※この作品はR-18です。

ツゴウノイイファンタジー   作:アーチ/arech

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31、フェンリル討伐

「ほう……何事かと思えば、魔狼フェンリルを相手にしていたのか」

 

 グリュイエールがその姿をあらわすと、この場の気温が一気に高くなった。

 それもそのはず。彼女の周囲には常に火炎が揺らめいている。

 

 氷を操るフェンリルにとって、この炎は嫌なものなのだろう。彼女は後ずさりしつつグリュイエールを睨みつけた。

 

「火竜グリュイエール……ふーん、この前飛んでいたところを見たけど、あの後勇者に負けてたんだね。噂と違って大したことなかったりするの……?」

「……言葉に気をつけろよ、犬っころ。貴様の氷ごと蒸発させるぞ?」

「……犬じゃない、狼。それに私の氷は簡単に溶けるものじゃないよ……」

「面白い。ならばぜひ試させて欲しいものだ」

 

 グリュイエールは嗜虐的な笑みをフェンリルに向けた。

 召喚早々好戦的なグリュイエールだが、しもべとなった今彼女のその性格は頼もしい。

 

 炎と氷という相性もあり、魔狼フェンリルはうかつに攻撃をしかけられないはずだ。

 ならばこちらが有利……と思っていたあなたを裏切る様に、フェンリルは突然疾駆した。

 

「ふっ!」

 

 魔力を放出し周囲に氷の風を纏っているフェンリルの速度は、先ほどあなた相手に見せた時とは段違いだ。

 瞬き一つの間にグリュイエールの懐に潜りこみ、両手に持つ短刀を閃かせていた。

 

「ふん……!」

 

 しかしグリュイエールに焦りはない。彼女は両手に宿したかぎ爪で舞い踊る短刀をさばいていく。

 両者の間に激しく火花が散った。互いに足を踏みかえ、細かく体勢を変えながら様々な軌道の斬撃を放っていく。

 

 片や短刀、片やかぎ爪。得物の差はあまりない。ならば勝負の行方は速度と技量が左右するはずである。

 

「ちぃっ!」

 

 グリュイエールは段々と押されつつあった。つまり速度も技量もフェンリルの方が上ということだ。

 

 実のところ、グリュイエールは火竜であるため人型での肉弾戦に秀でているわけではない。

 彼女の強みとは、空を舞い飛びながら圧倒的な魔力で作られる火炎を自在に扱えることにあるのだ。

 

 対してフェンリルは肉弾戦に秀でた魔物娘だった。特に氷の魔法を交えた近距離での斬り合いには目を見張るものがある。

 フェンリルが短刀をひるがえし、グリュイエールの右かぎ爪をはねあげた。それと同時にもう一方の短刀でグリュイエールの喉を突きにかかる。

 

「くっ……!」

 

 グリュイエールは大きく後ろに跳んでそれを回避。

 しかしフェンリルの追撃は続く。彼女はグリュイエールが後方へ飛ぶと同時にくるりと旋回。回し蹴りと共に具現した氷の塊を放った。

 

 互いの距離は離れているため回し蹴りは当たらない。しかし同時に放たれた氷の塊はグリュイエールの顔に迫っていた。

 これこそがフェンリルが得意とする魔法を入り交えた肉弾戦である。回し蹴りはグリュイエールを欺くためのフェイクであり、魔法を発動するための動作でもあった。

 

 つまりこれは形を変えた詠唱なのだ。

 グリュイエールが己の意思一つで炎を操作するように、フェンリルは己の動きによって氷を操作できるのだ。

 

 あわや氷の塊が顔に当たる寸前で、グリュイエールの周囲に漂う炎が荒ぶった。

 炎がまるで触手のように伸び、氷の塊を迎撃。氷は粉砕されながらそのまま溶けていく。

 

「……ちっ」

 

 しかし、一つ小さい氷の粒がグリュイエールの頬を掠めた。

 フェンリルの魔力で形作られた氷は魔性の物。小さい粒であっても、グリュイエールの頬にひとすじ傷をつけていた。

 

「ふふ……やっぱり大したことないかも」

 

 フェンリルが薄く笑った。グリュイエールは不愉快そうに鼻を鳴らす。

 今の一連の攻防がどういうことか、あなたはもう理解できていた。

 地に足をつけての肉弾戦は、いかにグリュイエールといえど不利ということだ。

 

 一旦距離が離れてなお、グリュイエールはかぎ爪をまがまがしく開閉しながらフェンリルを睨みつけていた。なぜ竜の姿にならないのだろうか。

 以前あなたと戦った時のように空を舞い飛べば、竜としての強さを十分に発揮できるはずだ。

 

 空中にいるグリュイエールを地に落とすのは至難の技だ。フェンリルといえど手も足も出ないはず。

 なのにグリュイエールは竜の姿になろうとしない。

 

 グリュイエールはプライドの高い魔物娘である。もしかしたらそのプライドゆえ、フェンリルを地上戦で倒そうと意固地になっているのかもしれない。

 あなたはグリュイエールに竜にならないのかと告げた。主であるあなたからの進言ならグリュイエールといえど従うはずだ。

 

 しかしグリュイエールはきつい視線をあなたによこした。

 

「馬鹿者め。妾が竜となり空を飛んだら、誰が貴様を守るというのだ。妾が飛べば、あの犬は妾よりも先に勇者である貴様を襲うぞ」

 

 ……言われてみればそうだ。グリュイエールを使役するあなたが倒れれば、召喚されているグリュイエールもここから姿を消してしまう。

 フェンリルからすれば、グリュイエールが竜になり空を飛べば勇者であるあなたを襲いやすくなるのだ。

 

「……い、一応、今の妾は貴様のしもべだからな。主を危険な目にあわせるしもべがどこにいる」

 

 グリュイエールは言いながら、少しだけ顔を赤らめた。そしてすぐあなたから顔をそらす。

 ……あのプライドが高く驕慢なグリュイエールが見せるその姿に少し思考が止まりかけるが、どうやら竜にならないのはそういう献身的な考えからの様だ。

 

 しかしそうなると、今の状況は中々厳しい。

 地上戦とはいえ、あのグリュイエールさえ押される魔狼フェンリルの高い実力。ここは他の魔物娘も召喚するべきだろうか。

 

「安心しろ、この妾が負けると思うか?」

 

 そんな心配をするあなたに、グリュイエールは快活な笑みを向けた。

 

「確かにあの犬っころの方が妾よりも早い。肉弾戦も奴の方が慣れている。だが……魔力は妾が上だ」

 

 グリュイエールの背後に魔力が集う。魔力は圧縮し、火炎へと変換されていった。

 渦巻く火炎は何かを形作っていく。先端が鋭利なその形状。槍だ。かつてリッチの闇を貫いた魔法、ファイアランス。

 

 あの時はかなり巨大な炎の槍だったが、今作られたのは人が扱えるほどの大きさだ。

 グリュイエールはそれを手に取り、数度振り回す。槍が空を斬り裂くと同時に、槍先から炎があふれた。

 

「分かるかフェンリルよ。妾の魔力が凝縮されたこの炎の槍……貴様の生ぬるい氷とは段違いだぞ?」

 

 挑発するように笑うグリュイエール。フェンリルはというと、幾分か渋い顔をしていた。

 

「得物は妾が有利。さて、どうする?」

「どうするもこうするも……」

 

 フェンリルは言いかけて、急にその体をはしらせた。

 

「こうするだけ!」

 

 フェンリルは一直線に距離を詰めていく。

 二人の間合いが縮まり、短刀の距離となる……その寸前で。

 グリュイエールが強烈な突きを放っていた。

 

「!? ぐぅっ……!」

 

 突くと同時に槍先から炎が噴出する。

 フェンリルは槍による刺突を避けてはいたが、あふれる火炎に体を焼かれていた。

 

「まだまだ!」

 

 グリュイエールが槍を振り回した。

 槍とは突くだけにあらず。その長い間合いをいかした斬撃も恐るべきものだ。

 特にこのような開けた地平では、槍を遮るものはない。かつ、今グリュイエールが手に持つ槍はふるえばふるうほどその魔力があふれ、火炎をまき散らしていく。

 

 フェンリルは器用に身をひるがえして槍から逃れていたが、グリュイエールへ反撃できずにいた。

 グリュイエールが言っていた得物の有利とはこのことである。短刀と槍では有効射程が違いすぎるのだ。

 

「そらそら! どうしたフェンリルよ!」

 

 槍を振り回しながら、グリュイエールはフェンリルの足が止まったわずかな隙を見定めた。

 瞬間、すぐに槍を手元に引き、目にもとまらない連続突きを放つ。

 

「――!」

 

 フェンリルは声にもならない低い呻き声を鳴らしながら、短刀で突きをさばいていく。

 

 一つ二つ三つ。もはや数えることもできない紫電めく連続突き。それをさばくフェンリルの技量は称賛に値するものだ。

 しかし、槍先からは炎があふれ、さばきながらもフェンリルの体は焼かれていく。このままならフェンリルはそのうち体力が尽きるだろう。

 

 当然フェンリルはそれを良しとはしない。

 ギッと歯を噛みしめ、短刀を胸の前で重ね合わせ、その交差する切っ先で槍先を挟み込む。

 

 そして自分は身を沈ませながら、同時に両手を上にあげた。グリュイエールの刺突をはねあげ、槍の真下に潜りこむ形となった。

 フェンリルはすぐさま短刀を地面に突き刺す。すると短刀から魔力が放出され、短刀を突き刺した地面から次々と氷柱が生え出てきた。

 

 それは一直線にグリュイエールに向かってくる。

 

「ちぃっ!」

 

 グリュイエールは舌打ち一つ槍を引き戻し、氷柱を払うように槍を旋回させた。

 槍先からほとばしる炎が氷柱を一瞬にして溶かし、蒸気が一瞬グリュイエールの視界を奪った。

 

 フェンリルの狙いはその一瞬。今この瞬間、槍を持つグリュイエールの懐に潜りこむわずかな隙が生まれていた。

 フェンリルは疾駆する。

 

 目にもとまらぬ速さでグリュイエールの懐に潜りこんだ彼女は、その短刀による乱舞を放とうとして……。

 グリュイエールの嗜虐的な笑みを目の当たりにしていた。

 

 直後。フェンリルは自身の腹部にはしる衝撃によってその笑みの意味を知った。

 グリュイエールは槍を旋回させて氷柱を溶かした後、その旋回する勢いを利用して構えを変化。石突による近距離の突き技を放てるように体勢を整えていたのだ。

 

 短刀と槍では利する間合いが違いすぎる。ならば短刀はどうにかして懐に潜りこもうとするだろう。

 懐に潜りこめば、槍は無用の長物と化す。だから、フェンリルの戦い方は実に正しい。

 

 しかしグリュイエールからすれば、敵がどうにかして懐に潜りこもうとしていることは分かりきった事である。

 ゆえに、間合いを殺された瞬間に迎撃できる非常の技を身に秘めていた。

 

 今、フェンリルの短刀よりも先に、グリュイエールの石突による突きが彼女の腹部にめり込んでいたのだ。

 同時に槍に込められていたグリュイエールの魔力が発散され、火炎があふれ出る。

 

「がっ、は……!」

 

 フェンリルは大口を開けたたらを踏んだ。しかしすぐに鋭い目つきになり、グリュイエールの頭上に跳びあがる。

 このまま近接戦をするのは不利と判断したのだろう。跳びあがったフェンリルは短刀を宙にかかげ、巨大な氷を生み出した。

 

「はっ! まさか空に逃げるとはな! 愚か者め!」

 

 グリュイエールはすぐさま槍を持ち替え、体を深く沈める。投擲の体勢だ。

 フェンリルが巨大な氷を打ち放った。同時にグリュイエールは氷に向けて槍を投げつける。

 

 グリュイエールの投擲した槍が巨大な氷とぶつかった。炎の槍によって巨大な氷は急激に溶かされ一気に蒸発。轟音と共に爆裂する。

 

「くぅっ……!」

 

 その衝撃でフェンリルの体は少し吹き飛び、空中で姿勢が乱れてしまう。

 

「あ……!」

 

 フェンリルは驚きに目を見開いた。それは爆発の衝撃によって姿勢が乱れたからではない。

 グリュイエールがフェンリルの着地点を目指して疾走していたからである。

 

 そう、空中に逃げたことによってフェンリルは行動の自由を失ったのだ。

 彼女の取り柄である速度も、中に浮いている今ではまさに無用のもの。

 

 魔法を放とうにも、フェンリルは魔法を放つ時自身の体を使った特定の動作を必要とする。空に浮いて体の自由を失っている今、魔法を扱うのも不可能だった。

 

「あ……ああぁあぁあぁ!」

 

 フェンリルにできたのは、苦し紛れに短刀を投げつけることだけだった。

 当然グリュイエールはそれを軽々と回避。フェンリルが地に落ちる寸前を狙ってかぎ爪を閃かせる。

 

 フェンリルの体にかぎ爪が食い込む。彼女は攻撃された勢いのままに数度地上を転がった。

 そしてそのまま動かなくなる。いや、体力が尽きて動けなくなったのだ。

 

「ま……負けちゃった……」

 

 うつ伏せに倒れたフェンリルが悲しげにそう言うと、彼女の尻尾が一度だけぱたりと揺れた。そして力なくしなだれていく。

 

 完全にあなたを置いてけぼりにした勝負は、あっという間に決着を迎えていた。これには何と言っていいか分からない。

 

「ふん……どうした呆けた顔をして。妾の勇猛さに惚れてしまったか?」

 

 グリュイエールが得意気な表情であなたの顔を覗きこんだ。

 

「さあ、次は貴様のお楽しみの番であろう? 妾を屈服させたときのような激しい行為をしてやるがよい」

 

 グリュイエール一人で勝負を決めてしまったので達成感というものが無いが、それとこれとは話が別。

 

 フェンリルを屈服させてしもべとするために、あなたは彼女に近づいていった。

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