪からは短い鎖が伸びていた。
あなたの視線に気づいたのか、眠そうな目をした魔物娘は鎖に触れ、得意気にほほ笑む。笑うと立派な八重歯が主張していた。
「この鎖……気になる? ふふ……昔強引に引きちぎったの」
言いながら、なぜか嬉しそうに鎖を振り回している……とても妙な魔物娘だ。
おそらく彼女は、エルフィーネが言っていた地下迷宮の入口を守る強力な魔物娘なのだろう。
耳とふかふかの尻尾からすると、彼女は犬系の魔物娘なのだろうか。しかしさっきほほ笑んだ時にちらりと見えた立派な八重歯からは、もっと獰猛な生物の気配を感じてしまう。
「あー……分かった。あなた、勇者でしょ……? 魔王様が以前、勇者が来るかもとか言ってたような気がする……」
眠そうな魔物娘の瞳が突然鋭くなる。
「ここに入りたいんでしょ? でもダメだよ……魔王様からここを守ってって言われたの。守ってくれるなら、その期間中のご飯を……お肉をいっぱいくれるって言ってくれたから、私はここを守るの。……そのお肉は一日で食べちゃったから、今はタダ働きだけど……」
魔物娘はしょんぼりと俯き、連動して耳が垂れた。
「でも契約は契約だから……ここは、通さない……!」
魔物娘が戦意をあらわすのと同時に、彼女の周りに魔力が集い、冷たい風が吹いてくる。
そして次の瞬間には、氷でできた短刀が彼女の両手にそれぞれ握られていた。
どうやらこの魔物娘は氷を操れるらしい。戦闘態勢に入ったとたん、獰猛な気配が彼女からあふれ出ていた。
あなたは慌てて剣を引き抜いて、切っ先を彼女に向けた。
彼女の獲物は短刀であり当然剣よりも短い。まずはこうして獲物の差を利用して様子見をしようとあなたは考えた。
「行くよ……!」
しかしあなたのそんな考えなど知らないとばかりに、眼前の魔物娘は真っ直ぐに突っ込んでくる。
その動きは速い。このままではあっという間に剣による間合いを殺され、短刀が生きる近間になってしまう。
そうなる前に、あなたは出端をくじくように迫ってくる魔物娘目がけて剣を振るった。
「ふふっ……」
しかし魔物娘はあなたが剣を振り下ろすと同時に旋回、一瞬にしてあなたの側面に回り込む。旋回するその動きは真っ直ぐこちらに突っ込んできた時よりも明らかに速かった。どうやら本来のスピードを隠してあなたのうかつな一撃を誘ったらしい。
そのまま腹部に潜りこまれたあなたは為す術もない。魔物娘の二刀が軽やかに舞い、あなたの体を斬り刻む。
「……っ!」
目にもとまらぬ乱撃を浴びせられて、だが驚きに目を開いたのはあなたではなく魔物娘の方だった。彼女は慌てて大きく跳び退き、そのまま警戒するように距離を取る。
「驚いた……あなた、強いんだね……」
そう、懐に潜りこみ乱打を浴びせながらも魔物娘が退いたのは、手応えによってあなたのレベルを感じ取ったからだ。
グリュイエールの討伐に加え、王都記念祭によって多くの女性を抱き大幅にレベルを上げたあなたは、あの疾風の乱撃をくらいながら体力を全く減らしていなかったのだ。
どうやらこの魔物娘、スピードに自信はあるようだが強力な一撃には欠けるらしい。
「困ったな……面倒だな……」
あなたの強さを感じ取った魔物娘の尻尾がせわしなく上下に動く。どうも焦っているように見えるが、実際はどうなのだろうか。
先ほどの攻防でこの魔物娘が戦い慣れていることははっきりと理解できた。ならば油断は禁物だ。なにをしでかしてくるのか分かった物ではない。
「これじゃあ……久しぶりに本気を出さないといけないね……」
魔物娘がそう言ったとたん、彼女の周囲に集っていた魔力が荒ぶった。彼女を中心に拭いていた冷たい風がその冷気を増していき、宙に小さい氷が浮かび風に拭かれて舞っていく。
それと同時に彼女の尻尾や耳に生えていた体毛が逆立ち、獰猛な獣の気配がより色濃く匂い立っていく。
先ほどまでとは明らかに取り巻く魔力の質が違っている。まるであのグリュイエールのような、強力な魔力の波濤が感じられた。
「私は魔狼フェンリル……逃げるなら今のうちだよ。ここに入るつもりがないなら、私は別に戦うつもりはないから……」
魔狼フェンリル。それがこの魔物娘の名前らしい。
あの立派な犬歯や押し隠された獰猛な気配から、ただの犬系の魔物娘ではないと思っていたが……まさかこれほどまでの実力者とは驚きだ。
おそらく本気を出した彼女のレベルは今のあなたよりも上だろう。かなり厄介な相手なのは間違いなく、苦戦は避けられそうにない。
しかしこれほどの魔物娘が守っているということは、この地下迷宮に魔王が潜んでいる可能性がかなり高いということだ。
ならば逃げることなどできるはずがない。
あなたのその意思を察したフェンリルが、くすりと笑った。
「ふーん……私と戦うつもりなんだ。いいよ……私もせっかく久しぶりに本気を出したんだから、本当はちょっと暴れたかったの」
不敵な台詞を口にしながら舌なめずりをする彼女は、まるで野生の獣のようでもあった。
あの速度に加えて、本気を出した彼女が取り巻く強力な魔力。おそらくあなた一人で戦うのはとても危険だろう。
しかし、あなた一人の手に余ると言うのなら、頼れるしもべを召喚すればいいだけの話。
魔狼フェンリルの真の実力は未知数。だが今のあなたには、あの火竜が……グリュイエールがいる。
あなたは迷うことなくグリュイエールを召喚した。目の前で淡い輝きが発生し、それと共に熱気が流れ込んでくる。
「……!?」
光と共にあらわれた灼熱を見て、フェンリルは後ずさった。獣の本能で今からここにとてつもない者が呼び出されることを知ったのだろう。
光の中から灼熱があふれ、火炎が渦巻き、その中心に少女の姿が浮かび上がる。
渦巻く火炎のように揺らめくツインテール。幼い顔立ちに浮かび上がる嗜虐的な表情。まるで媚びるかのように彼女の周囲に火炎が集っていく。
彼女こそが火竜グリュイエール。かつてあなたと戦い、あなたを苦しめ、そしてあなたに屈服した魔物娘である。